初心者
9月に入っていきなり涼しくなったので
息子は昨日から電車通勤を再開した
今の仕事は一日中パソコンの前に座っているため
どうしても運動不足になってしまう
転職した当時には電車通勤で駅から会社まで歩いていたら
体重がいい感じに減っていたのが
暑くなってマイカー通勤にするとまた元に戻ってしまったので
毎日歩くことによるダイエット効果はかなりあるみたいだ

さて、元々理学部出身の息子が
勉強したことのない機械の設計の仕事をするようになって半年
今自分がどんな仕事をしているのか教えるために、先日は
「3D(三次元)CADを使ってこんなのを描いてるんだよ」と
ギアの画像を送ってきた
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CAD(キャド)とは・・・
”コンピューターを使って設計・デザインすること
あるいはコンピューターによる設計支援ツールのこと”
と解説されているが
そういう知識がなくても
こんな絵を描くんだよ~と見せられれば一目瞭然だ

このように全くの設計初心者である息子だが
5月からは毎月色んなところで行われる研修にも派遣されており
これまでに東京、福岡、大阪、岡山と続き
今週末には名古屋へ行くことになっている
考えてみれば息子は
これまで「一人旅」というものをしたことがほとんどないので
旅行の方も初心者だけど
これも回を重ねてだいぶ慣れてきたらしい

そもそも初心者というのはほとんど何もわからないから
不安もあるし緊張もする
そこで上手くサポートしてくれる人があれば
やがて緊張も解け、理解も進むが
ひとりで頑張るのではなかなか大変なことだ

息子は以前”教えること”を職としていた時には
「初心者にどう教えたらいいか考えることが一番面白い」と言っていた
だからこの研修に参加するたびに一番感心するのは
そこで教える先生方の”話が実に上手い”ことらしい
内容的には大学院レベルのかなり高度なものなので
専門用語を並べられただけではなかなか理解できないが
なるほどこういう例え話なら分かるとか
こういう言い方をすれば伝わりやすいとか
毎回とてもいい勉強になっているようだ

こうして転職をして再び初心者に戻った息子は
初心者がいかなるものであるかを
改めて考える機会を与えられている
初心者は何も知らないので
失敗もすれば、助けを求めなくてはならないことも多い
その時、失敗を正直に告げる勇気と
助けを求める素直さがあれば
周りは結構怒らないで助けてくれるものだ
まあそうじゃない人もいるだろうけど
少なくとも自分はそうありたいよね
どんな人でも初心者の時代があるのだから、、

*****************

昨日までにだいたいバラの夏剪定を終えたが
どこをどう切るか毎年同じことを悩んでいる
ホントわたしは一生バラの初心者だなと思う--;
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心の問題 | 20:52:44 | Trackback(-) | Comments(0)
ルフトハンザ
大学3年の夏
研修で成田空港の見学に行ったわたしは
憧れのルフトハンザ機を間近で見て
いつかきっとこれに乗るのだと夢見て帰った
あれから35年が経ったが
いまだに実現はしていない
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あの頃はドイツに憧れていて
歴史や文化の本を読みあさり
必修でもないドイツ語Ⅱをわざわざ履修してまで
片言のドイツ語でもしゃべれるようにと
自分でも結構熱心に勉強していたものだ
でも、その頃覚えたことも
今はほとんど頭に残っていない
それでも憧れだけは残っているので
今回娘がドイツに行くと聞いた時は
自分が行くかのように嬉しかった

このせっかくの機会に
わたしが娘に頼んだお土産は
”ルフトハンザ機の中にある持って帰れるもの”
つまり買うのではなく
実際に行ったからこそ持ち帰れる記念品だ

そして実際に持ち帰ったのがお菓子と・・・
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プレミアムエコノミーのアメニティ!
(注)これはシートがアップグレードになった先生からもらったもの
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中にはソックス・アイマスク・耳せん・歯ブラシ・ウェットシートが入っていた
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これだけで十分満足なのに
ルフトハンザのショッピングバッグも買ってきてくれたので
何だかすごく心満たされてもはや乗った気分?!
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わたしは性格的にこういうものは”もったいなくて使えない派”だけど
そういう”損な性格”もいいかげんどうにかしたいので
これはもう普段使いにしよう!

心の問題 | 21:24:31 | Trackback(-) | Comments(0)
転職
3月になり、寒さもやわらいで
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壁面ではバラの芽も伸び始めた
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畑の緑も勢いづいている
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昨夜、志音が自分で立ち上がる姿を始めて見た
「写真を撮ろうとすると立ってくれないんだよね~」と
息子がスマホを向けながらぼやいている
まあそのうちいつでも立つようになるから記念写真はその時にね^^

志音が生れて一年余り
その間、息子がここまで子育てに積極的に関わるようになるとは
正直想像もしていなかった・・・と思うくらい
生れて病院から帰って来たその日から
お風呂に入れたりオムツを替えたり夜中にミルクを作ったりと
ずっとママと一緒に子育てをしてきて
今は離乳食作りでも何でも手慣れたものだ

お互い新米のパパ・ママとして
一緒に子どもと向き合い、お互いに苦労も喜びも共有することは
自ずと相互理解にもつながっていく
特にママが職場復帰してフルタイム勤務に戻ってからは
共に助け合っていくことがますます重要になった
だが、どんなに頑張ってもサラリーマンの「時間」は自由にはならない
息子は昨年5月から元の部署に配属になっており
ここはシフト制で、土日休みのママとは休日がなかなか重ならず
帰宅も毎晩10時半ごろになる
仕事は好きだし、同僚にも恵まれているけれど
この先ずっとこのままの状態でいいのか?と考え始めたのが昨年秋のこと、、

残業を減らすなど「働き方」について国をあげて考える時代になった今
盛んにその類のニュースだけは流れているが
企業努力で何とかしようとしても
実際に取り組んで成果が上がるには10年はかかるだろう
「働き方」を変えるという事は、「考え方」を変えるということだ
人間にとって今までやってきたことを変えるほど難しい事はない
ならば環境が変わるのを待つよりも
自分で環境を変えようと、息子は11月にいきなり転職活動を始めた

「土日祝日休み」「残業が少ない」「転勤なし」「自宅から近い」
これらの条件にしぼって転職サイトを当たっていたら
ある大型機械を製造する会社が良さそうだと思ったので応募してみると
トントン拍子に話は進み11月末には採用が決定した
というわけで、他の会社を受けるまでもなくあっさりそこに決めたのだが
今年に入ってから入社し、2月末までの研修を終えて
昨日、配属先が設計部に決まったとのこと
これで昔から好きだった数式の世界に戻っていくことになるのだなと
そして元々「ものづくり」の世界が彼には向いていることを思うと
色んな道をたどりながら必要な経験を積み
その一方で、本当の幸せの意味を見いだし
ここまで導かれてきたのは本当に良かったと思う
そういう意味でも、志音の誕生は
息子にとってとても大きな転機になった

今の会社にはちょうど志音くらいの子どもを持つ新米パパが多いらしく
さっそく「イクメン」談義で盛り上がっているようだ
一昔前からは想像できないくらい
若い人たちの感覚は変わってきている

”仕事と家庭とどっちが大事なの?”

そんな疑問は昔からあったが
答えはひとつ、”どちらも大事”に決まっている
でも、わたしたちの世代はそのバランスが悪かった
言いかえれば、誰かが犠牲になりながらバランスを保っていたわけで
それをみんな当たり前にしてしまっていたのは
そこに「愛」が欠けていたからだと思う

現在社会問題になっている「働き方」というテーマは
単に就労時間を減らせばいいとかそういう表面的な問題ではなくて
そこにどのように「愛を交えた判断」をしていくのかが重要になる
でも、そういう考え方をしてこなかった社会が
そういう社会を作ってきた世代の人々の考え方が
この「愛」についてどう理解し、実際に行動していくことができるのだろうか

息子は今、早い時には帰りに職場のママを車で迎えにも行けるし
だいたい6時半~7時までには帰宅して
親子で食事をし、志音のお風呂に付き合い、洗濯物を干して寝ている
七人家族のわが家はゴミの量も多いが
ゴミ出しの日にはいつの間にか息子が集めて出してくれている
そして、とても嬉しい事には
これでやっと息子は毎週礼拝に出ることができるようになり
今はオルガン伴奏も務めている
ただし、彼のやっていることはどれも義務で仕方なくやっていることではなく
好きなこと、やりたいことを、あくまでも無理のない範囲でやっているわけで
こういった自分自身の中でバランスを取ることも「愛」なのだと思う

心の問題 | 11:44:24 | Trackback(-) | Comments(4)
病気の話 1~自分を知る機会
先々週の土曜日の夜のこと
仕事先から帰ってきた息子が、頭が痛くてご飯が欲しくないと言いだした
その日はいつもの職場よりさらに遠方の本社で会議があり
前々から随分気合を入れて資料を作っていたからきっと疲れたのだろう
まあ一晩寝ればまた元気になるでしょう、若いし・・・と思っていたら
実は一時的にだが言語障害を起こしていたと聞いて驚いた
更には寒気がして、手が非常に冷たく、気分も悪いとのこと
これはもしかして「脳血管疾患」の症状ではないだろうか?!

