人生の分岐点14~『捨てるもの、守るもの1』
結婚したばかりの時から今に至るまで
夫は時々ふと思い出したように言うことがある

「友だちは大切にした方がいい。古くからのつきあい(親友)は特に。」

そして、こんな時に夫はよく親友=“ダチ公”という表現を使うのだが
この言葉はちょっと女同士の付き合いには不似合いかもと苦笑しつつ
それでも、現在は死語かと思われるこの古い表現に
最近は何か温かみを感じるようになった

今の子どもたちの多くは、友だちを「作るもの」と思っているようだが
わたしの感覚では、友だちは「できるもの」だと思っている
特に親友という存在は
同じ感性を持ち合わせた者同士が自然と引き寄せられて「できる」もので
お互いの本質を理解した上でつきあい、その立場は常に対等だ
ところが、友だち関係を無理して「作ろう」と思うと
結局どちらかが遠慮したり、不自然に気を使わなくてはならなくなる
そういう疲れる関係は友だちとは言いがたい

かつてわたしにもダチ公と呼ぶにふさわしい親友がいた
ところが、その関係は高校卒業と共にわたしが一方的に絶ってしまうことになる
いや、それぞれ別の大学に進み、しかも地元に残ったのはわたしだけだから
疎遠になるのは当たり前のことだったかもしれないが
その時わたしには少なからず「ここで道を分かつ」という意思があったのだ
わたしはわたしなりに自分を無理に変えようとしており
その経緯について
以下、3年前に書いた『神経症との戦い』より一部抜粋してみる

*****
幼い時から非常に活発で
女の子らしい優雅さとは無縁だったわたしは
中学生になる頃からロックファンになった
学校では落語研究会や演劇部に所属し
スポーツではプロレスが好きだった

そんなわたしが
自分を自分らしくない方向へと変えようとしたのは18歳頃のこと
その前に父を亡くして
自分なりに将来についても考えるようになっており
これからは間違いや失敗のない人生を送るために
真面目で無難な生き方を選択しようと思うようになっていた
そのために趣味を一新し
ロックもやめてクラッシックを聴くようになった
ファッション雑誌を読み
一般の若い女性と同じものを求め
価値観を共有しようとした
そして
新しい道を歩むために教会へも通うようになった
それまでは宗教は大嫌いで
母が教会へ行ってもついていこうとは思わなかったが
何となくそうした方がいいと思ったのだ
もちろんその頃は自分が将来そこへ住むようになるとも知らずに・・・
*****


わたしは元々気の強い子で
人に弱みを悟られたくないという意地みたいなものがあった
だから、父が亡くなった後でも努めて平静を装っていたし
これからどうするべきかも誰にも相談することなく
自分で考えて上記のように結論を出した
今思えば、こうした心情は
最近言うところの「人生をリセット」したかったのだろう
父はこの田舎町の開業医で
わたしは父の子として嫌でも人目についた
そして、父が居なくなれば、また別の意味でその目が痛かった
元々目立つことが苦手な性分なので
できれば目立たずひっそり人々の間に埋もれて生きたいとの思いから
過去をなかったかのようにしてしまいたいと思うのは必然だったのだ

自分では決してそうは思いたくなかったけれど
わたしはかなり卑屈になっていたのだろう
結局のところ、とても人を恐れて被害妄想に陥っていたわけで
そういう精神状態で親友と「対等」であることは難しかった
彼女たちに変わりは全くなかったが
わたしの意識が変わってしまったのだ

人それぞれの持ち味も感動も感性も天から与えられるように
心が共鳴する友との出会いも、天からの贈り物なのだと思う
それを自ら拒否したわたしは
結婚後、ますます人を避けるようになっていた
同じ町に住み続けなくてはならない憂鬱に加えて
教会に向けられる好奇の目が更に痛かった
神学校へ行ってからは格段に外界との接触が遮断され
二年後に帰ってからは、間もなく介護生活に突入した
どんどん世間から疎遠になる自分を感じつつ
もはや寂しいとは思わなかったが
何かをなくしている空虚な気持ちだけは消えなかった

その後、『神経症との戦い』の中に記したように
わたしは捨てるものを間違えたことに気がつく
18歳の時
わたしが自分ですべてを決めたのは「根拠のない自信」があったからだ
「自分でやれる」との中途半端なプライド、「やってやる」との意地
捨てるべきなのはこちらの方だったわけだ

20年後
やっと捨てるべきものに気がついた時
一度は失ったかに見えた“ダチ公”が帰ってきた
それは本当に自然な形で
わたしは何もしないまま・・・とても不思議なことだった
それでも初めは、もう昔のようにはなれないのではとの怖れもあったが
現実には「対等」の関係は健在なのが素直に嬉しかった
そして、そういう「時」が来たのだという実感が
やっとわたしを先に進めるような気持ちにさせてくれた

「自分を変えたい」という人は多いけれど
それがなかなか上手くいかないのは
「変わる」という意味を取り違えているからだろう
多分ほとんどの人が自分の元から持っている本質を捨てて
別の自分に変身することを「変わる」ことだと思っている
そういう意味で変われると思っているのは妄想だ
どう変えようにも、天から与えられた本質は変わらない
「変わる」のは視点の問題で
「捨てるものと守るもの」を見極めることなのだと思う

                                (「捨てるもの守るもの2」へつづく)

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日々の暮らし | 22:28:06 | Trackback(-) | Comments(0)
青い花の共演
ベロニカ”オックスフォードブルー”とムスカリ
左にはミヤコワスレ、手前にはニオイスミレが待機中
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庭つくり2008 | 16:22:15 | Trackback(-) | Comments(0)
人生の分岐点13~『40歳の壁』
わたしが40歳になった頃
同年代の女性から「40になって安心した」「40になって落ち着いた」という話を聞き
わたし自身も40という年齢に何か特別な感覚を覚えたことから
その頃これは一体どういうことなのだろうかと考えてみた

「40になって落ち着いた」という言葉の裏には
「40になるまではあせっていた」という意味が含まれている
女性にとって40歳とは
平均寿命を考えればだいたい人生の折り返し地点に当たり
そろそろ更年期に入っていく頃、つまり「老い」というものが見えてきて
身体的な「若さ」からの別離を現実のものとして実感させる時期になる
結婚はいつでもできるとしても、出産はそろそろタイムリミットが近い
(ただ、結婚も条件云々言い始めたら年齢は十分ネックだが)
では、結婚して子どもが居ればそれで満足なのだろうか?
いやいや、問題はそんな単純なものであるはずがない

今の40代という世代は「新人類」と呼ばれ
それまでとは違った価値観や感覚を持った世代だと言われる
新人類とは、具体的には1959年~1968年の間に生まれた世代をさしており
1961年生まれのわたしはその初期の人間だ
では
新人類は一体それ以前の世代(団塊の世代や戦争世代)と何がどう違ったのだろう?

