痛みと向き合う 8~体幹トレーニング2か月経過
週3回のペースで続けている体幹トレーニングだが
毎日やらないので体が慣れることがなく
5つのうち2つの運動は
相変わらずキツイなあと思いながらやっている
でも、これをやったあとは「気持ちがいい」ので
今後も続けていこうと思う

とにかくこの運動を始めて
肩甲骨まわりがやわらかくなってきたのがうれしい
そのため、寝る時の背中の緊張も最近は少なくなり
寝ることが苦痛ではなくなった
以前は「過緊張」のために
寝る体勢になるとすぐに足に力が入っていたのが
下半身を鍛える運動(お尻歩き)を始めてからは改善され
やがてその緊張は背中に移ったものの
それがこうして今やっと改善されてきたのだった

体幹トレーニングが週3回に減ってからは
肩甲骨と股関節のストレッチ体操を取り入れ
寝る前に行うようにしている
あと過緊張対策として
「体をゆるめるエクササイズ」も加えているが
わたしは若い時から「奥歯をかみしめる癖」があるので
運動も、きたえるのではなく、ゆるめる方向で色々模索中、、
                                   (つづく)

スポンサーサイト
心の問題 | 23:42:53 | Trackback(-) | Comments(0)
痛みと向き合う 7~自分の愚痴
昨日、ものすごく久しぶりに「楽しい夢」を見た
わたしの見る夢と言えば
時間や人に追われる「追いつめられる系」がほとんどで
こんな夢ばかり見るから
目覚めた時にはいつも疲れているし
寝ている間も緊張しているため体が痛い
でも「楽しい夢」を見た後は爽快だった
だから、この非現実的な「楽しい夢」を見たことそのものがうれしくて
もしかして自分の中で変化が起きているのかな?と
ちょっと希望を持ち始めたところだ

前回、わたしは愚痴を聞くことに疲れていると書いたが
自分の愚痴は
子どものころから親にもほとんど言ったことがない
相手に負担をかけるとわかっている愚痴は言いたくないし
言ったところで何の解決もないことは言う意味がないと思っていたからだ
こうして何事も「まあいいか」とあきらめて過ごす事に慣れ
頭ではそれで「大丈夫」と思っていたけれど
心は全く大丈夫ではなかったらしく
長年蓄積されたものが、ここ数年であふれ出し
それは原因不明の発熱や痛みになって現れてきた
中でも一番驚いたのは
昨年突然足の小指が腫れたことだろう

それはある日の昼食時のこと
椅子に座ったまま何気なく右足の小指に力を入れたら
どんどん痛くなって、足の甲まで腫れあがってしまった
ただちょっと力を入れただけで
床にたたきつけたわけでもなく
それでどうしてこんなに腫れるのかと驚いたが
その痛みはひどくなるばかりで歩くのも困難になったため
まさか骨折したのか?と思って病院へ行った
診察した医師も腫れがひどいと言ってすぐにレントゲンを撮ったものの
骨にもどこにも異常がない
結局原因がわからないままシップと痛み止めだけをもらって帰ると
そのまま足の腫れも痛みも自然におさまった
治ってみれば「あれは何だったのだろう?」と不思議に思うばかりで
その後は何も起こっていない

こんな感じでいろんな体の異変が起きると同時に
わたしは長年ためてきた自分の愚痴を語るようになった
人生には理不尽なことや納得のいかないことも色々起こるもので
その問題は解決しなくても
せめて「ここが納得いかない」と言うだけでも
気持ちはずいぶん違うものだなと思った

そして
こうして自分が愚痴を言ってみると
聞いてもらうことに意味があることと
聞いてくれる人があることの有難みを実感したので
それもまたわたし自身にとって励みになった

特に昨年は家族にずいぶん色んな愚痴を聞いてもらい
わたしが自分で抱え込んでいた重荷も軽くなった
過去は変えられないし、問題は残ったままでも
わたしの心を分かってもらえる安心感は
過緊張から解放されるきっかけになったようだ
                            (つづく)

心の問題 | 22:07:29 | Trackback(-) | Comments(0)
痛みと向き合う 6~愚痴
昨年のある日、わたしは
”もう人の愚痴は聞きたくないわ”という愚痴を夫に言った
こんなことを言ったのは多分初めてだが
愚痴でうんざりしているのは夫も同じ(いや、わたし以上)だから
一番理解してくれるだろうと思ったからだ

教会に持ち込まれる問題には愚痴がつきもので
それなしに相談は成り立たないだろう
でも、愚痴の中には聞く者への「八つ当たり」も多く
そういう人は問題解決へのアドバイスなど求めてはいない
よって、こちらが愚痴攻撃を受けた後も
問題はそのまま残るので
どんなに時間を割いたとしても
何の成果もないまま空しさだけがつのっていく

それでも、なだめたり励ましたりしながら
何とか前向きに進む方向へ導き
そこから状況が良くなったとしても
人は自分が強くなると
弱かったころの自分を忘れて
こちらが愚痴に付き合ってきた時間も
なかったものとされてしまうことがある
それもまた空しいものだ

でも、一番空しくなるのは
どんなに親身になって対応していても
これを「仕事」としては認識されず
”あなたのような働いていない人にはどうせわからない”などと
実に失礼なことを言われるときだろう

一般的に仕事で失礼な人に出会った時には
”仕事だと思ってがまんすればいい”という話があるが
じゃあ、これは仕事じゃないといわれたわたしは
もうがまんしなくていいんじゃないの?!
まあ、そんなことも思うわけだ

このように
不毛な愚痴に疲れているわたしだが
中には”聞くのが嫌じゃない愚痴”もある
それは
教会を信頼してくれる人の愚痴だ
そういう人の抱える問題は
当初はどんなに大変でも
いずれうれしい報告を聞くことができる
今までの経験でそれがわかっているから
愚痴を聞いていても嫌にならない
そして
この信頼関係と、うれしい報告がある希望が
わたしにとって大きな支えになっている
                                  (つづく)

心の問題 | 23:29:01 | Trackback(-) | Comments(0)
痛みと向き合う 5~心に問う
せっかく足の緊張が和らいだと思ったのに
今度は背中に緊張が移り
わたしの平安な眠りへの道はまだ遠かった、、、

姿勢を正す努力をするという体の外側からのアプローチは
確かにとても役に立った(一定の効果があった)けれど
やはり一番の原因である「過緊張」がどうにかならないと
痛みは繰り返されることになるらしい

では、わたしは一体何に緊張しているのだろう?
今まで多くのストレスを抱えてきたので
心が疲れているのはわかっている
かといって過去のことは考えても変えられないし
どんな時も前を向いて歩んできたつもりだが
自分の中にどうにもならない思いがあって
それが足を引っ張っているのだろうと考えつつ
じゃあそれは具体的に何なのかは
もういろいろありすぎて
もはや自分でもわからなくなっていた
そんな時
わたしの心に本当の思いを問いかける機会が訪れる

それは一昨年のお正月のこと
娘がストレス発散にゲームをやっているのを見て
母が「ゲームをやるとストレスがなくなるの?」と質問していた
娘は「なるよ~、おばあちゃんもやってみたら?」というので
ここでいきなり母と一緒に娘の3DSを借りて
『牧場物語』という”育てる系”のゲームを始めることになった
最初は木を切り、荒れ地を耕し、作物を育てて
やがて鶏を飼い、牛を飼って・・・と
ただひたすら地道に働く毎日だが
一生懸命働けば働いただけ成果が上がり
単なるゲームとはいえ
そこには心が晴れるような「達成感」があった

