秋色バラ 2
ブルー・フォー・ユー&ヒラタアブ
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マジェンタ
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ロイヤルサンセット
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ラバグルート
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カフェ
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ジュリア
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ドレス完成~(ショールはまだだけど)
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今回はカラフルなブレードを使用
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拡大してみると、こんな作りになっているのね@@
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バラ2014 | 21:26:00 | Trackback(-) | Comments(4)
秋色バラ
ミスティパープル
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マジェンタ
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ジュリア
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カフェ
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ブルー・フォー・ユー
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ロイヤルサンセット
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バラ2014 | 23:45:42 | Trackback(-) | Comments(2)
音楽と共に生きる 2~プロフィール写真撮影
10月5日
先月復活した『ソティエ』は、老人施設と地域合同のお祭りステージに参加し
9月の植物園コンサートの内容に加えて
何だかよくわからないが、とりあえず子どもたちに大人気ということで
「ようかい体操」を歌って踊ってきた
衣装は、ピチピチのTシャツに
娘が勇気を出して先月からやっとはけるようになったばかりのひざ上スカートだ
「慣れたら勢いで着れるね~」と、結構自信もついたらしい^^

その一週間後には従姉妹の結婚式で
式での独唱はいつものこととして、披露宴の音楽全般を担当し
何度もCDを差し替えに行ったり
自分も歌ったり
その合間にしっかり食事もして(この要領の良さは非常に重要!)
何とか無事に役目を終えた

また、結婚式の前日と前々日には
オペラ『椿姫』の顔合わせ&練習があり
まだ新米の娘は本当にドキドキで出かけたが
(結婚式のことも気になっていたのでもう胃が痛くて大変@@;、、)
「歌はこれなら大丈夫」と言われてとりあえずホッとする
更には、11年前の市民オペラでご一緒した歯科医兼オペラ歌手の方と再会
「あの時のお鍋の周りにいた猫なの?」と
当時の黒猫役を覚えていてもらえたのが嬉しかった

こうしてオペラは順調に滑り出したけれど
この時点で公演が一ヶ月後に迫っているミュージカルの方は練習が進んでおらず
娘自身は端役で少し出るだけとはいえ、やはり全体のことが非常に気になる、、
ただ、この世界はみんなの気持ちがそろうと一気に進むことも知っているので
あとはとにかく自分の務めを果たすのみ、、

そうこうするうちに20日がやってきた
この日は、文化庁委託事業『新進演奏家育成プロジェクト(広島)』のオーディションがあり
またしてもドキドキしながら出かける娘・・・
もう胃が痛いのも最高潮だ~(TT)

詳細は「日本演奏連盟HP」

全国6地区でオーディションを実施し出演者を選考するこのプロジェクトに合格すると
広島では、来年3月に広島交響楽団と共演できるので
娘にとっては非常に大きな実績になる
ただ、歴代の合格者をさかのぼって見ていると
ちょっと自分には早すぎたなと気後れしたり
更には、帰ってからも
十分な演奏ができなかったと(まあこれはいつも思うことだけど)悔んでいたが
結果はまさかの合格だった!@@

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さて、このオーディション以前に
娘は新しいプロフィール写真を撮るべくスタジオに行ってきた
前回の写真撮影から1年半が過ぎ
あの時はヘアスタイルもメイクもいつものままだったので
やや味気ないプロフィール写真だよね~と言いつつ
それでも随分あちこちで使ってきたものだ
そして、これからはオペラの舞台もあるし
もっと演奏家らしくヘアスタイルも整えて撮ることにした
ドレスはもちろんわたしの最高傑作で^^

撮影枚数は100枚以上
これだけあれば色んな演奏会に対応できる
ただ、『椿姫』チラシ用の写真は急きょ撮影日以前に送ることになったため
今回は間に合わず残念だったが
『新進演奏家育成プロジェクト』の演奏会用プロフィール写真はこの中から選べる
さあ、どれにするのかな?

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mizuho2014-10.jpg mizuho2014-11.jpg mizuho2014-3.jpg
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今後は、3か所の幼稚園で演奏があり
その後は楽しみにしているディズニーランド&劇団四季公演行きだ
ここで充電した後は
11月の演奏会ラッシュが待っている

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11月8日には、地元のフェスティバルにゲスト出演するので
リクエストに応じて暖色系のドレスを作るべく布を買ってきた
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デザインはこれと同じだが、淡いピンクの透ける生地でショールを作る
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それにしてもこのドレスはよく着たなあ~

音楽と共に生きる | 16:37:07 | Trackback(-) | Comments(4)
秋バラが色濃く
ロイヤルサンセット
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ジュリア
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スパイス・ド・カフェ
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マダム・アルフレッド・キャリエール
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芝桜って秋も咲くの?!
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ウインターコスモスが花盛り
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このフクロウみたいなものは?
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アジアンハイビスカスの種~
来年も蒔こうっと^^
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バラ2014 | 23:16:13 | Trackback(-) | Comments(7)
愛の話 5
前回、『進化論』の「共存共栄説」について記したが
息子自身は
”強い者と弱い者がそれぞれの個性を発揮しながら「共存共栄」する世界”を理想としつつも
その実現はかなり難しいだろうと語った
「世の中の、特に”上の人”の考え方はなかなか変わらないからね」

