今日のバラ
薄墨
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ブルームーン
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虫食い跡だらけのブラスバンドとオクラホマ
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ディスタントドラムス
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バラ2008 | 23:21:57 | Trackback(-) | Comments(0)
雨の後
昨夜の大雨で
カーポートの屋根の上にあったマダム・アルフレッド・キャリエールの枝が
今朝はバサッと下へと垂れていた
あらまあ、いつの間にかこんなに花が咲いていたとは!!
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枝が垂れてこなければ
人知れず咲き
人知れず散っていったことだろう

そういう植物の潔さを
いつもかっこいいと思う一方で
やはりガーデナーとしては
それぞれの持つ良さが
十分生きるように
配慮してやりたいとも思う

バラを育てていると
それぞれの”持ち味”が
実感としてよくわかる
バラでもはっきりわかることが
なぜか人間になると見えなくなるのは
そこに欲が働くからだろうか





どう見ても全然違っていて、比べようもないバラたちが
ただ今、気ままに開花中

クイーン・エリザベス
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アンブリッジローズ
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バラ2008 | 21:41:34 | Trackback(-) | Comments(4)
グリーンスリーブスの2番花
日中の気温も30度程度に落ち着いてきて
バラの根っこの状態も良くなってきたのだろう
以前のように新芽が縮れることもなく、順調に生育している
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ブルームーン
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グリーンスリーブス

苗を購入してから7年になるこのバラは
これまで春の花しか見たことがなかった
とてもデリケートなバラで
どうしても梅雨~夏以降は株が弱ってしまうため
なるべく摘蕾して秋の花に備えるも
肝心な時には蕾がつかなかったりと
なかなか思うようには行かないのだ
それでこのたびは夏の蕾をちょっと残してみたところ
花径はやや小さいものの
けっこう良い感じに咲いている
どうせ秋の花が期待できないなら
せめて年に2度咲くだけでもOK
といいつつ
この勢いで秋にも咲くことを期待していたり^^


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グラハムトーマス

ベト病を克服して春に立派に咲いたこのバラは
梅雨以降はまたまたベト病で勢力が落ちたけれど
以前のように枯れそうになることはなく
花も少しずつ咲かせ続けている
今朝はちょっと濃い黄色に咲いた








これでもか!というほどの数の蕾を着々と開花させているローゼンドルフシュパリスホープ
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バラ2007 | 14:49:05 | Trackback(-) | Comments(0)
秋の気配
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ブルームーン





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この時期
まだ小さいながらも
整った花形が美しい





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ヘリテージ





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これまでの夏の花より色濃く咲いた





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ミスティーパープルは
相変わらず白っぽい花















*****

娘の夏休みも今日でおしまい
当然のことながらまだ宿題はすんでいないらしく
昨日辺りからやっとエンジンがかかったようだ
ぎりぎりまでウダウダしていて、一気にテンションを上げるのが我が家流か?!^^;

先日は夏休みの宿題の一つ『志望校のオープンキャンパス参加』もすませた
あえて、”無事に”とは書かない、というのも・・・

しっかり電車を乗り間違えて
目的地にはまだ遠いところで途中下車
だいたいこちら方面に歩いていればたどり着くだろうと進んでみるものの
そのうち道が迷路みたいでわけがわからなくなる
受付終了時間が迫っていてだんだんパニックに、、、
で、その辺にある駐車場のおじさんに道をたずね、近くまで案内してもらい
時間ぎりぎりに大汗かきながら受付へと駆け込んだ
(ちなみに、駐車場の前には交番があったのに
あわてている時にはそんなの全然目に入らなかったらしい)

受付にはすでに他の高校生の姿はなく
大学職員らしきおじさんが立っていて
勢いよく飛び込んできた娘に「ご苦労様~」と言って、手でパタパタあおいでくれた
そこでフレンドリーに話をしながら受付をすませ
やっと落ち着いて会場へ入る娘
その後ちゃんと色々見学して、有意義な時を過すことができた
そして
最後に挨拶に立った人を見てびっくり!

あの受付であおいでくれた人は、この大学の学長さんだったのだ・・・@@;;

まるでマンガのようなこの光景を想像しながら思わず笑ってしまったが
アルバイトでもオープンキャンパスでも汗を流した娘の夏は終り
季節は秋へと移り変わっていく

バラ2008 | 15:20:22 | Trackback(-) | Comments(2)
粉粧楼
春にやってきた粉粧楼の花がだんだん大きくなってきた
この秋は本格的に楽しめそうな気配だ
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茂りすぎのミスティーパープルは
蕾の色は薄紫で、開くとほとんど白っぽくなる夏特有の花だが
早朝のひんやりした空気とこのバラは実にあっていると思う
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*****

ほとんど興味もなくて見ていなかった北京オリンピックだが
昨夜の閉会式だけは見ようと決めていた
それは、次回開催国の代表の一人として
Led ZeppelinのギタリストJimmy Page氏が登場することになっていたからだ
数日前からすでに情報をキャッチし、昨日は新聞でも確認したが
「どうせ登場はセレモニーの最後の辺に違いない」と勝手に推測したのが間違いの元
テレビをつけた時には肝心の場面はもう終っていた、、(涙~~~

それでもすぐにその時の画像は次々にアップされ、だいたいの様子はわかった
今日は動画サイトでチェックするのが楽しみ♪

バラ2008 | 07:14:45 | Trackback(-) | Comments(0)
オキナワスズメウリ
昨年種採りしておいたオキナワスズメウリだが
この春何度蒔いても芽が出ないのをしつこく蒔き続けていたら
5月に入ってから蒔いたものが忘れた頃に発芽した
あきらめなくてよかった、、、(感涙)

現在はすでにアーチの上まで伸びていて
そこから自然にツルを垂れさせたり伸ばしたりする予定だ
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一部はフェンスにも伸びていて
今年こそはここで
あの愛らしい実がたくさん生ることを夢みている
そうなったら
きっと学校帰りの子ども達が喜んでみるだろう

そういえば
今年も10月末に
小学校の『町たんけん』授業が行われるとのことで
教会へもいくつかのグループがやってくる
その頃までに実が熟れていたらいいなあ~





同じフェンスでは
クレマチス”コンテスト・ボジャール”が蕾をつけている
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「西安」その後の様子
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一部赤くなってきた
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庭つくり2008 | 14:50:39 | Trackback(-) | Comments(0)
暴走気味
暑さのピークも過ぎて
ほっと一息つけるようになったこの頃
夏バテなど関係なしと言った感じの暴走気味のバラたちに
次々花が咲いている

これでもか!というほど蕾のついたローゼンドルフ・シュパリスホープ
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ミスティーパープルも摘蕾が追いつかないのであきらめて咲かせることにした
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カラーブレーク
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ブラスバンド
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カクテル
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非常に身勝手な話ではあるが
夏のバラにはできればあまり蕾がついてほしくない
それもこんなにたくさんついたら秋がどうなるんだ?!と反動が気になるし
せっかく咲いても花は小さくて、もちも悪いし、、、