一方
ゲームには全くさわったこともなかった母にとっても
「これは面白いけど、頭と技術がいるね」と
頭の体操と指先を動かす訓練になったようだ
これが母には色々な意味でリハビリになり
3月になるとまた外へ出て畑仕事を始める意欲もわいてきた
「ゲームで野菜を育てるよりも本当に育てた方がいいからね」というわけだ
それまでは「もう今年は畑もできないかも」とネガティブになっていただけに
ゲームの効果はすごいなあと感心する

同様に、ゲームはわたしの心にも変化をもたらした
ゲームには「達成感」があって
一生懸命がんばってきた苦労が報われる喜びがあるが
現実の生活においては
そういう感覚を味わう機会はなかなかないものだ
じゃあわたしは何か「ほめられたい」のかと言えば
これはそういう単純な問題ではないのだと思う

ゲームにあるところの「達成感」には
それが後からくつがえされることのない「安心感」がある
ところが、現実の生活には
一生懸命やってきたことが評価されるどころか
そこに悪意が入り込んで話がすり替わり
え?なんでわたしが悪いの??と驚くような
理不尽な状況になっていることがあるのだ
例えば、多くの犠牲を伴った介護時代にも
それを励ますどころか作り話で非難する人もあった
そして、そういうことが重なると
いつ足元をすくわれるかわからない警戒感から
過剰な緊張が生まれてくる
どうやらわたしは過去の嫌な経験が心の傷になり
ここから抜け出せずにいるらしい
                                (つづく)

心の問題 | 23:56:31 | Trackback(-) | Comments(2)
痛みと向き合う 4~姿勢を正す
わたしの足の痛みについて
前回書いたように骨や関節には問題がないと確認するまでには
5年余りが過ぎていた
そして、最終確認をする頃には
すでに結果は自分でもわかっており
本当の原因についても予想がついていたので
それに対処する方法(運動)も始めていたように記憶している

ここに至るまではかなり回り道したが
ひざの痛みの本当の原因は「リンパのつまり」だったらしい
それについては整形外科では全く言及されなかったので
わたしが勝手にそう判断して行動し
実際に今は治っていることで
判断は正しかったのだろうと思っている

リンパが詰まる原因としては
運動不足、ストレス、睡眠不足などの不規則な生活があるとのことだが
わたしの場合は50が近くなるとだんだん腹筋や背筋が衰え
歩くときにひざに一番負担がかかるようになっていた
また「過緊張」により常に足に力が入っていることから
筋肉はカチカチになり血行も悪くなっていく
というわけで、自ずとリンパの流れも悪くなったようだ
だから
一口に「ひざが痛い」といっても
厳密には、ひざの裏が腫れて痛み
直立する時には
体全体をひざで支えているような感覚だったが
「ある運動」を続けることで下半身を支える筋肉が付き
姿勢が良くなって
ひざの負担は劇的に減り
ここから初めて改善に向かっていくことになった

その「ある運動」とは
高齢者向けのエクスサイズとして紹介されていた「お尻歩き」
わたしはそれまで年齢を意識せず
無理な運動をして失敗していたので
高齢者向けなら体に無理はないだろうと判断したわけだ

「お尻歩き」とは
足を伸ばして座った姿勢で、前後へ10歩ずつ計100歩お尻で進むというもの
これによって結果的に筋肉がつくばかりでなく
足全体の血行が良くなることもリンパのつまり解消に役立った
更には夫の提案により
ひざ上内側の筋をマッサージすることで
それまでの異常なこりが取れ
足が柔らかくなって痛みもずいぶん減った

こうして数年間悩んだ足の痛みは今ではなくなり
階段を手すりなしでも軽快に昇降できるようになった
そして
寝ている間に足が異常に緊張することもなくなっていったが
なぜかその異常緊張は次に背中に移ってしまうのだった
                                          (つづく)

心の問題 | 21:33:19 | Trackback(-) | Comments(0)
痛みと向き合う 3~痛みの元を探る日々
8年前に発症した「むずむず脚症候群」らしき症状は
最初は足の甲と裏がカチカチになって痛いというものだったが
やがて痛みは上にあがってきて
だんだんひざを曲げるのが苦痛になってきた

”ひざが痛い”といえば
ひざの軟骨がすり減って起こる「変形性ひざ関節症」かと思い
この段階で整形外科を受診
すると、確かに少しすり減っているけれどまだ大したことはないと言われ
シップと痛み止めの薬とともに
ひざの周りに筋肉をつける運動の紙を渡された

”弱っている関節周辺の筋肉を鍛えることで、関節の動きを安定化し
関節面の衝撃を和らげて、痛みを軽減する”という理屈は
わたしも昔からよく知っている
それは夫が何がしかいつもその手の運動をやっているの見ていたからだ
夫が若いころよくやっていたのは
ひざ関節の曲げ伸ばしを繰り返す「スクワット」のようなハードなものが中心だったが
わたしが病院で渡された紙に書かれた運動は
筋肉を「きたえる」というにはちょっと緩い感じのものだった
そこで、それよりもスクワットの方をやってみることにする
(その方が即効性がありそうだと思うのが素人の悲しさ、、)

ところがいきなりのスクワットでひざ痛はひどくなり中止
2週間後に再開したものの、また悪くなって中止、、、
その時点でやっと自分の年齢を意識し
調べた結果、50代以上にスクワットは不向きであると知る

わたしの場合
レントゲン写真ではひざの軟骨はさほどすり減っていない
ではこのひざの内側~裏側の痛みはどこから来るのだろうか?
とにかく足が全体的にひどくこっていて
筋も張っているので
自分でマッサージをすると気持ちがいい
でもそれでは症状は改善しないため
ふと、ウォーキングはどうかしら?と思い立つ
ところが一時間ほど歩いただけでひざの痛みは増し
翌日には右のふくらはぎが腫れあがってしまった

その腫れ方があまりにもひどいので
また整形外科を受診するが
結局原因不明でとりあえず経過を見ることになる
シップをはり、ひどい腫れは数日でおさまったものの
相変わらずひざを曲げるのが苦痛で
それを見かねた夫が
ひざを温める専用のカイロを買ってきてくれた

わたしはそれまで痛みに対処する方法として
「きたえる」ことばかり考えていたのだけど
「いたわる」ことも大切なのだと
この時初めて意識する

こうして貼り薬とカイロでひざをいたわるうちに
ひざの痛みは少し改善されてきた
でも何がどうなっているのか原因を知りたいと思ったので
別の整形外科に行ってはじめてMRIを撮ることにする
その結果、何の異常も見られず
そこでは痛みの改善のためにヒアルロン酸を注射しようということになったが
注射は5回行っても痛みは変わらず
この時点でわたしは骨や関節には問題がないことが確認できて
むしろ良かったなと思った
                                 (つづく)

心の問題 | 23:44:16 | Trackback(-) | Comments(0)
痛みと向き合う 2~理解者
痛みを克服するために
最も重要なことは
それを理解してくれる人の存在があることだと
わたしは常々思っている