”上の人”とは
広く言えば、上に立って(その時代を)リードしてきた人のことをさしている
では、この理想を妨げる”上の人の考え方”とは何かといえば
一言で言えば”自分の栄光”だ
例えば、老舗のお菓子屋さんで、同じお菓子を作っている店が他にもある時
「うちが本家だ」「うちが元祖だ」という争いが起こることがある
職人は自分の作るものへの愛があり
それが広く知られ、食べてもらえることを喜びとするが
そこに「自分たちこそ一番」という誇りと、商売繁盛の欲がミックスした結果起こるのが
ライバルをたたいて一人勝ちしようとする争いだ
このように、自分のお菓子に対する心よりも
自分の(店の)名を広めることが主になってしまっているケースはよくあることだと思う
この「自分のプライド主体」の考え方が当たり前だと思って生きてきた人に
変えろというのは相当難しいだろう
それほど、人間はプライドに執着する生き物だからだ

大学院生になって半年がたつ娘は
学生としての立場と、音楽家としての立場を両方持つ中途半端な位置にいて
活動範囲が広くなるほど、色んな音楽家と接する機会も多くなるが
音楽に対する考え方にも、各々に相当の違いがあることがわかってきている

音楽大学では(一部の音大を除き)基本的にはクラッシック音楽しか教えない
だから、音楽=クラッシックであり
それ以外のジャンルは音楽として認めない人も結構いる
それはそれで個人の信念の問題だから自由だが
色んなジャンルの音楽があふれているこの時代に
その感覚は、”クラッシック=お高くとまっている”と誤解を招くように思う
クラッシック音楽そのものは確かに素晴らしいけれど
それをやっている人の考え方によっては
せっかくの名曲も遠い世界のものになり
プライドの高いマニアだけのものになってしまうかもしれない
それはとてももったいないことではないだろうか

その音大の中にあって、娘は仲間と共に
ミュージカルやアニメの歌から古い歌謡曲まで取り入れながら
色んなイベントや施設などで積極的に活動してきた異色の存在でもある
彼女のスタンスは
まずはお客さんの層にあわせた選曲をすること
そこに自分たちのやりたい曲をすり合わせながらコンサートを構成していく
その時一番に伝えたいのは「音楽の楽しさ」だ
それを全力で伝えた結果としてお客さんに喜んでもらえたら
自然と評判も付いてくる
音楽の良さを伝えるには、自分が高い位置にいたのでは何も始まらない
お客さんも演奏者も一緒に楽しむ演奏会こそ娘の理想とするところだし
大きなホールでの本格的なクラッシック演奏会も
小さなイベントでの和気あいあいのミニコンサートも
どれが一番いいとかダメとか比べるのではなくて
それぞれが必要に応じて「住み分け」「共存」し
その結果として音楽が広く普及していくことへの願いを
分かる人はわかってくれるはずだとも考えている

そんな娘が通っている大学はカトリック系で
入学した時には、初めてミサに出席したり、神父さんやシスターと接したり
どれもみな珍しいことばかりだった
世界史でも習うように、同じキリスト教でも、カトリック教会とプロテスタント教会は不仲で
歴史上さまざまな争いが起きている
うちの教会は
キリスト教がカトリックやプロテスタントに分かれて行く前の「初代教会」の立場をとっているので
どちらにつくという感覚はないのだが
どういう立場の教会であれ
「聖書通りの一番正しい教会」を名乗る教会は山ほどあることを知っている
現に、わたしたちが元いた教団もそうだったし
「一番正しい教会」にいるという自負心は、信仰者の心の支えともなるものだった
だが、キリストの名を伝えるべきキリスト教会が
各々自分の教会の名前を宣伝することが主になっているとすれば
それは前述の「元祖だ」「本家だ」の争いと変わらないことになる

娘は、カトリックの人たちと接しながら
今やカトリック教会もプロテスタント教会も反目することをやめ
お互いに協力していこうという動きがあると聞かされた
これは10年前の同窓会で、わたしの高校時代の恩師からも持ちかけられたことだが
その動きは思うようには進んでいないらしい
それでも、そういう動きが出てきているという事は
「どうにかしなくてはならない」との危機感があるということだ
聖書を用い、キリストの愛を語りながら
それが実生活に反映されなければ誰が信用するだろう
もはや誰が一番と競う時代は過ぎ去っていることを
心ある人々は気づいている

人間は、何か誉められることで自信を持つ生き物だから
一生懸命やっている事で「評価されたい」「認められたい」と思うのは自然だとしても
自分が誉められることだけが主目的になると
残念ながら周りからは愛されなくなってしまうだろう
どんなに強く見える人も、自分が愛されていないことには敏感だ
その寂しさは、プライドで埋めることはできない

だが、上記の繰り返しになるが
この「自分のプライド主体の考え方」が当たり前だと思って生きてきた人に
変えろというのは相当難しい
それは、長年大事に培ってきたものを捨てろというに等しく
頑張ってきたことも無駄であったかのように思えるのだがら
変われないのも無理はない
だから、それは「世界の違う人」として考えて
それぞれ自分は「自分の世界」を生きて行けば良いのだと思う
その自分の世界が「愛を主体にした世界」であれば
(この道は世間的には負け組と言われるかもしれないけれど)
感情的にならず、知恵をもって摩擦を避け
自分に与えられた持ち味を生かすことができる人生になるだろう
そんな人生こそ最も幸いだとわたしは確信している

*********************

”土を良くする効果がある”ということで、落花生を植え続けて10年になる
実際にどのように効果があるのかは今一つわからないが
とりあえず自家製の落花生は美味しい
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心の問題 | 14:20:21 | Trackback(-) | Comments(0)
愛の話 4
昨夜、息子がわたしの部屋にやってきて
いきなり『進化論』の話を始めた

