水漏れ
水道の検針のたびに水道料金が上がるので
おかしいなあ・・・と思っていたところ
今月はじめ、検針員さんから指摘され水漏れが発覚!
早速業者に来てもらったが
うちは敷地がほとんどコンクリートで覆われているため
水道管を掘り出すのも大変だ~~@@
kouji2009811.jpg

mizumore2009828-2.jpg
建物の周りを数箇所掘った結果
一番たくさん漏れていたのはココだと判明

しかし
水漏れ箇所はここだけではなく
結局お庭も掘り返されることとなった












mizumore2009828-1-2.jpg mizumore2009828-1.jpg

↑ピンクガーデンサイドも
↓ブルーガーデンサイドも、掘り返して新しい水道管が入った
mizumore2009828-3.jpg mizumore2009828-4.jpg

花盛りのシーズンではないし
作業でお庭が荒れるのは当然仕方がないと思っていたけれど
終了後は、なんとレンガも元通りきれいに敷きかえてあったのでびっくり!(感激)
mizumore2009828-5.jpg

植物も根っこをきれいに掘り起こされていて
すぐに植えなおせたし
おまけに今日は雨も降って、好都合だった
来週には工事も完了し
水道料金も適正に戻ると思うとホッとする

そしてなによりも
見えないところで何がおきているのかわからない不安から開放されることが嬉しい
何かおかしいとは思っても
どこがどういう風におかしいのか気づかないうちはずっと不安が残るが
気づけば根本的な解決が可能だ

気づくということ
また、気づかせてくれるきっかけがあることも
実にありがたいことだと思う

shumeigiku2009828-1.jpg


秋明菊が咲き始め
お庭も秋へと移行しつつある







スポンサーサイト
日々の暮らし | 23:17:34 | Trackback(-) | Comments(2)
青春賛歌 11~”小さな花を”
娘の夏休みは今日で終わり
明日からはまた学校が始まる
娘自身「今までで一番充実感のある夏休み」と語るこの休み最後のイベント(?)は
教会堂~玄関~応接間~廊下~階段のじゅうたん掃除
本当は息子が休みに入ってすぐ、8月の初めに行う予定だったが
今年は天候不順で、カラッと晴れた日が少なく
結局ここまでずれ込んだ
2~3日前から涼しい秋風も吹いて、作業するにはちょうどいい
souji2009824-1a.jpg souji2009824-3a.jpg

水を噴射しながら吸い取るじゅうたん掃除用の掃除機を使って
たまった汚れを洗い流した後は
濡れたじゅうたんも夕方までには秋風がきれいに乾かしてくれた
う~ん、さらさらの足ざわりが気持ちいい~♪

さて、娘にとって夏休み最大のイベントである高校生声楽コンクールも23日に行われ
その日まで山あり谷ありの中の調整が続いた後
無事に参加できたこと、そして「今の自分の精一杯の歌が歌えた」と
本人に悔いが残らなかったのは良かった
もちろん入賞できれば言うことはないけれど
例年5人程度選ばれる入賞者の数が今年は2人と非常に少なくて
期待していた参加者たちは肩すかしにあう反面
3位以降の評価がわからないまま終わったことは
かえって各人に夢を残してくれる結果となったかもしれない

当日になって体調不良で参加できなかった人もあれば
緊張で実力が出せていないであろう人もある
決められた日に悔いのない演奏ができるよう調整することがどんなに難しいか
悲喜こもごもの当日の様子を見ながらつくづく考えさせられる

特に耳の病気を抱えた娘にとって
聞こえの状態は日々異なり
伴奏の音と自分の声が良く聞こえなくて
音が外れているのでは?と、あせる事もしばしばある
難聴の人が音楽を学ぶ際には
ピアノの下へ入って、音を体で感じて覚える練習方法があるらしいが
今回は娘も何度もピアノをたたきながら、音を自分の体に響かせる練習をしていた
しかし正直なところ、練習も面倒だし(←ココ強調^^;)
一時はもう全部やめてしまってもいいのではないかとも考えたようだ
親に似て、元々コツコツ型の勤勉な性格ではなく
好きなことなら一生懸命やるタイプで
「好き」という条件が支えのすべてだが
その「好き」をおおいつくすほどの不安と
失敗したくないとのプライドから気持ちはどんどん逃げ腰になっていく
娘が生れてから18年も付き合っている親には
その心模様は手に取るようにわかった
また、そこですべてやめてしまったら必ず後悔することもわかる
まだやれるだけのことをやっていないのに
言い訳して逃げている娘は
本番2日前、もう一度"お尻をたたかれる"羽目になった

