寒葵
カンアオイの花が咲く季節となった
ころころとした蕾がたくさんできているけれど
花というにはあまりにも地味・・
それでもこうして毎年同じ時期に会うとホッとするところが不思議だ
春は個性豊かな山野草が色々咲く
その先駆けとしての寒葵の開花が明日からもう3月なんだと実感させる
kanaoi229-2.jpg kanaoi229a.jpg

これまでブログの一ヶ月の投稿数が20を超えるなんて
バラが次々咲く5月くらいだったのに
2月は途中から毎日書いて今日で22になった
そして、タイトルも2月は毎日二文字
自分で勝手に考えて、自分でやって自分で喜んで
気がつけばそのうち風邪もすっかり治って元気いっぱい
さあ、明日からいよいよ3月
まだ残している「宿題」を端から片付けようっと

*******

今日、息子のジーンズをすそ上げしようとしたら、ミシンが上手く動かなくなった
このミシン、わたしが19歳になる年に祖母が買ってくれたもので
ボタンホールもできるという当時としては最新式の機械だった
mashine229.jpg

あれから30年近く酷使してきていまだに現役でいられるのは
定期的に夫がメンテナンスしてくれているからだが
今回の不調も何とか使用できるまでには直してくれたものの
大事な”押さえ”部分の根元の鋳物が疲労骨折してグラグラ状態になっているのは困った
まあ今更部品取り寄せなんてできそうもないし(代替部品が合えばだが・・)
ここは「ハンダ付けしてみるかなあ」という夫に期待するしかない
なにしろこれからまだ娘の新作ドレスも作りたいし
洋裁が大の得意だった祖母からのミシンにはまだまだ活躍して欲しいところだ

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庭つくり2008 | 19:31:57 | Trackback(-) | Comments(2)
椎茸
今日、裏庭掃除をしていたら
すっかり放置状態にしているシイタケからかわいいアタマがのぞいているのに気がついた
木の皮がめくれてちょっと出かかっているものまで数えて・・・7つもある!!

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shiitake228-2.jpg shiitake228-1.jpg

シイタケのホダ木を2本購入したのは3年前のこと
”すぐに収穫できます”と書かれた方の高いホダ木からは結局ほとんど収穫はないままで
すでに木はスカスカとなって朽ちるままに任せている状態だ
これって看板に偽りありだよねぇ~~とぶつぶつ言っていたら
もう一本のホダ木で”来年から収穫できます”と書かれた安価な方に
昨年、一年遅れで立派なシイタケが5コできた
でも、本来ならば秋も収穫があるはずなのに、それ以来今まで沈黙したままだった
shiitake228.jpg

どうやら気が向かないと出てきてくれないらしいこのシイタケは
一体これからいくつ収穫できるやら予想もつかないけれど
この際、2本で2千円かかったのに・・・なんてことはもう忘れて
単純に「出た出た!!」と言ってしばらく楽しもう♪

庭つくり2008 | 20:05:08 | Trackback(-) | Comments(0)
混合
ビール酵母培養8日目
発酵がおさまったので、先の肥料に混合する
それにしてもこのJAの化成肥料は水に浸けても全然溶けないのね・・
これから一週間後、バラに使用する予定
beerkoubo226-1.jpg barahiryou226.jpg




土と微生物 | 14:36:34 | Trackback(-) | Comments(0)
中二
ネットがこれだけ発達してブログなどでさかんに交流がなされる今
「交換日記」なるものはすでに存在していないのかもしれないが
確か娘が小学生の頃にはまだそういうものがあったようだ
で、わたし自身は中2~高1まで友人2人と交換日記をやっていて
全18冊を3人で分けたものを今でも大事に持っている
3人のつながりは当時女子校では特に少なかったロックファンであるということで
中2からお互いのクラスを行き来しながら交流が始まった

そういう接点の3人だから交換日記の内容は大半が音楽のことで
自分の好きなミュージシャンのこととか、知ったかぶりの偉そうな音楽評論
その他、社会批評や学校批判に先生の悪口などなど
ノートは細かい文字でびっしりと埋められていた
rocknote.jpg

そのうち1人はとてもマンガが上手かったから
彼女が描いてくるマンガに授業中ぬりえをしたり、他の絵を書き足したりと
隣同士でごそごそやっていたら
授業後に先生から呼び出しされてこっぴどく叱られたのも懐かしい思い出だ
そのお説教後はもちろん日記の中にその先生の悪口満載だったことはいうまでもない(苦笑

もちろん、自分たちが悪いことはよくわかっていた
また、偉そうな文章を書いてみたところで
それが実に「子ども特有の青さ」であるのもわかっていて
日記の中にもそういう現実に対する葛藤みたいなことも書かれている
それはまさに背伸びしたい年頃の子どもの正直な姿なのだっだ

数年前から、そういうのを『中二病』と呼ぶらしいと知ったのだが
色々検索してヒットした中で、以下のサイトのコラムは以前から興味深く読んでいたので
今回はここを紹介することにしよう
なお、これからいくつか貼り付けるリンクページの内容は
文字がびっしりと並んでいるので、長文苦手な人は引けてしまうかもしれない
また、言葉づかいもかなりストレートだ
でも内容はかなり読ませるし、色々勉強になると思う

「中二病とは何か」

この文章途中からの「中二病になれないネット世代」の話が特に興味深い
ここで「ネット世代」というのは「ゆとり世代」のような
「ネットのある生活が当たり前だと思っている世代」のことをさしている
それはちょうどうちの子どもたちの世代でもある

「ネット世代の心の闇を探る」と題されているページには
ネット世代の子どもをもつ親としてもぜひ知っておきたい内容のコラムが満載だ
わたし自身は今時の子ども世代の現状について
常に新しい情報を仕入れるべくアンテナを張っているが
他の親御さんたちを見ていると
どうもあまりそういう姿勢がないのではないかと危惧することが時々ある
もし自分たちが過した子ども時代と今を同じだと考えているならば
それは時代錯誤も甚だしい
その当時の価値観も常識もすでに根底から揺らぎつつあり
冷静に分析すればそのうち崩壊することもあり得るだろうと簡単に予測できる程なのに・・
そんな環境の中に自分たちの子どもは居るのだ
また、子どもをそういう状況に追いやっている原因はどこにあるのか
もう一度考えざるを得ないだろう
というわけで、コレはと思ったコラムをいくつか抜粋します