そこで急いで地元の休日・夜間急患診療所に連れて行くと
”夜間”というわりには22時ですでに閉まっており
(開いていても内科しかないのだけど)
仕方がないので近くの消防署に駆け込んだ
そこで脳神経科の病院へ受け入れを手配してもらえたので
すみやかにMRI検査を受けることができ
検査の結果、幸いなことに脳には全く異常がなく
症状の原因は「ストレートネック」等による血行不良と判明
はぁ~脳じゃなかったのね・・・と、まずはここで一安心した

「ストレートネック」とは
”レントゲン上、首の骨の配列が直線状になる事
長時間デスクワークを行う人に多く見られ、肩こりや頭痛の原因となる”
という状態なのだが
元々姿勢が悪く猫背気味な息子は
首だけではなく、全身にゆがみが出ていると思われる
この夏には腰椎椎間板ヘルニアであることも判明し
痛みが落ち着いたら腰痛体操でも始めようと言いつつ
結局は何かと忙しいので放置していた

また今回の症状は
こうした身体的な問題と共に
精神的な問題から来る筋肉の緊張も大いにかかわっている
特に職場が変わってからは責任を意識する場面も増え
やりがいがあって嬉しい半面、ストレスも増えていることだろう
昔から緊張するとお腹が痛くなるタイプだし
見かけは常に平然としていても、中味はかなりデリケートなのだ

更には、今の職場は非常に寒い地域にあり
最初は寒さ対策をしていなかったため
自然と体は寒さで縮こまっていく
具合が悪くなった日には、背中も肩もカチカチになっており
全身の血行不良で頭への血流が滞ったり、手足が冷えたりするのも当然と思えた

というわけで、今回の騒動は
息子自身の体が今どういう状況にあるのかを教えてくれる良い機会となった
そこでお嫁さんからは
「もう若くないのだから」と、今までの生活の改善を提案され
寒さ対策の服を買い、家でもくつ下をはき、体を温めるものを食べて・・と
色々気をつけるようになっている

またカチカチになった体は夫にマッサージしてもらいすぐに柔らかくなった
この辺の回復はさすがにまだ早い
そういう意味では27歳は十分若いけれど
身体を酷使しても平気な十代と同じに考えてはいけない事は
お嫁さんの言うとおりだ
結婚してまだ7ヶ月だというのに
今回もし息子が重大な病気だったら彼女もどんなにか辛いことだろう
今後は理学療法士である彼女が
姿勢矯正のために色々考えてくれると思われる
こうしてお互い若いうちから弱さを見せあい助け合っていくのは良いことだ

息子は今は現場仕事から離れつつあり
朝の配達や野菜の袋詰め作業の他は
ほとんどパソコンの前で事務作業をしている
こうして肉体労働は軽くなったけれど、決して楽になるわけじゃない
頭脳労働が増えていくほど頭でいつも何か考えているため
気づけば常に体が休まっていないという事もあるだろう
元々いつも何か考えているタイプだからそれは自分にとっては自然なことだけど
年をとるほど疲れがひどくなる・・・と、同じタイプのわたしは思う

それにしても今回27歳の息子が「もう若くない」というのを聞いて
その倍の年齢のわたしはちょっとビックリしたのだが
54歳のわたしが「もう年だから」というと
もっと上の世代の人からは「まだ若いのに」と言われるのを思い出し
一体人間は何歳になったら「若くない」と認定されるのか?と考えてしまった
今度からわたしより若い人が「もう年だから」と言ったら
何がしかの労わりの言葉をかけてあげたいものだと思う
そういう言葉が出るのは、年齢に関わらず疲れている証拠だから

庭ではまだ咲いているバラがある
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この時期もうすっかり動きをとめているバラも多いが
それぞれの資質に応じた動きをしながら年を越そうとしているのを見て
この無理をしない感じがいいなあと思うのだった

心の問題 | 13:39:58 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし 10~発酵を楽しむ
最近、母の作るベーグルが子どもたちの間で人気だ
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普通のパンと違って、「ゆでる」という工程が入るので
モチモチ感があって美味しくなるらしい
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少量のオリーブオイルを使ったあっさりした食感も人気の秘けつ
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母がうちに来て一緒に住むようになり、パン作りを覚えてから約15年
今まで色んな種類のパンを作ってきたけれど
ベーグルは初めての挑戦だ
自分でネット検索をしながらレシピを調べ
こうして一生懸命作るのは「食べてくれる人」がいるから

「作る人」にとって「食べてくれる人」の存在は重要だ
しかも関心をもって、もっとこうしたらああしたらと
改良点をアドバイスしてくれるところがなお嬉しい
うちのように人数の多い家族では
高齢の母にも大いに活躍の場がある
それがどれほど重要なことかを
最近も友人たちの話を聞いていて思い知らされたばかりだ
老いていく日々は、すなわち失われていくばかりの日々のようで
そこに生きる希望を見出すことは難しくなっていく
そんな中で、母に生きる喜びの材料が与えられていることを
わたしは本当にうれしく思う

パン以外にも、母とは発酵肥料を通してずっと「発酵」で興味を共有してきたが
先日、道の駅で甘酒を買ってきた息子が
砂糖を加えないのに発酵だけでこの甘さになるのかと驚いていた
彼にとって全く興味のない分野であった微生物の世界は
今や農場でも発酵肥料や微生物資材を使っていることもあり
一気に身近なものとなっている

そこで、うちでも米こうじを使って甘酒を作ってみることにした
わたし自身むかし一度コタツを使って作った経験はあるのだけど
今回使うのはこの便利な道具だ
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この真空保温調理器『シャトルシェフ』は
お嫁さんが一人暮らししていた時代に息子がプレゼントしたもの
それが彼女と共に我が家にやってきて
特に煮込み料理に重宝している

説明書によると、ヨーグルトやパン生地を作る「発酵」にも適していて
甘酒の作り方も載っていたので試してみることにした

以下レシピ通りに
お粥状に炊いた米と、米こうじにぬるま湯を加えたものを混ぜ
50~60度に調整して12時間保温
その後、水を加えて3倍に薄め、沸騰直前まで火にかけ
6時間保温したもの↓
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12時間保温した時にはドロドロの甘酒の素ができていて
これはかなり甘かったが
3倍まで薄めたものは、味が薄すぎて
砂糖を加えなくては道の駅の甘酒ほど甘くはならない
調べてみると、シャトルシェフを使っても12時間保温の間には
2~4時間ごとに加温して60度を保つようにした方がいいようだ
(そもそも”3倍に薄める”なんてレシピは他には見当たらないけど、、)
というわけで、更に甘い「甘酒の素」を作るべく再チャレンジ中~

<追記>
2時間おくと50度以下に下がっていたので60度以上に加熱し保温
これを2回繰り返して一晩おくと
前回とは違って粒が残らないほどドロドロにとけていて
非常に甘かった
この甘さなら薄めなければ甘すぎというほど

心の問題 | 20:36:04 | Trackback(-) | Comments(0)
おだやかな暮らし 9~農場へ行く
昨日は、空港へ夫を迎えに行くついでに
娘と一緒に、息子の働く農場をのぞいてきた
出かける前から娘はもう遠足気分でご機嫌だ
高速道路のサービスエリアで食事をしながら
「いいお休みだね~~」と何度も言う
そう、お天気もいいし、暖かいし、最高の行楽日和
色々と追われるような日々を送っている中で
自然の景色を見ながら
のんびりしたひと時を過ごせるのは至福の時~