普通の化成肥料を微生物で発酵させて使う方法を実践するようになって以来
とにかく目立つのは枝葉の暴走と、蕾がつきすぎることだ
もちろんすべての品種がそうだというわけではないが
何か生長促進剤のような独特の効果があって
大きくなりすぎたものは、その枝葉を養いきれず下葉から黄色くなってしまうものもある
それでも生長が促進されているなら喜ぶべきなのだとは思うが
何がどう作用してこのような効果を上げているのか
わたしは具体的に知りたくて仕方がないのだ

つまり、理論上では
化成肥料を分解消化吸収した酵母菌の中には
各種ビタミン、ミネラル、アミノ酸、ホルモン等を含んでいて
菌が死滅分解することで、上記のものが植物に利用されるようになるという
だが、それをもっと何か見える形で表わせないものか?!
そして、わたしの作っている即席発酵肥料の中でも同様の現象が起きているのかどうか??!
ただ結果だけを目の前にして
単純に「なんだか効いてるみたい」くらいしかわからないことが何とも歯がゆい、、、

・・・とまあ、何となく久しぶりに化学構造式など検索していて
ふとビタミンB2に目がとまった
う~ん、この並びが実に美しくて個人的にとっても和むわぁ~♪
vitaminB2.jpg

特に何が美しいと言って
正六角形のベンゼン環が含まれた化学構造式は芸術だなと思う
ところが、世の中にはこの正六角形に愛を感じる人々が他にもいるらしく
「ベンゼン環同盟」なるものが存在するのにはちょっとびっくりした@@

ついでに言えば
わたしは、食器棚にビーカーやらフラスコやらピペットやらの実験器具が
ずらーっと並んでいたら素敵だなあと時々思う
特に好きなのが三角フラスコで、できれば色んなサイズがあればなおよし
あれはバラを活けてもOKだし~(?!)
そしてこれでお茶を提供すればきっとみんなドン引きだろうなあとか、、あはは^^;

でも、実験器具は本当に好き
高校卒業の時も理科の先生に頼み込んでシャーレと硫酸銅を分けてもらい
結晶を作ってずっと大事に持っていた
あの硫酸銅の青色は宝石に負けないくらい美しい憧れの色だ

一方、夫は楽器が大好きで
色んな楽器をコレクションして並べて楽しみたいなどと常々言っているが
その側で実験器具が並んでいたらさぞかしシュールな光景であろうと
密かに想像して可笑しくなった^^;

秋のバラに向けてあれこれ考え込んでいると思考回路も暴走気味になる
確信が持てないままの即席発酵肥料実験期間も残すところあと4ヶ月
とりあえずこの一年間はこれでいくと決めたのだから
あれこれつつきまわさないように!と自分に言い聞かせているこの頃だ
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バラ2008 | 19:27:16 | Trackback(-) | Comments(0)
コンプレックスと向き合う 11~愛はあるか2
娘の夏休みも残すところ一週間あまり
バイトの忙しさも一段落して、そろそろ宿題でも・・(おそいっ?!)というわけで
書いたばかりの読書感想文(正確には図書推薦文)を持って見せにきた
400字という限られた中で、思いがちゃんと伝わるかどうか気になるようだ
実は、昨年の校内読書感想文コンクールでは優秀賞を頂いたので
今年もこれには力を入れたいと思っているらしい

「勉強ではコレしかないからね」と笑いながら言う娘は文章を書くことを得意としている
小さい時から半端ないほどの本を読んできたせいか
わたしが書く文章よりも使う語彙が豊富で、言い回しがしゃれているなと思うが
自分なりに納得して書いたものでも、そのたびにやはり人の評価が気になるものだ

まあわたしなんかは自分の文章にあるのは”真実と勢い”だけだと思っているので
文章の格調高さからは程遠い世界なのだが
せめて誤字脱字だけは気をつけて、その中にわたしなりの”愛”があればいいなあと思う

人からの評価を期待するのは、誰でも愛されたいという気持ちがあるからだが
ただ誉められたいと思う一心でとる行動には、しばしば真実の愛が欠けている
愛は決して媚びるものではない
だが、評価を期待する時には、いつの間にか人に媚びていることに注意しなくてはならないだろう

コンクールと名のつくものにおいては、その評価を下すのは人間だ
つまりはその人の気に入るか気に入らないかで評価は分かれ
初めから気に入るように書けばある程度の評価が得られるかもしれない
だが、それは自分の心にある本当の愛ではない

”人から真の愛を得たいなら、自分も真の愛を提供すべきだ”
それがわたしが常にモットーとしているところだし
娘にもそういうスタンスで活動して欲しいと願っている
そして、すでに娘もその方向性で自分の道を模索していることが書くものから伝わってくるので
「そのままでいいよ」と背中を押した

さて、文章を書くことの他に、娘が好きなことといえば絵を描くこと
習った経験はないが、いつの頃からか鉛筆デッサンを得意とするようになった
わたしとしては、自分の育てたバラの絵をいつか娘が描いてくれたらという夢があったのだけど
残念ながらどうも娘は花の絵を描くのが好きではないらしい

文章においても、好きなことを好きなように書くことで自分を表現してきたのと同様に
絵もまた好きなものを好きなように描くことが最も自然なこと
そして、今、最も娘が描く情熱を注いでいる対象物はロボットだ
人間は描かない、、というか、興味がない
「人間を愛してないのかな」と言って苦笑する娘の言葉の裏には
「人間は面倒な生き物だ」との真意が見える
だが、それ以前にロボット趣味は、こりゃあわたしの影響だなと思った
実はわたしはかなりのロボ好き
趣味はロックに格闘技に今度はロボットかと
ますます乙女チック度数は限りなくマイナスまっしぐらなので今まで書かなかったが
最近娘が学校で描いたというロボの絵を見て
思わずロボ話で盛り上がってしまったのでもういいかと、、^^;

娘の好きなトランスフォーマーのバンブルビー(部分画)
車が変形する超生命体ロボットで意思を持つ
これは描きはじめ
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だいぶできたが、まだ未完成
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こちらは真ゲッターロボ
娘いわく「もっと絵を動かしたいなあ」
三機合体ロボットの元祖ゲッターシリーズの魅力は情熱と躍動感だ
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映画の一場面を見ながらシャーペン一本で輪郭をとり
細部まで描き込んでいく様子を見ていると
ここまで技術を磨いてこれたのは、やはり愛だなと思う
意思を持つという設定のロボットを生きているように描きたい
単にその姿をトレースするのではなく
自分の手で描くことで
湧き上がる躍動感を持った自分の理想とするロボットを描きたいのだ

ところで
娘がこうして今の時期にロボ画に打ち込んでいるのには理由がある
実は月末にはじめて声楽のコンクールに参加することになっているのだが
課題曲がネックになって上手く練習が進んでいないのだ
通常出るはずの高いファの音が思うように出せない
自由曲の高い音はソなのに、こちらは難なく出る
この差はどこから来るのかと言えば
自由曲は得意のイタリア歌曲ですでに歌いなれた曲だが
課題曲は苦手の日本語であること(日本人なのに?!)
つまり、ああダメ~という気持ちの問題が大きいようだ

