善の行方17~光と影
前にも書いたように
幼い頃のわたしは活発な野性児で
周りが「まるで男の子のようだ」というのを聞いても
自分でも、そうだろうなあと納得するようなタイプの子であった
そんなわたしに母は何度か
「本当に男の子だったら良かったのに」と言ったが
わたし自身は
男に生まれたかったとは一度も思ったことがない
それは、子ども心に
「男の責任」というものを重く感じていたからだろうと思う

わたしが生れた頃
父はまだ勤務医で、毎日のように手術を行っていたらしいが
人の命に直接関わる仕事であるだけに
家に居る時には極力くつろげるようにと母はとても気をつかっていたようだ
もう50年も前の
今とは比べ物にならないほど便利の悪い時代のこと
母は幼い子どもをふたり育てながら父を完璧にサポートできる程元気ではなく
子守りの人に来てもらうなどといった方法で足らないところを補っていく
また、父は飲み会の好きな人だったので
よく自宅に友人を招いては楽しんだりと
家は常に父を中心に回っていた
わたしの記憶する限り、父が家のことをしている姿を見たことがないので
ただ一度、母の留守中に父がリンゴの皮をむいているのを見て
わたしは思わず「お父さんてリンゴがむけるの?!」と驚いて聞いたことがある
考えてみれば父は外科医なのだからナイフが使えないわけはなかったが
それほど父は家では何もしない人だったのだ

また、父はとても温厚な人で
わたしは一度も怒られたことがなかった
(例の「プラネタリウム事件」の時でさえも)
その分、母にはものすごく叱られた記憶があって
結局、父は八方美人の性格だったため
嫌な役割をずいぶん母が負っていたのだろう
「人を支える」というのは
見える部分だけでなく
相手の資質の不足分まで補う必要があるのが大変なところだが
結果的に、父は最後までずっと良い仕事ができたし
元々”裏方気質”の母としては、幸せな時代であったようだ

わたしから見た父母の関係は、ちょうど「光と影」のようだった
そして、わたしが男に生まれたかったと思わなかったのは
「光」の役目が自分に合っていないと感じたからだろう
今でこそ、男女の役割を云々言うのはタブ-だが
当時は、目立つ重要な役目はほとんど男が果たしていたので
その責任もすべて男が負っていた
それでも父は、わたしに「女医にならないか」と言ったが
わたしには、その責任を負う勇気も気概もなかったのだ

それほど「男の責任」を重く意識するわたしの背景には
厳格な祖父の存在がある
軍医であった祖父は
戦地で何度も船と共に沈みそうになりながらも
九死に一生を得て帰還した後
故郷に戻って開業するかたわら
医療保険制度の導入や、重度肢体不自由児施設の立ち上げなど
新しい分野の草分けとして尽力した
やがてその功績が認められ、表彰を受けたり、新聞に載ったりと
結構印象深いこともあったが
わたしにとっての祖父は
何かと気難しく近寄りがたい存在でもあった

新しく物事を進めていく時には必ず反対があり
そこをクリアするには押しの強さも求められる
強引に進めれば反感を買うし、敵も増えるが
それでも祖父は意思を貫いた
一方、家でも祖父は強かった
そして、その強い人を支える祖母の苦労は大変なものであったろうと思う
ただ、わたしが知っている祖父の姿と
施設の園長をしていた頃の祖父についての話はちょっと違っていた
孫であるわたし自身は、祖父に遊んでもらった記憶がないのだが
祖父は休みの日でも職場に出かけて行って
障害をもった園児たちと遊んでいたらしい
そういう人だったんだなと
わたしはそれを大人になってから知った

日本には古くから「家制度」というものがあるが
わたしの過ごした子ども時代は
その考え方も価値観も「家」が強く影響するものであった
世間的に言えば、目立つ人も多く輩出した家であり
そういう家ほど家の名に恥じない行動を求められるだけに
いつまでも自由な野性児のままではいられない窮屈なものを
意識せずにはいられなかったのだ
おかげで
「恥」「社会規範」「品性」などを学ぶ機会は多かったが
いつも人からどう見られているかを意識するのは苦痛だった

世間の言う「良い学校」が幸せな将来を約束してくれないように
「家」もまた、家柄がどうであれ、仮にそこにどんな有名人がいようとも
個人の生活がそれで何か保障されるわけではない
あくまでも個人個人が懸命に「家の格式」を支えているだけのことなのだが
世間の目は常に「光」にのみ注がれ
「影」の働きにはなかなか止まらないものだ

影は影なのだから、いつまでも目立つことはないが
なくてはならない存在であることは
今の時代も変わらない
だが、「勝組思想」が影の立場を惨めなものにしてしまっているため
人の目はいよいよ光にしか向かなくなっているのは残念なことだと思う

わたしが生れた時
手伝いに来ていた祖母は
その後急いで着物を整えて
祖父と共に皇居の園遊会へと出かけて行ったのだと話していた
強い祖父を影で支えた祖母も共に表彰に与ることは
まだ男尊女卑の考えが濃く残る時代でありながらも
ちゃんと影の存在が認められていたことの証として
わたしの記憶に残ることとなった

きっと母に似たのだろう
裏方気質のわたしは、影の面白さを知っている
夫もまた裏方を好む気質であり
子どもたちも自然とそうなっていったが
「人が見ていないところの仕事をするのは面白い」
そう言う息子は
時々こっそり研究室の排水管の掃除をするらしい
誰も気づかないからこその面白さ
ここに気づくと人生はもっと楽しくなる

                 (つづく)

*****

これから秋バラのシーズンを迎えるにあたり
そのための作業もスタートする
主役はバラ
裏方はわたし
これが面白くてたまらない
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心の問題 | 23:27:39 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方16~挫折
今から40年前
小学5年生のわたしは、中学受験のため塾に通っていた
わたしの住む町では
小学生が塾に通うこともまだ当たり前ではなく
中学受験する人もとても少なかった時代
わたしが信じていた未来は幻であったことに
その後、気づかされることになる

わたしにとっての中学受験は
医者の子の使命みたいなものであると同時に
大人の話から
ここで頑張っておけば何か将来が約束されるらしいと知り
後から楽ができるのならまあいいか~という感じで臨んだものだった

ところが、入ってみれば
そんな将来の約束などどこにもなくて
次のステップに向けて
結局またコツコツ勉強しなくてはならない現実にがっかりする

あれから40年がたち
今も受験生たちは
合格した先の華やかな未来を想像して頑張っているが
合格はゴールではなく、新たな出発点なのだと知った時
どこまでも安心できない現実に疲れをおぼえる者も少なくないだろう

しかも、今や大変な就職難であり
どんな学校を出ても華やかな未来が約束されているとはとても思えない時代になった
ところが、「良い学校万能神話」はいまだに人々の心に生きている

更には、この不況の時代に強い就職先や資格が注目されるようになると
その分野への競争率もうなぎ昇りだが
資格の場合は取得する(学校を卒業する)までに年数がかかり
その間に同じ資格所有者がどんどん増えれば当然雇用先は減っていく
また、今たちまち強いと言われる公務員も
給与が高いのはある年齢を過ぎてからであり
しかもこれから下がる傾向にあるとなれば
10年20年先はどうなっているかわからない
大企業とて、いつどこでコケるかわからない時代になった
だが、人の心に一度インプットされた思いはなかなか消えるものではなく
この道こそ間違いないと信じる風潮は簡単には変わらないものだ

わたしは、自分自身30年も前にわかっていた「世間の勘違い」が
今も続いていることをとても不思議に思う
昔も今も、家の名誉や親の面子で学校を選ばなくてはならない子がいるし
それだけに、学校の名前がその人の身分証明の役目を果たしたり
あるいは、就職活動の際にはとりあえず書類選考だけは必ずパスするなど
そこだけ見れば、良い学校というのはそれなりにメリットがあるのは確かだ
だが、最後に選ばれるかどうかは
個人がいかなる者であるかという本質の信用にかかってくるわけで
決して学校が華やかな未来や確実な将来を保障してくれるものではない
それでも人々の思いがここから抜け出せないのは
人が”比べたがる生き物”であることから
どうしても競争意識をあおられてしまいがちであることに加えて
真実を伝える情報が不足していることも原因ではないかと思う

一般人が、学校の名前を聞くのは
その中で特に活躍する人の話であって
いわゆる成功組の物語だけが世間に流通している
となると、そういう成功組の割合が仮に2割だとしても
残りの8割もみんな同じだと思ってしまう傾向がある
なぜなら、その他大勢組の物語は世間には流れてこず
情報は常に成功組の話ばかりなのだから
そういう勘違いが起こるのも仕方がないのだろう

この「世間の勘違い」は学校にとどまらず
就職、あるいは「玉の輿」と呼ばれる結婚に至るまで波及している
これだけの就職難時代でありながら
なぜ大卒社員の3年以内離職率は3割にものぼるのか
誰もがうらやむ結婚であったはずがなぜ離婚に至るのか
そこにある、現実の物語はほとんど表に出てこない

まだ人生経験の少ない子どもは
これが絶対幸せに至る道だと教えられたら
たとえ間違っていてもその道に進んでいく
絶対幸せになると信じているからこそ
すべてを犠牲にしてでも頑張れる
人生に失敗や挫折はつきもので
人を磨くには必要なものでもあるが
あまりに犠牲が大きい場合、その果ての失敗は傷も深いだろう

人は、失敗し落ち込むと
自分はダメだと自らを責める一方で
自分かわいさゆえに犯人探しを始めるようになることがある
こうすることで自分が少しでも慰められるからだ
だが、そこから生まれる恨みによって心はすさんでいき
世間も大人もみんなウソつきなのだと
やり場のない怒りが増幅するほど立ち直りは遅くなる