この世代の共有体験の特徴としては
・ 受験戦争の激化
・ テレビの普及と漫画やアニメの急速な発展
・ ロックやポップスなど革新的な音楽の登場
といったものがあげられ
既存のものを壊すほどの勢いで新しいものが次々登場した時代の中
普通の人々の間にも大きな夢がふくらむ一方で
誰にでも夢の実現のチャンスがあるかのような錯覚が生まれ
「何か大きなことをやってやる」
そんな野望を抱くことも
無謀というより、むしろチャレンジャーとして評価されるようになった
また
「良い学校→大きな会社→幸せな人生」との構図が定着し
人の心よりもお金や名誉に価値をおく成功願望風潮も顕著になっていく

さらに、この世代は
それまでの世代と違って本当に自由な環境に置かれていた
つまり、戦争世代や団塊の世代は
戦争や全共闘運動など、個人の意思とは関係のないところで
社会の中に多かれ少なかれ個人の運命が巻き込まれていったが
その後の世代は、社会から個人が切り離されて自由になり
考えることもやることも価値観もすべて個人が選べる時代になった
そこでは「全体(国・社会・家)の幸せ」よりも「個人の幸せ」が重要視され
他者と比べて自分がどのような位置にあるのか
表面的な見た目(学歴や社会的地位、容姿など)で個人の幸せをはかり
比べることが常となった

その上、1980年代には「男女雇用機会均等法」が制定され
女性の社会進出は一気に進み
多方面で男性と対等に活躍するキャリアウーマンを生み出した
かくして「仕事のできる女性像」は若い女性たちの憧れとなっていく

こうした状況は
個人が輝くためには好都合で
特別な才能や感性を持った人々は水を得た魚のように個性を発揮し
それがテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのメディアに乗って一般にも紹介された
そして、その情報の氾濫が更に個人を奮起させたが
これといったアピールするものを持たない普通の人々は
時代に取り残されていくかのような錯覚に陥って行く
時代が変わっても、個人が天から与えられた本質に変化があるわけではない
自分の「分」を超えられないもどかしさとあせりが
更に人を追い詰める
「みんなあんなに頑張って輝いているのに・・」
そして思うのだ、「わたしには何もない」と、、、
それは人によっては、自分の親を社会を、そして運命(神)を恨むがごとき心情であり
「(実際は違っていても)周りがみんな幸せそうに見える」錯覚や
「わたしはもっとできるはずだ」との妄想を省みるよりも
他者のせいにして逃げたいという弱さの表れでもあった

また、この世代は社会人になって間もなくバブル景気を経験し
消費行動がもてはやされたために金銭感覚が一時麻痺気味になった
そして次にはバブル崩壊で一気に現実が目の前に現れる
そんな刻々と価値観が変わる時代の波に揺さぶられ、思考が混乱する中で
しっかり自分の「分」を見つめ、周りと比べることなく
「自分はこれで良い」と信念をもって生きることは
だんだん難しい状況になっていった

この「周りと比べる」という感覚は
人の心の状態を良くも悪くも変えていく
周りがみんな幸せに見えると、自分だけが不幸なように思えて辛いが
周りもみんな苦労をしていると思うと、それだけで安心して元気が出るものだ
戦争の時代はもちろん、その後の復興の時代もしばらくは
人々はみんな一様に苦労を背負って生きてきた
だからお互いが助け合い励ましあいながら共に幸せになろうとする感覚があったが
個人の幸せを追求する時代になってからは
受験戦争や出世争いのように
「相手を蹴落としてでも」という感覚がのし上がってきたのだった

若い時にはみな一様に色んな夢を見る
それが実現可能な「目標」なのか、ありえない「妄想」なのか
一体自分の「分」て何なのだろうと考える人も考えない人も
同じように時間が流れ、同じように年をとっていく
そして、同じ頃、現実に直面するのだ
自分が今までやってきたこと、信じていたことの結果に
それが『40歳の壁』
つまり、その頃になると
仕事にしろプライベートにしろ自分のポジションをきっちり築いている人と
何もかもが中途半端であせっている人に分かれてくる
夢の実現に向けて華やかに歩を進めている人もあれば
地味であっても自分の居場所を持って落ち着いている人もある
色々やるうちには嫌でも自分の分というものが見えてくるから
それを素直に受け入れた人はこの時点で「安心」し、「落ち着く」
どのような状態であれ、そこが自分の生きる道なのだとの思いは
単なるあきらめではなく
これから残りの半生へ向けて幸いな折り返しスタートを切るための心の準備だ
まだまだ人生は終りじゃない

しかし、中途半端であせる人はどういう状態なのだろう
これは、そもそも「幸せの基準」がはっきりしていないということがある
よく「やりがいのある仕事」ができたら幸せというが
何をもってやりがいがあるのかは人の価値観によって違ってくるだろう
たくさんお金がもうかれば満足なのか
人から偉い、スゴイとちやほやされたいのか
あるいは自分の感動(ロマン)を追求したいのか
心からの信頼(人望)を得たいのか
もしこれらすべてを手に入れられる人があるとすれば
それはかなり特別な存在だろう
普通の人はまずどれかに照準を定めなくてはどれも中途半端になってしまう
そして、自分の居場所をもって落ち着いている人は
この辺を割り切っているのだ

何を捨てて何を守って生きていくのか
自分にとって本当に大切なもの(人)が何(誰)なのか
40歳の壁を越えるとき
今一度整理して考えてみる必要があるだろう

優れた才能を持っている人に出会うと
その人だけが特別に天からの恵みを受けているように見え
とても不公平じゃないかと思えてしまうことがある
世の中には一見何でもできるスーパーマンみたいな人もいるが
天からたくさんのものを授かっている人は
実はたくさんの任務を負って生かされているわけで
単に人より良い物をもらって楽をして生きているわけではない
普通の人に彼らと同じ責務を負わせたら
その任に耐え切れず
「忙しい」「しんどい」「疲れた」と愚痴ばかりの日々となるだろう

聖書の「タラントのたとえ」にはその辺の例え話が以下のように記されている
ある主人が3人のしもべに
それぞれの能力に応じて5タラント、2タラント、1タラントを預けて旅に出る
その間、5タラントあずかった人と2タラントあずかった人は
それぞれあずかった資金を運用して倍に増やした
ところが、1タラントあずかった人は何もせず穴を掘ってそれを埋めておいた
こうしておけばとりあえず失敗(損)はないと考えたからだ
その後、主人が帰ってきてそれぞれから報告を受けたが
5タラントと2タラントの人は自分の分に対して忠実に働いたことを高く評価され
「あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう」と
ますます主人から用いられる存在になっていくのだった
しかし、何もしなかった1タラントの人は自分の分に忠実でなかったため
あずかった1タラントは取りあげられ、10タラント持っている人に渡された
こうして初め5タラントだった人は更に持ち金が増えたが
1タラントの人は何もなくなってしまった

この世に生まれてきたからには
「自分には何もない」と思う人にも、必ず何かが必ず与えられている
ただ、それが地味で目立たないものである場合には
それを自分の「分」と思わない、思いたくないことも多いだろう
特に自分の中に何らかのコンプレックスを抱き
その卑屈な思いに駆られて
巻き返しのためにただ漠然と活躍の場を望む場合には
見ている先はたいていが妄想の世界で
その行き着く果ては空虚な世界
喜びも満足感も何も手元に残らない現実が待っている
今までこういうケースをいくつも見てきて
そこから生み出されるストレスが心の病を招き
その悲劇が本人ばかりかまわりの家族をも巻き込んで不幸の連鎖を生じていくことに
妄想の世界にはまっていくことの恐ろしさを実感せずにはいられない

歳をとるごとに失うものばかりが増えていく先の人生に向けて
穏やかに安らかに自分らしく最後まで生きるために
40歳の壁は、今の自分を問う分岐点となる
それがもし「わたしは今まで一体何をやってきたんだろう・・」と空しさを感じるものであるなら
それはむしろ喜ぶべきことだろう
その時点ですでに現実と向き合い、自分の分が見えている


              (次回『捨てるもの、守るもの』で終りです)

日々の暮らし | 23:53:48 | Trackback(-) | Comments(4)
5年越しの
「はい、これ5年越しの約束」
そう言って娘が差し出したのはビーズのネックレスだった(おまけ付き)
bizu6.jpg bizu5.jpg

そういえばこれは5年前に娘がわたしのために作りかけて途中で行き詰っていたものだ
当時小5だった娘にはこれはちょっと難しくて
王冠部分を途中で間違えたらもうどう直していいかわからなくなってしまった
それでもいつかは・・・と、本人は気にしていたらしい

それが昨日
たまたま大掃除していた倉庫からビーズの本が出てきたため
長年眠ったままだった作品はついに日の目を見ることになった
早速明日
ありがたくつけてみることにしよう