「現実の重み」

ここでは”現実”と”虚構”の区別がつかない人が
ネット上で別人格になって現実逃避することについての問題点が述べられている

「善悪の判断がつかないということ」

事の善悪を判断するにおいては、必ずそこには”あいまいな部分”が存在する
しかし、善か悪かを、○か×か、1か0か、といった記号でしか考えられない人にとって
そのあいまいな部分は理解ができない
それは人間というよりもロボットのようなイメージであるところが怖い

「日本人の宗教嫌い」

これはかなり面白い、なるほどといった感じだ

「テレビの影響」

わたしは随分前からテレビはニュースと天気予報くらいしか見なくなっているので
最近のテレビ事情が実によくわかって興味深い

「漢の不在」

”オタク”と”マニア”の違いについて、アニメを通して語っている
これを読んでオタクの意味がかなりわかるようになった
わたしは1月8日の日記で、燃えるアニメが好きだと書いたが
この文章中にあるように
「ささきいさお、あるいは水木一郎が主題歌を歌っていたもの」が
マニア的な一番直感的な定義だとすれば
まさにわたしが見ていたのはそういうものだった
そういう意味で
このコラムはわたしが書きたいことをかなり代弁してくれる内容となっている
実に気持ちがいい
特にこの一文は納得
”オタクは人間を外見や能力だけで見、マニアは人間をハートで見る”
(ただし、わたしはガンダムとか北斗の拳は見たことがない。それ以前の世代なので。
多分最後に見ていたのは『宇宙海賊キャプテンハーロック(1978年)』だと記憶している)

「萌えの話」

最後の一行の
”ここまで見てくると、「萌え」にはネット世代の問題を表すいくつものポイントが凝縮しているのがわかる”
が示すように
自己というものや、自分の価値観を持っていない
受動的に育ったネット世代の弊害がここでいろいろとわかってくる

日々の暮らし | 14:54:34 | Trackback(-) | Comments(0)
餃子
『農薬ギョウザ事件』以来、ギョウザの手作り派が増えているらしい
そのおかげでギョウザ作り器なるものが売れているようだが
ギョウザってちまちま手で包むのが面白いのになあと
単純作業大好きなわたしは思ってしまう、、

それにしても、この突然のギョウザ手作りブームで
ニラの値段が高騰していると、一応新聞で読んで知ってはいたが
実際にスーパーで一束187円で売ってるのを見た時は目が点になった
うっそぉ~、いつもの2倍じゃないのよコレって?!@@

うちのギョウザは通常豚ひき肉とニラのみで作る
ニラは白菜等のように水が出ないし
ニンニクを入れなくてもいいのも好都合だ
これに夫が味付けする際には、塩の代わりに”昆布だしの素”を味のベースに使う
あとは、砂糖、しょうゆ、ゴマ油、そして卵を入れるのは必須
夫の場合、材料を混ぜたら一匙すくって焼いてまず味見をしてから足らないところを整える
実は、わたしが味付けする時には
この一手間を省くのでいつも味が物足らない
こういうところが本質的に料理人である夫と
面倒くさがりで詰めが甘くなってしまうわたしの違いだ
わたしはギョウザ作りそのものは好きなのだが
包んだり焼いたりする作業が楽しいだけらしい

最後に水がなくなって皮がパリッとする瞬間を見計らうのもドキドキする
料理ってなかなかドラマチックだ
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日々の暮らし | 22:06:39 | Trackback(-) | Comments(2)
春雪
昨日は風速25メートルの強風で電車がストップするなど荒れ模様の一日だったが
今朝起きると薄っすら雪が積もっていた
うーん、、寒い寒い。。
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伸び始めたバラの新芽も寒さで足踏み
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庭つくり2008 | 14:53:04 | Trackback(-) | Comments(2)
培養
ビール酵母培養5日目
朝晩かくはんして酸素を供給、アルミホイルにて遮光
昨日から小さな泡が浮かぶようになってきた
匂いも最初のビール臭とはちょっと違った感じになってきている
(以前果物で酵母培養した時と同じような匂いがある)

beerkoubo224-2.jpg beerkoubo224-1.jpg

昨日はJAで購入した10-10-10の化成肥料1.5キロに
EM菌を米のとぎ汁で拡大発酵した液を加えておいた

barahiryou224.jpg

今後はこの上にビール酵母培養液を加えて発酵させ
それを3月のバラの芽だし肥料に使う予定にしている

土と微生物 | 14:27:47 | Trackback(-) | Comments(0)
軌跡
Memoryページに2001年の音声ファイルを追加

2001年12月発表会

この年の4月から娘は声楽を習い始めた
まだ小学校の4年生で、姿も声もあどけない
はじめて英語の歌詞に挑戦した

2001年8月録音 賛美歌「今日までまもられ」

わたしと娘のデュエットで、当時はまだわたしの声が圧倒的に優位だった
これが4年後には完全に立場逆転~~

2001年8月録音 賛美歌「めぐみふかきみ神よ」

まだ変声期前の息子が参加している今では絶対聞けないバージョン
男子2名の燃える歌声が圧巻
あとの女性3名の声はほとんどバックコーラス状態

以上2曲の他、全18曲を録音し、CDにしていただいたものは
わたしにとって大切な宝物だ
2001年は長年所属していた教団から離れて単立教会として新しいスタートをきった年であり

  君の深き恵みを、語り継ぐるために
  神によれる自由を 今日も与えたまえ

↑この賛美歌「めぐみふかきみ神よ」の歌詞のように
もっと自由に、純粋に、この恵みを伝えていけたらと切望した年だった
そして、これまで本当に自由な形でやってきて
それはすべて良かったなあと
今回この歌を聴きながら当時を懐かしく思い出している

日々の暮らし | 00:51:27 | Trackback(-) | Comments(2)
回想
恥ずかしながら、いや恥ずかしげもなくというべきか
2005年の発表会におけるわたしと娘とのデュエット動画をアップしました^^;