それからの2日間は
苦手箇所を中心に練習すると共に
途中で放置していた夏休みの宿題を一気に仕上げることに費やされた
「いや~、面白いほどの勢いで宿題が片付いたわ~」と
気持ちよさそうに話すその顔は晴れ晴れしている
結局本番当日はその宿題を仕上げた集中力でのぞみ
自分としても「今の自分の精一杯の歌が歌えた」と思えたわけだ

参加者全員が歌い終わった後の審査員総評では
「声を作って歌わないこと」との指摘があった
昨年も
「人のまねをしないで自分の声で自分の歌を歌うように」
と、似たようなことが言われていたが
”自分の持っているものを生かす”のは案外難しいことなのだろう
そもそも自分が何を持っているのかさえまだはっきりとはわからない年頃だ
表向きの派手さや格好良さにも目を奪われ
つい人の真似もしたくなる

今回は、参加者全員に審査員の個別評が渡されたが
その中で
「声がきれい、声量もある」「クセのないいい声をしている」
と評されていたのが娘にとっては非常に嬉しかった
それはまさに総評で指摘されていた問題点を一応クリアしているということであり
無理のない発声方法による練習を今まで地道に積み重ねてきた成果
上辺だけでなく内面からの基礎を育ててもらったおかげだろう
そして
その土台の上に今後は色んな技を練っていけばいいということだ
今後の課題としては
「イタリア語の発音の勉強」「立ち位置や曲想の研究」といったものがあげられていたが
これらはまだまだ今から勉強すれば進歩するだろう

当日まで娘の色々な葛藤を見てきたわたしは
とりあえず娘がマトモに歌えるかどうかが心配だったけれど
舞台に立った姿は昨年とは見違えるほどに堂々としていて
ここまでいくつか場数も踏んで、成長したなあと安堵した
今回歌った自由曲は
オペラ『友人フリッツ』から”Son Pochi Fiori (小さな花を)”という不思議な感じのする美しい曲
審査員評でも「難しい曲をよく歌いました」と書いてもらったが
全体的に落ち着いて、さらっときれいに歌えていたと思う
(まあ、さらっとしすぎていたところが今後の課題だが・・)

残念なことといえば
コンクール会場には録音撮影機材持ち込み禁止なので
せっかく一生懸命歌ってもそれが記録に残せないことだ
次回の発表会では、ぜひともドレス姿でこの曲を歌ってほしいなあと
娘にリクエストしておいた

かくして
コンクールであたふたし
アルバイトで汗を流す一方で
友人たちと映画や食事に行ったり
そして、最後は気持ちよく宿題もすませて
高校生活最後の夏休みは無事に終了した
minizakuro2009824-1.jpg

ミニザクロに小さな花が咲き
それがやがて結実する

小さくとも
ひとつずつ
灯りがともるように
ぽつりぽつりと
着実に増えていく

その姿には
この木の持ち味が
十分現れているようだ

自分の持ち味を知り
あせらず
比べず
少しずつ前へ進む
青春時代の課題は
これに尽きる





"Son Pochi Fiori"はこちらで試聴できます↓
『Son Pochi Fiori - Mascagni - Jane Edgren, Soprano』


日々の暮らし | 16:26:50 | Trackback(-) | Comments(6)
過ぎ行く夏
blueg2009820-1.jpg

猛暑を覚悟していた夏も
不安定なお天気続きで
はやお盆を過ぎ
朝晩は結構涼しくなってきた

日中の最高気温も
例年のように35度にもなることはない

・・・・が
すご~く楽な夏かといえば
そう感じるわけではないのも不思議だ
まあ、要するに単なるわがままかと^^;