日々の暮らし | 22:20:10 | Trackback(-) | Comments(0)
いとしのジュリア
紅茶色の魅力的な花を咲かせるジュリアは
うちでは毎年春の一番花がブラインド(花芽がつかない)になってしまう
昨年からは枝を短く切り詰めないようにして栽培し
鉢もひとまわり大きくしたが
この春は一体どういう結果が出るのだろうか?
julia327-3.jpg

まだ蕾は見えないけれど
なんとな~く蕾が出そうな予感?!これってどう??!!
julia327-1.jpg julia327-2.jpg

ジュリアは繊細で気難しいお嬢さまなので
気温の変化などにも敏感に反応するらしい
このたびは幸い戻り寒波が来ていないからその辺は大丈夫かなあ・・

ホントこのお嬢さまには毎年ハラハラさせられるが
惚れこんだ弱みで今年もすでに気持ちが振り回されている

バラ2008 | 19:20:05 | Trackback(-) | Comments(2)
人生の分岐点12~『弱さの克服』
先日行われた復活祭では、賛美歌の伴奏を娘が務めた
普段の礼拝でもたまには弾いているが
娘はピアノがあまり得意ではない
決して嫌いではないけれど(むしろ弾きたいのだけど)
苦手意識というのはなかなか簡単には克服できないものだ

娘の表面の姿だけしか知らない人には信じられないことだと思うが
彼女は大変な小心者で
小4の時に改築工事でお風呂が新しくなった時でも
蛇口のスタイルが変わっただけでパニックになり
お湯が止められないと言って泣き出したほどだ
ピアノの発表会では緊張のあまり鼻血を出して服を汚してしまったこともある
明るく活発で友だちも多い表の顔とは裏腹に
失敗を恐れて固まる裏の顔が彼女をいつも足踏みさせた

復活祭の前夜
夫はある賛美歌を明日歌いたいと言って来た
ここ数年は
夫が子どもの時代によく歌っていた古い賛美歌を出してきて歌う機会が増えたが
慣れない曲を弾くことは娘にとっては最もためらわれる
しかも普通の日じゃない、復活祭だ
さあどうするだろうかと、まずは本人の意向を尋ねてみると
「ちょっと弾いてみるわ」と言って練習を始めた
どうやら前向きに検討をしているらしい
そして翌日、娘はこの曲を無難に弾いて務めを果した

この曲を今から2年位前に出してきて礼拝で歌った時
思いがけず夫は途中で声を詰まらせた
わたしの知る限りどんな時にも涙を見せたことのない夫の意外な様子に
この曲に対する懐かしい思いと、過去の複雑な感情が重なって見えた
多分その頃からだろう
夫はそれまでほとんど触れなかった「めくらの子」と呼ばれた時代のことを
少しずつ語るようになった
同情されることも、お涙頂戴の話もまっぴら御免だとばかりに
ただの意地とも違う堅い意志から封印されていた感情は
心の奥に閉じ込められただけで消えたわけではなかった
それが今ようやく自然に語れる時代が来たのだとすれば
複雑な思いが昇華され、開放される時も近いのかもしれない
何にしてもそれはわたしには共有することのできない感情であり
無闇に立ち入るべきところではないだろうと思う

こういう経緯があったからこそ余計に
娘には今回この曲を弾いて欲しかった
そして、特に何も説明しなくても娘はそれを受け入れた
わたしはこれまで子どもに、できないことをしろと命じたことはない
だから、わたしが「どう?」と持ちかけてくることはできることだと娘は知っている
あとは自分が踏み出すかどうかだ
そして今回また一つ経験を積み、自信を得た

人が強くなる時にはいつも何らかの「きっかけ」がある
「きっかけ」はその人を本質と向き合わせ
進むか逃げるかの選択を迫る

早いもので、わたしたちの結婚生活も25年目に入った
教会で、しかも両親と義父の叔母が障害者という家庭には
完全にひとつの決まった形が出来上がっており
そこではみんな完全に自立していて
わたしは特に必要とされることもなく
わたしがいなくても誰も困らないのだという現実があった
何か宙に浮いたような自分の存在に
このままの状態でいるのは中途半端でよくないとの思いがきっかけとなって
わたしは翌年神学校へ入って牧師になろうと決めた
2年後、帰ってきても資格があるだけで何が変わるということもなかったが
元々聾唖者だった叔母が白内障で視力も失い、認知症となったことがきっかけで
わたしはそこに介護という自分が本当に必要とされる場所を得ることになる
それは非常にありがたくないきっかけではあったが
あれが後の信用の元となったことは間違いない
また同時に、その経験を通してわたしは確実に強くなった

弱さを克服するには「きっかけ」から逃げないことだ
また、人が弱さを克服しようとしている時に
他者がむやみに手を出すことも良くない
弱者に対して優しさを提供することは美しい行為だが
それがすべて益となっているかどうかは別問題だ

うちの教会は夫の両親(牧師夫婦)が目が見えなかった関係で
昔からさまざまな障害を持った人が集まっていた経緯がある
そんな人々の生き様を間近で見て育ってきた夫は言う
「最近は障害者に対して手を出しすぎる傾向がある
障害者は自らの弱さを補うために勘を研ぎ澄ます必要があるのに
手を出されると必要な勘が養えない
これではかえって生きる力を得る機会を失わせている」
弱さが天から与えられた運命ならば
それを克服するきっかけも、前へ進む力も、天から与えられるだろう
そのために自然に起こるきっかけを人の手で封じてはならないのだ

人の弱さには色々な種類があって
他者がそれらをすべて正しく理解し、思いを共有することは不可能だ
ましてやその人に代わって何かをしてあげることも
いや、してあげられると思うことすら傲慢なのかもしれない
わたしが牧師になって今年で22年、夫は33年になるが
これまで人間的な手助け(援助)で人が本当に幸せになった事例をみたことがない
また、どんなに熱意を持って説得しても人の心は簡単に動くものでもない
できることといえば
迷う人、妄想に向う人の目を現実に引き戻すべく
現在に至るまでの問題点を分析屋の視点で指摘すること
見えていなかったものが見える為に、角度を変えて「何か」に気づくように勧めること
それをきっかけとして再出発する人のために祈ること、くらいだ
そこから先はもう神の領域
人の手の及ぶところではない

現実の話をする時には嫌な話も避けては通れないので
逆恨みされることもある
わざわざ嫌われるような事でも言わなくてはならないこの役目
人から良く思われたいとか、感謝されたいとか
そんなことを願っていたらとてもやってはいられない
だから、いつの間にか色んなことを
「どうでもいいよ」と割り切ることもできるようになってきた
結局
自分を良い人だと思いたい(思われたい)というのも妄想だ
そこから開放されると楽に生きることができる
たくさんの人と出会い、通り過ぎ、ただ忘れ去られていく中
昔はそれを空しいと思ったこともあったが
今はそれも良しと思う
強がりではなく、本当にそう思うようになったことが嬉しい

人生が上手くいっていない人は
たいていが何らかの妄想に惑わされている
ひとりひとりの人生にはみな天から与えられた「分」があるが
分不相応なところにばかり目が向いて
肝心な自らに与えられたはずの分が置き去りにされているのは実に惜しい
自分は自分、人は人
自らの分に忠実に、自分らしく生きることができたら幸いだ

                                (あと2回つづく予定です)

日々の暮らし | 13:36:31 | Trackback(-) | Comments(0)
白花ハンショウヅル
夫が「タラの芽」と呼ぶ20日の様子    今日はもう蕾がしっかり伸びている
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バラの一番乗りは「ごじゃりあん」ことオールドブラッシュかな?!
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この春は寒の戻りがなくて生育状況はみんな順調順調♪