わたしは高校生の時から坐骨神経痛に悩まされ
若くして「腰痛持ち」であったが
夫は重症の腰椎椎間板ヘルニアをわずらい
今から45年以上前、二十歳のころに手術を受けた
当時まだ大変だったこの手術に踏み切ったのは
ヘルニアがちぎれて直接神経に当たるようになったためで
手術するかどうか迷う余地もないほどの激痛だったという
しかも手術の最後で麻酔が切れ
我慢しろと言われて生身を縫われる経験もしている
今では考えられない事だが
昔の医療は患者に厳しく過酷だった

一方わたしは高校生の時に度病院へ行き
レントゲンを撮ったが
結局原因はわからないまま
お尻から足にかけてしびれるように痛む坐骨神経痛は長く続いた
でも夫の話を聞いていると
わたしの痛みはまだずっとマシだと思えたし
夫の場合、手術によってちぎれた組織は取り除かれても
時に歩行困難になるほど
腰椎椎間板ヘルニアの症状はしばしばひどくなり
それを克服するために
腹筋と背筋を鍛える運動など
自分でできることの研究と努力を欠かさない様子は
わたしにとってもいいお手本になった

また夫は若いころから胃潰瘍を繰り返しており
40歳の時には胃がんになって胃を3分の2切除している
こうして20歳で「背開き」40歳で「腹開き」を経験した後も
お腹が食事のたびにカチカチになる痛みが長く続き
他にも激しい頭痛が続いて脳腫瘍を疑われた時期もあったし
その後も心臓が悪くなったり胆のうが悪くなったり
また肩や手首の痛みにも悩まされ
気づけばいつもどこかが痛いという状態で現在に至っている

これだけ長年痛みと付き合ってきても
「痛みに慣れる」ことはあるはずもないが
それでも一番大変だったのは若いころではないかと思う
それは、周りに痛みの理解者が少なかったからだ

夫がまだ若いころには
「修行系の信仰感」を持つ人々が少なからずいて
そういう人からすれば
病気になる人は「信仰(修行)が足りない」と非難の対象になるため
それを恐れる人は人前で薬を飲むこともできなかった
そんな中でも、夫はそういう風潮をくつがえす行動をしていたが
間違った信仰感が正されるには時間がかかり
長い年月を過ぎて今ようやく落ち着いた時代になったような気がする
それは単純に
若くて元気だった人も自分が年を取って病気になると考え方も変わるわけで
(現実問題として痛みを経験すると変わらざるを得ない)
こうして間違いは自ずと正されてきたのだった

ただ、痛みに対して理解がないのは医療関係者にもあることで
現在においても特に「原因不明の痛み」については
病院へ行っても治らず
痛みについて相談することさえも難しい
そうなると今度は別の病院へ行くわけだが
そもそも日本の病院には「相談」のシステムがないので
痛みの辛さや不安を訴える場所がなく
こういう人が最後にワラをもすがる思いで教会へ来る

痛みを抱えている人は
基本的にはそれが治ることを求めて病院のハシゴをしているが
その一方で、自分の辛さを分かってくれる人を求めており
「話を聞いてもらえるだけで楽になる」という話はよく聞くことがある

病気のことのみならず
人はみんな自分のことを理解してくれる人を求めていて
理解しようとしてくれる人の前では安心するようだ
ホッとすると体の緊張がゆるみ、痛みも軽減する
そういう経験はわたし自身にもあることから
痛みの理解者の存在がいかに重要かを特に思うのだ

心の問題 | 23:29:04 | Trackback(-) | Comments(0)
痛みと向き合う1~過緊張
2011年9月
”寝ると自然に足が固まってしまう感じ”が
すでに2年続いていることを書いた時
自分でそれを「むずむず脚症候群」と判断し
その原因については
”自分に向けるべきエネルギーをつい「しなくてもいいこと」に向けがち”な性格と
それが自分を追い込んで限界に達していることによるものと分析した
(当時の記事はこちら

このように
心身が過剰に緊張している状態のことを「過緊張」と呼ぶ
それは自律神経の乱れから引き起こされ
更年期障害も一因になるというが
わたしは若い時から目覚まし時計が鳴る前に起きるのが常で
元々いつも何かに追われている感覚から逃れたことがなく
寝ていても見る夢は
試験の準備ができていない等の「追いつめられる系」ばかり、、
一体いつから自律神経が乱れているのやら
もはや自分でもわからない

そんな「過緊張」歴の長いわたしも
そこに「痛み」が伴ってくるとそのまま放置するわけにもいかず
毎晩悩まされる足の痛みをいかに改善すべきか
「内面」と「外面」双方への自己流アプローチが始まった

こういうことをネットで検索すると
具体的な方法は色々出てくるけれど
まずは自分の状態を過去にさかのぼって把握し
何が緊張の原因になっていて
何を変えていかなくてはならないのかは
結局自分にしかわからない事だ

夜中にトイレに行くために起きると
足が痛くて階段を下りるのが非常に辛い
それは朝起きる時も同じで
その頃のわたしは
どれほど足に力を入れて寝ていたのだろう?!と
症状のなくなった今では不思議に思える

ただし、足の痛みが軽くなったと思ったころには
今度は背中(肩甲骨周り)が異常に緊張するようになり
痛みの位置は上半身に移っていった
それについては昨日の記事で
かなり改善されていることを書いたが
ここまで痛みと向き合ってきた数年間について
これから自分の覚書として少しずつ整理していこうと思う

心の問題 | 21:16:26 | Trackback(-) | Comments(0)
体幹トレーニング開始から一か月
12月半ばTVで
『体幹リセットダイエット』の番組をやっていたので
夏以降運動不足になっていたわたしも
TVの前に寝転んで同じことをやってみた

5種類の体操を各1分ずつ、一日5分でOKというけれど
最初の2つは全くできず
まともにできる体操は一つしかない、、(汗

8年前に「むずむず脚症候群」らしきものを発症して以来
体が常に緊張してガチガチになっているのをほぐそうと
割と真面目に色んな体操をやっているが
昨年夏の同窓会で「体幹トレーニングが良いよ」と聞かされ
ちゃんとやり方を調べようと思いつつ数か月が経過・・・

これまでいろんな体操を取り入れすぎて
どれが自分に合っているのかわからないまま
それでも以前のような足の痛みはなくなったが
肩甲骨まわりが異常に硬く
常に腕の痛みに悩まされる状況は一年以上続いている

というわけで
いきなり始めた体幹トレーニングも
最初の3日はホントに苦しくて
足も全然上がっていなかったのだが
一週間たつとなんとなくできるようになってきて
2週間経過したころには
自分でも随分姿勢がよくなった気がした

『体幹リセットダイエット』では
2週間を過ぎたら体操は週に3日だけになる
この”やりすぎたら逆効果”というところが
気楽でストレスにならなくていい

そして一か月が経過した今は
体操することが気持ちよく感じるようになり
肩甲骨周りの頑固なガチガチがかなりほぐれて
長年感じたことがないほど背中が軽くなった
多分、背筋ができてきたのだろう
悩みだった腕の痛みもほとんどなくなり
血行が良くなったのを感じる