「挫折」とは
”計画などが中途で失敗しだめになること。また、そのために意欲・気力をなくすこと”
つまり、最初に自分の計画があって
それが思い通りに行かなかった時のことを指している
そして、挫折した人の思いは
計画が上手くいかなかったことのみに注がれるが
元々の計画がどういう根拠で立てられたものなのか
それが幸せへの道だと言っているのは誰なのか
また、それを信じた根拠は何なのか
その辺のところを整理してみると
自分が間違った価値観や考えを信じてきたのだと気づくことがある
そこに気づくと立ち直りも早い

しかし、一番問題なのは
世間の勘違いをうのみにして、失敗や挫折を経験した人が
原因をしっかり考えないまま
それを自分の中に閉じ込めてしまうことだろう
そんなことを語るのは自分の恥でしかないのだから
それも当然のことと思う
だが、”過ちは二度と繰り返さない”と誓う国の民ならば
自分が気づいた間違いを次世代に告げないでおいて良いものだろうか
それとも
自分が信じた間違いを
自分は運悪く失敗しただけだとして
更に次世代に勧めてもう一度試みるのだろうか

自分の間違いや失敗を語ることは
プライドが傷つくことではあるけれど
それが次世代の益になるのなら
これこそ本物の「自己犠牲」ではないかとわたしは思う
自己犠牲といえば
一般的には崇高でカッコいいイメージを思い浮かべがちだが
そんな特別なことでなくても
誰にでもできる究極の善行がここにあると思うのだ

                 (つづく)

*****

「バラは肥料食い」
「バラは無農薬では育たない」
「バラは難しい」
そんな世間の常識が本当なのかどうか
自分で確かめようと試みて10年が過ぎた
10年の間には、世間の常識もずいぶん動いている
人間の決めた常識とはそういうものだ
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心の問題 | 07:56:47 | Trackback(-) | Comments(2)
善の行方15~心の闇
聖書の中に、人間の持つ「負の感情」を
以下のようにられつしてある箇所がある

「敵意」「争い」「そねみ」「怒り」「利己心」
「不和」「仲間争い」「ねたみ」

ここを読む時、いつも不思議に思うのが「そねみ」という感情だ
辞書を引いてみると
”そねみ=ねたみ・嫉妬”となっており
じゃあどうして同じ意味の言葉が重ねて使われているのだろう??
というわけで、今度は英語の聖書をめくってみると
「そねみ」の部分は「jealousy」
「ねたみ」は「envy」と記されていた
(ただし、文語訳聖書では反対になっている)

envyは人の幸運・能力などを見てあやかりたいと思う気持ち
jealousyはそれが自分にないのは不当だとして相手を憎む気持ち

なるほど、envyは単純に「うらやましい」という感情だが
jealousyになると「憎しみ」が入ってくる分、意味が重くなるらしい
これなら重ねて使う必要があるのも納得できるというもの

さて、語学の勉強はともかくとして
今回あらためてこれら負の感情を並べてみると
どれも相手がいてはじめて起こる感情であり
人は何かと”比べたがる生き物”であることがわかる

比べるからこそ
自分にないものばかりが目につき
劣等感を抱き
劣等感から逃れるために
自分を優位な立場に置こうとするところから
争いも起きてくる
更には、自分より優位な立場の者に対する敵意や憎しみへと
負の感情はどんどん膨れ上がる

みんなが仲良く穏やかに暮らせるようにと
学校教育に平等思想が入って久しいが
残念ながら人間の生まれ持った資質はみんな違うし
(ここからすでに不平等が始まっている)
負の感情もなくならないので
せっかく平等を教えても
義務教育期間最後の高校受験によって
学校格差を知り、自分の置かれた現実を知り
平等なんて大ウソじゃないか?!と
嫌でも子どもたちは気づかされてしまう

では、決して平等ではない世の中で
人と比べないで生きていくにはどうしたらいいのか?
それは、どういう環境下でも
”自分で面白く生きる”ということに着眼し
実行していくことだろうと、わたしは考えている
自分が楽しければ他人が何をしていても気にならないもの
しかも特別な時だけ面白いのではなく
日常的な面白さが重要だ

今年の大河ドラマ『平清盛』は史上最低の視聴率らしいが
この清盛に息子は夢中になっている
大の社会科嫌いの息子にとって歴史は全く興味がなく
今まで大河ドラマなど見ようともしなかったけれど
たまたま第一回の放送を見たことから
平安時代の背景を自分で調べ始め
そこから見事にハマっていったのだった

”このおもしろうもない世を変える”と言った清盛によって
息子は”おもしろうもない歴史”の面白さに目覚め
ドラマだけではわからない時代背景や人物関係を自分で調べては
自ら面白くする努力をして、いよいよ楽しんでいる

わたしたちを取り巻く社会はいつまでも面白くなりそうもないし
世の中を変えるほどの力も何もないけれど
自分の生活を自分で面白くする方法はいくらでもあると思う

まだ就職活動をやっていた時
たくさんの履歴書やエントリーシートを書くのが日課になっていた息子は
ある日ちょっと自慢げに紙を持ってきて言った

「これだけ履歴書とか書いてると、すごく印鑑の押し方が上手くなるよね~
ほら、これなんて完璧っ!!」

その様子がとても嬉しそうで満足げで
相変わらず幸せなヤツだなあと感心したことを思い出す

そう、息子は昔からこうなのだ
例えば、朝起きて、まず一番にするのは枕元にあるメガネを手に取ることだが
手を伸ばしてさっとメガネが取れたら「よしっ!!」と嬉しくなる
ある時は、スパゲティを自分でゆでる際
お鍋に入れた麺がサーッと上手く広がったのを見て感激していた
この程度の「よしっ!」と思うことは日常にいくらでもあることなので
基本的に彼はいつも幸せなヤツなのだと思うが
そのルーツは夫にあるとわたしは確信している(「遊び心」参照)

そんな息子は以前からよくこう言っている
「今の学校教育が性善説をやめたら子どもは随分変わると思うね」
性善説とは
”人間の本性は基本的に善である”とする説
それを教育の中心にすえると
どうしても表面的なきれいごとばかりになり
上記の平等教育同様
本音と建前の間でむしろ子どもは戸惑うことになる
そして、大人に従う素直な子だけが良い子とされるわけで
本音で生きたい個性的な子どもはダメ出しされることになるのだ
だが、大人の作った理想像の中に押し込められて育つ子どもが
成長過程で何らかの心の問題を抱えていく現状に
きれいごとの中で純粋培養されることの弊害を感じずにはいられない

教会の子どもとして生まれた息子は
自分が人からある意味特別な目で見られることを知っている
一般的な世間の思い込みとして
”教会の子ども=品行方正な良い子”という何か型にはまったスタイルがあるが
息子の場合、自分が教会の子どもだと告げると
たいていの人は「とてもそんな風には見えない」と言うらしく
そう評価されることを息子自身はとても誇りにしているらしい(笑)
何を隠そう、牧師である父親もまた
昔から「とてもそんな風には見えない」と言われてきたし
また、わたしも、世間一般で言うような雰囲気には見られたくないと思う
とりあえず堅苦しいのはNG
でも下品なのはもっとNG
ならばどんなイメージを理想としているのかといえば
ごく普通の暮らしだけれど
何やら自由で気楽で楽しそう~と言った感じだろうか

人間が常に良い子でいるのは実に苦しく、生き辛い
人生はたくさん素敵なことで満ちているのに
何も見えなくなってしまうのはとてももったいないことだ
もっと自由に、もっと正直に生きてもいいでしょう
「だって人間は失敗する生き物なんだから」と息子は常々言う

かつて周りの偏見や父親との確執の中で育った夫が
悪環境に振り回されず、押しつぶされず
”自分で面白く生きる”道をたどってきたこと
それも、道を踏み外すわけでもなく
良い友人にも恵まれながら
自然と楽しい方向へと進んでいったのは
夫の意地や頑張りではない力がそこに働いたことは確かだ

その”見えない力の恩恵”と、面白く生きる生き方を
息子も娘も受け継いでいく

 「わたしは植え、アポロは水をそそいだ
  しかし成長させて下さるのは、神である」
       (コリント人への第一の手紙3章6節)


この写真は、今年の4月15日に息子が撮ったものだが
(写っているのは桜で、すでに葉桜になりかけている)
昨年乗っていた400ccの白バイ似のバイクから
今はこのスーパーカブ(110cc)にのりかえて
一般道をのんびり走ることを楽しみとしている
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普通なら、250ccから400ccへと乗り換えてくれば
次は大型バイクへ行きそうなものを
いきなりこうなるのが息子の面白いところだ

                   (つづく)

心の問題 | 21:17:20 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方14~責任
今から40年前の
ちょうど学生運動が盛んだった時代
夫は大学生で、学内でのもめごとを目の当たりにしていた
しかし夫はそういうことには全く興味はなく
再三の呼び出しにも応じず
先輩がバリケードを作っているところを車で無理やり突破して帰宅
後で呼び出されて大変なことになると友人に言われたが
別に何も起きなかったらしい

当時の夫には、そんな紛争などよりも
ずっと大変な問題があった
父親との闘争だ
このまま親の言いなりになって牧師になど絶対になりたくない
そう思っていた夫は
その頃、小説の影響で流行していた
”ナホトカ経由シベリア鉄道でヨーロッパへ行く”計画を友人らと共に立て
他の者は単なる旅行だが
自分はパリにひとり残って絶対に帰らないつもりだったという
当時は少しフランス語もできていたし
あちらで色々アルバイトもできる時代だったので
何とかなるだろうと考えていたようだ
いや、何とかなるもならないも
とりあえず父親が追ってこれない場所まで逃げることが先決だったわけで
それほど状況も切羽詰まっていたのだろう
決して無謀な性格ではない夫がそこまで追い詰められていた経験は
後に子どもたちの教育に大きく影響することになる