空港へ向かう道から、初めて『フライトロード』へ入っていくと
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ほとんど車の姿を見ることがない道が続く
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フライトロード終点
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その先の道は山の中へと続き
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再び平地に出てしばらく行くと
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あらかじめグーグルマップのストリートビューで確認した光景が出てきた
う~ん、なんか感激!
で、ここを曲がると
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車一台しか通れない道になり
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更に
「え?ここを行くの?!と思えるような道に出るよ」
と息子に聞いていた道を通りぬけたら
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そこには広大な畑が広がっていた(再び感激!)
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ビニールハウスがいっぱい!
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この先の管理棟があるところまで行ったのだが
ちょうどトラックが発進するところだったので
じゃまにならないように早々に退散した
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その後は、息子が配達に行っている道の駅を目指して出発するが
まずは途中にある地域の特産品が並ぶお店へ行く
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その後、道の駅へ
ここは建物も新しく、観光バスがやってくるのでお客さんも多い
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さあ、買い物もしたし、アイスクリームも食べたし
そろそろ空港へ行く時間だ

向こうの一角だけきれいな黄緑色になっていると思ったら
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これは麦??
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空港へ
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お帰り~
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昨日の日和が一転し、今日は雨になった
昨日がこんな雨だったら
運転に自信のないわたしには随分大変だっただろう
本当に穏やかな良い一日を過ごさせてもらったものだ

心の問題 | 21:23:16 | Trackback(-) | Comments(0)
おだやかな暮らし 8~おやつを作る
このところ息子の腰痛が再発している
本人いわく、原因は”ストレス”とのこと
新しい職場は新鮮で楽しいし、人間関係も良好だ
それでもストレスになっているのは
仕事について常に考えているからだと思われる

トラクターに乗って農作業していた日々は過ぎ
先週は経営会議に出席して、初めて経理書類の見方も教わった
更には、農業の分野が抱える問題も色々知り
その上で会社としてどう収益を上げていくのかを
農業初心者の息子も共に考えていかなくてはならない
せっかく品質の良い野菜を作っても
売れなければ経営は成り立たず
求めに応じて安定供給できなければ取引先の信用を失う
農業は人間の都合でコントロールできない部分が多い分野だから
そこに安定を求めるのはそもそも無理なことだが
「できない」といってしまえばそこで終りになる
どんな分野の人々もみな様々な問題を抱えつつ
制度の改革といった外側からの助けを待つばかりでなく
自分たちに今できることは何?と
内側からの改革を積極的に進めることは重要だ

農業知識も経営の経験もない息子にもできることはある
収穫や出荷のデータをまとめ、分析すると
ひとつの傾向が見えてくるし
それをみんなにわかりやすく表現できれば
自然と改善策も出てくるだろう
彼にとって今後の武器は「数字」
そのために今日はパソコンを新たに組んで会社へ持って行った
こうして息子は、この2年半、とても重要な経験をさせられた後
自分が一番得意とする道へと導かれていく

今朝はいつもより早く5時40分ごろ出かけたのではないかと思うが
普段でも6時には出かけるので、わが家の朝はかなり早い
それでも、以前は帰宅時間が夜10時を過ぎていたのが
今はだいたい7時までには帰ってくるようになり
格段に楽になった感じがする
何より夕食を早く食べることができるし、その分、片付けも早く済む
そして、食後もゆっくり時間があるので
お嫁さんと二人でおやつを作ったりする余裕も持てるようになった

最近のお気に入りは「求肥」つくり
もち粉と砂糖と水を混ぜて加熱する「ぎゅうひ」は大好物だけど
息子は作り方を調べるまでは「牛皮」と書くのだと思っていたらしい^^;

材料を量り、混ぜてレンジに入れ餅状にする
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片栗粉をつけながら伸ばし
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適当な大きさに切って餡をくるんで
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求肥まんじゅうのできあがり
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ダイエットの事は気になりつつも
美味しいものを食べるとストレスが減る
そして何より「一緒に作る人がいる」というのがいい
おだやかなひと時は明日への活力になるだろう

心の問題 | 13:28:57 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし 7~体に優しいもの
息子が農場に出向してから早一ヶ月が過ぎた
先週は社員旅行で元の職場の人たちと一緒に出かけたのだが
その時みんなから「大変だろう」「辛くはないか」「指導員に戻りたいだろう」と
口々に心配してもらったとのこと
いや本人にとっては辛いどころか新鮮で楽しい日々を送っているのだけどね~

最近は道の駅に配達に出るようになり
わたしが楽しみにしていた野菜も買って来てくれるようになったし
自分が買ってきた野菜の品質を気にして、息子自身もよく食べている
塩をして一晩おいた豚肉の塊をゆでて大量のキャベツと食べる「塩豚」では
スーパーで買ったキャベツと道の駅のキャベツの食べ比べもした
その日には一度に2個もキャベツを買って来るものだから翌日はロールキャベツにする
あと、いいサトイモが入った豚汁も美味しかったし
今日はレンコンではさみ揚げを作ってとリクエストがあった

その他に、農場で余ったり規格外の野菜も持って帰ることがあるのだが
先日持ち帰ったゴボウには驚いた
う~ん、、これは「木」にしか見えないよね・・・@@
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パッと見ただけではとても食べられそうもないと思ったが
とりあえず細切りにしてゆでてみると
この農場産ゴボウ特有のコリコリした食感が健在で
マヨネーズ醤油であえたサラダで食べることができた
いやホントこんなの普通だったらスジだらけで歯が立たないでしょう?!
正直なところ、こんなにもらってきてどうするのだろうと途方に暮れかけたのだけど
キンピラごぼうにしたり
細切りにして小麦粉をまぶし油げ揚げてポン酢であえたりしても
市販の細いゴボウよりもよっぽど歯切れがよくて美味しいのでびっくり~
これならちょうどジャガイモでフライドポテトを作るように
フライドゴボウにしても美味しいと思う
息子も「こういうのを保育園に売りにいくといいかもね」と言っている
なるほど子どものおやつに良さそうだ

というわけで、息子はこれまでの人生で今一番たくさん野菜を食べている
自分の職場のものは愛着もあるから自然と興味もわくのだろう
昔は野菜嫌いで困ったものだけど
圧倒的に肉類中心だった食生活も変化してきて
最近は魚もよく食べるし
こうして体に良い(優しい)ものを求めていくようになるんだなあと
誰かに強制されないで、自然にそういう方向に向くことがすごいと思うのだ
まあ本人は「年をとったんだよ」というけれど
10日後には27歳の誕生日を迎える・・・って、まだ十分若者よねぇ?!^^;

一方、娘の方は
畑でできる小松菜とバナナやリンゴをミキサーにかけて作る
「グリーンスムージー」にハマっている
これを飲むようになってから肌の調子が良いのだそうだ
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スムージー用の葉もの野菜はやっぱり無農薬栽培がいい
母の畑も今調子が良いので、しばらくは材料が提供できそうだ

心の問題 | 23:29:50 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし 6~新しき地に
10月1日付で教習部から総務部へ異動になった息子は
その日からグループ会社の農場に2年間の予定で出向し
今まで全く経験したことのない農作業をするようになった

この勤務先が決まった時には
わたしは母と共に「楽しみだね!!」と喜んだものだ
何しろここは『有機JAS認定』の農場
ならばわたしたちの知らない面白い栽培方法なども聞けるかもしれない
無農薬栽培のためにどういう方法を使っているのだろう?
あの広大な畑でまさか虫を手で捕れるわけないよね?!
資材は何を?連作障害の問題とかどうしてる??
ああもうわたしが直接行って色々聞きたいわ!!(←迷惑な親^^;)

また、周辺には道の駅があって
地元の野菜や果物などが安価に売られていたりする
100キロ先の道の駅なんてめったに行くチャンスはないけど
これからは息子が立ち寄ることも可能になるんじゃない?!(←すっかりその気)

・・・とまあ、勝手に考えていたら
先週、広島の繁華街の売り場まで有機野菜を持って遠征した際には
道の駅の商品も一緒に持って行ったので
肉厚のシイタケとか、さしみこんにゃくとか、葉もの野菜とかあんこ餅とか
うちにも美味しいお土産をたくさん買ってきてくれた♪

我が家では、もう10年以上前から無農薬の野菜を作ってきたから
「野菜本来の味」とか、「本物の食べもの」の違いや価値といったことについては
子どもたちにも知ってほしいと思ってきたが
息子はそういうことには全然興味がなくて
野菜作りよりも「牛を飼ったら?」なんて言っていた
彼にとって野菜は単なる「草」でしかなかったからだ