ワレモコウが咲くと
秋が来るなあという感じがする
すごく地味な花だけど なくてはならない存在
waremokou2009820.jpg waremokou2009818ab.jpg

kikyou2009818-1.jpg



涼しげな白いキキョウ

以前は葉脈だけ薄いブルーだったが
今は真っ白く咲く



shumeigiku2009820.jpg


やはり秋を思わせる花
秋明菊もそろそろ咲きそうだ




peachb2009820-2.jpg


春からずっと繰り返し咲く
ピーチブロッサム


sice2009820.jpg


ストロベリーアイス





















挿し芽苗の”アイコ”は相変わらず元気いっぱいだ
aiko_sasime2009820-1.jpg


庭つくり2009 | 11:13:28 | Trackback(-) | Comments(0)
試練のバラ
中国地方は8月4日に梅雨明けしたものの
カラッと一日晴れた日はあまりなくて
バラにとっては高温多湿のありがたくない状況が続いている
そんな中
繰り返し花を咲かせつつ元気を保っているものもあるが・・・
heritage2009810-1.jpg

ヘリテージ                       フェリシア
heritage2009810-1a.jpg felicia2009810.jpg

黒点病やベト病、ハダニやゾウムシといった病虫害でボロボロのバラも少なくない
colorbreak2009810.jpg

そして、ついには枝枯れ病で2鉢がダメになってしまったTT
edakare2009810-1.jpg edakare2009810-2.jpg

6月23日の日記では「病気知らず」と書いた生垣花壇のバラも
長雨の間にかなりダメージを受けて葉を落とした
roses2009810-2.jpg sweetdream2009810.jpg

新芽はどんどん出るものの
roses2009810-3.jpg

端からゾウムシにやられてしまう、、、
zoumushi2009810-1.jpg zoumushi2009810-2.jpg

6月までは、ワイン酵母発酵液などをたびたび散布していたが
7月に入り、雨が続くようになるとそれも途絶えて
ここ一ヶ月はほとんど何もしないまま過ぎた
ただ、
以前から、ワイン酵母が夏の高温期にも効果があるのかどうかは疑問で
何か別のものに変えたほうが良いかもしれないと思い
先週から『えひめAI』を使うようにしている

昨年の記録を見ると
やはり夏季はこの『えひめAI』を時々散布しながら
夜間の水まきで鉢の温度をしっかり下げる管理方法で
結構良い結果となっているので
しばらくこれでいってみよう

今年はじめて生った箱根サンショウバラの実
これから熟すと黄色くなるらしい
sanshoubara2009810-1.jpg

デリケートなブルー系のバラたちは幸いにも結構元気
roses2009810.jpg

梅雨明けしてからはこうして元気な新枝も伸びている
shinme2009810-1.jpg shinme2009810-2.jpg

庭では、相変わらず黄色のスベリヒユが元気に花を咲かせ
blueg2009810.jpg

百日草が1メートル以上にも伸びている
blueg2009810-2.jpg

30センチものさし部分をアップ
下葉が白っぽいのはウドンコ病~
blueg2009810-2-1.jpg


バラ2009 | 14:57:39 | Trackback(-) | Comments(4)
もう一息
blacktomato2009808.jpg


7月は日照不足で
なかなか色づかない上
雨続きで
すぐに実割れしていた黒トマトが
やっといい色合いになってきた

ラベルの写真によれば
黒というよりも
暗赤褐色の完熟状態になるまで
もう一息



saturn_2_2009808.jpg


なるべく実が雨に当たらないように
母が天気を見ては
軒下に避難させていたトマトも
梅雨明けから一気に色づいている

気が緩んでいたところへ
いきなりの酷暑は疲れるが
やっぱりお日様はありがたい













庭つくり2009 | 20:36:50 | Trackback(-) | Comments(0)
青春賛歌 10~負け犬か神か
  「自分は負け犬かもしれないと思う僕がいる
  いっぽうで、自分を全能の神だと信じる僕がいる」


これは、『ジョン・レノン120の言葉』と題された本に掲載された
ジョン・レノンが自分について語った言葉だ
同じ本の中で、自らを「ごく普通の人間」と表現する一方
その普通の人間の中に極端なふたつの心理が共存していることに
「普通」という言葉の奥深さを考えさせられる