生物で習う『ダーウィンの進化論』とは
  「生物が環境に適用するように競争が生じることで淘汰(選択)が起こり
   適者が生存することで進化が起きるとした説」
これを昔は
強いものだけが生き残る「弱肉強食」の世界として教わったが
現在はその解釈が変わってきているのだという

上記の”適者が生存する”の”適者”とは
他を滅ぼして生き残るにふさわしい”強者”ではなく
個体それぞれに”生まれつき定められている適応力”を生かしている者であるということ
つまり、生物界には強い者と弱い者が
それぞれの個性を発揮しながら「共存共栄」している・・・というような考え方らしい

そして、この「共存共栄」という考え方が
経済界でも注目されてきているというのが興味深い
実際に、昔は一人勝ちであった大企業が
生き残りをかけて統合する動きも当たり前のことになった
単にライバルを蹴落とすよりも
お互いが特性を出しあい協力して企業を成長させる方向で考えた方が
平和的かつ合理的、そして何より聖書的な感覚なので
息子にとって非常に面白いと思ったようだ

息子自身は就職して2年目で
すでに自動車教習所指導員としての資格を
3つ(「普通自動車」「自動二輪」「大型二輪」)取得するという
異例のスピード合格によって高い評価を得ており
業務の合間には、得意とするPC作業の仕事もこなし
持ち味を発揮する場をたくさんもらいながら忙しく過ごしている
そんな息子に、上司からは「もっと上を目指して」と期待を込めて激励されるが
本人には”上を目指す”という気持ちはあまりない
色んな事に挑戦するのは好きだけど
自分が人より目立ちたいわけじゃないのだ
会社には色んな人がいて
中には自分の持ち味を上手く出せていない人もあるだろう
一人の人がスーパーマンのようにあれもこれも頑張るより
みんながそれぞれ持っているものを出しあって隙間を埋めて行けば
誰もが生かされる職場になる
その方がきっと会社としても成長するだろうと息子は考えているらしい

昔から息子には、みんなが同じことをさせられる学校教育への不満があった
得意なものを伸ばせば自信につながるのに
不得意なものでいつもダメだしされるのではやる気もなくなる
これでどうやって個性を伸ばすのか?と、、、

今は毎朝、同期と二人で教習車を洗うのが日課で
それを見た上司からは「みんなでやればいいのに」と言われるが
こういう事は、やろうと思う者だけがやればいいんじゃないかと
自分もそうだし、各々に向いている事をそれぞれやればいいと思うのだ
みんなで同じことをして競い合う必要もないし
好きでやっている事には不満もない
それぞれの分野の「適者」が、場所を「すみわけて共存」する
この理論は実に理想的だ

そんな息子は、半年前、同期の女性が会社を辞めた時
彼女の心境を事前に推し量ることができなかったことを残念がっていた
この仕事は技術職だから、どうしても格差が出るのは仕方のないことだが
自分に自信のない彼女には、同じように自信のない教習生を理解する心があった
そういう彼女ならではの良さを生かす方法はなかったのだろうか?
息子の方は、彼女と反対に、自分に相応の自信を持っているので
卑屈になる人の気持ちを今一つ理解できないでいるという
周りから仕事ができると思われていても、こうして欠けたところはあるものだ
だからこそ欠けた所を補い合う人材の重要性を、彼は感じているのだろう

そもそも、息子はどうして自信を持っているのだろう?
母親としてずっと彼を観察してきて思うに
彼には生まれつき「やりたいことはやる」「やりたくないことはやらない」
という強さが備わっている
こういう子は、いわゆる「良い子タイプ」ではないので
中学生までは学校の先生との折り合いもあまりよくはなかったが
彼の個性を見抜いている塾の先生や、高校の先生からは高く評価されていた
その評価が、彼の出来る部分を後押ししたのは言うまでもない
「分かる人は分かってくれる」
その喜びが本物の自信につながって行く

また、過去にも記してきたように
様々な挫折や失敗が彼を謙遜な人間に成長させ
その陰には、親の、特に父親の重要な働きがあった
わたしは今でも7年前の息子の「下宿引っ越し騒動」を忘れない
大学入学と共に、自立を志して意気揚々と出かけた息子が
ゴキブリの襲撃により一週間で下宿を退散したこと
更には、それを夫が進んで手助けしたことは
後に「一週間で帰ることを許す親の決断がすごい」と
妙な賛辞を受けることにもなるのだった

詳しくは「怒涛の連続引っ越し劇」参照

子どもの弱さを受け止めず
「甘えている」「体裁が悪い」「引越しにかかる費用がもったいない」など
親の側に色んな「思い」が働けば
「せめて半年頑張れ」とか、はたまた「もう知らん!」と言って見放すこともあるだろう
でも、息子が口ばかりの甘えた人間ではないことは、それまでの行動で信用があった
そんな彼が、自分の目論見の甘さを知って、途方に暮れている
それを夫は文句の一つも言わず、速やかに迎えに行くのだった

こうして夫は、子どもたちが小さい時から
おもちゃを直したり、困ったことがあれば必ず助けてくれる存在だったが
彼らが大人になった今も、子を思う心は変わらない
決して甘いタイプの父親ではないけれど
いざという時は決して見放さず、失敗を悔いる者には寛容だ
それ以前に、夫自身が自分の欠点を常々公言しているのだから
子どもの方も、失敗を素直に認めることを恥と思っていない
親だからと格好をつけない、その損得勘定抜きの心は
確実に子どもたちの持ち味を伸ばす支えになってきた
だから彼らも、確信を持ってその心を継いでいく