クレマチス | 20:56:49 | Trackback(-) | Comments(0)
人生の分岐点11~『分析屋の視点』
2001年にバラにハマって以来
発酵肥料作りなど素人実験を繰り返しながら
今年もまたバラのシーズンを迎えようとしている
ここからはわたしが今まで試行錯誤してきたことの結果が現れる時だ
毎年ここまでは壮大な夢を描き、ここからはきっちり現実と向き合う
その切り替えにはすでに慣れっこになっている

わたしが肥料つくりを始めた時から
母も野菜つくりを通して発酵肥料に魅力を感じて共に使用してきた
本を読めば読むほど素晴らしい発酵肥料の世界
「これさえ使えば」と、それはまるで健康食品にでもハマるかのように
わたしたちの心を魅了するものだった

今年はまた今までとは別の角度から発酵肥料つくりをやっているが
ちょうどその結果が野菜にぼつぼつ現れつつある今
わたしは母にその様子を冷静に観察するようにとしつこく言っている
というのも
これまでもわたしの自作肥料を一緒に使用しながら
わたしのバラの方では思うような成果が得られていないのに
母の野菜は上手くいっている・・・のではなく
母がそう思い込んでいた経緯があるからだ
“発酵肥料は素晴らしい→必ず上手くいくはずだ”
おかしなもので、こういう妄想にはまると見えるものが違ってくる
そこで見ているのは「現実の姿」ではなく「虚像」なのだ

わたしは以前も書いたように実験屋気質を持っている
実験屋は疑い深く、人のいうことをそのまま鵜呑みにしない
だから自分で実際にやってみないと納得しない傾向があるのだが
良いといわれることをやってみて実際どうなるのか
その結果を分析することは常に必要不可欠なわけだ
だからこそ、わたしとしては希望的観測(妄想)ではなく
正直な結果報告が欲しい
それが悪ければ悪いでそこからまた方法を考えていけばいいし
わたしが常に求めているのは
この先どう進んでいくべきかの判断材料なのだ

バラ栽培も肥料作りも、わたしはわたしなりに大きな夢を持って行ってきた
だが、わたしにとっての「夢」とは、ありもしない「妄想」ではなく
わずかでも可能性のある「目標」だと思っている
バラ栽培の実験は一年がかりなので
現実に目を向けず、希望的観測だけで過していたら
目標の実現は一年遠ざかってしまう
せっかく与えられたこの機会を無駄にし
同じところで堂々巡りをすることをわたしは実に惜しいと思うのだ

現実に目を向けない「妄想」の世界は
それにどっぷり浸っている間だけはとても幸せな世界だと言える
(例:宝くじが3億円当たったらどうしよう?!)
そのまま夢が覚めないでいてくれたらどんなにか幸いだろう
(あんなことをしてこんなことをして・・るんるん♪)
でも、「現実」は、見たくなくても必ず見えてしまう
(さあ当選番号の発表の日だ)
認めたくなくても認めざるを得ない
(・・・・うーん、残念!!あれだけ投資したのに(涙目~)
結果を受け入れなくては結局前へ進めないから
人はまた仕方なく現実を歩み始める
(まあやっぱり地道に働くのが一番かなぁ~)

( )の中には「宝くじ妄想」のよくある現実を書いたが
宝くじが当たるというのは実は全くありえない世界ではない
しかし、一見、誰もが当たるチャンスがあるようで
現実はそうではないのがくせものだ
宝くじだけでなく、株投資やギャンブルの世界には当たる秘訣があるらしい
そのひとつは「才能」だという
つまり、天性の勘だ
そしてもうひとつの成功の要因は「研究」すること
それも半端じゃないほど熱心に勉強し、研究し、データ分析をした上で投資する
そこまでやればかなり成功する確率は高くなるらしいが
冷静に考えてみて
そこまで労力をつぎ込むほど価値のあることかどうかが問題だ
また、そこまでの熱意も勉強する能力も誰にでもあるものじゃない
そういうわけで
ギャンブルの世界は、ごく一部の成功者にとっては確実な「目標」だが
ただ単純にお金を出すだけで実際には損をしている多くの人々にとっては
得する根拠のない「妄想」の世界なのだ

「目標」という名の夢は、現実を生きる上での励みになるが
「妄想」という名の夢は、もともと現実とは相容れない
妄想を妄想と自覚して割り切っているならばある程度問題はないとしても
それを現実と混同するところに問題が生じるのだ
「目標」は、たとえ実現しなくても、
そこから学ぶべきものを学んで、また頑張ろうと前向きになることができる
でも、「妄想」が夢破れた落胆は想像以上に大きく
何か裏切られたような、空しい感情が残るものだ
本当は妄想に陥りやすい体質を改善していくことが重要であるにもかかわらず
現実逃避のために更に妄想にはまっていく悪循環は避けたい

「子どもは誉めて育てよう」
この方針は、子どもに長所を教え、自信を与える意味では正当だが
誉めることだけに偏り、現実の姿(短所)を教えないなら
子どもは自分の虚像を自分だと勘違いしてしまう
「叱る」という行為は、子どもの欠点を子ども自身に教えることでもあり
現実の自分と向き合わせる訓練でもある
考えてみれば
人間の一生は、この現実の姿をどう受け入れるかという戦いの連続なのだ
だから、戦いの備えは早い時期からしておいた方がいい
自分の本当の姿を知っていれば無駄な見栄を張ることもないので
生きることはさほど苦痛ではないと思う

それぞれの心の中に自然にわきおこる感動(ロマン)が人によって違うように
個人個人は天から授けられた異なる資質(本質・才能)をもって生きている
神の存在を信じないという人でも、結構「運命」は信じていて
運命には逆らえないと思っている人は多い
また、どうにも人知が及ばない未知の世界に突き当たった時
人はそこを「神の領域」と呼ぶ

一般的に科学者は神の存在を信じないと勘違いされているようだが
研究・実験と分析を繰り返した果てに行き着く説明できない謎に対して
そこに「神の領域」を見る科学者は少なくないという
宇宙飛行士が地球に帰還後、牧師になったり哲学者になったりと
今までとは価値観ががらりと変わってしまうケースが報告されているが
地球の中だけでも無数の謎が存在するのだから
不思議に満ち満ちた広い宇宙を見た時には
そこに神の存在を感じずにはいられないのだろう
実際のところ、まともな科学者は科学が万能とは思っていないのだ
科学者は別に神さまにケンカを売っているわけではない
ただ、最初から神の領域を設定していたら研究はそこでストップしてしまう
どこまでが人間の手の及ぶ領域で、どこからが神の領域なのか
科学の世界はそれを冷静に分析しているようなものかもしれない

分析屋の視点は常に冷静であることを要求される
自分が「こうであって欲しい」と思う希望的観測を入れたら
真実がわからなくなってしまうからだ
そのように、自分自身の本質に対しても
希望的観測を入れてしまうとそれは虚像になる
そして、その虚像を実像として生きるのが妄想の世界だ
ただの幻は、分析をすると壊れてしまうので
妄想の世界では自己分析も、反省もしてはならない
しかし、そこには危うい不安感が満ちているから
本人は決して幸せではないのだ

信仰の世界は、よく「妄信狂信」などと揶揄されることもあるように
妄想と隣り合わせの世界でもある
何らかのコンプレックスを抱えている人ほど
神の力を得て自らが何か素晴らしい存在になる妄想に陥るケースが少なくない
その自分で漠然と考えている「素晴らしい存在」というものには明確な実体がなく
ただ、人に誉められたいとか認められたいといった
自分の心の寂しさを紛らわす幻を追い求めているに過ぎないため
信仰することでますます妄想を助長してしまう恐れがあるところが悩ましい