ところが、こうして農場が自分の職場になると
そこでどういうものがどういう方法で作られているのか無関心ではいられない
無関心では仕事も好きになれないし自分もつまらないだろう
すると、有機栽培について
あらかじめわたしが問題点や難しい点などの話をしておいたことが
まさにその農場でも課題であることを知り
計画通りに進めることが難しい分野であることもわかってきた
社長からは
「農業は心の清い人にしかできません」
と言われたとのことだが
その意味するところはだいたいわかる
特に農薬を使わない栽培では
”こうすれば上手くいく”という絶対の方法がない
そこで一番活躍するのは微生物だが
この微生物は人間の都合どおりには動いてくれなくて
そこに欲が働くと失敗する
農業を商売にするにあたって、「もうけ」を無視するわけにはいかないけれど
もうけ第一では、この手の栽培はできないだろう
わたしはずっと農業には「心がけ」が重要だと思っている

こんなあいまいで不思議な世界と息子はどう向き合っていくのだろうか
それを考えるとすごく面白いし
野菜どころか植物全般に興味のなかった彼が
今はトラクターを運転し、種をまき、収穫作業や出荷作業を覚えながら
植物の世界を肌身で感じていることそのものを不思議だとも思う

こうして息子は今
車やバイクに乗って指導員をしていた時代が遠いことに思えるほど
全く新しいところで、一通り仕事を体験することに忙しい
特に小さい時から「働く自動車」が大好きだから
はじめてトラクターに乗った日は、それはそれは楽しかったようだ
毎日「今日の仕事はね」と
彼の報告を聞くのも新しい楽しみになった
それはまるで小学生が社会見学に行ってきたみたいな感じで
新たな職場が自分にとって楽しいものとなるように
すでに自ら積極的に取り組んでいるのがよくわかる

昔から新しい地に出向く時には
彼はいつも過去への思いを引きずることをしない
だから「今」が一番幸せだと思っているし
そうなるように意識して動いていくのが常だ
そんな幸せな生き方をすでに知っていることが
親としては一番嬉しい
教会ではいつもそれを教えているのだからね

今後は、事務作業や物流の勉強など
農場経営全体の仕事に関わっていくようになるので
当分は新しいことを勉強する日々になる
彼にとっては知らない事ばかりの新鮮な日々は面白いけれど
ただひとつ気がかりなことは
椎間板ヘルニアを患っていることだ
元々学生時代にコンビニでバイトをしている時から腰が悪く
夫も大学時代に重度の椎間板ヘルニアで手術を経験している程だから
体質的に似ているのだろう
だからこそ早い段階で一日中車に乗る仕事から離れたことは良かったと思う
何事もこうしてちょうどいいタイミングで動いていく
いつもそれがあるから、この先もきっと上手くいくのだろうと平安でいられる

***********************

わたしとしては
我が家の野菜と息子の持って帰った野菜を
食べ比べるのも楽しみになっている
野菜は土によって味が全然違うから本当に面白い
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心の問題 | 22:40:11 | Trackback(-) | Comments(4)
おだやかな暮らし 5~節目の日
5月の結婚式から4カ月が過ぎた今月半ば
息子たちは車で長崎へと遅い新婚旅行に出かけた
3泊4日の間にはハウステンボス~平戸の隠れキリシタンの教会を巡り
豪華なホテルを楽しみ、一日中美味しいものを食べすぎて
しっかりと楽しいひとときを満喫できたようだ

こうして節目の思い出はできるだけいいものであってほしいと
わたしはいつも思っている
長い人生の間にはこういうことは結構思い出すものだし
大げさなことでなくていいから
とにかくお互いの職場で特別休暇を利用できるうちに新婚旅行に行けたらと願っていたので
今回いいタイミングで実現できて、わたしも一安心したのだった

実は、息子は明日から新しい職場へ異動することになっている
インストラクター職として入社してから2年半
そのうち実際に指導員資格をもって勤務したのは2年余りだが
こんなに早く異動になるとは、聞かされた時には驚いたものだ

異動の話を聞いたのはまだ結婚の前で
その時には具体的な勤務先が決まっておらず
新婚早々単身赴任になるのか
それともお嫁さんが仕事をやめてついていくのか
色々と心配もしたけれど
結局ギリギリ通勤できる場所になったので
とりあえず引越しの心配はなくなった

ギリギリ通勤できる距離といっても、片道100キロ近くあり
大学時代の片道60キロをはるかに上回るが
新しい道路も開通したし、高速道路を利用すれば
一時間余りで行けそうだ
それに、今まで帰宅が10時過ぎだったのが
これからは多分かなり早くなる
そうなると一緒に夕食を食べることもできるだろう
せっかくの新婚時代だから
少しでも一緒に過ごせる時間があればと思っていたが
そういう意味でも今回の異動は実にありがたい
そしてこれでやっと毎週日曜日が休みになるし
久しぶりに今年のクリスマス礼拝後の食事会には
息子の作るゼリーが復活するだろう

今日はちょうどお嫁さんの誕生日なので
昨夜は息子が牛乳寒天とコーヒーゼリーを作っていた
その片づけを彼女が手伝いながら二人で楽しそうにやっている
そして今朝はそれを食べて出勤し
息子は最後の挨拶だけで帰ってきて
夜には二人でケーキを買いに行った
こうして節目の日はおだやかに過ぎていく

さあ、明日からは息子にとって新たな一歩が始まる
新しい職場はなんと「農場」だ!
ドキドキの初出勤についてはまた後ほど・・

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心の問題 | 23:41:04 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし 4~どうしようもない話
先日、3週間ぶりに雨が降り
連日の猛暑もやっと落ち着いた
7月26日から原因不明の高熱と頭痛で寝込んでいたわたしに代わって
夫が毎晩一生懸命水やりをしてくれたおかげで
バラも元気に生きている
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後頭部のチリチリする痛みは「後頭部神経痛」と診断され
主にストレスからくるというものだったが
そういえばわたしは昔から
偏頭痛や三叉神経痛、肋間神経痛といった神経痛持ちで
それが後頭部に出ただけならまあ深刻な病ではないと思って安心した

しかし、問題は熱の方だ
39度近い熱が出た翌日には近くの医院へ行ったが
血液検査の結果、炎症反応が全く出ておらず
感染症の類ではないのに、その後、高熱が5日も続くとなるとこれは何?!
となった時、医師からは「自律神経の乱れかも」という話が出て
ああなるほどそれなら納得がいくわと思ったとたん
その日から少しずつ熱が下がり始めた
とはいえ、結局平熱になるのに2週間以上かかり
家族にはずいぶん心配をかけることになってしまった

一口に「自律神経の乱れ」といっても
そこからどんな深刻な症状が起こるのかは
今までいくつもの症例に出会って知っている
そして、どんな重症の人もやがて癒されていく過程を実際に見ているので
自分の場合も大丈夫だとすぐに思った・・・が
この種の病は放置したままではダメだということも知っている
そこには「寄り添う人」が必要だということ
つまり、発症の元となっている問題を聞いて理解を示す人が必要なのだ

わたしには30年来の「どうしようもない問題」がいくつもある
それらは解決することもなく、あきらめるしかない問題だから
頭の中ではそれを理解し、すっかりあきらめたつもりになっていても
現実には悔しくて哀しくて仕方がない思いがつのっていて
それがこうして身体の症状に出たのだろう
今さら昔の事を夫にグチってもどうしようもない事も知っているし
それでなくても日常的に人の愚痴ばかり聞かされている夫に
「どうしようもない問題」を話しても
夫自身も同じ問題の被害者だというのに、負担を増やすばかりだと思っていたが
結局、夫がそんなどうしようもない話に毎日延々とつきあってくれて
話すことで自分が確実に元気になるのがわかった
本当に有難いことだ
そしてそのことは
わたし自身も今までたくさんの人の話を聞いてきたけれど
それはきっと何か役に立っていたんだろうと
少し心慰められる経験でもあった

さあ、そろそろこのどうしようもない問題から本当に立ち上っていかないとね
愚痴はくり返すときりがなく
相手を共に闇に引きずり込もうとすることをわたし自身よく知っている
教会に持ち込まれる話には良い話なんてほとんどない
例として一番わかりやすいのはお金の話で
「お金がない」という愚痴を言い続ける人の話は
相手に「出してくれ」といって脅迫しているようなものだ
自分の問題を他者に丸投げするのは、自分を省みない人のすることで
無責任な人には成長がなく、問題はいつまでも解決しない
問題の中には、いつも自分が学ぶべき課題があるはずだ
「自分は何者なのだろう?」・・・と