2005年発表会 母娘デュエット動画

今回サイトにMemoryページを追加し
今後も娘の声楽の発表会の記録等を少しずつ載せていこうと思っています

母と娘のデュエットからすでに2年余りが経ち
今見ると懐かしいような恥ずかしいような、でもとっても楽しかったことが思い出され
やはりあの時誘いにのって良かったなあとしみじみ思う今日この頃
娘は「またやろうよ」と言ってくれるけれど
娘の方はすでにあの頃よりも声量が格段にアップし
わたしの方は当時でさえも声が通っていないのに
今は更にダメダメ状態・・・やはりチャンスはあの時しかなかったみたいですわ。。

**********

焼きプリン作り4回目にしてやっと思い通りのものができた
結局レシピは以前書いたそのままのシンプルなもので十分OK
カラメルはそれ自体をなめるとかなり苦く感じるくらいでちょうどいいようだ
コツはカラメルを気持ち多めに入れること
プリン液を流し込む際にカラメルと混ざって風味が増すような気がする

purin221-1.jpg


日々の暮らし | 00:55:21 | Trackback(-) | Comments(4)
麦汁
バラ肥料作製のため
2月20日よりビール酵母の拡大発酵を開始
ビール:米のとぎ汁=1:4で混合し、黒砂糖を加える
室温放置(置き場所は台所)

beerkoubo220.jpg


土と微生物 | 07:50:04 | Trackback(-) | Comments(0)
嘆息
以前も紹介したことのあるサイトの日記に興味深い報告があった
興味深いというか、サイト主も書いているように
「リアルでやや恐怖を感じる」というところがわたしも同感だ

プチメタ日記2月18日

ここでリンクされている『生徒指導が極めて困難な事例の研究』の内容は
教育関係者のみならず
わたしたちのようにちょうどカウンセラーのような仕事をしている者にとって
最も解決(改善)が困難であると実感するケースだろう
人生の問題の中には時間の経過と共に自然に解決するものも少なくないが
この手の問題は10年20年と時間が経っても一向に解決しない傾向にある
なぜなら
当人を堅固にバックアップする「親」という鉄の壁が立ちはだかっているからだ
家庭は言わば聖域のようなものだから
他人は奥まで踏み込むことができない

こうして家庭で堅固に守られてきた人は
やがて「空気の読めない人」と呼ばれる存在になっていき
他人からは自然と距離を置かれてしまうが
根拠のないプライドを持っているため
自分に否があるとは到底考えられないところが悲しい

「自分は間違っているのかもしれない」
わたしはそう自戒する必要性についてたびたびサイトでも書いているが
親にも子にも基本的にそういう姿勢が育っていないことが
やがて深刻な問題へとつながっていく要因となり得るのだ

今回の研究報告を読みながら
もう随分昔のことになるが
ある女性との関わりを通しての苦い経験を思い出している
何不自由のない家庭で育った彼女は、見栄張りの母親から過度の保護と干渉を受けていた
やがて結婚して子どもを持つに至るが
見栄を張ることばかりが先行するため結婚生活も子育ても上手くいかない
お金だけは不自由がないので、すべてはお金で解決しようとするが
精神不安定はお金ではどうしようもないため教会に電話をかけてくるようになった
直接来るのは面倒だから手っ取り早く電話だ
その内容はいつも同じで、自分がいかに可哀相であるかという話が
だいたい毎回40分は続いた
しかも、その電話はわたしが食事の支度をしている時間に必ずかかってきた
それはその時間帯であれば必ずわたしが居ると思ったからだろう
そして、その時わたしは「依存」という名の恐怖のようなものを感じていた

多い時は一日に2回、落ち着いている時にはしばらく日があいてからまた電話と
そういう日々が2年くらい続いただろうか
その間、わたしも随分色んな話をしたと思うが
彼女は常に自分の言い分を曲げようとはしなかった
それは確実に母親から刷り込まれたであろう信念みたいなもので
この母親がバックに居る限り
彼女はそのゆがんだ信念から解放されないままだった

何がきっかけというわけでもなく
ある時から彼女は電話をしてこなくなった
わたしも時々どうしているかなと思いつつも自分の生活に忙しくしているうち
気がつけば一年が過ぎていた
そして、夫が留守のある夜、1時と3時に電話がなった
どちらも無言電話だった
その2日後、彼女の訃報を聞いた・・

あの電話は彼女からだったのかもしれない
もし彼女が何か話してくれれば、わたしは彼女を助けられたのだろうか?
いや、そんなことはないだろう
助けの手を差し伸べても、相手がその手を取らなければ誰も助けられはしない
すべては本人次第なのだ
生か死か、光か闇か
わたしはただその選択が光であって欲しいと祈るのみ

親子の関係は上手くいく時は素晴らしい輝きを生み出す一方で
そこに歪んだ感情が介入すると
これほど悪くなるかと震撼とするような状況に陥ってしまう
そして、何が恐ろしいといって
親子だからこそ情を断ち切ることもできず
甘えからも逃れられず
大切な人生がずるずるとどこまでも深い闇に引きずりこまれていくのだ
それが見えていて手を出せないもどかしさがあるからこそ
わたしはこうして年中同じようなことを呟いている

********

先日から研究している焼きプリンを今朝は生クリーム入りで作ってみたが
カラメルの焦がし加減を控えすぎてほとんどベッコウ飴状態だったため
卵のにおいが立ち、甘ったるいプリンになってしまった
しかも生クリームの影響なのか、プリン自体が堅く仕上がり、おまけにスが入っている
どうやら初めに作ったものが一番良かったようだ
適度な苦味+安価な基本材料が成功の決め手かも?!