わたしは「実験屋で疑い深い」と書いたが
かつてのわたしは今ほどの現実主義ではなかったし
分析ももっと甘かった
それをここまで現実に冷静に向わせるようにしたのは夫だ
いや、そのきっかけをもらったと言った方が正しいだろうか
夫はわたしよりももっと壮大な夢を持ったロマンチストなのに
現実との住み分けが実にはっきりしていて
あまりの割り切りの良さがわたしには唖然とすることも多かったが
わたし自身その影響を受けて
いつしか現実を確実に受け入れ、妄想から遠ざかるほど
気持ちはずっと楽になっていった
 
                                        つづく

日々の暮らし | 23:22:40 | Trackback(-) | Comments(0)
123456
こういう数字のならびに出会うと楽しい♪
kiriban323.jpg


日々の暮らし | 20:19:06 | Trackback(-) | Comments(2)
翁草
ふるさとの山から持ち帰ったオキナグサが今年も新芽を伸ばし始めた
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いつの間にかクレマチスも蕾をつけている
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だんだんお庭から目が離せなくなってきた


庭つくり2008 | 19:16:53 | Trackback(-) | Comments(0)
即席化成発酵肥料の検証2
普通化成肥料をEM菌とドライイーストで発酵させた即席発酵肥料の効果について
今度は施肥後一ヶ月経過したブロッコリーを見てみると
例年より目に見えて生長がよく
葉っぱが小さめの株でもブロッコリー自体は結構立派なものができている
burokkori_late321-4.jpg burokkori_late321-2.jpg

この即席発酵肥料を使う前に収穫したものはここまで大きくはならなかったので
ある程度効果が出ているのではないかと思う

あと、注目すべき点としては
・緑色が濃すぎない
・やわらかくなるまでのゆで時間が短い
・甘い
といった、発酵肥料を使用した野菜の特徴が出ていることがあげられる

また
本来アクの強い野菜である「ふだん草」も
葉っぱが柔らかく、生でかじっても苦味やえぐ味は感じられない
fudansou320.jpg

こうして、今のところ利点ばかりが目に付いているが
今後の経過を冷静に見守っていきたい

土と微生物 | 20:56:44 | Trackback(-) | Comments(0)
記念日
冷たい雨が一日中降る昨日とうってかわって
今日は風は強いながらもいいお天気の一日となった
そんな中でチューリップもそっと顔をのぞかせる
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シイタケも次々大きくなっていて、先日は2個収穫したがこれがとっても甘くてGOOD♪
↓こちらも明日あたり収穫時かな?
shiitake320a.jpg

これからいよいよ春本番といった今日3月20日は
わたしたちの24回目の結婚記念日だ
毎年何もなかったかのように過ごすのが慣例となっているこの日だけれど
今年はちょっとご馳走にしてみようかという気になり
寿司飯の上に10品目の具材をのせた豪華版海鮮丼を作った
子どもたちも「ええ~、なにごとぉ?!」と言いつつ大喜びで食べる食べる^^
kaisen320.jpg

抹茶プリンは前回の失敗をほぼ克服
macchapurin320.jpg

こちらは昨日作ったチーズケーキ
スチームオーブンで作るとしっとりしていてかなり美味しい
先日は母もシュークリームを焼いてみたし
これにて新オーブンのお菓子の試し焼きはひととおり終了かな
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日々の暮らし | 21:21:37 | Trackback(-) | Comments(2)
即席化成発酵肥料の検証1
「安価な化成肥料を高級発酵肥料に化けさせよう!」
という計画を企て
手もとにある化成肥料にEM菌や酵母菌を加えたものを作っているが
これを実際に使ってみたはじめての結果がひとつ出た

使用した化成肥料は8-8-8の普通化成肥料で
これにEM菌発酵液とドライイースト(ぬるま湯と砂糖で予備発酵)を加え
ちょうど肥料が浸るくらいに水分調整
この状態で1ヶ月置くと、溶けてどろどろの液状になるので
薄めて一週間に一度ずつまいた春菊を今日収穫した↓
shungiku319.jpg

同じ8-8-8の化成肥料をそのまま使用した時には
葉っぱはごわごわした感じになったが
今回できた葉っぱはとても柔らかくて味も良い
実はわたしは春菊が苦手なのだけど、そんなわたしでも美味しいと感じた

こちらはJAの10-10-10化成肥料にEM菌発酵液とビール酵母発酵液を加えたもの
このところの気温上昇のせいか、盛んに泡が出てきている
匂いも肥料のものとは異なっていて
肥料が化けつつあるのではないかと勝手に推測中
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今月初めにこの肥料を施したバラは
現在新芽を展開させつつあるが
毎年この時期には出てくるアブラムシが今のところまだついていない
今後の病気や虫のつき方に注目していこう
なお、この即席肥料を作り初めた時から約一ヶ月が経過した現在
肥料の粒はすっかりぼろぼろで、手でつまむと簡単に粉状になる程になっている

土と微生物 | 14:28:16 | Trackback(-) | Comments(2)
いちご大福
そろそろ一ヶ月くらいになるんじゃないかなあと思ったら
やはり2月18日以来毎日ブログを更新していて
昨日でちょうど一ヶ月になっていた
このところずっとゴソゴソ何かやっているので
「今日は○○をしました」的な記録ネタが尽きない

で、『今日はいちご大福を作りました』
白玉粉に砂糖と水を加えてレンジで作る求肥もちは
作るのは簡単だけど扱いが難しい
片栗粉をたくさんつけないと手にくっついて大変大変!
あ~、もっと表面をなめらかに作りたかったんだけどなあ~~

ichigodaifuku318-2.jpg ichigodaifuku318-1.jpg

リクエストした息子の感想は
「あんこが多すぎ」「餅が厚すぎ&甘すぎ」
要するにもっと材料ケチってOKというわけだが
餅を薄く伸ばすには結構技術が必要であると実感(しっかり片栗粉をつけるのがポイント)
それと、中のあんこが甘いので餅は甘みを控えた方が食べやすそうだ

<今回のレシピ>

☆材料☆ 白玉粉200グラム、砂糖120グラム、水250cc、こしあん、いちご、片栗粉
☆作り方☆
 ・いちごをこしあんで包んで丸める
 ・耐熱ガラス容器に白玉粉を入れ水を少しずつ加えてよく混ぜて砂糖も加える
 ・ラップをし、レンジで3分加熱
 ・一度よくかき混ぜてから更にレンジで3~5分加熱
 ・はしでよくかき混ぜて餅状に練る
 ・片栗粉をふった台に出して切り分け、あんを包む

日々の暮らし | 14:25:11 | Trackback(-) | Comments(0)
黄モッコウバラに蕾
出てきました~~♪
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今日は大好きな
ベロニカ”オックスフォードブルー”も
咲き始めたし                  シイタケの方もそろそろ収穫時かな?!
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バラ2007 | 18:39:00 | Trackback(-) | Comments(0)
新しい時代
昨日娘が「これ見て見て~~!」と興奮気味に持ってきたのは
高校音楽Ⅱ教科書『ムーサ2』(教育芸術社出版)
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音楽を選択している娘は2年生からこれを授業で使うのだが
この中になんとLed Zeppelinの「天国への階段(Stairway To Heaven)」がはいっている@@
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1971年に発表されたこの曲は
クラシック界の巨匠ヘルベルト・フォン・カラヤンに
「これ以上手を加えようのない名曲」と言わしめたロック界不朽の名曲の1つだ

かつてわたしが高校生だった頃には不良の音楽と呼ばれたロックミュージックを
今は学校公認で授業で演奏する時代になったとは
そして、この曲で娘たちはギターとリコーダーのアンサンブルをやるなんて
まあすごいというかうらやましいというか・・
高校時代のわたしならギターパート全部弾けてたんだけどなあ~(遠い目)
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ギブソン社の12弦と6弦のダブルネックギターは
この曲がコンサートで演奏される際に使われることで有名になった
わたしも憧れのギター
本物は当然無理でも、ミニチュアの置物があったら欲しいかも^^