遅くから種をまいたミニアサガオが咲き始めた
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寝込んでいる間は、熱が下がりつつある時でも、心が荒んで
大切にしてきたバラの事さえもう全部枯れてもどうでもいいわと思える始末、、
どうしようもない問題を思い出せば思い出すほど腹が立ち
過去にこだわるほど自分も周りもダメにしていくことを実感する
そんなことを夫に言ったら
黙ってせっせと水やりしてくれて、栄養剤までかけてくれて
こうして花が咲くと、やはり嬉しい

自然のものは、闇の中にいる人の心に
ふと光の存在を感じさせてくれることがある
人が自分で心を変えようとしても出来なかった事が
小さな花一つ見ることで変わっていくこともある
昨日は、また写真でも撮ろうかなと思ってカメラをもって外に出た
光の方へ導いてくれる人がなければ
まだ痛みや熱も続き、家から出れないままだったかもしれない

だからわたしも、これからまた人のどうしようもない話を聞くだろう
それは、その人が自分の進むべき方向を見つけるため
いつまでも過去にとどまっていないで
光に向かって歩き始めるために

心の問題 | 19:57:57 | Trackback(-) | Comments(0)
おだやかな暮らし 3~夏野菜料理
連日の雨にも負けず
トマトは順調に熟している
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苗の先は、母の手がギリギリ届く7段目で止めたが
1~7段目まで4個ずつ生ると
一本の苗から28個のトマトが収穫できることになる
これは我が家の最高記録かも?!
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毎日収穫できるトマトをそのまま食べていると飽きるので
今日は夫が昼食に「夏野菜そうめん」を作った
(キュウリももちろん自家製)
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野菜は火を通しすぎないようにしてお皿に盛り
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この「ミョウガみそ」をつけて食べる
作り方は数年前に夫が自分で考えたもので
これがそうめんにもパスタにもご飯にのせても実に美味しい!
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「ミョウガみそ」は、刻んだミョウガとニンニクをオリーブオイルで炒め
みそ、砂糖、ごま油を加えて少し煮詰めたら出来上がり
ミョウガがたくさん出回るこの時期だからこそできるぜいたく品だ

更に夕食でも
鶏のムネ肉をゆでてさき、「ミョウガみそ」で味付けする
付け合わせのフダン草、サラダ菜、ミニトマトも自家製(写ってないけどナスも)
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夫は、”誰かのため”という以前に
”自分のため”に料理をするのだという
味には人一倍こだわりがあるから
それを自分以外の人に期待できないし
期待したところで出てこないし^^;

夫が料理をするのを見るのは面白い
何しろ子どもの時から料理をしているので
手つきは良いし、仕事も早い
でも何よりいいのは「思い切り」かな
食材の組み合わせや調味料の選び方もとにかく迷わない
ぐずぐず考えるよりまずやる!
やってみれば答えも出る
時々アレ?っと思うようなものになることもあるけれど
それをドキドキしながら食べることも
わたしは面白いと思っている
これはもはやレジャーかと?!

錦糸瓜ができたが
これも何か面白い食べ方がないか聞いてみよう
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心の問題 | 23:04:36 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし 2~見えないもの
台風が来る前に、母は急いで野菜を収穫していた
ナスも生っているのだけど
それは採らず様子を見ることにしたが・・・
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結局無事だった~
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トマトは強風にあおられ枝が一本折れかかっていたので
少しでも抵抗を少なくするべく
一番上の実より上の葉一枚を残して枝を切り落としておいたが
こちらも無事で良かった~
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フェンスのミニトマトは何も対策できなかったけどとりあえず大丈夫
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というわけで
母の楽しみであり、我が家の食卓の食材としても欠かせない野菜たちは
これからまだしばらくは収穫ができそうだ

わたしが庭つくりを、母が野菜作りを始めた頃は
お互いまだ今より10数年若かったので
台風が来るたびに、被害を防ぐため最大限の努力をしていた
ある時には、トマトの生っている鉢をいくつも室内に取り込んだこともあるが
今はもう、そんな元気は全くない
だから台風が来るとの話を聞くと、まず一番に浮かぶのは「あきらめ」なのだけど
それでも気づけばお互い、自分のできる対策をせっせとやっている
そして、そのほんの少しの対策でも、随分役に立っているように思う

せっかく育ててきたものを、そのまま何もせずダメにしたいとは思わない
何よりかわいそうだ
かといって、大きな台風の前に完璧な対策などないし、できもしないが
そこには損得抜きの「何かをせずにはいられない心」があって
その心が人を動かす時には
その時必要な、ちょうどいい行動をさせられるような気がしている

息子のお嫁さんがやってきて間もない頃
わたしは彼女に
この家における夫の「陰の働き」について話をしたことがある
うちでは、昔から何でもいつの間にか夫がやっていることが多い
それは両親が障害者であったため
人よりも先に気づいて行動することが習慣になっているからで
実際にそうしなければ家は回ってこなかった
誰かに命じられたからではなく
そこには損得抜きの「何かをせずにはいられない心」があって
でも、それは目に見えないものだから
ほとんどの事は気づかれないまま過ぎていく
だからと言って、それをまるで「空気」のようにしたままで良いとわたしは思わない

世の中では、目に見えて派手な人にだけ注目が集まるのが常だが
本当は見えないところで働く人が社会を支え
見えない人の努力が、おだやかな暮らしをもたらしているように
その見えない人の見えない心を
教会で共に暮らす家族になった彼女には知っておいてほしい
気むずかしい義父との暮らしや、口うるさい小姑的な人々との関わりの中で
夫がどのような働きをしてきたのかを
そして今も、誰も気づかないうちに動いている物事があることを、、、

置かれた場所での和を守る人は
たいてい誰にも何も言わず、密かに行動している
そして、見えないところで誰にも知られず行動することを好む
「何かをせずにはいられない心」が本物であるほど
その行動をほめられるとかえって気まずい
だからますます密かに行動するが
見る人は見て、気づく人は気づいている
こうして理解してくれている人があることは、実は嬉しいものだ
だからせめて家族だけは真実を見て知ってほしい

 「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない
 あなたの施しを人目につかせないためである
 そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる」
             (マタイによる福音書6章3-4節)


夫が長年やってきたことに何の報いがあったかと言えば
人間的な見方をすれば損と思えることが多かった
それでも、子どもたちはそれを良いと思い
彼らもまた父親と同じことをしている

損得抜きの「何かをせずにはいられない心」は「愛」だ
それが子どもたちに伝わっていき、信用の基となっていく
これ以上に大きな報いはないと思う

心の問題 | 22:22:40 | Trackback(-) | Comments(2)
おだやかな暮らし
我が家に息子のお嫁さんが同居するようになって
昨日でちょうど一ヶ月が過ぎた
彼女にとっては、自分の夫(息子)以外に
舅(夫)、姑(わたし)、大姑(わたしの母)、小姑(娘)がいるこの家に住むことは
どんなにか不安な事だろうと
わたしはまるで自分のことのように心配したのだが
意外と早くなじんでいく様子にとりあえずホッとしているところだ

彼女によると、周りの人たちは
この同居生活についてかなり興味があるらしく
どんな感じかとよく聞かれるらしい
まあ残念ながら(?)今のところ特に問題はないわけで(笑)
一般的には
こんな家族構成だったら問題が起こる方が普通なのかもしれないが
我が家は基本的にみんな自由でお互い干渉しないし
かといって困った時には助け合うのが当たり前だし
もめる元になるようなことは特になさそうな気がする
これについては
「そもそも扱いが”嫁”じゃなくて”子ども”だから問題は起きないよ」
と息子も言うように
わたしは彼女を息子や娘と同じように思っていて
むしろ”嫁”として扱うということがよくわからない
仮に嫁だからと言って自分の子どもと違う厳しい扱いをしなければならないのなら
それはわたしにとっては差別する(いじめる)ことになってしまう

夫とわたしは多くのトラブルに巻き込まれながら生きてきたので
とにかく一番欲しいものは「おだやかな暮らし」だ
自分の人生が面白くないからといって
人に八つ当たりしたり、人の不幸を待ち望んだり
いつも人を見返すことにやっきになっていたり・・と
そんなすさんだ心(野心や復讐心)とは距離を置き
目の前にある小さな楽しみを大切にして
自分の本来進むべき道を見出して行きたい
それがこの世にあっての天国(平安)に至る道だから、、、

ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の中で
修道院長がマリアに対して語る言葉は
人生に迷う人々に対する共通の教えだ

  ”立ちはだかる困難と向き合い
  あなた自身がこの世に持って生まれた使命、さだめを探し出すのです”