purin220-1.jpg


日々の暮らし | 16:18:57 | Trackback(-) | Comments(2)
紫影
一ヶ月ぶりの庭仕事で嬉しい発見!!
3年前に頂いたクリスマスローズ「パープル・シェード」にはじめての蕾がぁぁ~(感涙;;)
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同じく紫の新芽はベロニカ「オックスフォードブルー」
これに来月は爽やかな空色の花が咲く
寒い中での庭仕事だけど、気分はすでに春♪
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庭つくり2008 | 19:09:14 | Trackback(-) | Comments(2)
焦糖
風邪もようやく一段落したところで
昨日から焼きプリン作りにチャレンジしている
プリンそのものは茶碗蒸しを作る感覚でできるから特に難しくはないのだが
問題はカラメル(焦糖)だ
この焦がし具合でプリンの風味も全然違ってくる
昨日の試作はちょっと苦めだったので
今朝はお弁当つくり終了後に再びチャレンジ~♪

purin1.jpg purin5.jpg

焼きプリンの醍醐味は何といっても表面が焼けていること(当たり前だけど)
それを昨日はアルミホイルでふたをしてしまったものだから
息子から「焼けてないじゃん」と即クレームがついた
で、今朝はアルミホイルなしでオーブンにて蒸し焼きすると
うーん、もうちょっと表面が狐色でも良かったなあ、、

**********

<今回のレシピ>

(材料 約10個分)
 カラメル・・・砂糖45g 水大さじ1 湯大さじ3(後で加える)
 プリン液・・・卵4個 牛乳600cc 砂糖90g バニラエッセンス少々

(作り方)
 砂糖と水を飴色になるまで煮立てて、お湯を加えてから容器に適量入れる
 プリン液の牛乳と砂糖を混ぜて人肌程度に暖め、卵を加えて網でこす
 バニラエッセンスを混ぜ、容器に注いで天板に並べる
 150℃に加熱したオーブンの天板にお湯を張り、40分蒸し焼きにする

日々の暮らし | 09:00:15 | Trackback(-) | Comments(3)
酵母
そろそろ今年のバラの肥料をどうするか決めないとと思っているところに
息子がお土産を持って帰ってきた
「これで実験でもすれば」と言って差し出したのは酵母菌が生きているというビール
いえ、買ったわけではなくて頂き物ですよ、彼は未成年ですからね~
maroyakakoubo.jpg

今年のバラ栽培キーワードは『勘』だと年頭に書いたが
肥料の方も勘でいってみようと考えている
そしてもうひとつのキーワードは『在庫一掃』だ
うちにはこれまで買った化成肥料の10-10-10や8-8-8の他にも
単肥料である過リン酸石灰や硫酸カリなどがある
それらの在庫を今年はフル活用して、徹底省費用でいってみようと思う

これまで自家製発酵肥料を作る際に化成肥料も混ぜたものを作ってきたが
どうも混ぜる分量が少ないせいか、あまり良い結果が出たことがない
ならばもっと効果が出るようにするためにどうするかと言えば
今までの発酵肥料に化成肥料を混ぜるやり方を逆転させて
化成肥料に発酵菌を直接かけてみようかと考えているわけだ
そこで
発酵菌の中でも化成肥料を分解吸収利用する力の最も強い酵母菌に活躍してもらうべく
ドライイーストを使う予定にしていたのだが
酵母菌の中でも優れもののビール酵母が使えたら
その方がやっているわたしも夢がふくらんで楽しい

 (注)
 微生物のなかでも味噌や酒をつくる酵母菌はアミノ酸などの合成能力が高く
 ビール酵母にはすべての必須アミノ酸やビタミンが含まれている


なお、ビール酵母についてはサイト中の以下のページ参照
『花ごころ~ビール酵母を培養する』
 
今後の予定としてはまずビール酵母自体を拡大発酵して量を増やし
それを化成肥料に混ぜてみたいと思う
こんな簡単な方法で化成肥料からアミノ酸やビタミンが合成されて高級肥料に化けるとは信じがたいが
まあこんなのは「遊び心」ということで
とりあえず今年の肥料はこれでいってみようと考え中だ

土と微生物 | 20:04:15 | Trackback(-) | Comments(0)
燦々
2月に入ってから何となくタイトルも2文字で続いているので
ついでにこのまま2文字で行くかな~なんて考えている今日この頃・・

「燦」という字をはじめて知ったのは高校生の時だが
当時からすでに派手なものを好まなかったわたしにも
この字の持つ自然に輝くようなイメージはちょっとした憧れだった
それは多分
人為的な輝きよりも自然の輝きを求めていたからだろう
燦々と降りそそぐ太陽の日差しは
どんよりとしたこの季節にはいっそう切望されるものでもある

さて
ここ一ヶ月あまりどうにも風邪らしき症状が治らないので
昨日はやっと近所の(徒歩一分)内科に行ってきた
そこで「2001年から来てませんね」と言われ
ああそんなに長い間ここにお世話になっていなかったのかと思いつつ
お年寄りばかりに囲まれての点滴には
場違いな気恥ずかしさもあった(苦笑)

幸い特にどこか壊れているというわけでもないらしいが
「とにかくこういう時はちゃんと休まないといつまでも治りませんよ」と言われたので
買い物と食事の仕度以外はごろごろして過している
6種類も薬を飲んでいるせいか
これでもかというほど眠れる自分がおそろしい
まあちょうど息子も春休みに入ったところだし
週末の掃除はまかせることにしよう

面白いことに
わたしは何か自分を取り巻く状況や調子が悪いほどテンションが上がる傾向にあるようだ
1月半ばから唐突に長文を書き進めてきたのも
体調が良くないことの反動みたいなもんだなと思う
極端な言い方をすれば
今やっておかなければもう明日がないような気がするというか
人間の存在なんて実に危ういものだと思っているので
だからこそ
「今その時」に一瞬のきらめきみたいなものを残したい気持ちがあるのだろう
別に誰に見せるためというわけでもなく
まあ自己満足みたいなものだ

思い起こせば
2003年はわたしがサイトの中でも最もたくさんの文章を書き
バラを中心にした新しい試みを最も精力的に行った年でもあった
あの時の原動力は何かといえば
2003年という年が非常に良くない状況だったというのが最大のポイントだろう
あの頃毎日は色んな意味で本当にスリリングだったけれど
家庭は総じて平和だった
あれから5年が経ち、状況はまた随分違ってきた
あと10年も経てば、またこのことも過ぎた時代の話と笑えるのかもしれない

4年前くらいだったか
もう内容については忘れてしまったが(まあ忘れるくらい些細なことだったのだろうが)
息子と何かで口論になった時のこと
「こっちは明日死んでもいいと思って生きてるんだ」と息子が言い放ったのを聞いて
そういう覚悟なら好きなようにやれ!とわたしも突き放すように言ったのを思い出す
「それだけのことを言うからにはこれから自分で責任もって態度であらわせ」と