一方
ダイエットとはいっても体重の変化はほとんどなく
BMI指数が20のわたしは特にやせる必要もないので
変化がないくらいがちょうどいいのかもしれない

このトレーニングは2か月で終了するというから
あと一か月は続けようと思うが
その後は今の姿勢を維持するように
やっぱり何らかのトレーニングは必要になるのだろうね

*トレーニングの参考動画はこちら

ここ数日暖かい日が続き
シクラメンもここまで開いた
少しずつでも変化が見えるとうれしい
shikuramen20180117.jpg


心の問題 | 22:41:07 | Trackback(-) | Comments(0)
初心者
9月に入っていきなり涼しくなったので
息子は昨日から電車通勤を再開した
今の仕事は一日中パソコンの前に座っているため
どうしても運動不足になってしまう
転職した当時には電車通勤で駅から会社まで歩いていたら
体重がいい感じに減っていたのが
暑くなってマイカー通勤にするとまた元に戻ってしまったので
毎日歩くことによるダイエット効果はかなりあるみたいだ

さて、元々理学部出身の息子が
勉強したことのない機械の設計の仕事をするようになって半年
今自分がどんな仕事をしているのか教えるために、先日は
「3D(三次元)CADを使ってこんなのを描いてるんだよ」と
ギアの画像を送ってきた
g9.jpg

CAD(キャド)とは・・・
”コンピューターを使って設計・デザインすること
あるいはコンピューターによる設計支援ツールのこと”
と解説されているが
そういう知識がなくても
こんな絵を描くんだよ~と見せられれば一目瞭然だ

このように全くの設計初心者である息子だが
5月からは毎月色んなところで行われる研修にも派遣されており
これまでに東京、福岡、大阪、岡山と続き
今週末には名古屋へ行くことになっている
考えてみれば息子は
これまで「一人旅」というものをしたことがほとんどないので
旅行の方も初心者だけど
これも回を重ねてだいぶ慣れてきたらしい

そもそも初心者というのはほとんど何もわからないから
不安もあるし緊張もする
そこで上手くサポートしてくれる人があれば
やがて緊張も解け、理解も進むが
ひとりで頑張るのではなかなか大変なことだ

息子は以前”教えること”を職としていた時には
「初心者にどう教えたらいいか考えることが一番面白い」と言っていた
だからこの研修に参加するたびに一番感心するのは
そこで教える先生方の”話が実に上手い”ことらしい
内容的には大学院レベルのかなり高度なものなので
専門用語を並べられただけではなかなか理解できないが
なるほどこういう例え話なら分かるとか
こういう言い方をすれば伝わりやすいとか
毎回とてもいい勉強になっているようだ

こうして転職をして再び初心者に戻った息子は
初心者がいかなるものであるかを
改めて考える機会を与えられている
初心者は何も知らないので
失敗もすれば、助けを求めなくてはならないことも多い
その時、失敗を正直に告げる勇気と
助けを求める素直さがあれば
周りは結構怒らないで助けてくれるものだ
まあそうじゃない人もいるだろうけど
少なくとも自分はそうありたいよね
どんな人でも初心者の時代があるのだから、、

*****************

昨日までにだいたいバラの夏剪定を終えたが
どこをどう切るか毎年同じことを悩んでいる
ホントわたしは一生バラの初心者だなと思う--;
sideg20170905.jpg


心の問題 | 20:52:44 | Trackback(-) | Comments(0)
ルフトハンザ
大学3年の夏
研修で成田空港の見学に行ったわたしは
憧れのルフトハンザ機を間近で見て
いつかきっとこれに乗るのだと夢見て帰った
あれから35年が経ったが
いまだに実現はしていない
lufthansa20170830.jpg

あの頃はドイツに憧れていて
歴史や文化の本を読みあさり
必修でもないドイツ語Ⅱをわざわざ履修してまで
片言のドイツ語でもしゃべれるようにと
自分でも結構熱心に勉強していたものだ
でも、その頃覚えたことも
今はほとんど頭に残っていない
それでも憧れだけは残っているので
今回娘がドイツに行くと聞いた時は
自分が行くかのように嬉しかった

このせっかくの機会に
わたしが娘に頼んだお土産は
”ルフトハンザ機の中にある持って帰れるもの”
つまり買うのではなく
実際に行ったからこそ持ち帰れる記念品だ

そして実際に持ち帰ったのがお菓子と・・・
lufthansa20170830-2.jpg

プレミアムエコノミーのアメニティ!
(注)これはシートがアップグレードになった先生からもらったもの
lufthansa20170830-3.jpg

中にはソックス・アイマスク・耳せん・歯ブラシ・ウェットシートが入っていた
lufthansa20170830-4.jpg

これだけで十分満足なのに
ルフトハンザのショッピングバッグも買ってきてくれたので
何だかすごく心満たされてもはや乗った気分?!
lufthansa20170830-1.jpg

わたしは性格的にこういうものは”もったいなくて使えない派”だけど
そういう”損な性格”もいいかげんどうにかしたいので
これはもう普段使いにしよう!

心の問題 | 21:24:31 | Trackback(-) | Comments(0)
転職
3月になり、寒さもやわらいで
chriro20170301-4.jpg

壁面ではバラの芽も伸び始めた
naniwa20170301.jpg

畑の緑も勢いづいている
hatake20170301.jpg

昨夜、志音が自分で立ち上がる姿を始めて見た
「写真を撮ろうとすると立ってくれないんだよね~」と
息子がスマホを向けながらぼやいている
まあそのうちいつでも立つようになるから記念写真はその時にね^^

志音が生れて一年余り
その間、息子がここまで子育てに積極的に関わるようになるとは
正直想像もしていなかった・・・と思うくらい
生れて病院から帰って来たその日から
お風呂に入れたりオムツを替えたり夜中にミルクを作ったりと
ずっとママと一緒に子育てをしてきて
今は離乳食作りでも何でも手慣れたものだ

お互い新米のパパ・ママとして
一緒に子どもと向き合い、お互いに苦労も喜びも共有することは
自ずと相互理解にもつながっていく
特にママが職場復帰してフルタイム勤務に戻ってからは
共に助け合っていくことがますます重要になった
だが、どんなに頑張ってもサラリーマンの「時間」は自由にはならない
息子は昨年5月から元の部署に配属になっており
ここはシフト制で、土日休みのママとは休日がなかなか重ならず
帰宅も毎晩10時半ごろになる
仕事は好きだし、同僚にも恵まれているけれど
この先ずっとこのままの状態でいいのか?と考え始めたのが昨年秋のこと、、

残業を減らすなど「働き方」について国をあげて考える時代になった今
盛んにその類のニュースだけは流れているが
企業努力で何とかしようとしても
実際に取り組んで成果が上がるには10年はかかるだろう
「働き方」を変えるという事は、「考え方」を変えるということだ
人間にとって今までやってきたことを変えるほど難しい事はない
ならば環境が変わるのを待つよりも
自分で環境を変えようと、息子は11月にいきなり転職活動を始めた

「土日祝日休み」「残業が少ない」「転勤なし」「自宅から近い」
これらの条件にしぼって転職サイトを当たっていたら
ある大型機械を製造する会社が良さそうだと思ったので応募してみると
トントン拍子に話は進み11月末には採用が決定した
というわけで、他の会社を受けるまでもなくあっさりそこに決めたのだが
今年に入ってから入社し、2月末までの研修を終えて
昨日、配属先が設計部に決まったとのこと
これで昔から好きだった数式の世界に戻っていくことになるのだなと
そして元々「ものづくり」の世界が彼には向いていることを思うと
色んな道をたどりながら必要な経験を積み
その一方で、本当の幸せの意味を見いだし
ここまで導かれてきたのは本当に良かったと思う
そういう意味でも、志音の誕生は
息子にとってとても大きな転機になった

今の会社にはちょうど志音くらいの子どもを持つ新米パパが多いらしく
さっそく「イクメン」談義で盛り上がっているようだ
一昔前からは想像できないくらい
若い人たちの感覚は変わってきている

”仕事と家庭とどっちが大事なの?”