今回の選曲はどちらの曲調も哀愁漂うタイプで
しかも課題曲の方が更に悲壮感が強い
だが、わたしはむしろこれを武器にすべきだと思っている
それは、こういう曲はいかにその中に心を込められるかが課題となると思うからだ

コンクールとは、その技量を人と比べられるものだが
歌に対する愛を問われる試練の場でもある
果たしてどこまでその心を注ぎ出だせるのか
それはちょうど絵を描くことにも似て
ロボ画を描きながら
改めて自分の心と向き合う作業を進めている状況だ

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2005年以来
まともな花を見たことのない「薄墨」に花が咲いた
小さな夏の花ながら
色形は美しい本来の「薄墨」の姿だ
以前は枯らす一方だったバラが
今年は随分復活している
何か流れが変った
そんな実感が嬉しい

日々の暮らし | 22:29:29 | Trackback(-) | Comments(2)
コンプレックスと向き合う 10~愛はあるか1
”この限られた空間で自然の風情を楽しみたい”
そんな思いで続けている庭作りだが
実際に庭で見る植物の様子とはまた違った風情が
写真の中にはある
それはきっと、植物を愛でる心と共に
それらを如何に美しく撮るかという写真撮影への熱意
使うカメラへの愛着といった複合要素が
しばしば実物以上に庭を美しく表現するからだろう
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夫がカメラを構えている時は
どうも側にいると邪魔になりそうな気がしてなるべく離れているようにしているが
その集中している様子を見るといつも
あれは”愛”だなと思う
被写体も含め、写真を撮ることそのものへのこだわりや、機械(カメラ)を非常に大切に扱う仕草も
すべてひっくるめて
そこに愛があるかどうかで行為も結果も変ってくる
つまりは
自分の撮りたい(納得のいく)写真を撮るためには自らの格好もいとわず行動し
そこから生きた写真が生れるのだ

コンプレックス(劣等感)とは
常に人と比べることによって起こるもの
自分が人からどう思われているか、愛されているかは重大な関心事であり
それを確認できないことで焦りも生れるし、悩みもする

ところが、他人がどう思うとか、そういう次元の問題を、愛は克服するらしい
”自分の撮りたい(納得のいく)写真を撮るためには自らの格好もいとわず行動”するというのは
要するに、人目を気にせずその場に寝転がったり、不自然な体勢でカメラを構えるということで
その姿はほとんど”変な人”だが
出来た写真を見れば、なるほどこのためかと納得させるものがそこにはある
そして
写真から伝わるものがあって、それが(自分も含めて)見る人の心を動かすならば
写真へ注いできた愛は、別の形で自分の元に戻ってくることになる

今回、西洋ニンジンボクとアンゲロニアが咲きそろった写真も夫に撮ってもらった
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わたしは植物への愛はあると思うが
残念ながら機械への愛が欠如しているので
普段写真を撮っていてもあまり思うようには撮れないことが多い
サイトの中ではいちいちこれが夫のこれがわたしのと解説はつけていないけれど
見る人が見ればその差は一目瞭然だ
だから、ここという時の写真はいつも夫に頼むことにしている
誰かに見せたいという以前にわたし自身が見たい

さて、昨日はちょっと嬉しいことがあった
わたしが長年願っていたことがひとつ実現に至ったのだ
それは息子の、教会での賛美歌伴奏者デビュー

6歳の時に自ら望んでエレクトーンを習い始めた息子は
当初わたしが想像していた以上に音楽好きに育った
好きなジャンルも、クラッシックからロックや軍歌に至るまでさまざまだが
中でも賛美歌は小さい時からお気に入りで
こちらが何も言わなくても自分でよく弾いて練習している
だから、いずれ伴奏者になるであろうことは想像できたし
親としてもそうなってくれれば嬉しいと思ってはきたものの
このことに関しては意外なほど息子は慎重だった

いつだったか、息子はこんなことを言っていた
「人に聴かせる演奏をするためには1万時間の練習が必要らしい」
1万時間と言われてもピンと来ないのでざっと計算してみたら
一日3時間練習しても10年かかることがわかった
いや、音楽演奏会ならともかく
賛美歌伴奏は技術よりも心が問われる世界だからそんなことにこだわらなくてもいいのだが
そして、息子自身もそれは知っているけれど
やはり、他の伴奏者との技量の差や
何よりも自分の中のこだわりとの戦いがネックになって
今まで何度か踏み出そうとした足にストップがかかっていたのだった

呆れるほどに無謀なところのある息子だが
本質的には慎重派で
何しろ赤ちゃんの時から段差を手で測って高さを確かめてから降りていたような子だから
今回のことが実現に至るまで長い年月を要したこともうなずける
踏み出しかけては土壇場で「自信がない」と正直に言ってとどまってきた背中を押したのは
やはり音楽に対する愛なのだろう
賛美歌に対しても、楽器に対しても、音楽理論に対しても息子はかなりの愛着を持っていて
その様子は身近にいれば自然に伝わってくるものだ
だからこそ、いつかその時が来ればいいとわたしはずっと待っていた

伴奏者の務めを無事に果した息子は
みんなから「上手だった」「かっこよかったよ~」など賛辞を送られて照れていたが
これで自分の中のひとつの山を越えた気がしたのだろう
今度は各種式典にも対応できるように、まだ中途半端になっている曲も練習し始めた
かくして、息子は自分の居場所を新たに得
次の目標に向けて歩き始めている

                                    (11へつづく)

日々の暮らし | 13:44:14 | Trackback(-) | Comments(2)
山場
尋常ではない暑さもピークを越えつつあるのだろうか
昨夜は鉢に水やりしても底から出てくる水が湯ではなかった
ツクツクホウシの鳴き声も聞こえるようになったし
季節は確実に秋に向かっているようだ
いや、そろそろそう思わないとやってられないというか、、、

相変わらずよく咲くフェリシア
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夫のバラも元気いっぱい
ブラスバンド                  ヨハンシュトラウス
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蕾を見つけると端から摘み取っているのに
いつの間にか咲いていた粉粧楼と    ひっきりなしに蕾をつけるミスティパープル
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*****

子ども達のバイト先も今が忙しさのピーク
特に昨夜は宮島水中花火大会があったので対岸のホテルは満員御礼
ビールの空き缶がころがり
ついでに酔ったおじさんもねっころがっている客室を猛スピードでまわる布団敷き部隊
仕事が終ったらついでに花火を見て帰るかもと言っていた娘だが
結局もうどうでもよくなったらしく、早々に帰ってきた
一方、息子の方も
コンビニの来客数は今週はじめからすでに通常の1.5倍で日曜日までがピークだろう
この山場を越えたら二人ともちょっと楽になりそうかな
がんばれ~~