結果的には、夫の計画は途中でとん挫し
大学卒業後は地方のラジオ局でアルバイトをすることもほぼ決まっていたが
その面接の日に父親から”東京へ行く(=神学校の入学手続きを意味する)”と言われ
これが運命の分かれ道になった

軍人出身の父親は特に息子に厳しく
自分の決めた正しさの尺度を決して曲げることもなかったため
父の命令は絶対で、夫は幼い頃から自分を押し殺すのが習慣であった
自分のことを自分で自由に決められない辛さを知っている夫は
子どもたちには決して同じような無理強いをしたくないと語り
その言葉通り実行して今に至る

海外逃亡に失敗してから40年が経とうとする現在
「それでも今は、牧師をやってきて良かったと思う」と夫は言う
夫は、昔も今も自分のことを”不良牧師”と呼ぶが
見せかけの偽善ではなく
自分自身に正直に生きてきたことで
人間的には損をしたこともある半面、信頼も得た
そんな父親を見て育った子どもたちは
幼い頃も今も教会が好きらしい
もし信仰信仰と修行のような楽しくない生活では
とっくに逃亡を企てていたかもしれないが
夫自身がそういう堅苦しい生活を嫌ったため
子どもたちにも無理がなかったのが幸いしたと思う
こうして、夫が抱えてきた負の感情は次世代に連鎖することなく
すべては過去として消え行くことになるのだろう

親の過去は変えられないが
子どもの未来は、親の一言で変わっていく
教会における牧師と信者の関係も同様であり
指導する立場の責任は重い
現実には、人の力が直接人を幸いに導くわけではないにしても
その心(人の大切な一生に関わっているとの自覚)が問われるのは確かだ

面白いもので
子どもたちはそれぞれ小中学生の頃から、よく友達の相談にのっているが
アドバイスの内容はほとんど親の受け売りなのだと言って笑う
自分が迷ったり困ったりした時に力になった言葉や考え方は
自分の財産としてしっかり持っておくといい
善人過ぎず、悪人にもならないちょうどいい生き方は
この財産の積み重ねで培われていくだろう

人は、人の言葉で傷つき、人の言葉で迷い
人の言葉で気づき、人の言葉で励まされ、人の言葉で立ち直る

同じ言葉であっても
そこに愛があるかどうかで反応も変わってくる

                        (つづく)

*****

広島市植物公園のカボス
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夜間開園期間中のイベントに
今年も娘たちのグループが参加した
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自分の好きなことができる幸せな青春時代を満喫している様子に
見ている方も心和む

心の問題 | 09:49:23 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方13~善の果てに
わたしの両親は、いとこ同士で結婚しているので
母にとっての姑(わたしの祖母)は、幼い時からお世話になった伯母でもあり
慣れ親しんだ存在であった
わたしの記憶する限り、祖母は
ひたすら家のために働く「明治の女」の典型で
若くして夫をふたり続けて亡くした後
医者になったふたりの息子も早死にしてしまったが
どんな時もいつも毅然としていた姿が心に残っている

常に人の世話をし、地域の世話をし
いつも薄っぺらな布団に寝て、誰よりも早く起きて働き
ぜいたくとは無縁で、自分を着飾ることもなく
愚痴も言わず、神仏の信仰に熱心で
ひたすら善行に励んだ祖母
そんな潔癖で強い精神力を持った人というイメージの祖母が晩年になり
「わたしは死んだらどこに行くのでしょう」
と、不安をもらしたと聞いてわたしは少なからず驚いた
その後、祖母は92歳の時に洗礼を受け
それからはもう死後を心配しなくなった

昔からとても信仰熱心な祖母の様子を見ていたわたしは
それだけ一生懸命やっているのならきっと心が満たされているのだろうと思い
まさか祖母がクリスチャンになる日がこようとは想像もしていなかったが
その一方で
祖母にとって、自分の生涯を自分のために生きなかったことが
自らの心の平安にちっとも役に立っていないことを空しく感じ
もっと自分を大切に生きればよかったのにと思わずにはいられなかった

そんな祖母に影響を受けたのか
母は若い時から信心深く
ちょうど父が病気になった頃には
ある宗教に入信していた
そこは、自分の善行が自らを救うという教えを持っており
語られることは道徳的には良い事ばかりだが
現実的にはかなりの無理を要することが多いところだった
適当にやればそれでも善人の自分を満喫できるのかもしれないが
半端なことができない潔癖人間はとことんハマってしまうため
母はそこで一気に疾走していく

父の病気が見つかった時
母はそこの先生と呼ばれる人に相談し、指示を仰いだ
すると、活動を熱心にすれば父の病気は必ず治ると言われたため
母の熱心はますます加速した
こうして母は信じて言われるまま活動に励んだが、2ヶ月後に父は死んだ
ところが、その時
幹部の人がやってきて母に言った言葉はとてもショックなものであった
母のやり方が足らなかったから父は死んだというのだ
幹部の人も言い訳に困って、思わずそう言ったのだろうと今は思う
でも、あまりに愛のないこの言葉に怒り心頭のわたしは
母に早くそこをやめるよう説得したが
母は、やめることによるバチを恐れてすぐには決断できなかった
この時わたしは宗教に対する不信感を強くした

その後しばらくして知ったことだが
先生と呼ばれていた人は
このことがきっかけてその宗教をやめてしまったらしい
別に謝罪の言葉も何もなかったけれど
その人なりに純粋なところがあったのだろうと思う

父の死から一ヶ月後
母はクリスチャンになった
人の力で人は救えない
そう実感したからこそ、神に頼るのは必然であったが
それを見てわたしはうんざりした
わたし自身はその頃ミッション系の学校に通っており
そのことがキリスト教に対する偏見の元にもなっていたからだ
敬虔なクリスチャンを”自負する”人にありがちな
狭い考え方や表裏のある偽善的な生き方に納得がいかず
宗教は所詮きれいごとでしかないと
そして、こんな世界に自分は巻き込まれたくないと思っていたのだ

教会へ行くようになった母は、相変わらず熱心であった
それでも、母が想像以上にとても元気になったことと
当時、難病を患っていた母方の祖母が奇跡的に回復したことから
わたしの教会に対する偏見はトーンダウンし
半年後にはわたしもクリスチャンになっていた

なお、母方の祖母もまた明治の女であったが
クリスチャンになってからは
自分の心をしばっていたものからだんだん自由になれたのだろう
病気が治ってからは、余生を有意義に生きた人だった

一方、母の信仰熱心には
前の宗教と同じく、「~しなければならない」とのおきてを堅く守る感覚が残っており
(守らなければ大変なことが起こると思う不安感も強い)
せっかく、人間の頑張りによらない無償の愛と恵みの神に出会ったはずが
相変わらず自分で頑張る信仰生活を続けていくことになっていった

聖書は、人が正しく生きる生き方を教えていても
正しさの受け止め方は人それぞれ違っており
その違いは育つ環境(主に親)による影響が大きいと思う
正しさに完璧を求める潔癖な人ほど
自分の頑張りに走りがちで
息も抜けないし
どこまでいっても満足できないし
頑張っていても、いつも追われているようで
ある種の不安からは逃れられないし
かといって、信仰を止める理由もない
何しろ、確実に奇跡と思われる体験も色々あった
それがなければ今の自分はないと思う
心から感謝もしている
だけど、心の奥に残る違和感は何なんだろう・・・?

この「違和感」とは
自分が目指す理想とは何かが違うと感じる部分だ
つまり、人はあらかじめ自分の考えが正しいという前提のもとに理想を持っていて
自分の理想に向かって生きている
だが、「こうすれば必ずこうなる」と思っていることが違う場合に
自分の考え方そのものが間違っていたと思う人と
神さまは自分の願いをちっとも聞いてくれないと思う人と
どちらが多いのだろうか?!

長年、得体のしれない不安から逃れられなかった母は
自分をしばりつけていた古い時代の考え方を卒業して
今やっと、自分が最も求めていた魂の安らぎをつかみかけている
どうしてこんなに時間がかかってしまったのかとも思うが
人はどこかに追い込まれるまでは
自分の信じた正しさから離れられないのだろう

人は人を(自分さえも)救えない
残りの人生を、いかに自分が穏やかに過ごすことができるか
それが母の課題となった
そう思いながら励んだ今年の野菜栽培は
今までにない成果を上げている
もちろんそのために相当の努力はしている
だけど十分楽しんでもいる
そして期待以上の成果が上がる
これほど嬉しい事はない
華やかなことは何もないけれど
これが本当の幸せなのだと
母の姿が次世代への教訓になれば
その通ってきた道のりもすべて無駄ではなかったことになる

わたし自身も、そんな母から多大な影響を受けて育ち
同じように古い時代の生き方を引きずってきた一人だ
今の願いは
わたしの代で、もうこの「負の連鎖」を終りにすること
それが子どもたちに残す財産となるだろう

旧五千円札の肖像画で知られる新渡戸稲造は
『一日一言』の中で、以下の短歌を詠んだ

「勤めてもなほ勤めても勤めても勤め足らぬは勤めなりけり」

クリスチャンであった彼は
これをどんな気持ちで詠んだのだろう?