そんな疑問は昔からあったが
答えはひとつ、”どちらも大事”に決まっている
でも、わたしたちの世代はそのバランスが悪かった
言いかえれば、誰かが犠牲になりながらバランスを保っていたわけで
それをみんな当たり前にしてしまっていたのは
そこに「愛」が欠けていたからだと思う

現在社会問題になっている「働き方」というテーマは
単に就労時間を減らせばいいとかそういう表面的な問題ではなくて
そこにどのように「愛を交えた判断」をしていくのかが重要になる
でも、そういう考え方をしてこなかった社会が
そういう社会を作ってきた世代の人々の考え方が
この「愛」についてどう理解し、実際に行動していくことができるのだろうか

息子は今、早い時には帰りに職場のママを車で迎えにも行けるし
だいたい6時半~7時までには帰宅して
親子で食事をし、志音のお風呂に付き合い、洗濯物を干して寝ている
七人家族のわが家はゴミの量も多いが
ゴミ出しの日にはいつの間にか息子が集めて出してくれている
そして、とても嬉しい事には
これでやっと息子は毎週礼拝に出ることができるようになり
今はオルガン伴奏も務めている
ただし、彼のやっていることはどれも義務で仕方なくやっていることではなく
好きなこと、やりたいことを、あくまでも無理のない範囲でやっているわけで
こういった自分自身の中でバランスを取ることも「愛」なのだと思う

心の問題 | 11:44:24 | Trackback(-) | Comments(4)
病気の話 1~自分を知る機会
先々週の土曜日の夜のこと
仕事先から帰ってきた息子が、頭が痛くてご飯が欲しくないと言いだした
その日はいつもの職場よりさらに遠方の本社で会議があり
前々から随分気合を入れて資料を作っていたからきっと疲れたのだろう
まあ一晩寝ればまた元気になるでしょう、若いし・・・と思っていたら
実は一時的にだが言語障害を起こしていたと聞いて驚いた
更には寒気がして、手が非常に冷たく、気分も悪いとのこと
これはもしかして「脳血管疾患」の症状ではないだろうか?!

そこで急いで地元の休日・夜間急患診療所に連れて行くと
”夜間”というわりには22時ですでに閉まっており
(開いていても内科しかないのだけど)
仕方がないので近くの消防署に駆け込んだ
そこで脳神経科の病院へ受け入れを手配してもらえたので
すみやかにMRI検査を受けることができ
検査の結果、幸いなことに脳には全く異常がなく
症状の原因は「ストレートネック」等による血行不良と判明
はぁ~脳じゃなかったのね・・・と、まずはここで一安心した

「ストレートネック」とは
”レントゲン上、首の骨の配列が直線状になる事
長時間デスクワークを行う人に多く見られ、肩こりや頭痛の原因となる”
という状態なのだが
元々姿勢が悪く猫背気味な息子は
首だけではなく、全身にゆがみが出ていると思われる
この夏には腰椎椎間板ヘルニアであることも判明し
痛みが落ち着いたら腰痛体操でも始めようと言いつつ
結局は何かと忙しいので放置していた

また今回の症状は
こうした身体的な問題と共に
精神的な問題から来る筋肉の緊張も大いにかかわっている
特に職場が変わってからは責任を意識する場面も増え
やりがいがあって嬉しい半面、ストレスも増えていることだろう
昔から緊張するとお腹が痛くなるタイプだし
見かけは常に平然としていても、中味はかなりデリケートなのだ

更には、今の職場は非常に寒い地域にあり
最初は寒さ対策をしていなかったため
自然と体は寒さで縮こまっていく
具合が悪くなった日には、背中も肩もカチカチになっており
全身の血行不良で頭への血流が滞ったり、手足が冷えたりするのも当然と思えた

というわけで、今回の騒動は
息子自身の体が今どういう状況にあるのかを教えてくれる良い機会となった
そこでお嫁さんからは
「もう若くないのだから」と、今までの生活の改善を提案され
寒さ対策の服を買い、家でもくつ下をはき、体を温めるものを食べて・・と
色々気をつけるようになっている

またカチカチになった体は夫にマッサージしてもらいすぐに柔らかくなった
この辺の回復はさすがにまだ早い
そういう意味では27歳は十分若いけれど
身体を酷使しても平気な十代と同じに考えてはいけない事は
お嫁さんの言うとおりだ
結婚してまだ7ヶ月だというのに
今回もし息子が重大な病気だったら彼女もどんなにか辛いことだろう
今後は理学療法士である彼女が
姿勢矯正のために色々考えてくれると思われる
こうしてお互い若いうちから弱さを見せあい助け合っていくのは良いことだ

息子は今は現場仕事から離れつつあり
朝の配達や野菜の袋詰め作業の他は
ほとんどパソコンの前で事務作業をしている
こうして肉体労働は軽くなったけれど、決して楽になるわけじゃない
頭脳労働が増えていくほど頭でいつも何か考えているため
気づけば常に体が休まっていないという事もあるだろう
元々いつも何か考えているタイプだからそれは自分にとっては自然なことだけど
年をとるほど疲れがひどくなる・・・と、同じタイプのわたしは思う

それにしても今回27歳の息子が「もう若くない」というのを聞いて
その倍の年齢のわたしはちょっとビックリしたのだが
54歳のわたしが「もう年だから」というと
もっと上の世代の人からは「まだ若いのに」と言われるのを思い出し
一体人間は何歳になったら「若くない」と認定されるのか?と考えてしまった
今度からわたしより若い人が「もう年だから」と言ったら
何がしかの労わりの言葉をかけてあげたいものだと思う
そういう言葉が出るのは、年齢に関わらず疲れている証拠だから

庭ではまだ咲いているバラがある
rose20151209.jpg

この時期もうすっかり動きをとめているバラも多いが
それぞれの資質に応じた動きをしながら年を越そうとしているのを見て
この無理をしない感じがいいなあと思うのだった

心の問題 | 13:39:58 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし 10~発酵を楽しむ
最近、母の作るベーグルが子どもたちの間で人気だ
bagel20151114-1_20151119102607b68.jpg

普通のパンと違って、「ゆでる」という工程が入るので
モチモチ感があって美味しくなるらしい
bagel20151114-2_20151119102609a27.jpg

少量のオリーブオイルを使ったあっさりした食感も人気の秘けつ
bagel20151114-3_201511191026116f0.jpg

母がうちに来て一緒に住むようになり、パン作りを覚えてから約15年
今まで色んな種類のパンを作ってきたけれど
ベーグルは初めての挑戦だ
自分でネット検索をしながらレシピを調べ
こうして一生懸命作るのは「食べてくれる人」がいるから

「作る人」にとって「食べてくれる人」の存在は重要だ
しかも関心をもって、もっとこうしたらああしたらと
改良点をアドバイスしてくれるところがなお嬉しい
うちのように人数の多い家族では
高齢の母にも大いに活躍の場がある
それがどれほど重要なことかを
最近も友人たちの話を聞いていて思い知らされたばかりだ
老いていく日々は、すなわち失われていくばかりの日々のようで
そこに生きる希望を見出すことは難しくなっていく
そんな中で、母に生きる喜びの材料が与えられていることを
わたしは本当にうれしく思う