別にレノンじゃなくても
普通の一般人もまた、心の奥底には同じような心理を持っていて
両極端な心理のどちらかが過剰になるとき
その人は「普通」ではいられなくなってしまう

「負け犬」という言葉は決して謙遜ではなく、自らをおとしめる「自虐」にあたるものだ
前回書いた「ダメダメ病」もこれに近いものがあり
まだ自分という人間がよくわからない若者ほど
ただ漠然と自分をダメだと思い込みがちだ
では、何がどこがどんな風にダメなのかといえばそれもよくわかっていないし
反対に、自分の持っている”良いもの”も知らないまま
不安だけが交錯している

先日、伴奏の先生のレッスンを受けた娘は
折りしも「自分の持っている良いものに気づくといいですよ」とアドバイスを受けた
練習を通じて、また本番を通じて自分を知っていく
この一連の行動がなければ、躊躇せず前へ進みださなければ、自分でも自分自身がわからない
何もせず座りこんでダメダメと言っている間に
自分を見つける機会はどんどん失われていくわけだ

また、「負け犬」の対極線上にある「全能の神」という心理は、一言で言えば「傲慢」だが
それは心底からの傲慢というよりも
あたかも自分の力で世の中を変えることができるような
何かとてつもない力を授かった特別な人間であるかのごとく思うことで
負け犬と思い込んでいる自分から目をそむける現実逃避の手段なのかもしれない

人にはみな「愛されたい」という願望がある
それが形を変えて、「認められたい」「誉められたい」との成功願望につながっていくのだと思うが
若いうちは特に、その場の空気を読めないまま自分をアピールしたり
がむしゃらに活躍しようとするケースもしばしばあって
それは傍で見ていると純粋だけどこっけいで、ちょっぴり痛々しかったりもする
「上昇志向」という言葉は実に前向きではあるものの
反面、行き過ぎて暴走されても周りが困惑するものだ
それを人は「青い」と表現し、まだ経験が足らず、思考も浅く、未熟であることを示す
こうした、根拠のない自信でばく進する状況を
「ダメダメ病」に対して「イケイケ病」とでも呼ぼうか

さて、「ダメダメ病」の治療方法が「お尻をたたく」なら
「イケイケ病」の治療方法は何だろう
これも以前息子に聞いてみたことがある
すると、また短い返事が返ってきた

「それはね、自分は無力だなぁ~とわかったら治るよ」

この時、いつものように冗談ぽくでもなく
珍しくなにかしみじみと悟ったように語った息子の様子から察するに
彼自身もまた
自分を無力だと感じた経験が少なからずあるということだろう
それが、いつどこで何についてなのかまでは言わなかったが
何にしても、すでにこうして「無力な人間」を知っている時点で
息子の人生観も結構マトモに育っているであろうと思われ、ちょっと安心した

「自分は無力」と認める感覚は、一見「負け犬」と同じようなイメージがあるが
自分は何ができ、何ができないのかを知っていて
無力な自分なりにできることを頑張っていこうとするところが「負け犬」と大きく違う点だ
結局「負け犬」という感覚は、本人の心次第で
当時あれほど成功していたジョン・レノンでさえ自分を負け犬かもしれないと思ったところに
どんな恵まれた立場の人でも自らを負け犬にしてしまう可能性があることがわかる

人間誰も「負け犬」でもなければ、ましてや「全能の神」でもない
劣等感と、その裏返しである優越感と
二つの心理を行き来する時代を経て
やがて「無力な人間」つまり「普通の人間」としての自分を発見することで
人は人として生きる事が楽になる

   「生きるということは厳しいものだ」
   「一番難しいのは、自分自身と向き合うこと」
   「人は自分がいかに無知であるか、またいかに苦しみに満ちた存在であるか
    認めてしまえばいい」(ジョン・レノン)


9年前、ある音楽雑誌のジョン・レノン特集に寄稿した際
わたしは上記の言葉を引用している
世間から”愛と平和の伝道師”との肩書きを背負わされ
ある時は負け犬に、またある時は神に
何もできない自分と、何でもできるはずだと信じる自分との間を行き来していた彼の苦悩は
最後にたどり着いたこの結論によって
「普通の人間」として平安な終息を迎えることとなった