2年前に修道院長の役をやった娘は
当時、ミュージカル仲間の学生たちがグチを言うばかりで何も行動せずにいる時には
最後にこの言葉を出すのだと言っていた
冗談っぽくではあっても、その言葉は少なからず彼らの心に響くようで
とりあえずグズグズいうのをやめて、それぞれの行くべき場所に散っていくのだった

自分の道をどうやって探すのかと問いかけるマリアに
修道院長はあっさり”自分で探すのです”と答える
その後、一度は逃げ出してきたトラップ家に戻るマリア
そこから彼女の幸いな人生が開かれて行く・・

結局のところ、何か自分自身で行動しないと道は開かれないものだ
両親が障害者であることから
物心ついた時から理不尽な扱いを受けてきた夫であっても
その心がすさんで、見返してやるとの野心や復讐心で満たされることがなかった要因には
いつも自分が置かれた環境で最大限楽しむ努力をしてきたことがあるということを
わたしは30年かけて見てきた
夫は面白いもの(こと)を見つける才能があって
これは神さまからの恵みなのだと思う
大きな困難を抱える運命の人には
そこから立ち上るための知恵と力も与えられるのだということを
その様子を見てきて思うのだ

面白くない人生をいかに面白く生きるか
これこそが「おだやかな暮らし」をもたらす元となることを
わたしは次世代に伝えていきたい
自分自身が楽しければ、誰にも八つ当たりすることはないし
心に余裕があれば、人の幸せを共に喜ぶこともできる

人間は自分が面白くないと
常に誰か(特にお金持ちや成功者)が失敗するのを喜んだり
あるいは失敗させるように陥れるなどの行動に走ることがある
それもまた人間の弱さの故、仕方がないことだが
そんなすさんだ心の人々が最後にどうなって行くのかを見る時
すさんだままで人生を終わってはならないと自らに言い聞かせずにはいられない

いつか面白くない自分の過去に復讐をしてやろうというのは
世界征服の野望に似てむなしいものだ
そんな大それたことを思うよりも
自分の心の中に天国が来るように、日々の生活が穏やかになることを考えた方がいい

この絵は、以前娘の肖像画を描いてくれた姪が
息子たちの結婚式のために作ってくれたウエルカムボード
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描く前に当人たちの写真を送っていたことから
てっきり似顔絵になるのだと思っていたら
できあがってきたのはこんな可愛い作品だったので
今は教会の玄関に飾っている

この一ヶ月、わたしはこの絵のように仲の良い二人の姿を見て
言いようのない幸せを感じてきた
自分たちの過去が大変だったからこそ
彼らの日常がおだやかで楽しいものであるように
わたし自身も楽しみながらサポートしていきたい
そう思うわたし自身の心は、過去の色んな出来事への思いも薄らいでいるのだろう
変えられない過去を許すのは
結局自分自身のためなのだと教えられるこの頃だ

心の問題 | 16:45:12 | Trackback(-) | Comments(0)
意外な喜び
4月に母とホームセンターへ行った際
トウモロコシの苗が一つだけ欲しいと言って購入したが
その苗に実がついて日に日に大きくなる様子を眺めつつ
心の中では二人とも「中味はスカスカなんじゃないの?」と思っていた
というのも、今までがんばってきた割に結構そういう経験があるからだ
今年はもう植えるだけで放置状態だし、、、

一週間前の様子
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そして昨日、収穫して皮をむいてみると・・・おぉぉぉ!
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しかも食べてみるとすっごく甘くて家族絶賛~
母も大いに喜んだ^^v

トウモロコシに限らず今年の夏野菜はとても出来が良い
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80になった母は、それでなくてもネガティヴになりがちな性格だが
年を重ねるたびに「もうダメ気分」がいよいよ増して
人の励ましなど頭では理解しても心には入らない
それでも野菜の生長~収穫という結果が目に入れば
その心は一気に活性化していく
しかも食べてくれる家族が増えた今季は
更に活躍の機会もふえて
「もうダメ気分」がなくなるわけじゃないけれど
確実に心が良い状態に向いているのが分かる

その一方でわたしは相変わらずドレスと悪戦苦闘していて
ネット注文しているファスナーが届かないため
一枚目が仕上げられず
二枚目に手を出したら生地が柔らかすぎて扱いが非常に難しく
「もうダメ気分」満々だ~TT

それでも、使えそうにないと思っていたロックミシンを娘が使い始めたり
簡単な糸替えの方法を教えてくれる人があったり
気分上昇傾向にある母が家事を随分手伝ってくれたり
あと、夫が進展状況をのぞいてはアドバイスしてくれることなど
色んな助けや励ましがあって
「もうダメ気分」に押しつぶされないで何とかやっていけるのはありがたいことだ

先日、夫はホームセンターで
『さびしいお父さんのための花』
というネーミングで売られていた植物を買ってきた
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はっきり言って可愛くないし
怖いような気もするとさえ思っていたら
思いがけずこんなに可愛い花が咲いた
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この意外性は確かに心癒されるかも~^^

心の問題 | 13:30:08 | Trackback(-) | Comments(6)
ほしいもの
先週、小学3年生の子どもたちが3人教会へやってきた
その中の男の子が手にカードを持っていて
ものすごく緊張しながら話し出したのは
昨年秋に行われた2年生の生活科の恒例行事『まちたんけん』の時の事だ
(その時の記事はこちら

あの時は例年と様子が違い
用意していたエンピツ30本が足らなくなるほど子どもたちがやってきて
何もなしで帰らせるのはかわいそうだと思ってカードを渡したのだけど
男の子はその時のカードを差し出して言った
「このカードとエンピツを交換して下さい」

その時の彼の真剣な顔と
付き添いで来たという2人の女の子の神妙な顔がとても可愛くて
これを言うためにどれだけ勇気がいったことだろうと思いつつ
「エンピツはあげるよ、でも今日はないから用意しておくね
また今度取りに来てくれる?
それと『まちたんけん』に来ていない女の子たちにも一緒にあげるよ」と言うと
彼らの顔が一気にぱぁ~っと華やいだ

それから取りに来る日にちを決めて
「もし他にもあの時エンピツがもらえなくてガッカリした子がいたら
その子たちの分もあるから取りにおいでと伝えてね」と頼んでおいた

3人はとても礼儀正しい子どもたちで
何度もお礼を言いながら帰って行ったが
そんな様子を見ながら
あのエンピツがそんなに欲しいものかと
いや、子どもってそういうもんだよね~と
遠い日の自分をふり返る

わたしは欲しい物を「ほしい」と素直に言える子ではなかった
親にとって「しっかり者」で「手のかからない子」は
裏を返せば「甘えられない」「がまん強い=意地っ張り」「本心を語れない」等々
その内面に非常に面倒なものをかかえこんでいる

正直なところわたしはこの年になっても
”大人としてのちょうどいい甘え方”
というものはよくわかっていなくて
(家族はともかく)たまに他人に甘えてみると
あれでよかったのかと延々と悩むことになる

それでも今は、いつまでも悩むというよりも
助けてもらったことへの感謝の気持ちの方が大きい
悩むというのは、自分が相手からどのように思われているか
自分にとっての見栄の部分が大きいから
そういう自分のプライドよりも
素直に相手に感謝する方が良いのだろうと思う
仮にわたしが相手の立場だったらそう思うから、、

今回エンピツをもらいに来た男の子は
気の毒なくらい遠慮そうな様子だったけれど
勇気を出して言ってみて良かったと思っていることだろう

欲しいものが何でも手に入るわけじゃないけれど
心が委縮してすべてをあきらめてしまわないように
一本のエンピツの思い出が、役に立ったら嬉しい

そして昨日、注文しておいたエンピツが届いた
今回購入したのはドーンと60本入りだ!
これだけあれば大丈夫でしょう^^
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心の問題 | 15:15:52 | Trackback(-) | Comments(0)
互いに愛するということ 4
新年度がスタートし、社会人3年目を迎えた息子は
このたび新入社員研修の一環である1泊2日のお寺修行に
引率者として同行することになった
こういう役割はもちろん初めてだし
もしかして自分も新入社員と一緒にアノ修行をすることになるのか?!と
戦々恐々としつつ、ちょっと楽しみにも思いながら参加したが
今年はお寺の都合で厳しいお坊さんがおらず
結構ゆるい感じで流れていったようだ
2年前の修行は本当に厳しいものだったので息子にとっては肩すかしというか
まあお寺も日常的にあの厳しさの中にあるわけじゃないんだなと
現実が見れたのは良い経験だったと思う