パン以外にも、母とは発酵肥料を通してずっと「発酵」で興味を共有してきたが
先日、道の駅で甘酒を買ってきた息子が
砂糖を加えないのに発酵だけでこの甘さになるのかと驚いていた
彼にとって全く興味のない分野であった微生物の世界は
今や農場でも発酵肥料や微生物資材を使っていることもあり
一気に身近なものとなっている

そこで、うちでも米こうじを使って甘酒を作ってみることにした
わたし自身むかし一度コタツを使って作った経験はあるのだけど
今回使うのはこの便利な道具だ
shatlesheff2015910_201511191045280e4.jpg

この真空保温調理器『シャトルシェフ』は
お嫁さんが一人暮らししていた時代に息子がプレゼントしたもの
それが彼女と共に我が家にやってきて
特に煮込み料理に重宝している

説明書によると、ヨーグルトやパン生地を作る「発酵」にも適していて
甘酒の作り方も載っていたので試してみることにした

以下レシピ通りに
お粥状に炊いた米と、米こうじにぬるま湯を加えたものを混ぜ
50~60度に調整して12時間保温
その後、水を加えて3倍に薄め、沸騰直前まで火にかけ
6時間保温したもの↓
shatlesheff20151119.jpg

12時間保温した時にはドロドロの甘酒の素ができていて
これはかなり甘かったが
3倍まで薄めたものは、味が薄すぎて
砂糖を加えなくては道の駅の甘酒ほど甘くはならない
調べてみると、シャトルシェフを使っても12時間保温の間には
2~4時間ごとに加温して60度を保つようにした方がいいようだ
(そもそも”3倍に薄める”なんてレシピは他には見当たらないけど、、)
というわけで、更に甘い「甘酒の素」を作るべく再チャレンジ中~

<追記>
2時間おくと50度以下に下がっていたので60度以上に加熱し保温
これを2回繰り返して一晩おくと
前回とは違って粒が残らないほどドロドロにとけていて
非常に甘かった
この甘さなら薄めなければ甘すぎというほど

心の問題 | 20:36:04 | Trackback(-) | Comments(0)
おだやかな暮らし 9~農場へ行く
昨日は、空港へ夫を迎えに行くついでに
娘と一緒に、息子の働く農場をのぞいてきた
出かける前から娘はもう遠足気分でご機嫌だ
高速道路のサービスエリアで食事をしながら
「いいお休みだね~~」と何度も言う
そう、お天気もいいし、暖かいし、最高の行楽日和
色々と追われるような日々を送っている中で
自然の景色を見ながら
のんびりしたひと時を過ごせるのは至福の時~

空港へ向かう道から、初めて『フライトロード』へ入っていくと
sera20151116-1.jpg

ほとんど車の姿を見ることがない道が続く
sera20151116-2.jpg

フライトロード終点
sera20151116-4.jpg

その先の道は山の中へと続き
sera20151116-5.jpg

再び平地に出てしばらく行くと
sera20151116-7.jpg

あらかじめグーグルマップのストリートビューで確認した光景が出てきた
う~ん、なんか感激!
で、ここを曲がると
sera20151116-8.jpg

車一台しか通れない道になり
sera20151116-9.jpg

更に
「え?ここを行くの?!と思えるような道に出るよ」
と息子に聞いていた道を通りぬけたら
sera20151116-10.jpg

そこには広大な畑が広がっていた(再び感激!)
sera20151116-11.jpg

ビニールハウスがいっぱい!
sera20151116-12.jpg

この先の管理棟があるところまで行ったのだが
ちょうどトラックが発進するところだったので
じゃまにならないように早々に退散した
sera20151116-13.jpg

その後は、息子が配達に行っている道の駅を目指して出発するが
まずは途中にある地域の特産品が並ぶお店へ行く
sera20151116-14.jpg

その後、道の駅へ
ここは建物も新しく、観光バスがやってくるのでお客さんも多い
sera20151116-15.jpg

さあ、買い物もしたし、アイスクリームも食べたし
そろそろ空港へ行く時間だ

向こうの一角だけきれいな黄緑色になっていると思ったら
sera20151116-16a.jpg

これは麦??
sera20151116-17.jpg

空港へ
sera20151116-18.jpg

お帰り~
sera20151116-19.jpg

昨日の日和が一転し、今日は雨になった
昨日がこんな雨だったら
運転に自信のないわたしには随分大変だっただろう
本当に穏やかな良い一日を過ごさせてもらったものだ

心の問題 | 21:23:16 | Trackback(-) | Comments(0)
おだやかな暮らし 8~おやつを作る
このところ息子の腰痛が再発している
本人いわく、原因は”ストレス”とのこと
新しい職場は新鮮で楽しいし、人間関係も良好だ
それでもストレスになっているのは
仕事について常に考えているからだと思われる

トラクターに乗って農作業していた日々は過ぎ
先週は経営会議に出席して、初めて経理書類の見方も教わった
更には、農業の分野が抱える問題も色々知り
その上で会社としてどう収益を上げていくのかを
農業初心者の息子も共に考えていかなくてはならない
せっかく品質の良い野菜を作っても
売れなければ経営は成り立たず
求めに応じて安定供給できなければ取引先の信用を失う
農業は人間の都合でコントロールできない部分が多い分野だから
そこに安定を求めるのはそもそも無理なことだが
「できない」といってしまえばそこで終りになる
どんな分野の人々もみな様々な問題を抱えつつ
制度の改革といった外側からの助けを待つばかりでなく
自分たちに今できることは何?と
内側からの改革を積極的に進めることは重要だ

農業知識も経営の経験もない息子にもできることはある
収穫や出荷のデータをまとめ、分析すると
ひとつの傾向が見えてくるし
それをみんなにわかりやすく表現できれば
自然と改善策も出てくるだろう
彼にとって今後の武器は「数字」
そのために今日はパソコンを新たに組んで会社へ持って行った
こうして息子は、この2年半、とても重要な経験をさせられた後
自分が一番得意とする道へと導かれていく

今朝はいつもより早く5時40分ごろ出かけたのではないかと思うが
普段でも6時には出かけるので、わが家の朝はかなり早い
それでも、以前は帰宅時間が夜10時を過ぎていたのが
今はだいたい7時までには帰ってくるようになり
格段に楽になった感じがする
何より夕食を早く食べることができるし、その分、片付けも早く済む
そして、食後もゆっくり時間があるので
お嫁さんと二人でおやつを作ったりする余裕も持てるようになった

最近のお気に入りは「求肥」つくり
もち粉と砂糖と水を混ぜて加熱する「ぎゅうひ」は大好物だけど
息子は作り方を調べるまでは「牛皮」と書くのだと思っていたらしい^^;

材料を量り、混ぜてレンジに入れ餅状にする
gyuhi20151106-1.jpg

片栗粉をつけながら伸ばし
gyuhi20151106-2.jpg

適当な大きさに切って餡をくるんで
gyuhi20151103-1.jpg

求肥まんじゅうのできあがり
gyuhi20151103-2.jpg

ダイエットの事は気になりつつも
美味しいものを食べるとストレスが減る
そして何より「一緒に作る人がいる」というのがいい
おだやかなひと時は明日への活力になるだろう