あの時の息子の言葉は刹那的で何か危険にも聞こえたけれど
わたしが持っている「明日はないかもしれない」との思いと多分同じだったのだろう
考えてみれば元々小心者のわたしと
自分で自分を「臆病なんだろう」と表現する夫の子どもだ
どちらに似たとしても
わたしが心配するような道を踏み外すほどの大それたことができるはずもないし
自分が与えられた範囲内で自分の思うようにやってみたいとの気持ちは
誰にでもあるものだ
そして
もちろんそうすることの方が自然だといえるだろう
でも、親は何かと先回りして心配してはあれこれ言いたくなる
これが
子どもにはできれば切羽詰った状況に陥らせたくないとの親心というものだ
今思えばあの言葉を聞いた時がわたしの子離れの瞬間だったのかもしれない

あれから息子はいよいよのびのびと生きている
先日もある人から「反抗期はどうだったの?」と尋ねられて
「別に反抗期なんてなかった」と答えたらしい
そりゃあそうでしょう、基本的には好きなようにやってたからね
それでも、節目に当たる時には無難に帳尻をあわせてきたから
本質的にはやはり臆病なのだろう
だからいざという時には必ず親の忠告を聞き入れるし
特に父親の言葉は絶対だ

人生に切羽詰ることなんてなければ幸せだろうとも思うが
追い詰められることで生み出されるものも多いわけで
そこには自然のきらめきのようなものがある
試練の冬から新しい芽が出てくる季節へと向う今
「燦」の字がいよいよまぶしく、希望に満ちて見える

日々の暮らし | 22:05:30 | Trackback(-) | Comments(2)
挑戦
夫は最近パソコンゲームのチェスをやっているらしい
チェスなんてルールも全く知らないのだが
とりあえず動かしていれば勝手に試合が進んでいく
そこで、相手(コンピューター)がどう動こうが
自分でこれと決めた駒を前後に動かすことのみを延々と続けてみたら
あちらで勝手に試合続行不可とされてしまうのだそうだ
ある程度チェスらしい動きをしなくては試合にならない
これは
真正面から戦わずに、思いもよらない言動ではぐらかされると
相手の戦意が消失していくのとちょっと似ているなあと思う

そんなこんなで
相変わらず駒の動きも覚えようともしないまま
自分の思いつくままの変則作戦で試合を繰り返しているうちに
今日はついに初勝利をおさめたらしい
一体どんな手口を使ったのだろうか
試合というよりも
何だかコンピューターにケンカ売ってるみたいだねえ・・とわたしが笑うと
「そのうち本でも買ってきてルールを勉強するかも」と言っていた
ちょっとチェスのこと気に入っているようだ

趣味というのは単なる楽しみではあるけれど
どんな趣味でも上達するためには基礎の勉強や自分なりの研究は欠かせない
そして新しい作戦で挑戦することも重要だ
夫は今、釣りの方法も新しい作戦を練っているらしい
基本的に「人がやらない方法」を模索している点がわたしと気が合うところかも~
あ、でもわたしの方はやってることになかなか結果を残せていないから
仲間にするなと言われそう?!^^;

暖かくなるのを待っているミニ水仙の芽
suisen208a.jpg


日々の暮らし | 15:42:07 | Trackback(-) | Comments(3)
新葉
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種まきして2年目のオダマキにきれいな新葉が出てきた
今年は花が咲いてくれるだろうか・・



日々の暮らし | 22:22:03 | Trackback(-) | Comments(2)
罪過
5日の『美学』に寄せられたsakiさんのコメントを読み
わたしは今まで無意識のうちに日の丸・君が代問題に言及してこなかったことに気づいた
それは、今住んでいるここ広島がその手の話題に最も敏感な地域だからだろう

>忌まわしい戦争は人間がひきおこしたもので、それと国旗はべつのもので

↑このsakiさんのコメント内容は、わたしが持っている感覚とまったく同じものだ
すべての罪過は人間にあり
それを他のものに責任転嫁するのは如何なものか
ただ単純にそう思うのだ

人間とは元々罪深いものと思う人と、そう思わない人とでは
責任の所在を問う感覚が違ってくるのも仕方のないことだろう
これはもうどんなに議論をしても平行線なので
この手の話題には首を突っ込まないで距離を置くことにしている

わたしは小学校4年生の頃、「世界の偉人伝」を熱心に読んだが
その中でも、ノーベル賞で知られるノーベルの伝記は印象的だった
それは
彼が発明したダイナマイトが本来の目的とは違って戦争に使われたのを嘆き
その収益が平和貢献のためノーベル賞基金となったことに純粋に感動したからだ
ところが、現在ではその見解はちょっと違っているらしい
実は彼は初めから武器を製造しており
すべてを破壊するほどの威力を持つ爆薬を作れば、どの国も戦争をしなくなるのではないか
そう目論んだが
現実はそんなに甘いものではなかった
言ってみれば
戦争という「毒」をダイナマイトという「毒」で制するはずが
人間という「猛毒」がいて計画がおじゃんになったという感じだろうか
人間がいる限り戦争は決してなくならない
だから彼はせめてその収益で平和貢献をと考えた・・・

広島の呉市にある大和ミュージアムには
10分の1スケールの戦艦大和が展示されていて
この歴史に残る戦艦を「美しい」と思う人々がたくさん訪れる人気スポットとなっている
一方で
戦争兵器を愛でるとは何事かとの声もある
しかし、何と言ってもこの大和の人気の高さは否定しようがない
そう、美学と思想とは別次元のものだから

わたしの思想は右よりでも左よりでもない、”聖書より”だ
聖書には以下のように記されている

 あなたがたは、すべて人の立てた制度に
 主のゆえに従いなさい (ペテロの第一の手紙2章13節)


日の丸・君が代も、国が定めた国旗・国歌である以上
各式典においてわたしはその場にふさわしい行動をとる
起立し、帽子をとり、国歌を歌う
これは子どもたちにも
国際儀礼として、また日本人としての誇りを持つために
小さい時から教えてきた
オリンピックで各国の選手が国旗掲揚で見せるあの毅然とした姿を
わたしは純粋に「美しい」と思っている