日々の暮らし | 22:41:30 | Trackback(-) | Comments(0)
やや苦戦中
成功続きだった新オーブンレンジチャレンジも
焼きプリンつくりでやや苦戦している
温度と時間の勘がなかなかつかめない上に
昨日も今日もカップの置き場所によって焼き加減が違うのが気になっている
左に置いたものはゆるすぎるのに、右に置いたものはスが立っていたり・・・
ただ食感だけはトロッとしていてかなり美味しいのが救い

今日は娘のリクエストで抹茶を入れたら混ぜ方が悪くて失敗失敗(大汗
まるでヨモギが浮いているみたい~~@@
これじゃあんまりなので近々リベンジだな、、、
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日々の暮らし | 18:43:04 | Trackback(-) | Comments(0)
それぞれの感動
シイタケが順調に生育中
この可愛さにはハマる♪
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「これかなり可愛くない?!」と言って息子が差し出したのは
本日UFOキャッチャーでとってきたウサギ×2
いや確かに思わず笑いたくなる可愛さだ^^
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息子いわく
「このウサギの重心がどこにあるのか一生懸命目測計算して頑張ったんだよ
で、重心がどこにあると思う?何と”耳の付け根”なんだよね!」
と、その外見からは想像し難い意外性に感動したらしい

そうか、ゲームを作る側はきっとこういうことも計算しつくしているんだろうね
まあ何にしても
わたしにはシイタケの生長の方が楽しいみたいだけど^^

日々の暮らし | 21:35:19 | Trackback(-) | Comments(0)
人生の分岐点10~『実験屋の原点』
昨年書いていた『心の問題を考えるシリーズ~人生の分岐点』の続きです
(1~9までは「教会の紹介ページ」に収録)

**********

幼い時代の自分をふりかえると
本を読むことも絵を描くことも興味がなくて
年中お日様の下でごそごそするアウトドアっ子だったことを思い出す
かといって、スポーツが好きなわけでもない
遊び道具をいつも自然の中に探しているようなタイプだった

「子どもは誉めて育てよう」
そう提唱されるようになったのはいつからだろう
少なくともわたしが育った時代には特別そういうお勧めはなくて
親はそれぞれ自分の主義で誉めたり叱ったりしていた

そういえば、わたしが誉められた経験って何?と考えてみると
多分親はきっといろんな場面で誉めてくれたのだとは思うが
自分の中にはこれといった場面がなかなか思い出せない
そんな中で、2つほど印象に残っている事柄がある

ひとつは、まだ学校へ上がる前の時代、5歳くらいだっただろうか
スミレの花が咲く時期に
父方の祖母の家に遊びに行った時のことだ
それまで祖母の家に行くのはお盆の時期が主だったので
この年はじめてわたしはあちこちであふれるように咲く野生のスミレを見た
心がおどった
そしてそのスミレの花を摘むことにたちまち夢中になる
摘んで摘んで摘み続けて、いつの間にか4時間もの時間が経過していた
この「4時間」という時間の概念は当時のわたしの中にはまだなかったが
幼いわたしが4時間もスミレを摘み続けたことを祖母がひどく感心して誉めていたと
後で母から教えられ、それで「4時間摘んだ」と今でも覚えている

その時の祖母の言葉の意味は、わたしにはよくわからなかった
長い時間スミレを摘むことのどこがそんなすごいことなのだろう
ただ楽しくて摘んでいただけなのにねぇ・・?

ふたつめは、どろ団子作りの思い出だ
これは自分でもよく覚えているが
本当に熱心に「美しいどろ団子作り」に没頭していた時代がある(小学校低学年)
あの頃、誰に教わるわけでもなく、どろ団子作りに適した土を自分なりにさがし続けた結果
“軒下の乾いた場所の表面の粗土をどけて
出てきた堅い地面を手のひらでパンパンたたくと細かい粒子の土が集まってくる“ことを発見し
それを材料にして毎日のようにどろ団子を作った
水をどのくらい入れればちょうどいいとか
できた団子は日陰で乾かさないとひび割れてしまうなど
試行錯誤を繰り返しながら
やがて表面を手のひらで磨いてつるつるの美しい団子ができるようになると
この最終結果は自分でもかなり満足のいくものだったので
そこでどろ団子研究は幕を閉じた

それからしばらくして、母は感心したように当時を振り返る
その掛け値なしの誉め言葉はわたしを驚かせた
だって、どろ団子を一生懸命作ってもそれが何か役に立つわけでもないのに・・・

この2つの誉められた経験は
どちらも「意外なこと」として以後わたしの記憶に残ることになる
というのも
誉め言葉とは、もっと「価値のあること」に対して与えられるものではないか
子どもなりにそういう漠然とした感覚があったからだ
そして、「価値のあること」とは
勉強やスポーツができたり、特殊技能を持っていたり
それが将来「立派な大人」になる要素となり得るようなものだろうと考えていた
言わば、目に見える能力の部分に焦点が置かれ
目に見えない感性(持ち味)の部分までは理解が及んでいなかったわけだ
すくなくとも世間の価値観は常に目に見える部分に重点が置かれていたし
学校でも先生から誉められる内容はそういうものだった

わたしが何か目に見えるもので誉められた記憶をすぐに思い浮かべられないのは
それが全くないのではなくて
思い出すほど大したことがないからだと思う
目に見えるものは常に他人と比べられるものだから
ある程度なにか評価されたとしても、他人と比べた段階で色あせてしまう
だから、こういうことで親が一生懸命誉めてくれても
それは親の欲目でしかない現実を
子どもは成長するにつれてわかってしまうのだ

「スミレ」と「どろ団子」の思い出は
わたしが根っからの実験屋であることを表している
実験屋気質とは
『見てみたい 知りたい → どうなるのか実際にやってみたい』といった
心のうちの感動を体で表す・形にする欲求でもある
そのためには他人には意味がないような行動に没頭し
自分自身の手で確かめながら気が済むまで「価値がない」ようなこと
言ってみれば「一円の得にもならない」「時間のムダ」「労力のムダ」を繰り返す
誰のためでもない、自分に与えられた感動のために
そして、この感動をロマンと呼ぶ
今思えば
ロマンの価値をわたしは幼い時に教えてもらったのだろう

すべての人間は感情を持っていて
そこには人それぞれの感動があるはずだ
しかしその感動はすべての人が共有・共感できるものでもない
たとえば「車好き」の人がいる
わたしのように車とは「人間の足=動けばいいじゃないか」という感覚の人間にとっては
車の性能を追求してわざわざ高いお金を払う価値は実感としてよくわからない
これは単純に頭で考えた損得だけで車を見ているからだ
ところが、以前スポーツカーに乗せてもらった時に
わたしは初めて車の性能を追求する意味を理解(体感)した
スピードを出した時に体に伝わる感覚が普通の車とは全然違うのだ
スピードが上がるほど車が道路に吸い付いているような安定感を感じ
急ブレーキをかけても体が前へひどくつんのめることがない
車と人間が一体化する感動と安心感には大きな価値があると
車のことなんて全くわからないわたしにも理解できたし
素直にすごい!と感動した
そして、その感動とは
車の開発に心血を注ぐ研究者の魂が形になって伝わるものであり
生きたロマンなのだと思う

うちにこのたび30年ぶりにやってきた新しいオーブンレンジに
わたしは今、限りない感動を感じている
それはただ単に新しいものを手に入れた喜びではなく
オーブンレンジ開発の歴史と
そこに携わってきた名前も知らない人々の心と熱意を見るからだ
それほど新しい機械の性能は素晴らしい、もう素晴らしすぎる
30年の長い年月の間には
どれほどムダと思われる実験が繰り返されたことだろう
実際に多くの損失を出し
一円の得にもならないムダを
意味のないこととして切り捨てなかった人々の研究者魂が形になっている
その生きたロマンがわたしを感動させるのだ