心の問題 | 13:28:57 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし 7~体に優しいもの
息子が農場に出向してから早一ヶ月が過ぎた
先週は社員旅行で元の職場の人たちと一緒に出かけたのだが
その時みんなから「大変だろう」「辛くはないか」「指導員に戻りたいだろう」と
口々に心配してもらったとのこと
いや本人にとっては辛いどころか新鮮で楽しい日々を送っているのだけどね~

最近は道の駅に配達に出るようになり
わたしが楽しみにしていた野菜も買って来てくれるようになったし
自分が買ってきた野菜の品質を気にして、息子自身もよく食べている
塩をして一晩おいた豚肉の塊をゆでて大量のキャベツと食べる「塩豚」では
スーパーで買ったキャベツと道の駅のキャベツの食べ比べもした
その日には一度に2個もキャベツを買って来るものだから翌日はロールキャベツにする
あと、いいサトイモが入った豚汁も美味しかったし
今日はレンコンではさみ揚げを作ってとリクエストがあった

その他に、農場で余ったり規格外の野菜も持って帰ることがあるのだが
先日持ち帰ったゴボウには驚いた
う~ん、、これは「木」にしか見えないよね・・・@@
gobo20151101.jpg

パッと見ただけではとても食べられそうもないと思ったが
とりあえず細切りにしてゆでてみると
この農場産ゴボウ特有のコリコリした食感が健在で
マヨネーズ醤油であえたサラダで食べることができた
いやホントこんなの普通だったらスジだらけで歯が立たないでしょう?!
正直なところ、こんなにもらってきてどうするのだろうと途方に暮れかけたのだけど
キンピラごぼうにしたり
細切りにして小麦粉をまぶし油げ揚げてポン酢であえたりしても
市販の細いゴボウよりもよっぽど歯切れがよくて美味しいのでびっくり~
これならちょうどジャガイモでフライドポテトを作るように
フライドゴボウにしても美味しいと思う
息子も「こういうのを保育園に売りにいくといいかもね」と言っている
なるほど子どものおやつに良さそうだ

というわけで、息子はこれまでの人生で今一番たくさん野菜を食べている
自分の職場のものは愛着もあるから自然と興味もわくのだろう
昔は野菜嫌いで困ったものだけど
圧倒的に肉類中心だった食生活も変化してきて
最近は魚もよく食べるし
こうして体に良い(優しい)ものを求めていくようになるんだなあと
誰かに強制されないで、自然にそういう方向に向くことがすごいと思うのだ
まあ本人は「年をとったんだよ」というけれど
10日後には27歳の誕生日を迎える・・・って、まだ十分若者よねぇ?!^^;

一方、娘の方は
畑でできる小松菜とバナナやリンゴをミキサーにかけて作る
「グリーンスムージー」にハマっている
これを飲むようになってから肌の調子が良いのだそうだ
komatsuna20151101.jpg

スムージー用の葉もの野菜はやっぱり無農薬栽培がいい
母の畑も今調子が良いので、しばらくは材料が提供できそうだ

心の問題 | 23:29:50 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし 6~新しき地に
10月1日付で教習部から総務部へ異動になった息子は
その日からグループ会社の農場に2年間の予定で出向し
今まで全く経験したことのない農作業をするようになった

この勤務先が決まった時には
わたしは母と共に「楽しみだね!!」と喜んだものだ
何しろここは『有機JAS認定』の農場
ならばわたしたちの知らない面白い栽培方法なども聞けるかもしれない
無農薬栽培のためにどういう方法を使っているのだろう?
あの広大な畑でまさか虫を手で捕れるわけないよね?!
資材は何を?連作障害の問題とかどうしてる??
ああもうわたしが直接行って色々聞きたいわ!!(←迷惑な親^^;)

また、周辺には道の駅があって
地元の野菜や果物などが安価に売られていたりする
100キロ先の道の駅なんてめったに行くチャンスはないけど
これからは息子が立ち寄ることも可能になるんじゃない?!(←すっかりその気)

・・・とまあ、勝手に考えていたら
先週、広島の繁華街の売り場まで有機野菜を持って遠征した際には
道の駅の商品も一緒に持って行ったので
肉厚のシイタケとか、さしみこんにゃくとか、葉もの野菜とかあんこ餅とか
うちにも美味しいお土産をたくさん買ってきてくれた♪

我が家では、もう10年以上前から無農薬の野菜を作ってきたから
「野菜本来の味」とか、「本物の食べもの」の違いや価値といったことについては
子どもたちにも知ってほしいと思ってきたが
息子はそういうことには全然興味がなくて
野菜作りよりも「牛を飼ったら?」なんて言っていた
彼にとって野菜は単なる「草」でしかなかったからだ

ところが、こうして農場が自分の職場になると
そこでどういうものがどういう方法で作られているのか無関心ではいられない
無関心では仕事も好きになれないし自分もつまらないだろう
すると、有機栽培について
あらかじめわたしが問題点や難しい点などの話をしておいたことが
まさにその農場でも課題であることを知り
計画通りに進めることが難しい分野であることもわかってきた
社長からは
「農業は心の清い人にしかできません」
と言われたとのことだが
その意味するところはだいたいわかる
特に農薬を使わない栽培では
”こうすれば上手くいく”という絶対の方法がない
そこで一番活躍するのは微生物だが
この微生物は人間の都合どおりには動いてくれなくて
そこに欲が働くと失敗する
農業を商売にするにあたって、「もうけ」を無視するわけにはいかないけれど
もうけ第一では、この手の栽培はできないだろう
わたしはずっと農業には「心がけ」が重要だと思っている

こんなあいまいで不思議な世界と息子はどう向き合っていくのだろうか
それを考えるとすごく面白いし
野菜どころか植物全般に興味のなかった彼が
今はトラクターを運転し、種をまき、収穫作業や出荷作業を覚えながら
植物の世界を肌身で感じていることそのものを不思議だとも思う

こうして息子は今
車やバイクに乗って指導員をしていた時代が遠いことに思えるほど
全く新しいところで、一通り仕事を体験することに忙しい
特に小さい時から「働く自動車」が大好きだから
はじめてトラクターに乗った日は、それはそれは楽しかったようだ
毎日「今日の仕事はね」と
彼の報告を聞くのも新しい楽しみになった
それはまるで小学生が社会見学に行ってきたみたいな感じで
新たな職場が自分にとって楽しいものとなるように
すでに自ら積極的に取り組んでいるのがよくわかる

昔から新しい地に出向く時には
彼はいつも過去への思いを引きずることをしない
だから「今」が一番幸せだと思っているし
そうなるように意識して動いていくのが常だ
そんな幸せな生き方をすでに知っていることが
親としては一番嬉しい
教会ではいつもそれを教えているのだからね

今後は、事務作業や物流の勉強など
農場経営全体の仕事に関わっていくようになるので
当分は新しいことを勉強する日々になる
彼にとっては知らない事ばかりの新鮮な日々は面白いけれど
ただひとつ気がかりなことは
椎間板ヘルニアを患っていることだ
元々学生時代にコンビニでバイトをしている時から腰が悪く
夫も大学時代に重度の椎間板ヘルニアで手術を経験している程だから
体質的に似ているのだろう
だからこそ早い段階で一日中車に乗る仕事から離れたことは良かったと思う
何事もこうしてちょうどいいタイミングで動いていく
いつもそれがあるから、この先もきっと上手くいくのだろうと平安でいられる