人にはそれぞれの思いがあり
行動も別々の方向に向うのは自然なことだ
そんな中で、自分の思いは果たして正しいのかどうか
毎度同じことを書くようだが
わたしはいつも結果を見て判断している

人間は罪深いものだから
正しいと信じてやっていることでも
しばしば間違いを犯すことがある
ならば時折自分のやっていることを省みることは必須だろう
そして結果を見て判断する
これもまた聖書に記されているのだ

 木が良ければ、その実も良いとし
 木が悪ければ、その実も悪いとせよ
 木はその実でわかるからである (マタイによる福音書12章33節)

 
わたしはこの言葉を読む時いつも粛然とした気持ちになる
もし、今までやってきたことが間違いだったとの結果が出た時
それを潔く認めることができるだろうか
いや、それを認めなければ結局自分が苦しむことになるのだ
ならばどうかそれを受け入れる素直な心がわたしは欲しい
それが本当の意味での悔い改めの心だから

思想も信仰も妄想も紙一重の世界だなと思う
夢は人を生かすが、妄想は時に人を狂わせる
自分の信じたもののために大きな罪過を積み重ねることがないよう
自分と正直に向き合っていきたい

日々の暮らし | 21:33:31 | Trackback(-) | Comments(2)
追憶
最近、「家族語り」が続いているせいか
ちょっと昔の写真が見てみたくなった
1994年のアルバムを開くと
そこには保育園時代の子どもたちの実に生き生きとした姿が写っていて
時折混ざった親のやつれ気味の顔に苦笑しつつも
あの頃親は色々な意味で大変だったけれど
子どもはそれなりに十分楽しくやっていたのだろうと安堵する

当時、生活はすべて教会と義父母を中心に回っていたから
我が家には子どもを中心に何かを計画するような習慣はなかったが
それは子どもにとってはごく当たり前のことだった
月曜から金曜日までは保育園へ行き、土日は教会
ただそのサイクルで一年が過ぎていく
その中で
自分たちなりに見つけていくさまざまな遊びと楽しみ

これは”キャンプごっこ”だとアルバムには記されていた
キャンプなんて行ったこともないから、テレビで見たのをまねしているのだろうか?
campgokko.jpg

ん?薪の代わりにバラのシュートが?!どこから採って来たのだろう、、^^;
campgokko2.jpg

花壇のレンガは遊び道具のひとつ
何かの実や小石をすりつぶして遊ぶことに一時期こっていた
renga.jpg

車の綱引き
kuruma.jpg

お盆を並べて電車ごっこ
obon.jpg

布団カバーの中に入って寝袋ごっこ?
futon.jpg

日々増える自己流遊びの記録は載せるときりがないが
この兄と妹は今でも十分仲が良い

日々の暮らし | 16:27:21 | Trackback(-) | Comments(2)
美学
2002年のサイト開設当時には、子どもたちのページがあった
やがてサイトの容量が不足してきたので1年後には削除したが
保存ファイルを開いてみると
懐かしい当時の様子が思い起こされる

あの頃、中学2年生だった息子のページには
戦闘機のプラモデルや、自作の紙工作が載せられていた
この紙工作の戦車は「90式レオパルト」とのこと
sensha.jpg

パソコンで作成した展開図
90shikileopard.jpg


そして、以下は当時息子がプラモデル作りについて書いたものだが
そこには自分なりの美学が記されている

***************************************

『プラモデルの事』

飛行機のプラモ特に旧日本軍機にこっているわけは・・・
最初は別に飛行機よりも軍艦にこっていた(日本軍)
やはり日本人としての血が騒ぐというのか
日本の物ばかり作っていた

小学六年生の頃、それが運命の分かれ道だった

学校から帰ると、机の上に箱がおいてあった
なんだろうと思い見てみると
箱には「隼」と書いてあった
飛行機のプラモだった

あまり飛行機に興味がなかった頃だったが、一応つくった
当時技術も未熟だったので
色も塗れずへたくそな白い塊になっていた
案の定、父に「話にならん」と言われ
やっぱり飛行機はダメだなと思った

その年の夏休み
父に戦艦武蔵の350分の1スケールを買ってもらった
色のついていないプラモを見かねたのか
色の塗り方を教えてくれた
色の塗り方を覚えたら、飛行機のプラモにリベンジしたくなった
その年の誕生日に一式陸上攻撃機のプラモを買ってもらった
あまり色はついていないが
初めて飛行機らしいものを作った
そしてお年玉で二式水上戦闘機のプラモを買い、塗料も買って、
少しずつだが、技術も上がっていった

その頃から
架空戦記小説にはまり飛行機に関しての知識も手に入れた
そして父に紫電改のプラモを買ってもらい精一杯作った
快作だった
汚しを入れてみたが、初めてなので失敗
直すわけにもいかないので、そのまま完成とした
shidenkai.jpg

今、「零式艦上戦闘機(ゼロ戦)」をつくっているが
塾に行ったり忙しいのでなかなか進まない
そうこうしているまに誕生日が来て
「九七式艦上攻撃機」を手に入れた
コレはまだ未開封である
忙しい・・・・

話はかわるが、なぜ旧日本軍機なのかというと
「美しい」からである
暗緑色と明灰白色の機体に大きな日の丸
これほどゾクゾクする物はない
現代のように、「ロックオン」「ミサイル発射」で撃墜とは違い
相手の背後をとり、機銃で撃墜するのである
パイロットの腕が勝敗を分ける戦いなのだ
こういう風に書くと現代の兵器はダメだというように聞こえるが
決してそうではない
兵器とは、その時代の技術に合う物なので、今はこれでよいのだ
これから飛行機も発達していくと思うが
それはそれでいいと思う

後日完成した「九七式艦上攻撃機」
97shiki.jpg


***************************************

息子がこれを書いたのは
ちょうど中学校の部活(吹奏楽部)を辞めた頃だった
今の公立中学校では、部活を途中で辞めることはタブーとされている
それは学校側に概ね以下のような見解があるからだ

「続けられないのは根気がないから」
「部活も続けられないようでは社会に出てもやっていけない」
「部活でもしていなければ暇をもてあましてロクなことをしないに違いない」
「部活と勉強を両立してこそ素晴らしい青春時代だ」