また、先月からは2016年新卒の会社説明会にも出て
就活生の質問に答える役目を受け持ち
今月も再びその担当に当たることになっている
前回の説明会では、社長以下幹部が並ぶ前での受け答えとなり
まるで自分が試験を受けに来たような緊張感でもうグッタリ、、
教習所の繁忙期はようやく終りを迎えたが
息子にとってはこうした新しい仕事が次々控えているので
当分気が抜けない日々が続く

入社してからの2年間で
息子は、新米社員の立場だけでなく、先輩社員の立場
役職を持った上司の立場、部署を統括する責任者の立場
更には会社全体を統括する本社の立場について当事者の話を聞く機会をたくさんもち
また、普段の仕事においては、指導員の立場と教習生の立場
あるいは今回のように就活生からお坊さんまで
色んな立場の人の思いや言い分を総合的に見るチャンスに恵まれてきた
彼は子どもの頃から大人の話を聞くのが好きなので
いつも興味津々で新情報に耳を傾ける
そこには常に自分の知らない世界があった

人はしばしば自分の生きる場所を「世界」としてとらえ
世の中を自分の知識の範囲で見ていくけれど
現実にはほとんど「世界」を知らないので
自分の考える範囲の憶測や空想でもって判断し
そこから多くの誤解やいざこざが生れる
みんな自分の立場でものを言うとすれば
譲り合う気持ちがない先にあるのはケンカだし
あるいは、誰かの意見が通って、他の誰かが犠牲になるのかもしれない
「世の中では強い者が正義だからね」
息子は社会の現実についてそう語りつつも
世の中の強者=人生の勝利者だとは思っていない
それは具体的な事例を知る機会が多々あったからだ

この世の中には色んな世界があって
そこに色んな人々が色んな考えや価値基準を持って生きていることを
わたしは教会に来てから具体的に知ったが
教会に生れた子どもたちは、物心ついた時から実際に色んな人に会い
自然にこの感覚を身につけてきたのは幸いだったと思う

彼らにとって人間は
どんな立場の人もいつも弱い存在であり
往々にして間違いを認めづらく、頑固で、意地っ張りで、あわれむべきもの
だからお互いの間にはいつも「許し」が必要になるのだと
人を知れば知るほどよくわかり
それはまた自分自身にも重なることとして
自らを省みる材料になってきた

そういう意味で、息子にとってこの2年間は
人間を更に幅広く知るチャンスに恵まれたことが最大の収穫であったように思う
下っ端には辛い事がいっぱいあるけれど
失敗しても責任はなく守られているのは事実だ
その分、上になるほど責任が増して、見えない部分で大変な思いをしているのだと
そういう立場の人たちの事を少しでも知ることこそ
”互いに愛すること”の一歩になっていく

物事を正しく判断するためには
すべてのことを疑い、批判的に見る目は必要だとしても
その時に大切なのは
心に「公平なハカリ」を持っておくことだろう
不満や不安は時として人の心を曇らせ
モノの見方が偏る傾向に導くので要注意だ
愛さなければ愛されることはなく
厳しくさばけば自分も同じように裁かれる

 「あなたがたは自分のはかる秤(はかり)ではかり返される」
              (ルカによる福音書6章38節)


心の問題 | 23:06:50 | Trackback(-) | Comments(2)
互いに愛するということ 3
息子の仕事が繁忙期に入ると
出かける時間が早くなり
その分わたしは朝起きるのが辛くなっている
早起き人間の息子自身は全然苦じゃないらしいが
朝早く起きてお弁当を作るわたしに
「最近職場近くに安いお弁当の店を見つけたから
朝起きなくても大丈夫だよ」と言う
そのお弁当は300円前後でかなり量もあるというから驚きだ
でも、中味を聞けば、コロモの厚い揚げ物が中心で
まあどう考えても健康にいいとは思えない
だからなるべく手作り弁当を持たせたいと思いつつ
無理はしないことにしているので、その安い弁当に頼ることもあるし
手作りと言いながら冷凍食品も使っている
せっかく同居しているのだから
親としてはなるべく質の良い食事をさせたいとは思っても
外食には(中味は怪しくても)特有の美味しさがあるので
息子もそういうものを食べたくなる時もあるだろう

「今はすごく忙しいから、もう食べることだけが楽しみになっていくよね」
そう語る息子にとって
”質を追求した食事”は
行き過ぎると苦痛になることをわたしは知っている
この食品は体に良いらしい・・というキャッチフレーズのついたものは
彼は必ず疑いの目で見て
自分が食べたくなければ勧められても絶対に食べない
まあそれだけ世の中には怪しい情報やモノが
大量に出回っているということでもあるわけで、、

さて、今夜いよいよ娘は大切な本番を迎えるが
数日前から母が「玄米スープ」と、残った玄米のお粥を作りはじめた
それをはじめて食べた娘は
「何だか体に優しい感じがするね」と喜んで食べている
少なからず緊張している体が、こういうものを欲しているのだろう
その玄米がゆを息子にも(絶対食べないだろうと思いつつ)出してみたら
何と彼も美味しいといってお代わりまでした
忙しさのピークにいる体もまた
自然にそういうものを欲しているのだと思われる

わたし自身は学生時代から食に対する関心が高く
子どもの嫌う野菜等をいかにごまかして食べさせるかという研究をしたこともあるが
その一方で、自分がニンジン嫌いで、今でも丸飲みしないと食べられないことを思うと
そうまでしてイヤイヤ食べることに果してどれほどの意味があるのだろうと
今もってものすごく疑問だと思っている

「自分がされて嫌なことは人にしてはいけません」
小学生の頃には学校でいつもこう聞かされていたけれど
親になった自分が子どもに対してこれをどのように応用できるのか
そこには”互いに愛する”という気持ちが問われているように思う

人間にとって「食」とは 健康の元であると同時に、大きな楽しみでもある
健康重視になれば楽しみが減り
楽しみ重視になれば安全性が減るのは何とも悩ましい問題だが
人がしばしばそこで二極化してしまうのは
食する自分が、あるいは相手が、本当は何を求めているのか
そこに気持ちを至らせることが難しいからだろう

本人の本当の気持ち
心から心地良いと思うもの
この個人の好み(感性)というものは、本人にしかわからない
だから親であっても子どもの事は誰も何も知らないで当然なのだと思う
それでも、”何も知らない”ということを知っていれば
無理に自分の思いを通さず
自ずと相手の意思も尊重するようになる

昨夜、娘は大好物のカニを食べた
カニといっても缶詰だけど(298円)
いつ頃からか、これを”勝負カニ”と呼んで大切な舞台の前に食べるようになった
人は好きな物・美味しい物を食べるとやる気が出る
だから娘を励ますのはいつもコレだ
ちなみに初めのうちは258円の一番小さな缶詰だったので
今は少し出世したらしい(笑)
また、夫は娘が出かける前に栄養ドリンクを渡していた
これもいつの間にか習慣になっている

お互いの間には大げさなものは必要なくて
いつも嬉しく思うのはその心だ
今夜はきっといい舞台になるだろう。。

心の問題 | 15:27:10 | Trackback(-) | Comments(2)
互いに愛するということ 2
母が自家製ホウレンソウを使ってパンを焼いた
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生葉をミキサーにかけて生地に練り込んだパンは
焼き上がりの色もきれいな若草色になり
パン自体に甘味がある
母の育てるホウレンソウは
サラダ用品種ではないが生で食べても苦味がないので
パンにも生で使用できて
母としても納得のいく出来栄えだった

今年になってからまた精力的にパンを焼くようになった母だが
こうして色んなパンを考えて作っているのは
もちろん食べてくれる人がいるからで
その「やりがい」が今の母を活性化させている

母は自分を大事にすることよりも
他の人のためになることを優先するのに慣れているタイプだ
というか
自分の事を優先することに罪悪感を感じると言った方がいいかもしれないが
この年代の特に女性には同じような傾向の人はかなりいると思われる
当時の社会の考え方や教育がそうだったからだろう
かと思えば
同じ年代でも、自己中心で人を使うことに慣れている人もあり
ここにも「与える人」と「受け取る人」のバランスの悪さが垣間見える
無理なのに自分で何とかしようとする人と
できるのに何でも甘えて人にさせる人
人間はどうしてこうも極端なのだろう、、、