***********************

わたしとしては
我が家の野菜と息子の持って帰った野菜を
食べ比べるのも楽しみになっている
野菜は土によって味が全然違うから本当に面白い
lief20151007-1.jpg

daikon20151014-1.jpg


心の問題 | 22:40:11 | Trackback(-) | Comments(4)
おだやかな暮らし 5~節目の日
5月の結婚式から4カ月が過ぎた今月半ば
息子たちは車で長崎へと遅い新婚旅行に出かけた
3泊4日の間にはハウステンボス~平戸の隠れキリシタンの教会を巡り
豪華なホテルを楽しみ、一日中美味しいものを食べすぎて
しっかりと楽しいひとときを満喫できたようだ

こうして節目の思い出はできるだけいいものであってほしいと
わたしはいつも思っている
長い人生の間にはこういうことは結構思い出すものだし
大げさなことでなくていいから
とにかくお互いの職場で特別休暇を利用できるうちに新婚旅行に行けたらと願っていたので
今回いいタイミングで実現できて、わたしも一安心したのだった

実は、息子は明日から新しい職場へ異動することになっている
インストラクター職として入社してから2年半
そのうち実際に指導員資格をもって勤務したのは2年余りだが
こんなに早く異動になるとは、聞かされた時には驚いたものだ

異動の話を聞いたのはまだ結婚の前で
その時には具体的な勤務先が決まっておらず
新婚早々単身赴任になるのか
それともお嫁さんが仕事をやめてついていくのか
色々と心配もしたけれど
結局ギリギリ通勤できる場所になったので
とりあえず引越しの心配はなくなった

ギリギリ通勤できる距離といっても、片道100キロ近くあり
大学時代の片道60キロをはるかに上回るが
新しい道路も開通したし、高速道路を利用すれば
一時間余りで行けそうだ
それに、今まで帰宅が10時過ぎだったのが
これからは多分かなり早くなる
そうなると一緒に夕食を食べることもできるだろう
せっかくの新婚時代だから
少しでも一緒に過ごせる時間があればと思っていたが
そういう意味でも今回の異動は実にありがたい
そしてこれでやっと毎週日曜日が休みになるし
久しぶりに今年のクリスマス礼拝後の食事会には
息子の作るゼリーが復活するだろう

今日はちょうどお嫁さんの誕生日なので
昨夜は息子が牛乳寒天とコーヒーゼリーを作っていた
その片づけを彼女が手伝いながら二人で楽しそうにやっている
そして今朝はそれを食べて出勤し
息子は最後の挨拶だけで帰ってきて
夜には二人でケーキを買いに行った
こうして節目の日はおだやかに過ぎていく

さあ、明日からは息子にとって新たな一歩が始まる
新しい職場はなんと「農場」だ!
ドキドキの初出勤についてはまた後ほど・・

shumeigiku2015929-1a.jpg


心の問題 | 23:41:04 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし 4~どうしようもない話
先日、3週間ぶりに雨が降り
連日の猛暑もやっと落ち着いた
7月26日から原因不明の高熱と頭痛で寝込んでいたわたしに代わって
夫が毎晩一生懸命水やりをしてくれたおかげで
バラも元気に生きている
rose2015813-2.jpg

後頭部のチリチリする痛みは「後頭部神経痛」と診断され
主にストレスからくるというものだったが
そういえばわたしは昔から
偏頭痛や三叉神経痛、肋間神経痛といった神経痛持ちで
それが後頭部に出ただけならまあ深刻な病ではないと思って安心した

しかし、問題は熱の方だ
39度近い熱が出た翌日には近くの医院へ行ったが
血液検査の結果、炎症反応が全く出ておらず
感染症の類ではないのに、その後、高熱が5日も続くとなるとこれは何?!
となった時、医師からは「自律神経の乱れかも」という話が出て
ああなるほどそれなら納得がいくわと思ったとたん
その日から少しずつ熱が下がり始めた
とはいえ、結局平熱になるのに2週間以上かかり
家族にはずいぶん心配をかけることになってしまった

一口に「自律神経の乱れ」といっても
そこからどんな深刻な症状が起こるのかは
今までいくつもの症例に出会って知っている
そして、どんな重症の人もやがて癒されていく過程を実際に見ているので
自分の場合も大丈夫だとすぐに思った・・・が
この種の病は放置したままではダメだということも知っている
そこには「寄り添う人」が必要だということ
つまり、発症の元となっている問題を聞いて理解を示す人が必要なのだ

わたしには30年来の「どうしようもない問題」がいくつもある
それらは解決することもなく、あきらめるしかない問題だから
頭の中ではそれを理解し、すっかりあきらめたつもりになっていても
現実には悔しくて哀しくて仕方がない思いがつのっていて
それがこうして身体の症状に出たのだろう
今さら昔の事を夫にグチってもどうしようもない事も知っているし
それでなくても日常的に人の愚痴ばかり聞かされている夫に
「どうしようもない問題」を話しても
夫自身も同じ問題の被害者だというのに、負担を増やすばかりだと思っていたが
結局、夫がそんなどうしようもない話に毎日延々とつきあってくれて
話すことで自分が確実に元気になるのがわかった
本当に有難いことだ
そしてそのことは
わたし自身も今までたくさんの人の話を聞いてきたけれど
それはきっと何か役に立っていたんだろうと
少し心慰められる経験でもあった

さあ、そろそろこのどうしようもない問題から本当に立ち上っていかないとね
愚痴はくり返すときりがなく
相手を共に闇に引きずり込もうとすることをわたし自身よく知っている
教会に持ち込まれる話には良い話なんてほとんどない
例として一番わかりやすいのはお金の話で
「お金がない」という愚痴を言い続ける人の話は
相手に「出してくれ」といって脅迫しているようなものだ
自分の問題を他者に丸投げするのは、自分を省みない人のすることで
無責任な人には成長がなく、問題はいつまでも解決しない
問題の中には、いつも自分が学ぶべき課題があるはずだ
「自分は何者なのだろう?」・・・と

遅くから種をまいたミニアサガオが咲き始めた
asagao2015815.jpg

寝込んでいる間は、熱が下がりつつある時でも、心が荒んで
大切にしてきたバラの事さえもう全部枯れてもどうでもいいわと思える始末、、
どうしようもない問題を思い出せば思い出すほど腹が立ち
過去にこだわるほど自分も周りもダメにしていくことを実感する
そんなことを夫に言ったら
黙ってせっせと水やりしてくれて、栄養剤までかけてくれて
こうして花が咲くと、やはり嬉しい

自然のものは、闇の中にいる人の心に
ふと光の存在を感じさせてくれることがある
人が自分で心を変えようとしても出来なかった事が
小さな花一つ見ることで変わっていくこともある
昨日は、また写真でも撮ろうかなと思ってカメラをもって外に出た
光の方へ導いてくれる人がなければ
まだ痛みや熱も続き、家から出れないままだったかもしれない

だからわたしも、これからまた人のどうしようもない話を聞くだろう
それは、その人が自分の進むべき方向を見つけるため
いつまでも過去にとどまっていないで
光に向かって歩き始めるために

心の問題 | 19:57:57 | Trackback(-) | Comments(0)
次のページ
PROFILE

kimi

  • author: kimi
  • バラの咲く教会を夢見てから
    15年がたちました
    今も理想と現実の間で
    日々奮闘中です
  • RSS
Calender
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -
01月 « 2018/02 » 03月
Recent Comments
Recent Trackbacks
Archives
Search
Search this site.