わたしはこの部活至上主義に閉口した
しかし、悲しいかな
それがやがて高校受験の内申書にまで影響するらしいことがささやかれていたため
正直なところ、親としてその問題だけは頭が痛かった
それでも結局息子は部活を辞めたが
結果的にそれで正解だった

上記の文章にもあるように
彼はとっても忙しかったのだ
うちにパソコンがやってきたのは彼が小5の時で
その後は見よう見まねでどんどん使い方を覚えていき
こうして工作をするようになる一方
ネットを利用して一気に知識の世界が広がった
やってみたいことが次々増えていく
自由な時間は
彼に夢と楽しみと希望を与えてくれた

何が幸せといって
心から「美しい」とか「ゾクゾクする」と感じられるものに出会うことは
一生の宝を得るようなものだ
そして
息子にそのチャンスを与えたのは父親だ
美学もまたこうして親から子へと伝承されていくのだった

日々の暮らし | 15:18:38 | Trackback(-) | Comments(5)
伝承
まだ「恥」という概念が確立されていない小さな子どもは
大人が聞いたら赤面するようなことでも平気でしゃべる可能性がある
保育園時代の娘はとってもおしゃべりで
親のことなどもあれこれ色々先生に話していたようだ

ある日、保育園の廊下に毛虫がはっていた
子どもたちはきゃあきゃあ騒いだが
それを見た娘はこう言ったという
「うちのおとうさんコレ食べるよ」

え゛??!、毛虫???食べる???うそぉぉ~~・・・と目が点になるわたし@@
しかし、すぐに気がついた
ああそうか、娘はアレと勘違いしているのだな

夫は娘の前で「ハチの子」を食べて見せたことがあった
ハチの子って、まあ言ってみればウジムシみたいな形をしている
だから毛虫もきっと食べれると思ったのだろう
何しろ娘にとって父親は「何でもできちゃう人」というイメージで
大好きな雪がとけてしまった時にも
「お山の雪がなくなったからお父さんにつけてもらおうね!」と
本気で言っていたくらいだ

別の日に、また娘は先生に言った
「お父さんの部屋にはハダカの女の人の本があるよ」

あ゛~~、そりゃ違うってば!
あ、いや違わないか・・・?!(汗

これって何かといえば、カメラ雑誌のことなのだ
昔からカメラが大好きな夫は時々雑誌を買っている
そしてこの手の雑誌には被写体としてヌード写真も載っていて
娘は父親の側でそれを一緒に見ていたらしい

うちではこうしてたいていのものを
子どもたちにいちいち「隠す」ということをしないできたので
子ども自身は何を見ても平気なのだが
その話がいつも中途半端だから
先生も驚いたり可笑しかったり???だったりしたようだ

一般的に
“子どもの教育上よろしくない”との理由で
親が子どもに見せるものを限定することは結構あるようだ
中でも特定のマンガやテレビを見ることを禁止するケースは昔からあった
でも、わたしのうちでは別にそういう干渉は一切なかったし
結構色んなものを見てきたなあと思い出す
特に70年代の少年漫画には相当凄まじいものもあったが
それらは近所の歯科医院や散髪屋に普通に並んでいて
当時の子どもたちの多くはそれを平気で読んでいたものだ
そんなマンガを読んで育った世代が 今、社会の中心を担っている
で、結局
彼らにとってマンガは教育上悪影響を及ぼしたのだろうか?

わたし自身について言えば
たとえ過激な表現のあるマンガであっても
それによって悪影響を受けるようなことは別に何もなかった
だいたい、善悪の概念や、上品だの下品だのという感性は
親の日常的な言動によって子どもに自然に伝承されている
その上で、本人がそういうマンガを自分で評価するわけだ
下品な表現が面白いと思ったとしても
決して誰もが同じことをしたくなるわけではない
これは、ナイフに興味を持ったからといって
誰でも人を刺すわけではないのと似ている
だから、マンガやテレビの影響以前に
親の価値観や感性がどのように伝承されているかの方が重要だとわたしは思う
そして、うちの子どもたちも親と同様に
自由に何でも読んだり見たりしながら現在に至っているが
その影響で何か不都合な点があったようには今のところ見受けられない

一方で、美しい絵本や推薦図書などに囲まれ
悪影響がありそうだと思われるマンガやテレビなどは一切遠ざける教育方針もある
そういう環境で育つ子どもが将来どのような大人になっていくのか
誰か追跡調査研究してみれば面白そうだ
でも、こういう教育方針はいつかどこかで妥協を迫られるだろう
そして子どもは親が禁止しているものをいずれこっそりと見る可能性が高い
それが現実だ
そうなると
どこまで「隠す」ことが必要なのか
そもそも「隠す」必要はあるのか
更に
きれいごとだけで育つ子どもがいずれ世の中の汚い現実を見た時
少なからずショックを受けるのではないか等
素朴な疑問がわいてくる

うちでは夫が何でもオープンな人なので
子ども部屋にもカギはかけさせないという決まりがある
わたしの部屋などはいつもドア自体が開けっ放しだ
もちろん本人不在の時に出入りすることも自由
押入れも机の引き出しもカバンの中も見ようと思えばいつでも見れるが
面白いことにこれだけオープンな習慣があると
かえって誰も人の部屋をこっそり探ってやろうとは思わないようだ
誰も何も隠さないので探す必要も感じないのかもしれない
それに、コソコソ探られれば嫌な気がするのは大人も子どももみんな同じだから
用もないのに探りたいとも思わないし
もちろん必要ならばまず本人に尋ねることが礼儀だろう
そういう感覚や習慣も暗黙のうちに伝承されている
そのおかげで
子どものプライバシーの問題は学校でしばしば親の悩みとして取り上げられていたが
うちには縁のない話だった

考えてみれば
子どもが自分の部屋に勝手に親が入ってくるのを嫌うのは
そのとき勉強以外のことをやっている場合には(例:マンガを読んでいたり)
だいたい親の機嫌が良くない傾向にあるからだろう
そうであれば、親の機嫌を損なわないために
不都合なものを隠す時間をかせがなくてはならないわけだ
よって
親が子どもに期待する気持ちが大きいほど
子どもは自己防衛本能が働いて、何かを隠すことが必然となる
そしてプライバシーの問題へ・・と、そういう図式が成り立ちそうだ
ならば、これはプライバシーの問題というよりも
もっと根本的な価値観の問題となるだろう