バラ2008 | 14:28:30 | Trackback(-) | Comments(3)
いつもと違うカメラで
ミニバラ”スノーポップ”
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こういう色合いはベターっとつぶれやすいのだけど
このカメラでは花びらの様子もはっきり写しやすい
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どこの草原?!といった感じ^^
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オキザリス
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アルゲモネ・イエローとホワイト
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ミソハギ
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庭つくり2008 | 21:46:03 | Trackback(-) | Comments(0)
ピーチブロッサム4番花
草花が茂る道路沿いの花壇で
ピーチブロッサムが5月から数えて4回目の花を咲かせている
fence2008812-1.jpg

次回咲くのは9月以降だから、もう「秋の花」になるなあ・・
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一昨日、「えひめAI」を新たに仕込み
一部をとって化成肥料(10-10-10)と混ぜておいた
これを冷蔵庫の隣において一週間発酵させた後(ここは熱気が出るので発酵にちょうど良い)
薄めてバラに散布する予定にしている

バラ2008 | 14:15:30 | Trackback(-) | Comments(0)
コンプレックスと向き合う 9~自己愛性人格障害の分析
前回のような『愛されない条件~自己中心と傲慢』といった話をした場合
それを聞いた後
「わたしもそういう人間でしょうか?」と心配して真面目に尋ねてくるのは
まずほとんどがこの条件に当てはまらない人だ
こういう風に自分を責めている時点ですでに条件からはずれている
自己中心の人は絶対に自分を責めることはないので
そのような話を聞いても自分に当てはめることはしないし
ましてや反省などありえない
だから、自己中心を人の説得で何とかしようとするのはまず不可能であろう

では、そういうどうしようもないことをこうしてぐだぐだ書いている理由は何かといえば
ひとつは、人は誰でも自分に関わる人を自己中心に育ててしまう可能性があるという事実の認識
そして、もうひとつは、自己中心な人との関わり方を知ることの重要性にある

というのも、前述のように
「わたしもそういう自己中心な人間でしょうか?」と、まず自分を責めるタイプの人は
本物の自己中心の人にいいように利用され、振り回され
その人生をずたずたにされながらも
なお、相手ではなく自分に落ち度があると思い込んでしまう危険性があるからだ
また、正義感や愛にあふれた良い子タイプの人は
「わたしがついていなければこの人はダメになってしまう」と思い込み
どこまでも自分が犠牲になろうとするケースもある
何にしてもこれは人の力で何とかなる世界ではないという事実を認識するのはとても大切だ

究極の自己中心の姿『自己愛性人格障害』について
参考サイト(1) 参考サイト(2)から以下抜粋

*****

『自己愛性人格障害』

英語ではNarcissistic Personality Disorderです。そう、つまりナルシストのことです。
その原因は母親の過保護と父親の不在です。
そのおかげでいつも自分は特別なものだと感じています。
そのため、誰かに自分のことを非難されるのをとても耐えることができません。
自分は特別な人間だと感じ、様々な対人関係の障害がでてくるのが特徴です。
まわりの人間は自分を敬うのが当然と感じ、他人への思いやりに欠けます。
究極の自己中心的な人間、裸の王様がこの自己愛性人格障害です。
この自己愛性人格障害には、大きく二つのタイプが存在すると言われています。

ひとつは無自覚タイプです。これは日本に多いタイプで、まさに自己中心の塊です。
多くは、母親の過保護によって生じます。愛情を注がれ過ぎたために起きます。
「特別な子供」扱いすることで、「私は特別な人間なんだ」と思い込んでるのです。
厚顔無恥、誇大、顕示欲の強さなどがこのタイプの特徴です。

もう一つはこれと全く逆で、過剰警戒タイプです。
小さな頃から親の愛情を受けなかったため、褒められずに育ったために、
「自分は本当はもっとすごいんだ」と空想して、傷付いた自尊心を取り戻そうとするタイプです。
傷付きやすさや、過敏性が強く密かな自己愛を持っているのが特徴です。
このタイプはアメリカで多いとされています。
共通しているのは「自分は特別だ」と思っていることです。
また、「独特で」「完璧な」「才能がある」と自分を表現し、「普通の人には理解できない」と感じているようです

<診断基準>
 次の9つの基準のうち、5つ以上が当てはまります

1.自分は特別重要な人間だと考えている。
2.限りない成功、権力、才気、美しさ、理想的な愛の空想にとりつかれている。
  たとえば、自分は才能にあふれているから、どんな成功も思いのままだし、
  素晴らしい相手と素晴らしい恋愛ができるなどと思い込んでいる。
3.自分は特別であって独特なのだから、
  同じように特別な人たちや地位の高い人たちにしか理解されないし、
  そういう人たちと関係があるべきだと信じている。
4.過度な賞賛を要求する。
5.特権意識をもっている。自分には特別に有利なはからいがあって当然だと思い込んでいる。
6.自分の目的を果たすために、いいように他人を利用する。
7.共感する力に欠けている。つまり他人の感情や欲求が理解できず、認めようともしない。
8.しばしば嫉妬する。または、他人が自分に嫉妬していると思い込んでいる。
9.尊大で傲慢な行動や態度がみられる。


*****

近年、子ども達の間で
「オレ天才」「オレが神」「わたしかわいい」など
自分を賞賛する言葉が日常的に使われるようになっていて
その元は多分漫画か何かで、当然冗談で使われ始めたものだと思うのだが
いつの間にか本気でそのようなことを思い、口にするケースが増えていることを知り
これは由々しき事態ではないかと不安になっている
そして、この『自己愛性人格障害』の問題はまさに「オレ天才」の世界であり
これが昨日の『新型うつ病』の問題ともリンクしているようだ

『自己愛性人格障害』の特徴については検索すればいくらでも出てくるが
上記の診断基準が一般的で
他にも(内容はほとんど似ているが)以下のようなものもある

・御都合主義的な白昼夢に耽る。
・自分のことにしか関心がない。
・高慢で横柄な態度。
・特別な人間であると思っている。
・自分は特別な人間にしか理解されないと思っている。
・冷淡で、他人を利用しようとする。
・批判に対して過剰に反応する。
・虚栄心から、嘘をつきやすい。
・有名人の追っかけ。
・宗教の熱烈な信者。


わたしとしてはここで興味深いのは一番最後の項目だ
「オレが神」と思っている人がなぜ宗教に熱心になるかというと
こういう人は根本的に”神さま=自分に都合よく働いてくれる存在”と思っていて
素晴らしい自分に神の力が加われば最強というわけだ
また、これとは反対に
”誰もが崇める偉大な神という素晴らしい存在に奉仕している私も素晴らしい特別な存在だ”
というのもあるらしい
この感覚は「有名人の追っかけ」にも共通している