↓久しぶりに2003年に書いた記事を読んでみた
「父から息子へ」参照

2002年にHP『ぶどうの樹』を開設してからちょうど12年がたち
当時まだ中学生だった息子は来月で26歳になる
ふと思うに、自分がどこの誰であるかをオープンにしたサイトで
子どもの成長をこれだけ長い間発信してきている例はかなり少ないのではないだろうか
その時その時の内容はみな真実で、もちろん今の姿を想像していたわけではない
先がどうなるのか全く分からないからこそ不安もあった日々を
節目節目で成長の手ごたえを感じながら書きとめ
ここまで来れたことは本当によかったと思う

*******************

個性的な微妙な色合いが美しい「スパイス・ド・カフェ」
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心の問題 | 20:17:24 | Trackback(-) | Comments(2)
愛の話 3
先日、姪の結婚式を取り行うために家族で出かけたが
もう何度も聞いている誓いの言葉が
今回は何かとても新鮮なものに聞こえた

  『なんぢ、その健やかなる時も、病める時も
   これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け
   そのいのちの限り、堅く節操を守らんことを誓うか』

この定番の言葉の何が新鮮かというと
これが新郎新婦両者に同じように問いかけられるという点だ
決して片方だけがそうするのではなくて
”お互い”にということが重要ポイントなんだとふと感じた時
誰もが簡単に形式的に「はい」と返事をするこの内容の実践は
生涯を通しての課題になるのだと思わされた

各々の考え方というものは、育つ過程や環境で随分違っていて
問題が起こるたびにその違いは浮き彫りになる
その時、お互いが”分かってほしい”と願い
お互いが”わかってもらえない”ことを嘆くが
もう一歩進んで
”分かってあげたい”と願い、”分かろうとする”努力をするに至るには
お互いが少し変わる必要が生じてくる

自分の考えが絶対正しいと信じている人ほど
自分の思い通りに動かない人を見るとイライラするものだ
ただし、正しいとする根拠(実証するもの)を明確に示すことができなければ
人は簡単には動かない
逆に、この人は信頼するに足りると確信させる事実を見れば
説得しなくても人は付いてくるだろう

自分の考えを絶対正しいものとして一方的にガンガン押し付けるのは
夫婦であれ、親子であれ、師弟であれ、職場の上下関係であれ
男女問わずそれは「暴君」のやり方になる
もしそこに相手を”分かってあげたい”と願い、”分かろうとする”努力をする「心」があれば
自分の「思い」を抑え、冷静に判断する(反省する)ことも可能になるはずだが
残念ながら暴君にはその「心」つまり「愛」が欠けている
一方、そんな暴君に(恐怖で)支配されている「下僕」の存在が
ますます暴君を暴走させてしまうのは皮肉なものだ

この世の中には
「尽くす人」と「享受する人」のバランスの上に成り立つ理不尽な世界があり
教会には、”どう考えてもおかしいでしょう?!”と唸りたくなるような
極端な関係の問題が持ちこまれるが
「尽くすこと=愛」だと思っている人には、”お互いに”というバランス感覚がない
そこには自分自身を労わる愛が欠けているので、いつか行き詰ってしまうことになる

聖書には
『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という言葉が何度も登場するように
自分が自分を愛し労わることは前程として、その上で隣人も・・・となるわけで
自分を大切にできなければ、だれが代わりにそれをしてくれるのだろう?
ところが、日本には昔から”自分を大切にする”という習慣がなく
”自分を大切にする”のと”わがまま”の線引きが難しいように思う
それは
そもそも”人間は本来弱いものだ”との考え方が根底にないことにより
修行によっていくらでも強く立派になれると信じる思想からくる弊害なのかもしれない
また、反対に
「暴君」のような、自分のことしか考えない人も同時に存在するため
ああなってはいけないという教訓から
ますます自分に厳しくなる人も出てくる事を思うと
”お互いに愛を持って”・・・というちょうどいい感覚に至るには
”何が愛なのか”との具体的な教育が必要になってくるのだと思う

3年前、わたしは「人の世話」よりも「自分の世話」の必要性について記している
(『更年期と向き合う ~エネルギーの仕分け』参照)
この中に書いた「むずむず足症候群」の症状は当時より随分軽くなった
カチカチに固まっていた足の裏も柔らかくなり
寝る時の、足の上に重りが乗っているような感覚もほとんどなくなっている
今は、特にわたしと同年代の人々には
「もう自分のことを大事にした方が良いよ」と勧めることが多い
というのも
すでにみんな体に何らかの不調を抱えいっぱいいっぱいになっているからだ

生まれ育った環境で培った感覚(正義感)は
それが常識的には正しいことであるからこそ当然持ち続けていくものだ
だがわたしは、自分の弱さや限界を知るにつれて自分の感覚を疑うようになり
一方で、自分のことをちゃんと知ろうと思うに至る
自分の本質を理解しようとすることは
やがて自分以外の人の本質を分かろうとすることにつながり
分かろうとすることで見えてくるものがあることも分かってきた
むしろ、自分のこともわからないのに、どうして人のことが分かるだろうかと今は思う

”各々の考え方というものは、育つ過程や環境で随分違う”
社会は、そんな”違う人々”で構成されているから
相互理解はなかなか難しい
人は自分の人生しか生きていないので
他の人の人生については想像するしかないが
”もし相手の立場だったらどうだろう?”と想像してみるだけでも
今まで気づかなかったその人の苦労や苦悩が見えてくる
特に自己主張をしない人の場合には
抱えてきた重荷は誰からも気づかれないままだ