                    (つづく)

*****

バジルの花が咲き始めた
後ろにある花の色が光になって
この地味な花を引き立ててくれる
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心の問題 | 09:14:19 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方12~謝罪2
『親に直してほしいと思うこと』というテーマで
小学5年生から中学3年生を対象に調査したアンケート結果が
日経新聞の子どもニュースに載っていたとの記事を読んだ
その上位10番までは以下のとおりである

(1位)今始めようとしていることについて「早く始めなさい」などという
(2位)一度終わった説教話をしつこく繰り返す
(3位)機嫌が悪い時に子どもに八つ当たりをする
(4位)自分の意見ばかり通して、人の意見は聞かない
(5位)自分のことを棚に上げて人には要求したり禁止したりする
(6位)親が悪いことをしても、子どもに謝らない
(7位)子どものことは全部わかっているようにふるまう
(8位)みんなで見ているテレビのチャンネルを自分だけの好みで変える
(9位)家の中でおならやゲップを平気でする
(9位)兄弟、姉妹、親戚、友人などとすぐに比べる

これらは
一言でいえば「親の身勝手」に対する不満だが
1位2位は、親が子どもに失敗させたくないがあまり完璧を要求する
潔癖な人にありがちな行動だと思う
そして3位以下は、9位の生理現象以外、親自身の考え方や感覚に問題がありそうだ
それが6位の「親が悪いことをしても、子どもに謝らない」に集約されていると思う

世の東西を問わず
子どもが親にたてつくことは悪い事とされている
ならば、親が子どもに謝るのも間違いなのだろうか?
いや、それは親自身が間違いを犯さないことが前提であり
明らかに親に非があるならば、潔く認めることが大切であろう
ここは、親の度量(人間性)が試されるところでもあると同時に
子どもにとって、親の行動の意味が理解できないままでは
そこから自分が学ぶべきものがあいまいになり
信頼関係が築けないのが問題なのだ

もしそこに、何らかの事情があるならいずれ理解もされるだろう
ただ自分の思い通りに子どもを振り回しているだけならば
説明が付けられない分、今度は感情的になって
”子どものくせに偉そうに””養ってもらってるくせに”と
逆ギレした形にもなり
そんなことを言われた子どもは
確かに自分は養われている身だと思えばそれ以上何も言えなくなってしまうのだが
そこで生まれた不信感という心の傷は深く
更には親に対して不信感を持つ自分にも嫌気がさすなど
さまざまな心の問題を残していく
そうした親の身勝手な言動によって生み出される
”自分は信用されていない”
”必要とされていない”
”愛されていない”・・・と自己否定に向かう「負の感情」は
子どものその後の人生に暗い影を落としていくのだ

虐待された子どもは、自分も虐待する親になるという「負の連鎖」が報告されて久しいが
謝らない親もまた、謝らない親に育てられているケースが多いのだという
また、親が潔癖であれば子も潔癖となり
精神不安定に陥る人生を引き継いでしまうのも悲しい

子は親を選んで生まれてくることはできない
自分の責任ではない、理不尽なことであっても
親から刷り込まれた間違い(負の連鎖)を断ち切るのは
かなり強い意志の持ち主でなければ難しいとも言われる
それは、親との精神的な(重症の場合には物理的にも)
「縁切り」を必要とすることだから、、

では、自分に自信がなく、いつも不安だらけで
自分をしばりつけている親の間違った感覚から逃げられない人は
一体どうすればいいのだろうか?
親を説得して、親が変わるものだろうか?
今までの思いを話せば謝罪してくれるのだろうか?
残念ながら、そのようなケースは見たことがない
なぜなら、親自身も同じように親にしばられてきた被害者なのだから
親が我慢してきたのに
親と同じように我慢できない子がダメなのだという考えになってしまうとすれば
この問題には出口がないように思われる

しかし
生まれてこのかた最も自分が信用してきた(影響を受けてきた)親よりも
もっと確実に信用に足る存在
絶対に間違いを教えず、いつもいつまでも自分のそばにいてくれて
無条件で自分を愛してくれる存在を得ることができれば
そこから生きる自信を取り戻し、新たに生き直すことが可能になる
そしてその存在とは、人間ではないことは確かだ

そういう意味で
「信仰」は、人が生き直すには欠かせないものなのだと
わたし自身、もう30年近く教会に居るというのに
遅ればせながら最近になって実感している

一般的に「信仰」の目的といえば
自分の願いをかなえるためであったり
自分が考える正しい道(理想)に近づくため
あるいは、バチが当たらないための戒めであったりするわけで
あくまでも自分の持っている考えや価値観が正しいとした上で
自分の心に合っていること、納得できることが前提であろう

ところが
親から受け継いできたものを根本的にくつがえすことが必要な場合
自分がそれまで生きてきた過程をまるごと否定することにもなりかねないので
常識的にはとても心の平安など得られそうもない気がするのだが
実際には、ここを抜けると不思議なほど楽になることができ
本当に自分が進むべき道筋が見えてくる

それは難しい修行でもなんでもなく
一言でいえば
”わたしも親も人間だったんだと気づく”ことだ

どんなに立派な志を持っていようが、立派な行いをしていようが
人間はあくまでも人間
信仰の道は”自分は何者なのかを知る道”といっても過言ではないだろう

                       (つづく)

*****

きれいに咲きそろったペンタス
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心の問題 | 23:13:10 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方11~謝罪1
過去の過ち(間違い)に対して
人は「謝罪」にこだわることがある
謝ったからといって、失われた過去が取り戻せるわけでもないが
それでも謝罪にこだわるのは
相手にせめて何かペナルティーを負わせたいとの気持ちもあるだろう

日本には昔から
”悪い事をした人にはバチが当たる”という教えがある
でも、実際には
人に迷惑をかけたり悪い事をした人でも平然と生きていて
どうやら人が期待する(?)ようなバチなんてないのだろうと思う

ただ、考えてみれば
自分だってどこで人に迷惑をかけているかわからなし
人間誰しも全く正しく生きることができないとなれば
それでみんなバチが当たっていたのではたまらない
バチはあくまでも自分以外の人に当たってほしいという
実に身勝手な感覚なのかもしれない

また、天が罰を与えてくれないならば
せめて人の手で納得のできる報復を・・・それも平和的なものを望むとすれば
それが謝罪になるのだろう
だが、残念ながら謝罪の言葉だけでは傷ついた心は癒されない
相手が自分の受けた苦しみと同等の、あるいはそれ以上のものを受けなければ
それは心からの謝罪にはならないとも思う
実際のところ、自分が相手と同じ立場に立ってみた時
はじめて相手の心(苦しみ)がわかるものだ
ただし
仮に相手が自分と同じ立場になっても
完全に心が癒されるわけでもなく
究極の願いが、過去の完全修復(=不可能なこと)にあるうちは
恨みは永遠に続いていく

恨みの感情とは恐ろしいもので
それが強いほど、人は自らの健康も害していき
その苦しみによりいよいよ恨みを強くして行く時
事情を知らない人からは、同情どころか
執念深い人とのレッテルまで貼られてしまうこともある
理不尽なことではあるが
何よりも自分のために
過去はどこかで水に流さなくてはならないのだと思う

このように
単にペナルティーを負わせる目的の謝罪には
人を納得させる終点がない
だからといって、謝罪そのものにに意味がないとも思えない
いや、意味がないどころか
謝罪には感情論を超えたもっと大きな意味があると思うのだ

そのキーワードは「生き直し」

謝罪は
考え方や行動を間違いだったと認めることで
人の心にひとつの区切りをつけることになる
それによって、失われた過去をあきらめ(忘れることはできないけれど)
新たに歩み始める糸口にもなっていくだろう
正しいのか間違っているのか?!と
心の中であいまいになっているものがはっきりすれば
そこからの歩みが変わり、未来が変わってくる可能性がある
ここが重要なポイントだ

                     (つづく)

*****

立派な葉っぱが茂り、雄花はたくさん咲くヘチマ
しかし、肝心な雌花がほとんど結実しないのはなぜだろう?
ヘチマなんて勝手にゴロゴロなるのだろうと思っていたら大間違いだった
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心の問題 | 19:48:48 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方10~潔癖という病2
わたしにとって保育園時代の最も古い記憶は
みんながお昼寝しているそばで
ひとりお弁当を泣きながら食べているというシーンだ
食欲のない子だったため
全部食べなければお昼寝できないのが苦痛で泣いていると
寝ている子たちのじゃまになると怒られてますます泣く
その場面だけが今もしっかり脳裏に焼き付いている

当時、ニンジン・ピーマン・ホウレンソウは
子どもの苦手な野菜の代表格だったが
中でもわたしはニンジンが一番ダメで
実のところ今でもニンジン嫌いは克服できないままだ
他の野菜は今でこそほとんど食べれるけれど
子どもの頃は根菜類以外全部嫌いで本当に困った

昔も今も
多くの親が、子どもの野菜嫌いに四苦八苦している
わたしの母も何とか野菜を食べさせようと頑張っていたので
わたし自身も子どもたちにそうしていたものの
いつ頃からか
そんなに無理して嫌なものを食べさせなくてもいいんじゃないかとか
わたしのようにニンジンを丸飲みしたんじゃ意味なさそうだし
しかも今の野菜は昔のように栄養価も高くないらしいし・・・
などど考えているうちに
意味のない事に固執するのが嫌いな性格もあって
そのうち子どもに野菜を食べさせるぞという意思もゆるゆるになっていった

そもそも、何が何でも野菜!と、親が必死になる要因は何かといえば
「野菜をしっかり食べる=健康=良い事」という感覚があるからで
それがだんだん行き過ぎると
「野菜が嫌い=病気になる=悪い事」という不安が付きまとうからなのだと思う
しかし、「必ず~しなくてはならない」という感覚に陥った時点ですでに潔癖であり
必ずさせられる側にはやがて苦痛が伴ってくる
しかも、潔癖と不安は常に隣り合わせ
「しなくてはならない」と思っていることが完全にできないとたちまち不安に陥るので
何が何でも・・・ということになるわけだ
というわけで、自分のためではなくお母さんを安心させるために野菜を食べるという
不自然な図式が出来上がる