だが、自己愛の人も心の奥底までおめでたくいられるのではなく
自分が期待するほどの結果が出ない現実に突き当たると心が不安定になる
優越感に浸る人の裏側には必ず劣等感が潜んでいて
それは普段は意識しないようにしているけれど(絶対認めたくないので)
自然とわきおこる感情はおさえようもなく
そういう意味では本当に神の助けを欲しているとも言えるだろう
ただ、残念ながら、彼らには悔い改めの意識がないので
同じところで事態は常に堂々巡りをしている

このたび引用させてもらった参考サイトの同じページには
自己愛性人格障害の他にもさまざまな人格障害について説明が載っているが
その中ではっきり”その原因は母親の過保護と父親の不在です”と記されているのは自己愛だけだ
多分世間では
責任の所在が母親であると断言するのは非常に厳しいという見方がなされるであろうにも関わらず
自己愛性人格障害について取りあげたサイトには皆同様の原因が記されているのは
それほど研究データの傾向がはっきりしているということなのだろう

生まれつきではなく、育つ過程において起こる人格障害は
それが発症することも、更に症状を助長させることも、人の関わりが原因ということになる
つまりは、周りがイエスマンになり、気を使ってちやほやする環境が最も悪く
自己愛の人に振り回されて悩む被害者の立場であっても
相手に同調してしまえば、更に相手の症状を悪くする手伝いをしているようなものなのだ
これはとても理不尽な話ではあるが、冷静に考えなくてはならない重要ポイントだと思う

特に自分に自信のないタイプの人ほど、自己愛のターゲットになりやすく
関わり方を間違えると泥沼が待っている
こういう人は、自分ひとりで悩むと自分が悪いと結論付けてしまうので
必ず誰かに相談することをお勧めしたい

                            (10へつづく)

*****

今までになく、大きく育ったニコチアナ”ライムグリーン”
きっと根の状態が良いのだろう
人がすくすく育つためにも心根が大切
fence2008808-1.jpg

日々の暮らし | 22:27:49 | Trackback(-) | Comments(0)
コンプレックスと向き合う 8~愛されない条件
コンプレックス克服に必要なのは自信を持つことだと一般的に言われているが
それはなるほどそうだと思う一方で
ひとくちに「自信」といっても、じゃあそれは具体的に何なんだとの疑問が残る
わたしもとりあえず漠然としたイメージでもって
『自分の居場所2』の中では以下のように書いた

”自分がそこで役に立っている”、”必要とされている”との実感のあるなしで
人の自信は全く違ってくる

コンプレックス=劣等感から手っ取り早く逃れるために
世間は反対の優越感に浸る道を模索させようとするのだが
これがいわゆる「勝ち組思想」につながって
それがかえって自分の居場所を見失わせている現状もある


優越感で自信を得ようとする場合
ひとつの自信を持つことですべてのコンプレックスを補えるわけではない
たとえば、ダイエットやお化粧で容姿の自信をつけても
仕事や勉強面が冴えないコンプレックスを克服させてはくれないように
(また、その逆も同様であるように)
本当の自信はそういう一部の表面的なもので得られるわけではないようだ

また、優越感に浸ることで、人は簡単に傲慢になってしまう危険性があり
自分ではそういうつもりはなくても、語る話が常に自慢話であったりすると
やがて周りの人々は嫌気がさして離れていくだろう
孤独が好きだと言う人はあっても、人から嫌われたい人はいない
人が本当に欲している自信とは
”自分がそこで役に立っている”、”必要とされている”との実感であり
つまりこれは”愛されたい”という人間の究極の願望なのだろうと思う
誰からも自分は愛されていないと思った時、寂しくて、空しくて
人は生きる価値さえも見失ってしまうのだ

では、愛される人になるためにはどうすればいいのだろうかという話になるわけだが
ここでは反対に”絶対愛されない人の条件”を語った方が手っ取り早い
というのも、この条件と言うのは
「自己中心」と「傲慢」でほとんどカバーできると思われるからだ

人間の持つ欠点といっても
外見上の問題は欠点ではなく個性に過ぎず
性格の問題も、「人間なくて七癖、まあお互い様ということで・・・」と何とか折り合いがつけば良し

だが、「自己中心」と「傲慢」は別格だ
これは明らかな欠点でありながら、当人の中にはそういう自覚がなく
悔い改める可能性が非常に低い上
他者に多大な影響(精神的負担)を及ぼす危険性が高いため
だんだん誰からも愛されない存在となってしまう
ところが、悲しいかな元々「自分は間違っているかもしれない」との思考がないので
よくあるパターンとしては
自分を被害者として哀れむ方向に物事を推し進めようとしてますます嫌われるのだ

一般には理解されない自分流の理屈で周りを混乱させる”モンスター○○”の存在が
昨今は社会問題になっているが
こういう存在は最近出てきたのではなく、昔からあったと思う

今から30年前
高校生だったわたしは修学旅行の帰りの新幹線に乗り込んだ際
指定された席に見知らぬおばさん二人が座っているのに驚いた
この車両は修学旅行生の貸切のはず・・・なぜこの人たちは座っているの???
思わず友人の一人が「ここわたしたちの席なんですが」というと
おばさんは平然と答えた
「わたしたちは前の新幹線の指定券を買っていたのに
その列車が来なかったのでこれに乗ったのよ」
だから自分たちはここに座って当然なのだと主張する
思わず「それはおかしいでしょう?!」と口々に言うわたしたち女子高生
しかしおばさん達はいっこうにそこを立ち退く気配がなく
たまりかねた友人の一人がつぶやいた
「ずうずうしい・・・」
するとおばさん激怒!
「ずうずうしくなんかないわ!
あなたたちもお母さんになるんだったらいい加減なことは言わないことよ!!」
とまあ、意味不明の発言が飛び出したところへ添乗員さん登場
おばさんたちをなだめながらあっちへ連れて行ってくれた(やれやれ、、)
あれからわたしも二児の母になったが
今だにあのおばさんの発言は理解できない

さて、今日のネットニュースに興味深い記事が乗っていた

*****

『仕事中はうつ 会社の外では元気 「新型うつ病」大流行の裏側』

以下、記事の抜粋(一部)

「新型うつ病」なるものが蔓延しているのだという。クリニックの予約を取ろうとしても患者が多すぎ、新患は3ヶ月も待たされる場合もあるそうだ。仕事中にだけうつになり、会社の外では元気、というのが特徴で、若い世代に目立つというこの「新型うつ病」、なぜ増えているのだろうか
(中略)
これまでの「うつ病」といえば、几帳面でまじめな人がかかりやすく、落ち込み、自分を責め、自殺に至るケースが多いというイメージだった。しかし、07年から急激に増えだしたとされる「新型うつ病」は、仕事中だけうつで、帰宅後や休日は普段通り活発に活動する。自分を責めるのではなく、身近な人間や社会に対して攻撃的な態度になり、休職したとしても会社や同僚にかける迷惑などあまり感じない、というのが典型らしい。