人の中には、自分の苦労話を何倍にもふくらませて主張する人と
まるで何もなかったかのように封印する人があって
前者は注目や同情を集めやすく、後者はむしろ誤解を受けやすい
なぜなら、世間は苦労をしている(ように見える)人を評価し
苦労知らずに見える人のことは軽視する傾向があるから、、
それでもあえて後者を選ぶ人にとっては
”分かる人は分かってくれる”というのが究極の希望ではないだろうか

同情されたくはないけれど、無視されたいとは思わない
誇り高く生きようとしても、過去に対する心の中のわだかまりは消えず
それでもなんとか前を向いて生きている
そんな自分のことを本当に分かってくれる(分かろうとしてくれる)人がいたら
どんなに嬉しいことだろう
何か特別に評価されたいわけじゃなくて
そこに「心」つまり「愛」がほしいと願うことは
人が最後に求めていく所なのだと思う

******************

披露宴では、
娘が前もってリクエストされていた曲(ソロ2曲、デュエット3曲)を演奏した

「永遠にともに/コブクロ」 (←題名をクリックするとyoutubeサイトへ)



心の問題 | 20:14:10 | Trackback(-) | Comments(0)
いも掘り
一気に涼しくなった今日、母がサツマイモを掘っていた
今回植えたのは、一昨年につくって美味しかった「紅あずま」という品種

幅30センチの畑にも立派なイモができていて大喜び♪
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1本のツルから4~5個を収穫
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一方、ブドウの木が枯れた後の大型コンテナでも
たくさんの収穫があった
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↓大型コンテナから               普通コンテナから↓                                
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10号スリット鉢は芋が1~2個と収穫が少ない
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それでも、一つの親株から出たツルをあちこちに植えて
これだけのサツマイモになったのだから
もう大満足でしょう~^^v

今日のジェネラスガーデナー
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ブルー・フォー・ユー
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コーネリア
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庭つくり2014 | 18:28:41 | Trackback(-) | Comments(2)
台風の後
昨夜、広島が暴風圏を抜けたころ外に出てみたら
マダム・アルフレッド・キャリエールの枝が大きく傾き
それに押されるようにアーチも倒れかかっていた

そして、今朝あらためて見てみると
金属製のアーチは10年余りの間に朽ちており
土に埋まった足元部分が折れている
このままではアーチごと道路側に倒れる可能性があるので
とりあえず枝数を半分に減らし
アーチは土にできるだけさし込み
キャリエールの太い枝をくくりつけた
が、キャリエールのボリュームに対してアーチの足元が不安定で
結局ななめになってやっと立っている状態だ
近日中には支柱を立ててアーチを固定させないと
さすがにこのまま放置はできない、、、

写真の上の方の緑の葉っぱがキャリエールで
紅葉しているのはハナミズキ↓
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葉を取れば風にあおられなくなるけれど
まだ最低でも一ヶ月は光合成のために葉を置いておきたいよねぇ~

他のバラについては
鉢バラは軒下で無事だったし
地植えも何事もなかったかのような花を咲かせている

ブルー・フォー・ユー(左) ブラックベリーニップ(右)
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コーネリア
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ジェネラスガーデナー
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ヨハンシュトラウス
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バラ2014 | 15:18:30 | Trackback(-) | Comments(8)
台風の前に
今日の庭の様子を撮っておこう
セイヨウニンジンボクは夏に咲いて切り戻してから
今年はやたらと大きくなった
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看板の後ろで咲く秋明菊
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看板の右側にはウインターコスモスが咲き始めた
これも今年はかなり背が高くなった
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軒下に避難させる前の鉢バラの様子
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ブラックベリーニップ
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薄墨
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ローゼンドルフシュパリスホープ
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このバラもツル種でもないのに枝がここまで伸びた
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カフェ
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ジェネラスガーデナー
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グルス・アン・アーヘン
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ブルームーン
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庭つくり2014 | 20:32:54 | Trackback(-) | Comments(0)
愛の話 2
今年最強の台風19号が近づいている
ここ広島は今のところ暴風圏には入らないとの予報だが
わたし自身は、前回の18号の時には 「平成16年台風18号」
そして今回は「平成3年台風19号」を思い出し、警戒感を強めている

この2つの台風の広島での最大瞬間風速は
前者が60.2m/s、後者が58.9m/sと凄まじいものだった
教会の被害は、H3年の時には屋根の上を止めている部品が一部落ち
鉄板でできた看板が折れ曲がった程度で済んだが
(H16年の時にはサルスベリの木が倒れた→当時の記事はこちら
多くの家の屋根瓦が飛び、窓ガラスは割れ、電柱も倒れ
大変な被害がもたらされたことを今も鮮明に覚えている

特に、娘が生れた年に来た台風19号は
わたしの台風への感覚を全く変えるほど恐ろしく
この恐怖を体験したおかげで
わたしは自分という人間を見つめ直すことになったのだった

この台風が来た日、夫は教会行事のために福岡に出かけて留守だった
家には目の見えない義両親と3歳に満たない息子と生後4カ月の娘がいて
風が強くなってきたねといいながら早めに夕食を終え
子どもたちをお風呂に入れている時に突然停電
初めての停電にびっくりして泣きだした息子は
いつもなかなか寝ないのに、さっさと布団に行って寝てしまった
風の音はどんどん激しくなり、窓ガラスが割れそうなほどガタガタ言っている
窓ガラスが割れたら屋根が飛ぶという話を聞いていたので
この時は本当にそんなこともあるのかもしれないと初めて感じながら
とりあえず台所の片づけをしていると玄関のピンポンが鳴った
え?こんな嵐の中で誰?!!