多分、多くの親は、最初のうちは何が何でもとまで必死になっていなくても
いつの間にか自分の決めたルールにとんでもなく固執し
少しの余裕もない状況になってしまうのではないかと思うが
わたしの場合、そうならずにすんだ要因は夫と息子にあると思う
この二人は実に意思が固い
嫌いなものは絶対に嫌いでテコでも動かないのだから
わたしが仮にルールを決めようが、嫌ならその場で即却下だ
一方、娘は出されたものは何でも食べようと努力はしたが
そのうち涙目で訴えてくるので
これは可哀そうだと気づいてやることが何度もあった
すると息子は不満げに言うのだ
「お母さんはMIZUHOには甘い」

考えてみれば、息子に無理強いしてケンカになり
そのうちわたしがあきらめて
娘には最初から許すというケースは今までも色々あった
息子が中学生の時にはケイタイを持たせることも渋ったのに
娘の時には全然そんなトラブルがなかったのは
もちろんその間に時代がそれだけ変わったというのもあるけれど
息子が必死に母の心を開拓した功績(?)も大きいと思う

息子は無茶を言うタイプではないが
理不尽なことに対しては黙っていない
今までも彼のゴキブリ恐怖症については何度か書いてきたけれど
他にも、高いところが苦手だったり、水泳が全くダメとか
さまざまな苦手なものを持っている
ゴムもそのうちのひとつであり
ついでに似た感覚の風船もこわいらしい
ゴムについては、小さい頃お菓子の袋をゴムでとめていると
息子が開ける際にはいつもゴムをハサミで切ってしまうので
もったいないとケンカになったものだ
そこでわたしはこのゴム恐怖症を治してやろうと思い
彼の手の甲にゴムを軽くピシピシ当てて
「この程度だったら大丈夫でしょう?」と教えたが、これが失敗だった
彼はこれがトラウマになってますますゴム嫌いになったのだ
しかも大人にとって軽く当てたつもりでも
子どもには大変な恐怖だったのだろう

親が子どもに対して、良かれと思って言うこと(すること)の中には
何が何でも子どもに強要しなくていい事もたくさんある
でも、なぜ良かれと思って言い張るのかといえば
子どもが将来困らないようにとの親心もある一方で
こんなこともできない子では恥ずかしい・・・という親のエゴもあるだろう
それは、自分の子どものことだけ考えるのではなく
いつの間にか世間一般の子どもたちと比べてしまっているからなのだと思う
そこへ、親自身の負けず嫌いの性格や、過去のコンプレックスも加わって
何が何でも・・・と潔癖になっていくほど不安感も増し
事態は更に深刻化していくのだと思われる

学校でもすべての科目が好きになれなかったように
世の中にはたくさんの苦手なものがある
そして、それらを全部克服しようとすることは
かえって無駄な労力を時間を費やすことになり
それだけストレスもため込んでしまうことになるだろう

日本には昔から
根性さえあれば何でもできるという「根性主義」があるが
今はもうスポーツの分野でも
それは時代錯誤だといわれるようになってきた
物事は精神論だけでは支持されず
実績が重視されるからだ
たくさんの労力を費やすほど何かを得られるのではなく
何が何でもとストイックな生活を心がけても
本番で力が出せなくては意味がない
もちろん不屈の精神は素晴らしいものだが
残念ながら人間には限界がある

今回のオリンピック金メダリストには
偏食の人たちがいると話題にもなった
世界の頂点に立つ人がジャンクフードやお菓子が大好きなんて
人間らしい感じで何かホッとする

幼い頃にはかなり偏食であった息子も
今は、相変わらず好き嫌いはあるものの
だいたい何でも食べれるようになっている
特に、よそで御馳走になる際には
苦手なはずのものでも平然と食べているのを見ると可笑しくなるが
常識とか礼儀といった内面の成長と共に
こうして自分がどうするべきか自覚していくのだなあと思う

                    (つづく)

*****

『ぶどうの樹』トップページ
MIZUHOの歌う、世界最古のオラトリオ
「天に栄光を/13世紀コルトーナの町の聖歌集より」と
「マグダラのマリア」の音源を貼りました

心の問題 | 20:52:47 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方9~潔癖という病1
前期試験を終え、夏休みに入った娘は
この先もレッスンやコンサート、イベントの練習、集中講義、バイトなどで忙しく
なかなか家でゆっくりする余裕がない
これだけ忙しいと、充実感もあるし
余計なことを考えている暇がないのもかえって良いと思う一方で
やはりたまに休みがあるとホッとするのも事実だ

そんな彼女の目下の悩みは、最近体重がオーバー気味だということ
とはいっても、せいぜい1~2キロ程度なのだが
試験用のロングスカートがきつくてこっそりホックを外して歌うはめになり
このままじゃあヤバいと少々あせっている
だけど、食欲は落ちないので食べる
わたしの夏バテをわけてやりたいなんて冗談では言うけれど
現実には今夏バテなんてことになったらこの先の予定がこなしていけないわけで
「この大事な時にダイエットはしない方がいい」
「きちきち食事制限するとそれがストレスの元になるし」と
目先の見かけよりも先を見越して体力維持を図ることを勧めている
実際のところ、今までも同じようなところを通りつつ
結局はいつの間にか元の体重に戻っているので
今は体がエネルギーを求めていると思った方がいいのだと思う
甘いものも心のゆとりになるし
今まで頑張ってきた自分へのご褒美も必要だ
というわけで、スカートも総ゴムのものを新調することにした
何しろ今まで使ってきたロングスカートは
わたしが神学校時代に買ったものなのだからもう十分だろう

ところが、娘の心の中には
それでも「もったいない」という気持ちがある
だから自分をスカートに合わせれば良いとも思うわけだが
現実には、そんなことにエネルギーを使うことこそもったいなく
試験に、そして舞台に集中することに焦点を合わせていかなければ
たくさんの奨学金を借りてまで勉強しているというのに
結果が出せなければそれこそもったいないのだ

若い時代の時間は限られている
また、体力も気力も同じく限られていて
それらを上手く配分できるかどうかが上達の重要なポイントだ
だからこそ、いくら頑張ってみても上手くならないピアノの練習には
今はもう最低限の時間しか使わず
それによって先生に叱られても仕方がないと割り切るようになった
あちらこちらに気を使って良い顔をしようとする性格のままでは
この局面は乗り切ってはいけない

娘は、幼い頃から「良い子」の気質を持っている
かつてわたしがそうであったように
本来は明るく快活な子どもでありながらも
わがままを言わず、欲しいものも我慢して
叱られないように気を使う様子からは
明らかに無理をしている感じが見て取れたが
それが習慣になっていると
本人は別に苦痛とは思っていないところがかえって怖いと思う
特に、お金を使うことに罪悪感を覚え
必要なものであっても買うことがためらわれる
そんなことが過去に何度もあった

物を大切にするのも
無駄なお金を使わないのも良いことだ
このように本来は良いことであるはずの「節約」は
時として人の心を支配し
そこから一歩も出られないようにがんじがらめにしてしまう
それが悪い事なら気づきもするが
良い事となればいくらでもエスカレートするところが恐ろしい

”不潔なものや不正なことを極度に嫌う性質”
”限りのない善を追及する姿”を「潔癖」と呼ぶ
自分で決めた正しさのルールから絶対に出ないように
自らを律していくのは
ちょうど良い(気持ちよい)範囲であるまでは良いとしても
行き過ぎて修行になると、これはもう「潔癖症」であり
自分も周りも辛い事になってしまう

義務教育期間中は学校で徹底して平等や平和を教え込まれた世代の娘も
今や
オーディションを受ければ友人とも競うことになり
受ける試験のレベルも各々違うなど
世の中は決して、お手手つないで仲良しこよし~ではなく
それぞれが自分の持っている資質をどう伸ばしていくかが重要なのだと分かっている
そこにはもちろん助け合いや励ましあいもあるけれど
最後は本人が立ち上がらなくては前へ進めないのが現実だ

                      (つづく)

*****

夏の間、バラのつぼみは小さいうちに摘み取っている
こうすることで、秋の花への体力が温存されるからだ
夏の花は小さくて色も薄く、咲いてもすぐに散ってしまうので
中途半端に咲かせる方がもったいない
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ただし、生育旺盛な品種は
こうして夏も咲かせている
一口にバラといっても管理方法はそれぞれの資質で異なる
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心の問題 | 15:43:10 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方8~信頼関係
教職課程を履修している娘は
前期試験で「いじめについて」の小論文を書くことになった
自分の生徒がいじめにあったらどうするか?との問いに対して
まず娘が書き出したのは、先生と生徒の信頼関係だ

いじめ問題が起きると
先生は生徒たちから情報収集しようとするけれど
生徒は信頼していない先生には本当のことを話そうとは思わない
そして、その信頼関係をさまたげる要因は”先生自身の考え方(理想像)”にある
つまり、自分が考えていること、やっていることが必ず正しいと思い
その理想の枠の中に生徒を押し込めようとする先生は
枠から外れる生徒にとっては、実に”話せない人”なのだ
こうして元から話が通じないと分かっている相手に対して
子どもたちは心を開こうとは思わないだろう
しかも、その考え方の枠が非常に狭い先生ともなれば
もはやついていける生徒の方が少なくなる

一方
自分自身が色んな失敗の経験を乗り越えてきた先生は
考え方の幅が広く
自分の過去も堂々と披露してくれるなど
生徒にとって自ずと”話せる人”になる
また、生徒ひとりひとりの個性を知ろうとし
彼らの日常生活や趣味までも把握している先生は
”自分をわかってくれる人”として、生徒からの信任も厚い
更には、上層部に対しておかしいことはおかしいと
歯に衣着せぬ物言いをするような潔い先生は
生徒たちにとっては、もはやヒーローだ

後者のタイプの先生から情報を求められた生徒は
基本的に先生の味方につくので
悪さをしている生徒は最終的に孤立し、あっさり観念する

これらは娘が実際に見てきたことであり
小・中・高と、さまざまなタイプの先生に出会いながら
自分なりに確信した部分でもある
子どもは理想より現実をよく見ているし
大人が言っていることとやっていることの矛盾にも気づいている
ならば
最初から無理な理想を掲げずにいけばいいものを・・・と思うのは簡単だが
ここが指導者たる者の立場の難しいところでもある