まだ「子どもは誉めて育てよう」などとわざわざ提唱しなかった時代には
人々の心は「良いもの」を作ることに価値観が置かれていた
子どもはみんなそれぞれの素直な感動を否定される時代でもなく
自由に自分の好きなことを模索したから
殊更に誉めてもらうことがなくても
自分の生きる価値や居場所をちゃんと見つけていたと思う

ところが、いつしかその価値観は「良いものを作る時代」から
「売れるものを作る時代」へと移り変わり
実験屋の良心はもうけ主義に押しつぶされていく時代が訪れた
こうしてロマンを求める実験屋は時代に取り残され
世間では楽をしてお金をもうける道を模索する風潮が目立つようになった

日本人の気質は昔から真面目で勤勉だと言われるが
真面目であるほど失敗を恐れ
失敗しないために無駄や遊び心を排除しようとする傾向がある
極端になると、無駄を罪悪ととらえている人もいて
これが高じると心の病を発症し
自分の行動すべてに自信がなくなってしまう
というのも
人間は多かれ少なかれ無駄をせずに生きてはいけないにも関わらず
それが許されないことで混乱してしまうからだ

ロマンは見える形になってはじめて社会に認められるが
形になるまでは単に無駄で馬鹿馬鹿しい世界かもしれない
やっていることが世間に認められないならば
そして更にそれがお金に結びつかないなら
それはみんな意味がないという価値観は
人間の持ち味と遠い未来の可能性を否定する
それが現在の子どもたちに生きる意味を見失わせている原因のひとつだ
励ましのためにいくら誉め言葉をもらっても
それが勉強とか習い事とか他人と比べられるものである限り
誉め言葉も負担になりかねない

世の中は不思議に満ちていて
特別なところへいかなくても、すぐ側に色んな面白い世界が広がっている
あの「スミレ」と「どろ団子研究」の時代から40年
わたしは結局ずっとこの「面白い世界」と無縁ではいられなかった

                                (つづく)

日々の暮らし | 22:29:03 | Trackback(-) | Comments(0)
悲願のスポンジケーキ
新しいオーブンの登場に興奮冷めやらぬ今日
ここはまずどうしてもスポンジケーキを焼かねばなるまいと
意気込んで準備を始める
お菓子作り歴もかれこれ30年余りになるが
どう頑張ってもスポンジケーキが上手く焼けたためしがない
上手くいかないことを道具のせいにしたくはないと思ってきたけれど
それでも昨日のシフォンケーキの出来を見ると
今日の結果には期待せずにはいられなかった

さあ、早速スチーム機能を使ったオーブンで焼いてみると・・・

うぉぉぉぉ!!!
こんなに美しいスポンジケーキが焼けるなんて
これは夢だろうか?!!(大興奮)

spongecake8.jpg

まったくこの喜びをどう表現したらいいのだろう
長年の夢がかなった感激で
「すごいよすごいよ~~」とひとり馬鹿みたいに大騒ぎ!(うるうる)

やっとうちでもマトモなデコレーションケーキが作れそうだと
イチゴケーキ大好きな息子がやってきて自分がデコレーションすると言いだした
そこへ夫もやってきて共同作業かと思いきや
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息子はぜひとも主導権を握りたいとのことで
どっかり腰を落ち着けてクリームを塗る         残ったイチゴは全部乗せちゃえ!
spongecake5.jpg spongecake4.jpg

『絞り出しも結構難しいもんだなぁ・・まあよし、これで完成だ!』
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『なんだまだクリームが残ってるじゃないか』と
夫がクリームを付け足す
あはは、だんだんすごいことになってきた      素晴らしくゴージャス!
spongecake3.jpg spongecake1.jpg

そしてお待ちかねの試食タ~イム♪

ねね、どう?どう?!(どきどき・・)

『ケーキ屋さんの味だ』 『これは本物だな』

滅多にわたしの料理を誉めない男2人が言うのだから間違いないだろう
ああ、苦節30年余りの悲願ここに達成だっ!!

ちなみにわたしの愛用するこのハンドミキサーは
高校生の時に買ってもらったものでこれも30年もの
まだ当分現役で頑張ってくださいませ♪
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日々の暮らし | 18:43:02 | Trackback(-) | Comments(3)
技術革新
先日壊れてしまったオーブンレンジの代わりを探すべく電気店に行くと
もうコレしかないでしょう!といわんばかりの
大きさも使い勝手も、そして何よりお値段もちょうど良い製品との出会いがあり
早速今日我が家にお迎えするに至った
容量は33リットルと大型で、スチーム機能がついたタイプだ

新しいおもちゃがやってきたようでもう嬉しくて嬉しくて
早速母にシフォンケーキを焼いてもらう
30年前のオーブンと今のものと、その差が如何ほどのものかまず実感したい
で、焼き始めたらもう見事なほどにふくらんで
焼きあがった表面は見ただけできめが細かいのがわかった
newovenrenji.jpg


冷ましてから切ってみると、すっごくふっわふわだ!(興奮)
今まででも十分美味しいと思っていたけれど、その差は歴然としている
これならスポンジケーキももっとふんわり焼けそうとか
あきらめていたフランスパンもいけそうだとか
天板の大きさが今までの1.5倍以上だから一度にたくさんのお菓子やパンが焼けるぞと
夢もケーキのように一気にふくらんだ

レンジ機能も試してみようと牛乳を温めてみたら
え?コップのふちが熱過ぎないで底までしっかり温まっている?!
と、またまた感激~~~!
今までのレンジでは温まり方がひどく片寄っているのが当たり前だったので
もう何もかもが不思議に思えてしまう
30年間の技術革新は実に素晴らしい@@
その長い年月の間には
たくさんの研究者や技術者の夢と浪漫と苦労の歴史があったことだろう(感涙)

これから母も一緒に説明書とにらめっこしながら扱い方を勉強していくことになる
母は昔から結構新しいものに適応しやすいタイプなので
すでに色々やってみたいと思っているようだ
シュークリームの皮がもっとふわっと焼けないものかと以前から気にしているので
たちまちはこの辺からやってみるといいかもしれない

日々の暮らし | 22:11:53 | Trackback(-) | Comments(4)
パープル・シェード
クリスマスローズ”パープル・シェード”咲きました
うーん、渋くていい色!!
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庭つくり2008 | 20:48:43 | Trackback(-) | Comments(2)
30年もの
「ジジジジ・・・・プッツン・・・・」
夕食時、電子オーブンレンジが、突然壊れた
1978年製の30年もので
いつ壊れるかわからないと覚悟はしていたけれど
なんともあっけない最後に思わず唖然とする

夫が独身時代にクッキーを焼き
結婚してからはわたしがパンやお菓子を作った
母が同居してからはますます使用頻度も増して
本当に今までよく活躍してくれたものだとただ感謝するばかりだ

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日々の暮らし | 22:33:49 | Trackback(-) | Comments(5)
安らぎの色彩
お庭の方はまだやっと新芽が伸びだしたばかりで
花が咲くのはしばらく先になりそうだが
毎週行くお花屋さんではすでに春の花が真っ盛り
その中でわたしがこの時期必ず選ぶのはデルフィニウムだ
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この青紫~淡紫の花色は
どうしてこうもわたしを魅了してやまないだろうか
20数年前に初めてこの花と出会って以来
わたしにとって安らぎの色とはこういう色をいうのだろうと
今年もうっとりと眺めながら幸せ気分に浸る
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日々の暮らし | 18:46:14 | Trackback(-) | Comments(0)
野葡萄石けんの型入れ
石けんを手作りするようになって今年で7年目になるのだが
いまだに難しいと思うのが「型入れ時」の予想だ
材料を混合し、30分間かくはんした後
石けん生地は「ケン化」が進んでとろみが出てくる
そして、ちょうど練乳のようにとろとろになった頃が型入れ時で
それを過ぎると固まりすぎてきれいに流し込めなくなるのだ