開けてみると、そこには当時いつも教会へ来ていた若い女性が立っていた
仕事帰りでちょうど駅に降り立ったらこの嵐でとても家に帰れないため
駅から歩いて1分ほどのうちにたちまち避難してきたわけだ
(当時はあれほどの暴風の中でもJRが動いていたようだ@@)
彼女は同じ町内に住んでいて
わたしはよく考えもせず、すぐに彼女を車で家に送って行くことにした
そう、この嵐の中を!!

当時29歳とまだ若かったわたしは
その時がぜん燃えていた
わたしは困難を前にすると燃える気質があるらしく
それが正常に発揮されれば実に良いのだが
この時は何か自分に活躍のチャンスが来たような変な高揚感があって
英雄気取りで、彼女を危険に巻き込むとの考えもなく出て行くのだった

結果としては、彼女は無事に家に帰れた
だが、そこに至るまでの道のりは文字通り険しく
車のライト以外全く光のない中で
目の前を大きなスレート板が飛んで行き
行く手を倒木に阻まれ
その木をどけるために車から降りるとドアも閉まらないほどの風に呆然とし
必死で木を道路わきへと運びながら
”わたしは何をやっているんだろう?!”と情けなくなってくる、、
それでも彼女の家までたどり着いたので安心したのもつかの間
今度は帰り道がわからない・・・
というのも、同じ町内とはいえ行ったことがない場所だったので
彼女から国道に出る道を教えてもらったのだが
海岸沿いを走っている国道は潅水して通行止めになっていたのだ

そこでわたしは出てきたことを本当に悔やんだ
そして、家に残してきた幼い子どもと義両親の事が気になった
この間にもし窓ガラスが割れていたらどうなるだろう?
どうしてわたしは出てきたんだろう、、、
冷静に考えれば、彼女も教会でしばらく待っていればよかったものを
わたしがわざわざ危険な中へ連れ出したようなものだ
わたしはその時はじめて、自分の中の正しさの判断や正義感に疑問を持った

人を助けるのはいいことだが
良い事ならなんでもやっていいわけじゃない
でも良いことだからと思うと自分が止められなかった
なぜ自制心が働かなかったのか
それは、そこにわたしの「思い」があったからだ
この「思い」は「愛」ではない
もしそれが「愛」からきているなら
はじめからみんなのことを冷静に考えたはずだが
わたしは自分が英雄になったような高揚感で舞い上がっていたのだ

帰りの道が分からず呆然としつつも
とりあえず来た道を戻って行くと、遠くに光が見えた
車のライトが流れていく
あそこに道があるらしい!
そこからはひたすら光の方へと車を走らせると
やがて大きな道にたどりつく
そして、走って行く車に合流してしばらく行くと
見なれた場所に出た

家を出てから帰るまでの時間は30分程度だったと思うが
帰った頃には風はだいぶ弱くなっていた
どうやらわたしは一番悪い時に出て行ったらしい
少し様子を見ていれば良かったものを・・・と
子どもたちが寝入っているのを確認しながらため息をつく、、、

当時のわたしは
気むずかしい義父と、2度目の脳梗塞でいっそう不自由になった義母の介護と
幼い子どもたちの育児に疲れていた
何か活躍するチャンスも、誉められるようなこともなく
若さにあふれる時代が淡々と過ぎていくのは空しかった
そんな時に、わたしを頼りにしてくれる人が居ることは
それ自体がとても嬉しかったのだろう
だから目先のことに夢中になり、遠くを見通すことはできなかった
ただ、そんな愚かなわたしでも
自分の間違いに気づいたら、反省して方向転換することだけは早く
当時のことは重要な教訓として今も心に留めている
それがなければ
人から認められたいという「思い」にかられた時代の自分に戻ってしまうかもしれない

だが、今まで色んな人と接してきて思うことは
自分が間違った時、それを間違いだと認めることがとても難しい人は結構多い
他人のせいにすれば自分は傷つかないしプライドは保てるが
再び同じ間違いをする可能性が高く
実際にそういう人は何度も同じ問題に遭遇する
”自分はいつも必ず正しい”
そういう「思い」に捕らわれて行動することで
周りの人々がどんな影響(迷惑)を受けていくのだろうか
そこを想像する心がないとすれば、そこには「愛」が欠けている

人が良かれと思ってすることの結果は
実際に進んでみないと分からない
ただ、わかっているのは
それが「愛」から出たものならば、事は好転し
もし人の「思い(欲望)」から出たものなら行き詰るということ
とりあえず、わたし自身は53歳を迎える今
やっとこれを確信する所までたどりついた

***********

グレイッシュピンクの「薄墨」
台風の影響を受けないように明日は鉢を玄関内に取り込もう
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心の問題 | 23:45:38 | Trackback(-) | Comments(4)
愛の話 1
小学2年生の生活科の恒例行事『まちたんけん』が今年も行われ
教会にも思いがけずたくさんの子どもたちがやってきた
例年なら訪問人数は4人×3グループ=12人程度なので
今年もその予定でエンピツを用意していたら
何だか今年から方針が変わったらしく
規定の時間内ならどこへ行ってもOKということで
約30本あったエンピツが足らなくなるほどの盛況ぶり?!(汗
不足分は、かわいいイラストのついたミニカードで何とかしたが
果して全員の手にちゃんと渡ったのかどうか最後の確認まではとれなかった
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まあ別に何もなしでもいいんだけど
最初に来た子だけエンピツもらえて後はナシなんて
自分がもし子どもの立場だったらがっかりするに違いない
そう思うと、たとえ同じものは配れなくても
気持ちだけは表しておきたかった