さて、指導者とは、別に学校の先生だけを示すのではなく
うちのように教会であれば
夫とわたしは牧師という指導者の立場にあり
子どもたちにとっては親であり、これもまた指導者の立場だ
他にも社会には上司の立場や、さまざまな上の立場の人がいて
それぞれ人を導いている
そして、人を導く際には
ひとりひとりを丁寧に見ることが必要となるが
その時の立ち位置というものが後の信頼に大きく影響すると思われる
そしてわたしなりに出した答えがこちら↓
”指導者は、自分だけが潔癖な立ち位置にいては決して信頼されない”
つまり、自分だけ良い格好していても人は信用してくれないということだ

わたしは、ある時
「実際の体験談ほど人の心に響くものはない」と言われたことから
自分の本当の姿を語ることを恥と思わなくなった
むしろ、ダメダメな方が人は親近感を覚え
正直であることで信頼を得る
それが相手の心を開くには一番有効だと知ったのだ

子どもたちは、昔から親の失敗談を喜び
わたし自身が一番落ち込んでいた時代の成績表を見せてやると安心した
親子はDNAでつながっているので
つまづいたり悩んでいる部分が似ており
こうすることで問題解決のヒントを得ることもできる

自分ができないことを人にやれという指導者には誰もついて行きたくないし
人に侮られまいと、上から目線になって命令するほどかえって尊敬されない
かといって、良い人すぎ
常に正しくあろうとして自ら苦しい生き方をしている人は周りも苦しくする
理想ばかりが先行し、現実が空回りしているのでは
どうしても良い結果はついてこない

世の中にはいろいろな指導者のタイプがあって
みんな試行錯誤しながら、そこで得られる結果を元に
ある人は自分を省み、間違いを正しながら成長し
ある人は自分の正しさに固執して自ら息詰まる
その道を分かつものは自身のプライドだ

教会というところは、基本的に問題や悩みが持ち込まれるところなので
話を聞くことが非常に重要なポイントとなるのだが
初めての人の話をきちんと聞くには
たいていが3時間程度の時間を有するし
人によってはそれが何日にも及ぶこともある
それぞれの人生は複雑で、説明は容易ではないからだ
最初は断片的だった話も、時間をかければつながっていき
問題の根本が見えてくる
目先の問題そのものよりも、もっと奥深いところに原因がある場合が多いので
そこからがやっと始まりになるが
原因に気づけば、この先どう進むべきかははっきりする
ただし、今まで自分で正しいと信じてきた考え方を変えるには勇気もいるし
当然プライドもじゃまをする
そこを人が無理やり説得してもどうにもなるものでもない

それでも
指導する側であれ、される側であれ
自分のために、あるいは相手のために
一番良いことは何なのかと心から思い
現実を見据えて、前へ進むために必要なのは「愛」であろう

 「愛は寛容であり、愛は情け深い
  また、ねたむことをしない
  愛は高ぶらない、誇らない
  不作法をしない、自分の利益を求めない
  いらだたない、恨みをいだかない
  不義を喜ばないで真理を喜ぶ
  そして、すべてを忍び、すべてを信じ
  すべてを望み、すべてを耐える
  愛はいつまでも絶えることがない」
       (コリント人への第一の手紙13章4―8節)


                     (つづく)

*****

個性的な実が楽しい”ふうせんかずら”
植物を育てる人々も、「愛」を重要視している
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心の問題 | 20:12:04 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方7~遊び心
数年前、「ちょい悪おやじ」という言葉が流行った時
わたしはその言葉だけ聞いて、直感的に
それって夫のことかしら?!と思ったものだ
元はファッション誌から発生した言葉らしいが
一般的にはどんなイメージなんだろうと思い調べてみると

”遊び心を忘れないおしゃれなおじ様”
”ちょっと悪ぶってて、それでいてかっこいいオヤジ”
”若い女の子に嫌われない、逆に好かれる”
”反骨精神旺盛で人生経験豊富な人”

といった好意的なフレーズが出てきた
この中で、わたしが夫のこと?!と思ったイメージワードは”遊び心”
いや、本人はきっと
おいおい、もっと他にいい言葉があるじゃないか~と言いそうだけど?!

遊び心とは、辞書によれば
”まじめ一方でなく、ゆとりやしゃれ気 のある気持ち”
型にとらわれない自由な感覚であり
そこには常にユーモアやジョークがついてくるが
人によってはそれをよろしくないと思う場合もあるだろう
でも、そんなことはいちいち気にしない

うちでは大きなクモが出ると、たいてい夫がつかまえてくれるのだが
その後、子どもたちはそれぞれ自室に逃げ帰って鍵をかけるのが習慣だ
なぜなら、夫はそのクモを持って嬉しそうに見せに来るのだから、、、
というわけで、子どもたちにとって父親は
頼りになるヒーローであると同時に
常に油断できない危ない存在なのだった
だけど、その危なさもまた子どもたちにとっては遊びと同じ
そういう感覚でワーワーキャーキャーやりながら育ってきたので
夫が何もしなくなったらきっとみんなつまらないと思うだろう

子どものころ、めくらの子と呼ばれて、大人からもいじめられた夫は
だからといって、卑屈になり、うつむいて生きるようなことはなく
多趣味で、色んなものに興味を持ち
自分で自らの人生を面白くする「幅の広い生き方」を提言してきた

人の生き方が広くなるか狭くなるかは
多くの場合、親の影響が強いと思われる
何しろ物心ついた時からずっと見習い続けている存在なのだから
影響を受けない方が難しいかもしれない

夫の母(わたしにとっては義母)は、裕福な家の生まれだが
小さい時に病気で目が見えなくなり
心配した親が琴を習わせて将来に備えていたという
戦後、盲学校で義父と知り合い結婚
(詳しくは『障害と向き合う』に記している)
その後どれほどの苦労があったかは計り知れないが
それでも義母はとても穏やかな人で
いつも自然体で、ユーモアがあり、誰からも好かれた
わたし自身、そんな義母には本当に良くしてもらったので
どうしたらこんな良い人になれるのだろうと憧れたものだ
それで、ある日二人で台所に座り込んで話をしている時に
「どうしてお母さんはそんなに良い人なの?」と聞いてみたら
義母は笑いながら答えた
「わたしはバカなのよ」
その答えの意味が中途半端にしかわからなかったわたしは
とりあえず、「わたしもバカになりたい」と思ったものだ

そして、今ごろようやくその時の意味がわかるような気がする
かつて、失敗しないことに固執していたわたしは
一生懸命、人からバカにされないように努めてきたのだろう
だから余計に人が怖かったのかもしれない
でも、そんな事に一生懸命にならなくても
別に誰もバカにしてこないし
わたしは何の幻と戦っていたのだろう?と今は不思議に思う

遊び心は心のオアシス
よく、これから結婚する人たちが「理想は笑いの絶えない家庭」というけれど
この場合の笑いとは、きっとバカみたいなたわいもないことだろう
バカみたいなことであっても、仮にそれを他人がバカにしようとも
家庭は他人に作ってもらうものじゃないし
家族が楽しければそれでいい

                         (つづく)

*****

ヘチマがそろそろ食べ頃の大きさになっている
皮をむいて、軽くいためて食べると
つるっとした触感で実に美味しい
夫から聞くまでは
ヘチマと言えば、化粧水やタワシしか想像できなかった
おかげでまた食の幅が広がった
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心の問題 | 23:41:03 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方6~人目の重圧
昭和40年10月
父が開業するため、わたしの家族はこの町に引っ越してきた
当時わたしは4歳になるところで
自然の中を駆け回るのが好きな野生児であった
それまで住んでいた家の庭では
母が草花を育てており
それらはわたしのままごとの材料になっていたため
引っ越してきたばかりの頃は
隣家のシクラメンの花を全部摘み取ってしまったり
うちの医院の壁に炭で落書きしたり
事の善悪もよくわからないまま、周りに迷惑をかけたらしい
保育園時代の記憶といえば
先生の机の下に入り込んでいたわたしに向かって
先生たちが「こんな子は見たことがない」と
どうやらあまりよろしくない意味の話が聞こえてきたことだけが鮮明に残っているし
父にプラネタリウムへ連れて行ってもらった際には
天体に全く興味もなく、アナウンスのおじさんに野次を飛ばして騒ぎ
とても優しかった父だが、さすがに「もう連れて行かない」と母に言ったという
小学校に上がれば
毎日まっすぐ帰らず道草三昧
その上、母が学校へ行くと
「いつも宿題をしてきません」と先生から叱られた
いや、わざと宿題をしないのではなく
そもそも宿題をしなくてはならないという意識がなかったのだから
全く悪気はなかったわけだ

父は毎日仕事で忙しかったし
母もその父をサポートするのに忙しく
おかげでわたしは親からいちいちガミガミ言われず
のびのびとお気楽に育っていた
とはいえ、危険なこと、迷惑をかけてはいけないこと、恥ずかしいこと
あるいは礼儀、言葉づかいについても
母がそのたびに教えてくれたので
そういう教えは素直に受け入れて
だんだん普通の人間らしく(?!)成長していったと思う

こうして、親に冷や汗をかかせつつも
わたし自身はマイペースで幸せな子ども時代をすごしていたのだが
その時代はあることをきっかけに変わっていく

あれは10歳の頃
新しいお店ができたので
わたしもさっそくお菓子を買いに行った時のこと
好みのお菓子を見つけて、お金を払おうとしたところ
店員のおばさんが、お金はいらないというのだ
見ず知らずの人から物をもらうのは良くないと判断したわたしは
「いいえ、払います」と答えてお金を出そうとしたら
そのおばさんが猛然と怒り出した!
「あんた、医者の子だからって偉そうにっ!!」
わたしは一瞬なにが起こったのかわからず
とりあえずお金を投げ出すように置いて店から逃げ帰った
それ以来その店には二度と近づかなかった