*****

要するに、これは昔流に言えば「わがまま病」であろう
つまり原因は「自己中心」
”わたしわがままするけど、みんなわたしのことは愛してね!”といっても
誰もそんなの理解できない
するとたちまち寂しい立場になって
”みんなわたしを理解してくれないわ!”と悲劇のヒロインに・・・というパターンは
学校でも以前からかなり問題になっている

以下は昨年のニュースからの抜粋

*****

中学生の25%が「うつ状態」。厚生労働省の研究班が約600人を調査すると、こんな結果が出た。うつ状態は、自殺につながりかねない危険性を指摘されている。専門家は、いじめの有無ばかりに注目せず、子供の心の状態に教師や親が関心を高める必要性を指摘している

*****

この”中学生の25%が「うつ状態」”という中には
「新型うつ病」がかなりあるのではないかと思われる
そして、「新型うつ病」が原因で孤独な存在になることを「いじめられている」と主張されれば
学校側は非常に対応が難しい
それは、昔、「いじめ」の問題がクローズアップされるようになった頃
「いじめられる側にも問題がある」との発言に対して物凄い反発があったため
どうしても「いじめられる側はすべて被害者=本人に責任はない」との見方が主流になってしまうからだ
あの頃のツケがいよいよ回ってくる時代になってきたか・・・と
昨今の難しい状況を見ながらしみじみ思う

                             (9へつづく)

*****

クレマチス”ロウグチ”
決して華やかなタイプの花ではないが、なぜか人目を引き
楚々とした雰囲気がたくさんの人々に愛されている
rouguchi2008808-1.jpg

日々の暮らし | 19:11:40 | Trackback(-) | Comments(0)
夏のバラ管理
7月20日から
ヨーグルト、納豆、ドライイーストを使って作る活性液「えひめAI」を1000倍希釈で散布し始めたが
(作り方は7月14日の日記参照)
それも少しは影響しているのだろうか
3週間が経過した現在、動きの止まっていたバラも新芽を出し
それまでは出てくる新芽が縮れていたものも、きれいな葉を展開するようになってきた
felicia2008808-2a.jpg felicia2008806-1.jpg

写真がごちゃごちゃしていてわかり辛いが、赤い葉っぱが新葉
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例年、梅雨から夏の猛暑で株が弱り
この時期は葉っぱが少なくて寂しい株が多いが
今年はこうして何とか光合成できるだけの葉っぱがあるのが嬉しい

さて、7月になったとたんに一気に気温が上昇した今年の夏は
夜間も気温が25度以下に下がらない熱帯夜が続き
このところはずっと27度までしか下がっていないようだ
つまり、人間にとってもバラにとっても、夜もちっとも涼しくないのでたまらない

6月までは元気だったバラも
7月に入ってからは見る見るうちに葉っぱを落とした
しかも新しい葉が出てくる気配もないし
出てきても新芽が縮れていて、明らかに状態が悪いのがわかる

新芽の障害は根っこの異常が関係していることが多く
うちの場合、上記写真からもわかるように
多くの鉢がコンクリートの上に直接置かれていて(鉢の素材はプラスチック)
日中暑くなったコンクリートが鉢をじりじりと熱して根っこを傷めているのが一番大きな原因だろう
この熱を防ぐために、アルミのシートを敷くなどの方法も考えたのだが
何しろこっちが早々に夏バテしてしまい、結局そのまま放置
だが、これではバラがかわいそうなので
せめて活力剤として「えひめAI」を散布することと
水やりのタイミングを変えることで事態の打開を図ろうと考えた

わたしの水やりは通常は朝だ
それはバラ栽培の本にそうしたほうがいいと書いてあったことから習慣化しているのだけど
これを今回は夜にもってきている
日中、焼けつくような日差しで熱せられた鉢土は
スタンドに乗せてコンクリートからは離れた状態にある鉢でさえも
上から注いだ水が、下から出るときにはお湯になっている
それはしばらく冷たい水を注ぎ続けなくてはなかなか冷えず
こんな状態で夜を過すのは過酷だと実感
せめて夜だけでも根がゆっくりできればと思い
夜に水やりして鉢とコンクリートを冷ますことにしたのだった

それからしばらくして、バラの状態は目に見えてよくなってきた
朝は水やりしていないが、日中しおれている様子はないし
とりあえず涼しくなるまでは夜型でいってみようと思う

バラ2008 | 15:21:37 | Trackback(-) | Comments(0)
「西安」花色変化後編1
8月8日の様子
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きれいな緑色から
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花びらが一部赤くなり始めたもの     あるいは、茶色く枯れてきたものまで
seian2008808-4.jpg seian2008808-5.jpg

花色変化の様子は、各花によってさまざま

庭つくり2008 | 16:44:33 | Trackback(-) | Comments(0)
コンプレックスと向き合う 7~ゴキとの闘争
極度のゴキブリ恐怖症を自負(?)する息子は
夏が近づくと自発的にゴキブリ対策をはじめる
彼にとってゴキブリは
生涯慣れることも見て見ぬふりをすることもできないであろう天敵だ
とにかくイチにも二にも駆除あるのみ
そして、できればその姿を見ずしての撲滅を目指そうと
数種類の殺虫スプレーを買ってきた

息子いわく
「なぜゴキブリの殺虫剤にはゴキブリの絵が描いてあるのだろうか?!」
「殺虫剤はゴキブリが嫌いな人が買うのに、コレは実に酷だ」
「その点、この『ゴキブリフ☆キ○ーダブルジェットは素晴らしい!」
そして、何の絵もない金色のスプレー缶を自慢げに見せる

そうそう!これはわたしも以前から思っていたのだ
ホームセンターの園芸部門へ行くと色んな種類の殺虫剤がずらっと並んでいて
そのほとんどに気色の悪い絵が描いてある
これは見ることも、ましてや手に取るのもおぞましい
容器のデザイナーさんたちには使用者のこの辺の心理をよく考慮していただきたいものだ
無地の容器だったら、特に息子みたいな人間は高くても必ず買う

というわけで、強力な武器を取り揃えた息子は
やおら部屋の大掃除をはじめ
窓にも網戸にもエアコンにも、そしてタンスの裏にも念入りに薬剤をふりかけた
それはもう自らが薬剤アレルギーを起こすんじゃないかというほどの使用量で
それでもゴキブリを見るよりはマシ!という気合いがなんだか物悲しい、、
実は、この少し前に息子の部屋にゴキブリが出没したことがあって
まだいるのではないかという恐怖心があったのだ

その日、夜遅くバイトから帰ってきた息子は
部屋に電気をつけるなり敵を発見!
急いで自分で駆除・・・ではなく、妹の部屋に駆け込んだ
以下、娘の証言により兄妹のやりとりを再現

兄「大変だ!ゴキブリが出た!!」
妹「あっそう(それがどーした)」
兄「退治しないと・・・」
妹「お母さんに頼んだら?」
兄「もう寝てるし・・・」
妹「じゃあお父さんに頼めば?」
兄「いや、ここは自分たちでナントカしないと」
妹「自分”たち”って、、、(なによそれ?!)」

呆れつつも腰を上げる妹
すると、兄の部屋からゴキがふらふらと出てきた!
逃げる兄、戦う妹
かくしてゴキは妹の手で仕留められましたとさ
めでたし、めでたし・・・(?!)