この、かくはんを終えてから型入れするのにちょうど良くなるまでの時間は
季節や気温、湿度などの環境条件や
使用している材料によって
最短5時間から最長13時間までの開きがある(注:わたしの経験)

昨日の場合、かくはんを終えた時刻は夕方の4時
ここから型入れ時まで
最短では夜の9時、最長なら朝の5時という予想が立つ
夜の9時はいいとして、また朝の5時もまだいいとして
問題は真夜中にそのタイミングとなってしまう場合だ
そして、今までしばしばそういうことになっていて
昨夜も野ぶどう石けんの方は夜中の1時にちょうどいいとろみ加減になった
つまり、ここまでの所要時間は9時間
一方のアオモジ石けんの方は6時間後の夜10時でOKだった
nobudousoap7.jpg

夜10時にアオモジ石けんの方を型に入れた時
野ぶどうの方はまだまだという感じだったので
11時に勘で「あと2時間くらいかな」と予想し、目覚ましを1時にかけて一旦就寝
これがちゃんと当たって、いいタイミングで生地を流し込むことができた

石けん作りで徹夜するわけにはいかないし
とりあえずこうして経験を積みながら勘を養うしかないのだが
何しろ毎回のように材料が変わるものだから
一体今回は何時に固まるのかといつも石けん作りはスリリングなのだった

日々の暮らし | 14:58:08 | Trackback(-) | Comments(6)
野葡萄石けんを作る
昨年10月、憧れの野ぶどうの実を手に入れてから
これを使って石けんを作ろうと計画していたが
その後、染色用にとクサギの実を送っていただいたので
これで野ぶどう石けんに着色してみようと思いたち
今日やっと実行に移した

野ぶどうの実は健康食品にもなっているらしいので
多分石けん材料としてもOKなのではないかと勝手に思っているのだが
こればかりは自分で使用してみるまでは答えが出ない
なお、今回は
冷凍保存の生の野ぶどう25グラムと同じく生のクサギ5グラムをすりこぎでつぶし
熱湯300ccをかけてエキスを抽出した

この野ぶどう石けんのほかにも
やはり昨年送っていただいたアオモジの実のドライを使用したものも作った
アオモジ入りの石けんは非常に使用感が良くて気に入っているが
以前作った時には生の実を使用したので
今回ドライを使った場合の使用感も興味津々といったところ

(野ぶどう+クサギ)    (アオモジ)     熱湯を注いで自然に冷ます
nobudousoap1.jpg nobudousoap2.jpg

野ぶどうとクサギの液はきれいな青緑色になった
nobudousoap3.jpg

今回の試みで最も楽しみなのは
この色が強アルカリの苛性ソーダを加えた時どんな色に変化するかだ
これが楽しみで今日は朝からそわそわしていた
だいたい今まで苛性ソーダを入れてきれいな色に変化したためしはないのだが
ちょっとでもブルー系の色が残ってくれると嬉しいんだけど・・・









どきどきどきどき・・・・








じゃぁ~~~~~ん!!!


あ゛ーぁ、やっぱりこうなってしまったかぁぁぁぁ;;

nobudousoap4.jpg

ほうれん草エキスを入れた時でさえもうちょっと緑だったけどなあと思いつつ
オイルの中に入れながらまぜまぜ・・・
nobudousoap5.jpg

ひたすらかき混ぜること30分
この時点で、どっちが野ぶどうでどっちがアオモジなのかほとんどわからなくなってしまった@@
(答え:右が野ぶどう)
nobudousoap6.jpg


日々の暮らし | 19:34:52 | Trackback(-) | Comments(2)
芽出し施肥
化成肥料にビール酵母を入れて発酵させてから一週間
その匂いはだんだんパンのような感じになって
これはちゃんと酵母菌が働いているに違いないとすっかり自己満足~^^v
で、今日はいよいよこれを「芽だし肥」としてバラの株元に置いた

また、EM菌発酵液を薄めて株全体にジョウロでかけておく
(病原菌が活動を開始する前に予防目的の気休め的作業)




バラ2008 | 21:06:57 | Trackback(-) | Comments(0)
植替え
昨日、かれこれ3年は植えっぱなしになっているコニファー類を2鉢ほど植え替えた
バラはどうすればしっかり根が張るのかといつも四苦八苦しているのに
なんでこういうものは放っておいても嫌というほど根が張るのだろう・・・
などとつぶやいている場合ではない
右写真のなんてすでに根グサレをおこしていたので
上部もバッサリと剪定して植え替えする
konifa304-2.jpg konifa304-1.jpg

そして作業後にはちょうどよく雨になった
こういうタイミングが合うと
ちょっと嬉しくなる

庭つくり2008 | 21:12:00 | Trackback(-) | Comments(2)
三人乗
春から自転車の親子三人乗り禁止徹底とのことで波紋が広がっているようだ
コレ元々禁止されていたことらしいけど
わたしも昔はやっていた↓
sanninnori2.jpg

子ども二人を前後に振り分けるこの乗り方は
確かにバランスが悪くて危ないことは間違いない
実はわたしはこれで手の甲を3針縫うケガをしたことがあるのだ

ある日の保育園の帰り道
いつのもように三人乗りで発進した直後
ブロック塀のそばでバランスを崩した
そのまま自転車から手を離せば倒れてしまう
何としても子どもたちが落ちないようにしなくては・・
それで自分の手をハンドルにそえたままブロック塀へガッツーンと激突!!
しこたま打ち付けた手の甲からは予想以上の血が流れ出して
はいていたスカートも路面も血だらけになった
とりあえず止血したいけど何もない・・・
で、思い出したのが娘のカバンに入っている昼寝用のシャツだ
突然の事態に目を丸くしている娘に命じてそれを出させて手に巻きつけ
あとは自転車を押しながら何とか家までたどり着いた
そして家に着くなり息子は二階に駆け上がり
「お父さん、大変大変!お母さんがけがした!赤チンぬって!!!」と叫ぶ
傷の状態を見た夫は
「何が赤チンだ、血管と筋が見えてるじゃないか?!」と呆れながら
そのままわたしを病院へ連れて行った

あれ以降、わたしは三人乗りをやめた・・・のではなく
かなり注意して乗るようになった
狭い道や、車の多い道ではなるべく自転車を降りて押して歩く
考えてみればこうして子どもたちと三人乗りする時期というのはほんの一時期のことだ
小学校へ上がれば送迎は必要なくなるし
その頃には子ども自身が自分の自転車に乗るようにもなるだろう
だから、ここは禁止徹底に躍起になるよりも
各人が自己責任で危機管理をするのが本当は現実的だろうなと思う

でも、実際にはこの「自己責任」ということがネックになりそうだ
どうもこの国では義務と権利のバランスが崩れつつあるので
三人乗り自転車の存在が車にとって非常に迷惑なことになる可能性は大きい
もし事故があった場合、車の方が一方的に悪いとされるのも不条理な話だし
大変なことになる前にとりあえずすべて禁止にしてしまえという最近の傾向は
こうして色んなところに波及していく

ここ数年の間には
6歳未満の子どもに対して車のチャイルドシート着用が義務化されたり
危険だからと公園から次々遊具が消えたりと
うちの子ども達が小さかった時代とは随分違った状況になっている
一体これからまた何が禁止されるのだろう?
だんだん難しい時代になっていくなあ・・・

日々の暮らし | 18:59:56 | Trackback(-) | Comments(2)
切戻し
バラの新芽が伸びてきたので
しっかりした芽を選びながら枝を短く切り戻す作業を行う
okurahoma302.jpg johann302.jpg



バラ2008 | 16:07:14 | Trackback(-) | Comments(2)
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