うちではわたし自身もそうだが
夫は子どもたちが同じ扱いを受けることにこだわっている
もちろん現実には完璧に同じというわけにはいかないにしても
何らかの形で、同じようにしたいんだよという「心」を表すことは
とても重要だと考えているわけだ

まだ子どもたちが幼かった頃
夫が二人にそれぞれ同じパトカーのミニカーを買ってきた時には
「女の子にも車なの?」と驚いたものだが
つい先日、娘は当時の事を思い出しながら
「あの頃はとにかく何でも同じモノがほしかったからうれしかったよ」と語った
こうして、親の心は確実に伝わっているのだなと
今になって確認できるのは嬉しい

さて、『まちたんけん』で教会に来た子どもたちからは
いつものように色んな質問があった
とはいえ、彼らの質問内容は毎年ほとんど同じで
特にこれは定番だ

 ”教会はなにをするところですか?”

この質問は
短い時間で、しかも8歳の子どもにわかるように説明するには実に難しいと思う
そういうわけで、毎年色んな方向から考えて答えているが
今年はこんな答えになった

 ”かみさまのことをみんなに教えるところです”

すると、次には、”かみさまってなに?”となるので
ここでエンピツをとりだす
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そこには「かみはあいです せいしょ」と書いてあるが
神=愛??・・・子どもたちにとってはますますわからない
というのも、子どもたちに”愛ってなに?”とたずねたら
”男と女のラブラブ~~”というのだからね(笑)

で、今度はわたしの方から質問してみた

 ”お店に行って欲しいものがあるのに
 お母さんが買ってくれなかったらみんなどうするの?”

(子ども)”うーん、、あきらめる・・” など、口々に何か言い始める

(わたし)”そこでひっくり返って、買って買って~!って泣かないの?”

(子ども)”え~~、そんなことしないよ~”

(わたし)”じゃあ、ほしいからってドロボウするのはどう?”

(子ども)”え゛ぇぇ~~~~@@?!しないしない!!”

(わたし)”なんでしないの?”

(子ども)”お母さんが悲しむから”

最後の答えは、驚くほどみんなの口調がそろっていた
もちろん中には「警察につかまるから」という意見もあったが
ほとんどの子が、罰則よりも、母への愛で心を制御している事はとても興味深い

(わたし)”みんなお母さんのことが大事なんだね。そういう心が愛なんだよ
      もし悪い心が起きても、愛があったら悪いことをしなくてすむ
      悪いものを神さま(=愛)が退治してくれるからね”

8歳の子どもに、こういう話を頭で(理屈で)理解させるのは難しそうだが
彼らは意外と意味を理解しているようだった
愛はきっと心にダイレクトに響くのだろう

 「愛は寛容であり、愛は情け深い
  また、ねたむことをしない
  愛は高ぶらない、誇らない
  無作法をしない、自分の利益を求めない
  いらだたない、恨みをいだかない
  不義を喜ばないで真理を喜ぶ
  そして、すべてを忍び、すべてを信じ
  すべてを望み、すべてを耐える
  愛はいつまでも絶えることがない」 (コリント人への手紙13章4-8節)


**********

ピュアな印象のミスティパープル
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心の問題 | 22:52:25 | Trackback(-) | Comments(2)
秋バラへ 5
台風が過ぎたからと軒下から鉢を出したら
昨日はまだ風が強くて、新枝が一本折れていた~TT

今朝の最低気温は14度
そして日中は26度になり、水切れをおこしている株にあわてて潅水する
しばらくして様子を見に行くと
一本だけ枝がうなだれたまま復活していないのは
もしかしてバラクキバチのせいなのだろうか?
今の時期にもまだいるのかな??
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しっかりとした花が咲いたカフェ
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明日はこちらも開くかな
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ブイラックティ
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グルス・アン・アーヘン
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アラビアンナイト
このバラの名前はどうも実物の色にそぐわない気がするなあ
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ブルームーン
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ラバグルート
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明日は小学2年生の学外授業の日で
恒例の『町たんけん』の一行が教会にもやってくる
例年ならとっくに「質問状」が来ている頃だが、今年はまだだ
ここの小学校も9月から小中一貫校として開校したばかりなので
きっと色々忙しいのだろう

バラ2014 | 16:03:16 | Trackback(-) | Comments(0)
秋バラへ 4
台風が近づいているので
開花中(寸前)のバラ鉢は昨夜のうちに軒下に避難させた

たそがれ(朝)
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たそがれ(夕)
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ブルームーン
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ブラックティ
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ピーチブロッサム
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ルイ14世
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ここへきて、バラの調子がぐっと良くなり
勢いよく伸びて蕾を上げる株が増えてきた
この蕾が咲く頃には、秋バラらしい色になっているだろう
うーん、楽しみ♪