最近の息子はゴキとの戦い方について研究すべく
ネットで検索しては新情報を収集しているようだが
実際にゴキを飼育しながら実験をしているサイトも熱心に見ているというので
どうやら彼はゴキブリの画像は大丈夫なのか??
息子いわく「だって画面から出てくるわけないし」
そりゃあそうだけど、そんなのわざわざ見るのは気持ち悪いじゃん~~@@;
それに、スプレー缶のゴキの絵だって出てくるわけないのにそれはどうなのだろう?!

とまあ、ツッコミどころ満載の息子のゴキとの「闘争」
でもまだ「逃走」じゃないだけマシだろうか
息子も自分なりに何とかしようと頑張っているのは確かだ
そして、そんな兄の様子を妹は「ちょっと可愛い」と思っている^^
というのも、彼らがまだ幼かった頃には親がとても忙しくて
兄が妹のために雑誌の付録を作ったり、新しい遊びを考えて一緒に遊んだりと
妹としては「随分お世話になった」との思いがあるらしい
一体どの程度お世話をしたのか親にはよくわからないのだが
あの時代、きっとお互いの存在が支えとなっていたのだろう
だから今でも二人は結構仲がいい

人間誰しも弱点があるものだが
それを素直に出すのはプライドも傷つくし、勇気もいる
ましてや頭を下げなくてはならないとなればなおのこと
でも、それがあっさりできれば案外誰も馬鹿にしたりはしないものだ
これを体得しているとコンプレックスと向き合うのはかなり楽になる

                                   (8へつづく)

*****

つややかなミニザクロ
あっさりとした風情と清涼感がある
zakuro2008807.jpg

日々の暮らし | 16:26:47 | Trackback(-) | Comments(2)
コンプレックスと向き合う 6~自分の居場所 2
息子がバイトにおいても着実に自分の居場所を確保していく一方で
娘の方は、学校のことが色々忙しく(生徒会にも入っているので)
なかなかバイト先を決められないまま時間が過ぎていた
そして夏休み
やっと事は動き始める

娘が色々考えて決めた勤務先は某リゾートホテル
業務内容は『客室の片付けと寝具準備』だ
2人一組で決められた部屋に布団を敷いてまわるこの仕事は
作業そのものは単純だが、とにかくスピードを要求されるので
仕事相手とタイミングを合わせることや
手早さ、要領のよさが重要視される
しかも組む相手は毎回違うのだから、そのたびに戸惑うこともある
だが、時給はかなりいい
それは、この業種はコンビニよりも更に人気がないためらしい

そこに今回娘が行くことに決めたきっかけは
中学3年夏休みの”職場体験学習”だった
その時、娘は友人2人と共にベッドメーキング業務に携わったが
他の職場ではほとんどお客様扱いだと言われる職場体験学習も
ここでは即戦力として使われ
本格的に汗水流して働いて帰ってきた
仕事はキツかったが、働いているとの実感が嬉しかったことと
そこの人たちから「高校生になったらバイトにおいで~」と誘ってもらったことから
このたび本当に働きに行くことにしたわけだ

息子と同じく、娘もまた自分の居場所を早く確保したいと思っている
ここで働くメリットは、試験採用期間がなく、即戦力になれることだ
はじめてコンビニで働くようになった頃の息子は
自分がまだ掃除くらいしかできなくて
どんなにお店が忙しくても戦力外であることを寂しがっていた
”自分がそこで役に立っている”、”必要とされている”との実感のあるなしで
人の自信は全く違ってくる
心配性で自分に自信のない娘にとって
バイト初日からばりばり働ける職場は魅力だったし
実際に自信を持って働く自分の姿を鏡で見ながら
そんな自分を、いいね!と思ったと言う

さて、2人の様子を見ながら
彼らがそれぞれ世間一般の価値観を知った上で、自分の尺度で職種を評価し
自分の現実の姿と照らし合わせてバイト選びをしていることに
わたしはホッとする思いがした
職業に対する評価の元は多くは家庭で刷り込まれ
それが結果的には子どもの職業選びにおける選択肢を少なくしてしまうケースは
今も昔もよくあることだ
だが、その少ない選択肢の中に、もし自分に見合った居場所がなかったらどうなるだろうか
これは職業のみならず
学校を選択する上においても同じことが言えると思う

フリーターやニートの問題について
実際色んなケースに触れながらいつも考えさせられることは
その人が育つ過程で刷り込まれた価値観がコンプレックスの元となり
「こんな仕事なんかできるか」(あるいは「こんな学校なんか行けるか」)と
自ら生きる道を狭くしている現実だ
こういう感覚が一度出来上がってしまうと
親が子どもへ期待することをもうあきらめて「なんでもいいから働いてくれ」といっても
本人はなかなか気持ちが切り替えられない
そしてどんどん生きる自信も希望も失って、内側へ閉じこもってしまうのだ

自信というものはある日突然降ってわいてくるものではなく
日々の努力の積み重ねの上に成り立っている
”地道”とか”下積み”という言葉は
時代は移り変わっても決して死語にならないのは
それなくして人生は語れないからだろう

地道な生き方ができる人は、生きる自信を持っている
いざとなればどんな汚い仕事でもきつい仕事でもやる覚悟ができているなら
必ず生きる道がある
これをどうすれば子どもたちに伝えられるだろうかというのが
わたしのこれまでの教育の課題だったが
どうやらそれもそろそろ最終段階に入ってきた感じがする
昨年だったか、息子がバイト先で
ゴミ箱の(トイレ代わりに使われた)ペットボトルを素手で処理していると聞いた時は
こういうことが平気でできるようになれば大丈夫だと、ちょっと安心したものだ

結局、コンプレックスと向き合うには
世間の価値観とどう折り合いをつけるかが課題となるようだ
自分がどう思うかではなく
世間が、他人がどう思うかを基準に生きる人は少なくない
コンプレックス=劣等感から手っ取り早く逃れるために
世間は反対の優越感に浸る道を模索させようとするのだが
これがいわゆる「勝ち組思想」につながって
それがかえって自分の居場所を見失わせている現状もある
そういう惑わしに巻き込まれないように
常に冷静に物事を見つめていきたいと思う

                                 (7へつづく)

*****

紫のアンゲロニアがだいぶ咲きそろってきた
花が咲くまで待たされるのはよくあることだが
そのたびにどうなるのかと、ついイライラしたり心配したりする
angeronia2008805-2.jpg

日々の暮らし | 22:01:19 | Trackback(-) | Comments(2)
コンプレックスと向き合う 5~自分の居場所 1
先月、息子は銀行のATMでカードを落としたことに気づかないまま帰宅
その日のうちに銀行から電話がかかってきたので急いで出かけていった
息子にとってははじめての出来事だったので
本人が行けばすぐにカードを渡してもらえるだろうと簡単に考えていたのだが
現実は、カードが渡されるどころか、口座そのものが凍結されて
通帳の中のお金を引き出すことも出来ないことを知り
困惑顔で帰ってくるはめに、、、