母は15年前、うちに同居することになった時
何かとても罪悪感のようなものを感じていた
わたしの父が亡くなる前年に祖父(実父)を自宅で看取っており
それから25年後に祖母(実母)をやはり自宅で看取ったが
老親との同居がいかなるものかよく知っているだけに
同じ苦労をわたしばかりか夫にまでさせることを心配したからだ
確かに当時は
夫の両親と叔母の介護が終わってやっと家族が落ち着いたところで
そこに今度はわたしの母が来るというのは、わたし自身も気が引けた
だが、元々、母を引き取ることを勧めてくれたのは夫だった
その上、当時まだ小学生だった子どもたちが大喜びで母を迎え
夜は二人ともちゃっかりおばあちゃんの部屋に入り込んで寝るようになり
それによって母は
自分がこの家に居ていいんだと安心感を与えられることになる

そもそも母は、祖母が亡くなった後は
しばらく気ままなひとり暮らしをする予定だった
まだ60代で車も運転していたから
誰にも遠慮せず思うように過ごすのも楽しいだろうと思い
まあ同居は数年後かなと思っていたら
祖母が亡くなって翌日にはいきなり寂しくなって、夜には怖くなり
もうたまらなくなって夜だけうちに泊まりに来るようになる
それからはもう何かに背中を押されるように同居へと進み
なぜこんなに焦っているのかと不思議に思うほど
早々に自宅を処分して引っ越しを完了した10日後
芸予地震が起きてブロック塀は倒れ、家は住めなくなった
その時の驚きは今も忘れることはできない
こうして母は来るべくしてうちに来たと確信したのだった

あれから15年目を迎えた今
母もわたしも夫も年をとり
あの若さの勢いでがんばっていた介護時代とはまた状況は違ってきている
迷惑をかけたくないと願う母だが
80歳にもなれば、いつどうなっても不思議ではない

それでも、同じ苦労を知っているからこそ
これまでも、そしてこれからも母と暮らしていくことには
お互いに分かり合えている安心感がある
正直なところ
世の中には親の世話をせずにすむ人たちがいることを
不公平だと思った時代もあったから
その点では母とは同士でもあるわけだ

若い時代を費やした介護時代の思い出は
考えるほど恨みがましくなりがちだけど
それでも夫がいたから24時間介護が可能になり
その間、子どもたちは母と祖母の家で随分お世話になった
その感謝の思いは変わらない
そして
とても乗り越えられそうにもない所を乗り越えてきた経験が
これからもきっと何とかなるとの希望を与えてくれることが
何より有難いと思うのだ

 「神は真実である
  あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
  試練と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」
                (コリント人への第一の手紙10章13節)


何とか迷惑をかけないようにと気負っていた日々が過ぎ
もう迷惑をかけても仕方がないとあきらめる年齢になってきた母は
本当の意味で「神さまにまかせる」ことを今学んでいる
何がいつまでできるかは自分では決められないことだけど
今はできることをしようよ
それも自分が楽しいと思うことを優先してやってみよう
母の心が元気であるために必要なことは
それでいいと信じること、それだけだ

                      (つづく)

心の問題 | 23:10:42 | Trackback(-) | Comments(0)
互いに愛するということ 1
大学生が春休みになると同時に
息子の職場は6勤1休の繁忙期に入った
その貴重な週一の休みさえ、休日出勤を志願する息子に
わたしは半ば呆れて休んだ方がいいんじゃないかというと
「4時間くらいなら楽勝だよ~♪」と言いながら平然と出かけていく
そして帰宅後は自分の用事を色々すませたらもう夜、、
来週の休日にもすでに予定が入っているので
4月初めまではこの調子でひたすら働き続けるのだろう

その様子を見ていると、すぐに「若いっていいよね」と思うが
若ければ何でもできるわけではないのは明らかだ
元々そんなに元気な方ではない息子がこうして連勤できるのは
その心が元気であることが重要なポイントだと思う

8~9月と2~3月の繁忙期は、息子にとっては稼ぎ時
つまり、働けば働くほど収入に結びつくので
がぜんやる気もわいてくる
たかがお金、されどお金
お金が心にもたらす影響は大きい
・・・が、息子の心が元気なのは、決してお金の問題だけではない

今までにも書いてきたように
息子はこの会社の経営方針を気にいり
ここで自分も役に立ちたいと思って入社している
入社研修時から新入社員のリーダー格に抜擢されたが
院卒の息子は同期の中では年齢も上なので
特に問題なく自然に受け入れられ
早い段階で資格を取得して現場でどんどん働き
掃除から事務作業まで
色んな業務を器用にこなす便利な人間としての実績を積み
他にも様々な重要な場面で用いられてきた
入社してからの2年間は、とても濃い日々だったと思う

そんな彼のがんばりは、自分の努力だけによるものではなく
周りの人々のサポートや励ましがあってこそのもの
彼の上司や先輩が色んな場面で自分の失敗談を話してくれるなど
新しい人材を育てることに熱心で
息子のいいところをいつも認めてくれることも
同期がそれぞれ協力的であることも
わたしは彼からよくその類の話を聞き、本当に感謝している
もちろんすべての人と気が合うわけじゃないにしても
「人間は60億人もいるんだよ、考え方や感じ方が違う人もいっぱいいて当然」と言い
衝突しないように上手くやっているらしい
なお、上手くやるというのは、相手の言いなりになることではなく
そこには知恵が必要になるが
基本的に息子は人間を恐れていないので
ずるずると相手のペースに引き込まれることがない
ここは夫とよく似ている
もし彼が人間を恐れるタイプだったら
無理な仕事も抱え込み、いつもアップアップするようになるだろう

息子には、昔も今も彼を認めてくれる人が周りにいる
その安心感や自信は彼の心を元気にし
彼もまた周りのために働こうとする正の連鎖がそこにはある
彼が一生懸命やっていることはみな自分に与えられた能力の範囲のもので
自分の能力以外のもの(好きじゃないこと)
例えば苦手な営業には手を出そうとはしない
そんな感じで、人にいい顔をしようという気がないので自分に無理がなく
その分失敗も少なく
結果的にそれが信用につながっているのだと思う
息子の場合
子どものころから散々色んなことにチャレンジしてたくさん失敗もしてきたため
自分が何者かよく知っており
今さら自分探しをする必要はなく
自分にできることで効率よく仕事をこなしているわけだ
その様子を見ていると
彼にまだ何か他の可能性があるとしても
今はここでがんばれと神さまから言われているような気がする

こうして、自分の能力に応じて労力を提供し
その代わり、信用と共に、認められているとの安心感を受け取る
この「与えること」と「受け取ること」のバランスがとれている状態は
人間の心に平安をもたらしてくれる
とはいえ
現実には、このバランスを保つことはかなり難しいかもしれない

日本に昔からある「根性主義」は今も生きていて
自分の力量を知らない人はこれにハマり
やる気になれば何でもできると勘違いして
自らたくさんの仕事を抱え込み
他の人に仕事を振り分けることをしない傾向がある
たくさんの仕事をこなせば自分の評価は上がり
期待にこたえられた自分を一時的に誇ることもできるが
気がつけば何でもやって当たり前の人として見られ
周りの人から適当に使われるばかり・・・と
「与えるばかりの人」になって行く時
人の心はだんだん空虚になっていく

 「自分を愛するように、あなたのとなり人を愛せよ」
           (マルコによる福音書12章31節)


この聖書の言葉は有名なので、クリスチャンでなくても知っている人は多いが
「隣人を愛せよ」の方に重点が置かれ
「自分を愛するように」との言葉は、あいまいにされているように思う

人間が自分を愛することは当然のことで
いざという時に自分の身をかばおうとするのは人間の性(さが)というもの
それを無理して自分をいつも我慢させ、自分自身を愛せない人は
人を愛する愛し方もわからない
そのため「与えるばかりの人」は、それが愛だと思って
実は相手のためにならないことをやっている場合がある
反対に、自分しか愛さない「受け取るばかりの人」は
相手を利用することしか考えないので
そこに神の愛を知っていくべきことをここでは教えているわけだ

聖書は、あくまでも人間は弱い者(罪人)であることが前提なので
いかにも清い人であるかのような
「与えるばかりの人」になるよう勧めているわけではなく
「お互いに愛し合う」ことを何度も何度も教えているが
ここに人の考えが入ることで
厳しい修行や「精神修養」のような教えに変わっていき
こうしてキリスト教は多くの宗派に分かれていくのだった
                          (つづく)

心の問題 | 07:14:35 | Trackback(-) | Comments(2)
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  • author: kimi
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