“教育上よろしくない”という感覚はさまざまだが
わたしは常にその結果を重要視している
とりあえず親は自分が子どもだった時代の経験を持っているはずだ
その時代に問題なかったことが、今たとえ問題視されていても
昔の結果が否定されるものではない
ならば
時代と共にすべてのものが新しくなっていく必要はないと思う

しかし
タブーだとされる感覚は時代によって移り変わっていく
昔は当たり前だったことも、今はいけないといわれることがたくさんある
差別用語もそのひとつだろう
何がびっくりするって
今は「野良猫」も差別用語なのだそうだ
どうやら「地域猫」と呼ぶらしい
え?誰なの?こういう新語を次々生み出す人って?!

最近はどうも物事の善悪感覚の基準を
どこかで遠隔操作している存在があるんじゃないかと感じるほどだ
一体そんな言葉にこだわることで何の意味があるというのだろう
そしてそれが人間性にどんな結果をもたらしているというのか?

どんな時代が来ようとも、我が家はいつまでも「昭和流」だ
あれで夫もわたしも育ってきたし
子どもたちも同じような感覚を持ち、無理なく自然に生きている
多分彼らも同じものを次世代に伝承していくだろう

日々の暮らし | 16:43:28 | Trackback(-) | Comments(2)
共鳴
わたしがインターネットを始めたのは2000年の1月だから
すでにネット歴は9年目に入ったことになる
まだパソコン操作もおぼつかなかった頃にある洋楽系掲示板で知り合った女性から
つい先日電話があった
「今年は年賀状出さなくてゴメン。代わりにちょっと近況報告の電話をと思ってね」
考えてみれば彼女と以前話をしてからもう一年が経つ
思えば随分疎遠になった感じだが
それでもこうして話し始めるとあの頃のように気持ちが通じることに安心した
お互い年はとっても何にも変わっていないのだった

建築士として自宅でご主人と一緒に構造計算の仕事をしている彼女は
うちと同じ年の息子がいたり
朝から晩まで夫と顔を合わせている環境だったり
性格はわたしと同様(それ以上かも?!)に「女の子度数」が低かったり
あと、その欲のない仕事ぶりや、あっけらかんとしたやりとりに
随分と共通・共感する点が多かった
そして、縁あって実際に会う機会にも恵まれたのだが
その時のお互いの感想は
「ネット上で抱いていたイメージそのまんまの人」
いやもう可笑しいくらいに昔から知っている人のように感じたものだ

あの頃はお互いまだ30代で、子どもも小学生だった
わたしたちはどちらも自分のサイトは持っておらず
同年代の人たちがやっているサイトを訪問して、よく掲示板にも書き込みをしていたが
彼女は特に仕事の締め切りが迫るとストレス解消に書き込みの回数も増えて
切羽詰れば詰まるほどだんだん内容が壊れていき
ギャグのセンスが冴えるのが見ていて楽しかった

いつも行くサイトは管理人さんも訪問者も同年代の人が多かった関係で
趣味の話とは別に、子どもの教育についてもしばしば話題になったが
ある時、『子どもが大きくなって暴走族に入ったらどうするか?』という話が出たことがある
普段は冗談ばかり書き込んでいる人たちも、
その時は親としての自分の気持ちを色々考えて書いた
わたしも何か書いたと思う
その中で、彼女の書き込みはこの短い一文だった・・・『わたしの手で殺す!』

そこでコレを見て、引いたり批難する人は誰もいなかった
むしろ流石!といった感じだ
わたしもそう思った
彼女ならやる、いや、その前に彼女は絶対子どもをグレさせはしない
といった方が正しいだろうか
文字を通して彼女の迫力は常に伝わっていたし
それが子どもに対する真の愛情から出ていることもよくわかっていた
仕事が忙しく、家事も中途半端になったりと
いつも自分のことをあけすけに語りながら「ダメ母なのよぉ~」という彼女だが
その語る言葉には、きれいごとや嘘がなかった
だからこそ、人間として正しく生きて欲しいとの親の切なる心情は
ストレートに響くものがあった
考えてみれば
「昭和の母」は多かれ少なかれみんなこんな迫力を持っていたような気がする

人間は誰でも「この人にはかなわない」という存在を持っていると
いざという時に道を踏み外すことがない
あれからすでに長い年月が過ぎ
お互いの息子たちも大学生になった
そして、彼女の息子は親と同じ職業につくために勉強を頑張っているという
建築科は一年生の時から課題も多くてなかなか大変らしい
決して親が勧めたわけでもないというその道は
息子が親を尊敬しているからこそ選んだのだろう

2002年の秋にわたしが自分のサイトを持った頃から
わたしも彼女もなじみのサイトに訪問する回数が減っていった
更にネットはブログ~mixi時代へと広がりを見せ
昔なじみの仲間たちもそれぞれが自分の場所を持つようになっていったため
お世話になった懐かしい掲示板は現在どこもほとんど動いていない
わたし自身も自分のサイト管理がいっぱいいっぱいで
mixiのお誘いを受けてもなかなかお付き合いもできず
彼女との交流もこうして一年に1~2回程度の電話と年賀状だけになっている
それでも
あの頃感じた「この人は同類だ」とのイメージは変わらず
お互いの間に共鳴する音も同じままだ

「あの子達、これから先はもう自分で何とかやっていくでしょ」
それぞれが自分の息子のことを同じような思いで見つめ、同じ言葉を語る

普段やっていることはバラバラでも
心の共鳴が感じられる関係には安心感がある
夫婦、親子、そして友人と
それぞれの間に同じ感性と価値観の音を確認しながら
こういうものは決してお金では買えないのだと、あらためて考えさせられた

日々の暮らし | 16:19:18 | Trackback(-) | Comments(4)
PROFILE

kimi

  • author: kimi
  • バラの咲く教会を夢見てから
    15年がたちました
    今も理想と現実の間で
    日々奮闘中です
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