   「ビートルズは南アメリカに2億ドル寄付するべきだなんて考えはどこから出てくるんだい?
    アメリカはそういった国に何十億という金を注いできたんだ
    でも意味がないよ
    その分の食料を食べてしまえばどうなる
    一日分しか持たない
    2億がなくなったらどうなる?堂々巡りだ。永遠に注ぎこむことになるよ」(ジョン・レノン)    


1980年に発表された彼の最後のアルバム『ダブル・ファンタジー』は
妻ヨーコとの共作になっており
家族への深い愛と感謝が歌われていて
どんな平和運動や慈善活動をしてもたどり着けなかった本当の平和が
自分のすぐ傍にあったことを表現しつつ
彼自身の人生もこの年の12月で終わるのだった

青春時代は
落ち込むと自分には何もないと思いこみ
また反対に、自分には何でもできると勘違いする時でもある
決して何もないわけじゃない
だけど、何でもできるわけでもない
では、自分には何があって何ができるのか
何のために生きていくのだろう?
この答えを探す旅は続く

yugao2009806-1.jpg
夕方
5時以降にならないと咲かない夕顔

大きくて立派な花なのに
開花時間のほとんどを
暗闇の中で過ごす

せめてまだ明るいうちに
帰宅途中の人々が見てくれればと
現在
ツルを道路方面に伸びるよう誘引中

夕顔の方は、別に
誰にも見てもらわなくても平気だが
わたしがそれでは
もったいないと思うから
ここに咲いているのよと
道行く人に教えたい

この花の良さを
みんなに知ってもらえたらと思う



息子は昨夜までに課題であった9つの実験レポートをやっと完成させ
今日はそれを提出し、もうひとつ残っていた試験も終わり、夏休みに入った
昨夜遅くレポートが完成した時には
「ちょっとコンビニに行ってくる。今から”ひとり打ち上げ”をやるわ」と出かけて行った
ここまで頑張った自分を自分でねぎらってやろうというわけだ
打ち上げといっても、まあお菓子を買ってきて食べる程度なわけだが(笑)

一気に集中して自分を追い込むこともあれば
あとで自分を労わることも忘れない
ちゃんと自分で自分のケアができるのも息子のいいところだと思う

日々の暮らし | 23:05:12 | Trackback(-) | Comments(2)
青春賛歌 9~雨のち晴れ
娘が念願のストレートヘアを手に入れ
嬉々として夏休みを迎えて10日あまりが経った
終業式の日には、ワープロ検定の合格証書ももらって帰り
さあこれからは声楽コンクールに向けて集中しなくちゃ!と
いつものように張り切ってレッスンに出かけたが
レッスン後の娘はすっかりしょげていた、、、
というのも
伴奏をしてくださる予定だった先生がコンクールの日にどうしても都合が悪くて参加できないとのことで
代わりの伴奏者を探さなくてはならなくなったからだ

これまでずっと先生に頼りきりで
完璧な伴奏の元で安心して歌ってきた娘にとって
これは実に由々しき問題
今回のコンクールは高校生が対象だからこれが最後のチャンスだと思うと
どうしても悔いのない演奏がしたい
そのためには息のあった伴奏者が必要不可欠だ
しかも、今回はかなり難易度の高い曲を選んでおり、伴奏も難しい

どうなるんだろう・・・と娘は涙をぽろぽろこぼして動揺しつつ
それでも先生も代わりの伴奏者を探してくださっているし
学校の先生に電話をしたら
「こちらでも当たってみるから、絶対にコンクールは出なくちゃダメよ」と励まされたし
とにかく落ち込んでいる場合ではないから、自分でも誰かいないか探してみようと
気を取り直して動き出した

ところが、この伴奏者探し騒動は、翌日あっさりと解決することとなる
歌のピアノ伴奏を専門的にやってらっしゃる方が、ちょうどコンクールの日はあいているとの事で
快く請け負ってくださったのだ
もう感謝するやらホッとするやらで
昨日の落胆が嘘のように、娘もすっかり元気を取り戻したかに見えたのだが、、、

せっかく頼れる伴奏者が見つかったというのに
今度は娘自身の練習が上手くいっていないようだ
というか、何か乗り気じゃないというのか・・・とにかくイライラしていて様子が変?!
これはもしかしてまたストレスで持病の『耳菅狭窄症』が悪化しているのではないかと思い
翌日耳鼻科に行かせることにした