落としたカードは警備員さんが拾ってくれたので
そのカードが何者かにスキミングされ情報を引き出されているとは考え難いが
一応銀行の決まりとして落としたカードは破棄されることになっているのだという
じゃあカードだけ使えなくすれば良さそうなものだが
ついでに口座も凍結するので
息子にとってはバイトの給料がちょうど振り込まれる時期であったことと
携帯電話料金の引き落としの時期にも当たっていることなどが重なり
実に都合の悪い事態となってしまったのだった
しかも口座の解除までは少し日数も必要との事で
カード一枚落としたことが実にややこしいことになったよ~と本人ぼやいていた

でも、元はと言えば明らかに息子のミスが原因なのだ
ところが、今回のことに対して銀行側の態度は驚くほど腰の低いものだった
電話をかけて直接対応に当たるのは管理職クラスの男性だが
息子が「何かこっちが悪いのにあんなにあやまられると申し訳ないよねえ」というほど
口座解除に時間がかかっていることをひたすら平謝りの上
相手は学生であってもお客さま、名前は常に「様」付け、言葉遣いは超丁寧と
そういう扱いを受けたことのない息子には戸惑いを感じるほどであったという

なにしろ、いつものバイト先(コンビニ)では
お客のおばちゃんたちからいつも「あんたぁ~」と呼ばれるのが常
このバイトをはじめて1年と8ヶ月が経ち
そういう扱いを受ける環境がすでに自分にとっては当たり前で
むしろその方が居心地がいいのかもしれない

その後、幸いなことに思ったよりも早く口座凍結は解除され
給料の受け取りも携帯料金の引き落としにも支障はなかった
最後まで平身低頭の銀行マン
「銀行の人も大変だねえ・・」と息子はしみじみ言う
その言葉はすなわち「自分には合わない」という意味でもあった

息子は小さい時から”働く人”を見るのが好きで
工事現場があればいつまでもそこに立ちどまって工事に携わる人々の様子を観察し
電車に乗れば椅子には絶対座らずいつも運転手さんを見ていた
また、息子が3歳くらいまではうちもまだトイレが水洗ではなかったので
毎月バキュームカーがやってきて汲み取り作業を行っていたのだが
大きな車を運転し、大きなホースを自在に扱う作業員さんのことが好きで
最後にお金を渡すのはいつも息子の役目だった
また、同じ頃、大きな台風がきて屋根が一部傷んだ時も
住宅メーカーの人が来て屋根を歩くのを羨望のまなざしで見つめながら
自分も大人になったらあの人と一緒に屋根を歩くのだと宣言していた

技術屋気質の息子にとって
どんな職業でもその道のエキスパートは尊敬に値する存在だ
技術を磨き、自分の居場所をもって、そこで一生懸命働いている人はかっこいい
まだコンビニのバイトを始めたばかりの頃は
レジ打ちがものすごく早いおばさん店員に敬服していたし
最近ではバスの運転手さんの職人技ともいうべき運転技術に憧れて
いつか大型免許を取りたいとも考えているらしい

わたしはまだ子どもを持たない頃から
もし男の子が生れて、大きくなったら、アルバイトは工事現場の肉体労働をさせたいと思っていた
それは文字通り”汗水流して働く”世界であり
”縁の下の力持ち”として働くことで得られるものが多くあると考えたからだ

人生は華やかなものを求めるとどこかで必ず失敗する
求めてもいないのに気づけば華やかな中にいる人は、その人にそれだけの分があるからで
そういうことは早いうちから子どもたちには実感として教えたいと常々願っていたが
残念ながら息子はぜんそく持ちで、あまり体が丈夫な方ではなく
体力勝負の工事現場仕事には向いていなかった
しかし、結果的には息子は自分に一番見合った労働のバイトをはじめ
今やそこをしっかり自分の居場所として落ち着いている

コンビニ店員は想像以上に肉体的にきつい仕事だ
しかも息子が勤めているのは業界で最も業務が複雑で忙しいといわれるところ
品出しに棚の整理、掃除からはじまって
レジ打ち、宅急便や振込みの取り扱い、そのうち発注も担当するようになり
調理作業や電話の応対、その他諸々の業務+接客に神経を使う日々ながらも
小さい時から如何に少ない労力でたくさんの仕事をこなすかを課題として
ともすれば横着者と紙一重とも思える程、常にムダのない動きを模索してきた息子には
きっとこういう複合業務が向いているのだろう
そんな仕事ぶりもちゃんと評価してもらえているし
コンビニは忙しさの割には時給が少なくて一般には人気がないバイトであっても
どうやらこのまま大学卒業までやめる気はなさそうだ

彼にとって”居心地”は”時給”に変えられないものがある
そして、それが彼の自信へとつながっているのがよくわかる

居心地がいい=良い仕事ができる=評価が上がる=自信がつき、やる気になる

こういう”自信の連鎖”が、彼の今までの人生を支えてきたのだろうと
今更ながら過去を振り返って思うのだ
つまり、彼には幼い時から
面白そう!やってみたい!すごい!と思う仕事がたくさんあって
(それらが世間ではどのように評価されているかなどは置いておいて)
彼にとって居心地がいいと思う自分の居場所の選択肢はいくらでもあったわけだ
そして、それはやがて学校を選ぶ時にも、アルバイトを選ぶ時にも生かされてきたが
これから将来の就職にも生かされていくのだろう

                                   (6へつづく)

*****

植え場所を変えたとたんに花がよく咲くようになったミソハギ
植物は自分の居場所に敏感だ
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日々の暮らし | 15:05:14 | Trackback(-) | Comments(4)
オリーブ
夕暮れ時、水やりしていて気がついた
うっわぁ~、今年もなってるなってるっっ!!!(興奮)
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庭つくり2008 | 21:14:26 | Trackback(-) | Comments(0)
プリンス・チャールズ2番花その後
開花から一週間あまりが経ち
最初の花はすでに散り始めているが
この猛暑の中でここまできれいに花が保たれていることに感心する
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今日は紫・青・白と3種類のニゲラの種を収穫した
自家採取の種をまくとたいていその庭にあった丈夫な苗が育つので
10月になったら種まきする予定だ
ただし、この場合、苗は生育旺盛でも、花がたくさん咲くという保証はない
野菜でも自家採取した種をまいて作ったトマトは
苗は大きく育っても実があまり生らないという結果がうちでは出ている
それでも
”何が起こるかわからない”緊張感と期待感が楽しくて
今日のニゲラも来年どんな花色に咲くかなあと想像しながら種を取り出した

クレマチス | 21:31:09 | Trackback(-) | Comments(0)
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  • バラの咲く教会を夢見てから
    15年がたちました
    今も理想と現実の間で
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