その時わたしは初めて
自分が父の子として人から特殊な目で見られていることを知るに至る
しかも人は真実の姿を知らずに勝手なことを言う
人の目には
医者の子はいつもぜいたくな暮らしをして
偉そうでわがままに違いないと映っているらしい
その感覚は、地味な暮らしを好む両親の生き方とは遠く
わたしにとっても身に覚えのないものだったが
そういう目で見られていることを知って以来
わたしは人が怖くなった

その後、こうした勝手な偏見で嫌な目にあうことも
反対に、妙にちやほやされて居心地悪い思いをすることも
両方ともいろいろ経験しながら
やがてわたしは
親に恥をかかせないように良い子でいることを自分に課すようになる
当時のわたしにとっての善は、本物の善ではなく
人からとやかく言われないための自己防衛手段という意味合いが強かった

また、兄が中学受験のために塾に通いはじめ
○○先生の子がどこの中学に受かったとか
そういう類の話をひんぱんに聞くようになると
医者の子は勉強もできなくては親が恥をかくのだと知り
小さい時から読書が好きで勉強もできる兄に比べて
そういう素養が何もないわたしは焦りを覚えた
それでもそこから何とか勉強も頑張り
やがて第一志望の中学には入ったが
その頃にはすでに大学受験の話が話題に上っていて
△△先生の子が医学部受験に失敗して浪人中とか
どこもみんな大変な様子がひしひしと伝わってきていた
更には、医者の子が医学部へ行かない場合
それはすべて「(学力が足らず)行けない」のだと思われてしまうことも
だんだんわかってくるにつれ
何とも狭い世界にはまり込んでいるものだと感じた頃に父が亡くなった
こうしてわたしは
一気にその世界から悲しい形で解放されたにもかかわらず
わたしの中の善は
何か変な飾りをつけた中途半端な状態のままで残っていく

この”変な飾り”とは
人からとやかく言われないための自己防衛手段であり
親から良い子だと思われたい(愛されたい)との思いでもあった
そして
そのために失敗したくない気持ちを強く持つようになったことから
やがて『神経症との戦い』に記した状況へと転じていくのである

こんな経緯があるからこそ
わたしは子どもたちがそれぞれ、人を怖れることなく
堂々と好きな道を歩んでいくことを嬉しく思う

『善のみ行って罪を犯さないような人間は、この地上にはいない
 人の言うことをいちいち気にするな
 そうすれば、しもべがあなたを呪っても、聞き流していられる
 あなた自身も何度となく他人を呪ったことを
 あなたの心はよく知っているはずだ』
    (伝道の書7章20-22節)
     

                        (つづく)

*****

どんな季節も元気なフェリシア
felicia2012806-2.jpg


心の問題 | 21:21:39 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方5~遊びと奉仕
先週
「今のうちにじゅうたん掃除をしようよ」
と言い出した息子の提案をきっかけに
今日は朝から教会堂の大掃除をすることになった

椅子を運び
娘が洗剤液をスプレーしたところへ
息子がじゅうたん掃除機をかけていく
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(水を出しながら吸い取る掃除機)
souji2012806.jpg

息子が延々と掃除機をかけている間
娘は他にも壁を拭いたり、椅子の脚を拭いたりこまごまとした仕事をする
わたしはいつものように電灯係
電灯のカバーを外すと必ず虫の死骸が入っているので
子どもたちはこの仕事が苦手なのだ(笑)

さて、子どもたちがこうして掃除のお手伝いをするようになったのは
いつからなのかと思い起こしてみると
息子が2歳の頃
教会堂入り口のドアを雑巾でふいている写真が残っているので
この頃にはすでに雑巾をもって作業=遊んでいたらしい
更に娘は、いつも兄と同じ事をしたがっていた(張り合っていた)ため
やはりかなり小さい時から一緒に”掃除遊び”をしていたと思う

小さな子どもにとって
大人のやっていることはみんな興味津々で
その中には「ぜひ自分もやってみたい」と思うことがある
大人から見れば掃除なんて全部面倒で面白いとも思えないが
子どもはそこに強制や義務感がないうちには
どれも遊び感覚で興味を示す

だが、学校の勉強で得意・不得意科目があるように
掃除にもそれぞれ得手不得手があって
息子の場合は、ダイナミックな仕事が
娘はこまごまとした仕事が向いていることを
自分たちで色々やりながら発見して今に至っている

息子は、ひどく汚れている場所を掃除することを好み
同じところを時間をかけてきれいにすることで
確実にきれいになったとの達成感があるのがいいらしい
一方娘は、同じ場所を根つめて掃除するよりも
色々なところで作業するほうが飽きなくていいと言う

幼い時から遊び感覚で掃除をやってきた彼らは
新しいことにチャレンジするワクワク感や
ちゃんとできた達成感を覚えつつ
やがてそれぞれの得意分野を発掘し
更には
自分のやっていることが役に立つ充実感
仕事が高度になるほど必要になる責任感
そして、この仕事は自分がやらないと、と思う使命感も持つに至った

また、結婚式や告別式、クリスマスといった各式典や行事においても
幼い時代の遊びが今は立派な”奉仕”になったが
それぞれが好きなこと、得意なことだけをやってきているため
大変だけど、無理にやらされている感はなく、面白いとも思っているようだ
また、できないことややりたくないことは自分ではっきり意思を告げるので
その点も無理がないのだと思う
ここまで何か特別な計画があったわけではないけれど
気づけば自然にこうなっていたのは本当にありがたい

奉仕とは
「報酬を求めず、また他の見返りを要求するでもなく、無私の労働を行うことをいう」
とのことだが
それが自分にとって無理な頑張りを必要とすることなら重荷となり
良いことをしていても自分が苦しくなったり
あるいは、奉仕をしない人を悪く思ったりと
善を尽くそうとしているはずの自分がいつの間にか人を批判する立場にもなっていく
ここが、”善に過ぎる人”の落とし穴だ

わたし自身は薄っぺらな善しか持ち合わせておらず
子どもたちもまた親と似たようなものだと思うからこそ
わたしは彼らに無理して良い子になってほしいとは思わなかった
それでも、自分の持っている小さな善が無理なく活かされれば
何か社会に貢献できることもあるだろう

                     (つづく)

*****

狭い庭でひしめき合って咲くユーパトリウム(コノクリニウム)
この花は、広いところでのびのびと育てるほど良さが出ると思う
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心の問題 | 21:35:25 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方4~善の限界
わたしが自分の善の限界を知るには
「介護を経験すること」が一番効果的だった
人は追い詰められるとその人の本当の姿が出るものだ

つい先日にも
23年前に亡くなった義父の叔母の夢を見たのだが
幼少期の病気で耳が聞こえなくなったこの叔母は
話す言葉もほとんど造語でわたしにはチンプンカンプン
その上、白内障でほとんど目も見えなくなったところに
認知症が加わり、異常行動を見せるようになっていた
こんな多重苦状態の人をどうすればいいのか
その時まだ25歳だったわたしは途方に暮れ
何とか逃れることはできないものかとばかり思っていたものだ
これがわたしの持つ”薄っぺらな善”の正体なのだと
それから義母、義父と続いていく12年間の介護生活を通して知ることになるのだが
どんなに小さな善しか持っていなくても
「人として」の理性と
「親だから」「お世話になったから」という義理によって
何とか頑張っていけることも
更には
「自分の存在価値」をかけた意地とプライドが後押しし
やがてどんなことでもできるようになっていくことも実体験する

夢の中の叔母は
遠いある日の光景を思い出させる姿で登場した
あの日、朝早く叔母の部屋へ様子を見に行ったわたしは
その人が自分の汚物を畳に塗り広げながら這い回る姿を見て愕然とする
これは一大事と夫を起こしに行こうかと思ったが
すでに多少の経験を積んでいたし
このくらいは自分で始末しなければとの思いもあったため(←ここが意地)
ひどく暴れるその人を抱えて風呂に連れて行き
その後、汚れた自分もきれいにしてホッと落ち着いたところで
「なんでこんなことしなくちゃいけないんだろう・・・」と思い涙が出てきた
もう善の限界ははるかに通り越していたのだ

後に似たようなことが起きた時には
今度は夫が全部対処してくれたが
こうして夫が共に頑張ってくれたおかげで
12年の介護生活が成り立ってきたことは言うまでもない
当時はまだ若くて元気だったから
どんな戦いにも負けじと突き進んで行ったけれど
心のダメージは大きく、随分と神経が傷んだことも実感する
だからこそ、ひとりで頑張っている人を見ると
自分を見失ってボロボロになる前に
何とか他の人に頼りながらの介護を進めてほしいと思う
そのためにも
自分の中にある善の実態と限界を認識することは重要であろう

また、介護を終えた人の中には
「もっと良くしてあげればよかった」との後悔の言葉を聞くことも少なくない
それが長年トラウマになって、心が病んでいる人もある
しかし、その人は自分の善を超えて
更に善人であろうとすることで自ら滅びを招いているのだと思う

介護生活を終えて14年が経つ今
あの頃と同じことができるかと問われれば答えはNOだろう
すでに体力もなく気力もわかない上に
嫌なことは好きにはなれないし
わたしの善は相変わらず薄っぺらなままで
どうやら善は修行では大きくならないらしいことだけはわかった

                       (つづく)

*****

シミひとつないオレガノの花
完全な美しさは人間にはないものだ
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心の問題 | 21:49:39 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方3~善のバランス
 『この空しい人生の日々に
  わたしはすべてを見極めた
  善人がその善のゆえに滅びることもあり
  悪人がその悪のゆえに長らえることもある
  善人すぎるな、賢すぎるな
  どうして滅びてよかろう
  悪事をすごすな、愚かすぎるな
  どうして時も来ないのに死んでよかろう』
      (伝道の書7章15-17節)