そう、耳鼻科に行かせたのは大正解!
なんと『突発性難聴』になっていたのだ@@;
娘の場合、持病の関係で
一時的に聴こえが悪かったり耳鳴りがしたりすることには慣れているため
コンクールの練習でもなければ
どうせ今回もそれだろうと、そのまま放置するところだった
放置時間が長いほど完治しにくくなるという突発性難聴は
主にストレスによる血行不良から起こると言われているが
元々ストレスをためやすい性格&5歳の頃から肩こり+冷え性の娘にとって
この病気が発症するのは不思議じゃないのかもしれない

というわけで
とりあえず治療も進んで、今は聴力も回復してきており
さあ心機一転、練習に励むのかと思ったら、、、
あれれ、やっぱりまだ何か変だ?!

ここでいよいよやる気の出ない真の原因が見えてきた
その正体はズバリ『ダメダメ病』だ
夏休みは各種コンクールが多く
音楽や美術の芸術系仲間は、現在コンクールや受験準備のために四苦八苦している
顔を合わせれば合言葉のようにみんな「ダメだぁ~」と嘆き
メールの内容も落ち込んだものばかりで
みんなで一緒にドツボにハマっている状態らしい

一緒に嘆いている間はいいけれど
ひとりになればそれぞれの現実が待っている
自分の目標には自分で立ち向かうしかないという現実から逃げることはできないし
こんなところで同病相憐れんで立ち止まっている場合ではないだろう

「こんな状況におちいっている者にはどうすればいいと思う?」
と、娘と同年代の息子だったらどう考えるだろうかと聞いてみたら
答えは実にあっさりしたものだった
「決まってるじゃない、尻をたたくんだよ」

あ、いや、本当にお尻をたたくというんじゃなくて^^;
つまりは叱咤激励するというわけだが
特に不安症を抱えているような者には
誰かがバーンと背中を押さなくては前へ進めない時もある

「この道で行くと決めたんだったら
自分でちゃんと考えて環境整えていくように努力するもんだろう」
「どうすれば自分の理想に近づけるか、いつもそればっかり考えるんだよ」
とまあ、息子自らが現在いかにパソコン環境を最先端に近づけるかという
半分勉強半分趣味(いや、ほとんど趣味か?!)のために尽力していることを例に力説してくれたのだが
結局、仕事であれ勉強であれ趣味であれ
「やる時はやる!」という姿勢は重要だ

かくして、”お尻をたたかれた”娘は
その日から気持ちを切り替えて練習を始めた
不思議なもので、気持ちがちょっと切り替わるだけで練習も上手くいくようになる
「今度みんなにあったら、ダメダメ言ってないで頑張ろうよ!って言うわ」
そうそう、誰かが突破口を開かないと、一緒に落ち込んでいたのでは本当にダメだからね

今日は伴奏の先生のお宅に行ってはじめてレッスンを受けたが
そこで2時間みっちり練習し、たくさんのことを学んで帰ってきた
複数の音楽家に触れることで、より多くのことを学ぶことができる
「わたしの知っていることは全部教えてあげるから」と
そう言ってもらえる先生との新たな出会いがあったのも
元はといえば、涙の伴奏者探し騒動があったからだ
「雨のち晴れ」
ゆれる心模様は
しばしばお天気に例えられる

これからも娘は音楽を通じて色んな人に出会っていくだろう
そのたびに、躊躇したり、心配したり、どうせ色々あるに違いない
それでも、出会う人はみんなきっと娘に必要なものを与えてくれるはずだ
今回の件で、娘自身それを確信したことと思う

*****

長雨に耐えて咲くスベリヒユ
しかも、同じ株から色の違う花が咲くというおまけつき
suberihiyu2009803-1.jpg


日々の暮らし | 21:04:25 | Trackback(-) | Comments(2)
PROFILE

kimi

  • author: kimi
  • バラの咲く教会を夢見てから
    15年がたちました
    今も理想と現実の間で
    日々奮闘中です
  • RSS
Calender
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
07月 « 2009/08 » 09月
Recent Trackbacks
Archives
Search
Search this site.