調子が良いのはバラだけじゃなくて
何年も苦戦しているアンスリウムが今年やっと復活しつつあるのが嬉しい
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もうずっと委縮した葉っぱしか出てこなくて
わたしがほとんどあきらめかけているのを
夫が自分のアンスリウムと一緒に管理してくれたのがきっかけとなり
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今はこうしてきれいな葉が展開するようになった
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そんな夫が管理するアンスリウムはこちら
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購入してから何年もたっているのに
まるで買ってきたばかりのような形の良さに思わず嫉妬?!^^;
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まだしばらく楽しめそう
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バラ2014 | 22:15:33 | Trackback(-) | Comments(10)
秋明菊
ただいま白花とピンク花の秋明菊が開花中
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ナツユキカズラも花盛り
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この花はきれいなうちに散るので
本当に雪が降ったように下が花だらけになる^^;
まあ風情があるといえばそうなんだけど
下は階段だから、やっぱりせっせと掃除掃除・・・
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昨日咲いたブラックベリーニップは
昨夜の雨に打たれてうなだれていたが
この後お昼には日差しがきつくてちりちりになってしまった
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この時期は朝晩と日中の気温差が大きくて風邪をひきやすくなり
今週は息子がずっと鼻とノドの調子が悪いと言っている
8月には自動二輪の教習員としてもデビューして
9月は多い日には一日7時間が自動二輪の教習というハードな日々だったので
きっと疲れも出ているのだろう
車と違ってバイクの場合、教習生はほとんど息子よりも年上だ
しかも最近は中高年のバイク熱が高まっており
先日は60歳の男性を教えて、ものすごく疲れて帰ってきた
「もう~言葉づかいからして色々気を使って大変だよ~」
確かに『学校』の中でもこれだけ年齢幅が広い生徒を相手にする所も少ないだろう
息子自身は、型にハマった(ステレオタイプの)教習じゃなくて
ひとりひとりのタイプに合わせた教習を追及しているので
毎日「人間観察」と「様々な角度からのアプローチ」に余念がないが
これって教会でやってる事と同じだよね~といつも思う
いや、教会の方が確実にもっと難しい人に出会うだろうけどね、、、(汗

そうそう、鼻といえば
最近「ドライノーズ」という症状があると聞き
この夏からわたしはひどく鼻の乾きを感じているので
きっとこれなんだろうと思った
もう鼻の粘膜が乾きすぎてピリピリ痛い~TT
元々わたしのようにアレルギー性鼻炎がある人は
”水分蒸散量が増えてドライノーズになりやすい”とのこと
ドライノーズの対策は、”生理食塩水を鼻の中に点鼻する”
うーん、、これから冬になればますます乾燥も進むだろうから
考えないといけないかなあ~と思いつつ
しかし、面倒なのでもっとお手軽な方法はないのかと思案中~^^;

庭つくり2014 | 21:18:25 | Trackback(-) | Comments(2)
秋バラへ 3
日中の気温が高いので
当分秋らしい色のバラは期待できないなあと思っていたら
今朝咲いたブラックベリーニップはなかなか良い感じじゃないかと?!
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花も大きめだし
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まあ本来の花色はもっとずっと深いけど
今後の変化が楽しみだ
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ラバグルート
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一方、こちらのブルームーンはまだまだ夏の花
多分花弁数も少ないだろう
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これからぼつぼつバラが咲くたびに
秋バラへの変化を見るのが楽しい季節になった

変化といえば
先日からスカートに目覚めた娘が(9月29日の記事参照
昨日もひざ上のスカートを2枚買ってきた
まあこれもユニ☆ロのセール品らしいけど^^

「これから女子力を上げることにしたわ」
と語る娘に
うーん、彼女から”女子力”という言葉を聞く日がこようとは!!@@
と、ひたすら感心するわたし^^;

で、なぜ今”女子力”なのかといえば
「女子力を上げないと、舞台できれいな立ち振る舞いができない」
と悟ったのだそうだ
今月からオペラの練習が始まるため、すでに気分は『椿姫』モード
「スカートをはくと、きれいな歩き方をしないと不格好でしょ?!」
「こうして自分で意識して変わらないと3月の舞台に間に合わない」
「あ~でも、オペラに欲しいのは”女子力”よりも(大人の)”女性力”だね!」

そういえば、大学に入った頃、腰が悪いので整形外科に行くと
骨盤が下向きになっているのを上向きに変える努力をするよう告げられたが
娘はあれからちゃんと自分で訓練していたらしく
気づけば姿勢が随分変わっていた
以前はお尻が出っ張った”ヒヨコ”みたいだったのが
今は横から見た姿がすっきりしている
へぇ~こんなに変わるもんなんだ?!と改めてびっくりした@@

もうひとつ確実な変化が見られるのは母のピーマンかな
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もう10月だというのに
とにかくたくさんできて、しかも実がとてもきれいだ
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バラ2014 | 23:25:30 | Trackback(-) | Comments(0)
秋バラへ 2
ディスタントドラムス
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ラバグルート
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フェリシア
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”フェリシア”という名を書こうとして思い出せずしばらく考え込んでいた・・・
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この春からどうもバラの名前が出てこない
今月で53になる自分の記憶力の低下具合はこれでよくわかるというもの‐‐;

ブラックベリーニップ
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粉粧楼
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このところ毎晩アシブトクチバ退治で夜まわりを続けているが
たいてい2匹は大きなものが見つかる
たった2匹?いえいえ、されど2匹!
特に大きなものになると一晩で新芽が丸坊主だからね~~TT

さて、10月になったのでそろそろ庭の球根を掘り出して鉢に移していかなくては
と、考えるだけは考えている
毎年葉っぱばかりで咲かない水仙とか
庭植えのままではきっとこの先も咲かないだろう

庭の球根の葉は今の時期もうないけれど
どの辺に埋まっているということくらいはまだ記憶があるので
近いうちに何とかしたい


バラ2014 | 11:43:20 | Trackback(-) | Comments(6)
PROFILE

kimi

  • author: kimi
  • バラの咲く教会を夢見てから
    15年がたちました
    今も理想と現実の間で
    日々奮闘中です
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