この世の中には
なんとも理不尽に思えることがいろいろある
善人の人生がすべて上手くいくというのなら納得できるが
現実には、善が過ぎると自らが滅びてしまい
一方、悪事も過ぎれば滅びに至る

これを商売に例えてみれば
善人過ぎると商品をタダであげてしまうので
たちまち商売は成り立たず
悪人過ぎると
ウソやごまかしで一時的にはもうけても
詐欺が発覚すれば信用を失って
誰も買う人はいなくなる・・・
ということになるだろう

良心的な商売とは
同じ価格でどれだけ質の良い商品を提供できるか
その質の向上のために(消費者のために)心を砕き
知恵を絞るところが重要なのであって
単純に(自分のために)目先の利潤を追求し
中味をどんどん減らせば人心は離れていく
サービスもまたしかり

夫は昔から商売をしている人にはこういう類の話をするけれど
売れ行きが悪くなると
どうしても中味を減らすことしか考えない人の方が多いようだ
「信用」なんて目に見えないものだし
一気に大きくもうけることを目論むのなら
中味よりも外観を重視しした方が
一時的には受けるかもしれない
だが、一時的なものは一時的でしかなく
悪いものはいずれボロが出る
すべてのこと
いつか真価が問われる時が来ると気づけば
もっと先を見据えた動きができるようになるのだろう

ただ、考え方や行動が良心的でない方向に進めば
こうしていつか間違いに気づく時もあり
正しい方向へと転換していく機会もあるだろうが
むしろ問題なのは
善人過ぎる人の方だ
こちらは、どこまで善を追い求めても満足感がなく
(悪いことではないので)それを止めてくれる人もなく
気づいた時には自分はボロボロで
空しい思いだけがそこに残る

善人過ぎる人は
自分を大切にすることを悪いことと思い
考えるのは自分を犠牲にすることばかり
自分が居るべきちょうど良い居場所を見つけられず
生きている価値を問いながら
その心は病んでいく・・・

もし、自分の持つ善の限界を知っていれば
自らが滅びに向かって進むようなことにはならないが
その限界線は誰も教えてくれないし
何より自分のことは自分にしかわからないのに
自分自身が一番わかっていないのが現状だと思う

では、自分の善の限界はどうすれば知ることができるのだろう?

                      (つづく)

*****

植物の生長に、日光と水は欠かせないが
トマトは気温が30度以上になると結実せず
雨が当たれば実が割れる
何事も過ぎれば必ず弊害がある
tomato2012803.jpg


心の問題 | 16:20:28 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方2~良心と信用
就職活動を終えた息子が、今日は久しぶりに教会の掃除を手伝っている
そして「今のうちにじゅうたん掃除をしようよ」と言い出した
うちには、水を噴出しながら同時に吸い取る機能のついたじゅうたん掃除機があり
じゅうたんが乾きやすい今の時期が一番作業に適しているのだ
そこで、娘の都合も聞いて来週実施することにしたが
「来年からはいつ手伝えるかわからないし」という息子の言葉に
息子もついに社会人になるのだなあと感慨深い思いがする

振り返ってみると
わたしは子どもたちの成長を通じて社会との接点を持ち
わたしが子どもだった(若かった)時代とは世の中の様子も考え方も
随分変化していることを実感してきた
そして息子の就職活動についても
未知の世界を見るような感じがしたものだ
というのも、わたしが知っているのは
景気の良い時代の、売り手市場の就職活動だが
いまや世界的な不況の中で就職は超氷河期
それでも、好景気時代を知らない若い世代は結構現実的で
自分にあった仕事を探しながらよく頑張っていると思う

さて、今回息子が就職活動をはじめるにあたって
まず一番に決めた条件は「県内勤務」だった
そして、もちろん「興味のある職種」であることも重要だ
好きなことなら俄然張り切るタイプだから
そういうところが見つかれば良いなあとわたしも願っていたが
就活って考えてみれば
結婚相手を見つけるようなものだとも思う

結婚相手を選ぶ時
人は外観を重視する場合と、内面を重視する場合があるけれど
長い人生を共にするには
価値観、人生観、趣味など、内面が合う人の方が
お互い無理もなく、暮らしやすいし
試練の時も一緒に乗り越えられそうな気がする

これが就職先だったら
やはり自分の持っている考え方と似たところがあれば理想的だろう
とはいっても、息子も
就職説明会でそういう内面的にぴったりした感じを抱くところはなく
「ここへ行きたい」と強く願うところにはなかなか出会えなかったが
この仕事は面白そうだなと思って出かけたある企業の説明会で
思いがけず大変感銘を受けて帰ってきたのだった

『20世紀は貪欲な人が成功したが
 21世紀は信用のある人が成功する』

説明会で語られたこの言葉は
目先の利潤追求型ではない良心的な事業運営により
本当の意味で社会貢献できる企業こそが
この厳しい時代の中で信用を得ることができ
それによって自らもますます発展することを表している

だが、この言葉だけでは息子はさほど心を動かされなかったかもしれない
というのも、口だけならいくらでも立派なことは言えるし
社会貢献という言葉も今時は結構聞くようになった
しかし、息子が感心したのは
これを語る社長さんの雰囲気に
強い信念と、実績を積んできた人が持つ自信を感じたからだ

人の内面は、品性という形で表に出る
品の良い人は信用を受けやすく
信用を得た人は
その品位を保つためにいよいよ良心的であろうとするだろう
だが、世の中で生きていくには
良い人過ぎたのでは行き詰るし
善のバランスはいつも難しい

この会社との出会いから約二ヶ月
息子は無事に内定を得て、今ホッとしているところだ

                         (つづく)

*****

日々生長中のヘチマの実
hechima2012801.jpg


心の問題 | 20:20:11 | Trackback(-) | Comments(0)
善の行方1~善意のすれ違い
今日からしばらくの間
2008年1月に書いた『善か悪かシリーズ』(「教会の紹介ページ~心の問題を考える」に収録)の続編として
「善悪」という概念についてもう少し踏み込んで書いてみようと思う

****************

昨年、東日本大震災が起きた後、全国的に楽しみを自粛するムードが起こり
それまで普通のことであった外食や旅行なども「不謹慎」だとされる風潮が広がった
しかし、今はそれも人々の心の中では遠い思い出になりつつあるのではないだろうか
では一体”何”が”いつまで”不謹慎だったのか
そこにどんな基準があったのかは結局のところ定かでない

この不謹慎ムードが広がった当時
ふとわたしは、昔のある場面を思い出していた
それは高校一年の時、わたしの父が亡くなり、その告別式が行われた翌日のことだ
学校へ行くためにいつもの電車に乗り、いつもの駅に降り立つと
そこにはいつものメンバーが待っていて
来るはずがないと思っていたわたしの姿を見つけた彼女たちは
みな一様に困惑した表情を浮かべていた
そして誰かが遠慮がちにたずねる
「もう来て大丈夫なの?」
更に学校へついてからは先生にも同じ事を聞かれた
どうやらわたしは早く復帰しすぎたらしい

もう35年も前になるこの日の光景を今でもしっかり覚えているのは
わたしの中にはっきりと
”今日からまた前へ向かって進みたい”との強い願いがあったからで
そのためには、今までと同じでいられる部分は極力同じでありたいと
家の状況はこれからどんな風に変わっていくのかわからないけれど
せめて学校生活は続けられるものなら同じように続けたい
それが自分の心の復興の第一歩になると考えたからだ
しかし、そんなわたしの淡々とした様子は
あまりにも立ち直りの早い奇妙な姿に映ったのかもしれない

それでも、周囲はすぐに”変わらない日常”を提供してくれたので
わたしはそこに一番の安心感を得ると同時に
そこは現実逃避をする場所ともなっていった
家に帰れば現実が待っていて
医院は閉院、幼い頃から慣れ親しんだ人々の解雇、と
事は目の前でどんどん進んでいく
(父が勤務医だったらもっと事はひっそりとしていたのだろうけど・・)
そんな辛い時を駆け抜けていく間を
共に過ごしてくれた友人たちには今も感謝している

わたしのような人間にとって
同情という感覚は
ある面では非常にありがたく、ある面ではかえって辛いものだ
とにかく、はれ物にさわるような特別な扱いが何より苦手なので
わたしの友人たちが自粛ムードにならなかったのは本当に良かったと思う

しかし、人の思いはさまざまだから
わたしと全く反対の考えを持っている人があっても不思議ではないし
案外そういう人の方が多いのかもしれない
だからといって、わたしのような感覚の人が間違っているわけでもないだろう

ただし、自分の考え・感覚がどうであれ
人の気持ちを理解せず勝手に他人の心を詮索し
自分の考える善の形にすべてを当てはめようとするところに
さまざまな善意のすれ違いは起きてくる

人間に起こりうるすべての悲しみや苦しみ、痛みを経験し
その心をすべて理解できる人はどこにもいない
結局、実体験のない、頭で想像するだけの善は
何をやっても片手落ちとなる可能性があり
良かれと思ってしたことがかえって他者の苦痛につながることもある
ではどうすればいいのか?!

”人間に完全な善はない”

ただそれを知るだけで、行動は少し冷静になる
行動が冷静であれば、すれ違いによって起こる摩擦も小さくなるだろう
                             (つづく)

*****

この写真を見るだけでは
かぼちゃやトマトの本当の大きさはわからない
実物を見る実体験によって真実は初めて見えてくる
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心の問題 | 08:49:55 | Trackback(-) | Comments(0)
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kimi

  • author: kimi
  • バラの咲く教会を夢見てから
    15年がたちました
    今も理想と現実の間で
    日々奮闘中です
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