ヘレボラス開花
少しずつ春めいてきて
クリスマスローズ・ヘレボラスがやっと咲き始めた
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冬の間じっとしていた花かんざしも開花
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さあ、いよいよ3月がやってくる!

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庭つくり2015 | 14:16:49 | Trackback(-) | Comments(3)
音楽と共に生きる 11~猫のミュージカル上演
2月22日は「猫の日」
というわけでミュージカル『人間になりたがった猫』を上演した

猫のライオネルの着ぐるみ完成版はこちら
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猫の頭の部分は、100均で買った帽子を土台に
ボア布を貼り付けて作っている
最初は顔全体をおおう覆面を作っていたが
魔法で人間に変わる瞬間すぐ脱げるように改良した
娘にとって初めての着ぐるみ作成は無事完了!

兵隊の衣装は学生服に手を加えて作成
これも前日になってやっと完成~
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娘の役は魚屋のトリバーおばさん
右端は人間になったライオネル
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今回の作品は子ども向けなので
内容は単純だが、とにかく歌と踊りが多くて
これだけ合わせるのは練習が大変だっただろうなあと思った
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カーテンコールにて
魚屋と魔法使いと薬屋
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昨年5月の大学祭で、ミュージカル同好会の宣伝をしたら
評判が良くて一時たくさんの部員が集まったけれど
楽しそう~♪という憧れだけではついていけないのがこの世界の厳しいところ
歌も踊りもついていけない人々がやめていき
最終的に残った1年生たちが本当によくがんばったと
娘はもう保護者のような目でほめていた

娘にとって今回のミュージカルは
自分たちで一つの舞台を作り上げる楽しみだけでなく
こうして後輩たちの成長を見れたことが何よりうれしかった
すでに指導者のようなこともしている身としては
伝えたいことをちゃんと受けとめようとしてくれるかどうかが重要ポイントなのだ
もちろん一度にすべての事が出来るようになるわけじゃない
それでも、ひとつでも何かが進歩するようにという思いがあり
その心が少しでも行動に表れているかどうか
伝える側はいつもそこを見ている

だから、先週から始まった『椿姫』の立ち稽古で
初めてプロに囲まれた舞台の厳しさを知った時も
演出家が何を伝えようとしているのかをひとつひとつ聞いて覚えて
指摘された点を次の日にはすぐ変えていけるように
とりあえず完全ではなくても、目指すところに少しでも近づけるようにと
その姿勢で精一杯食いついて行っている

舞台の世界は恐れて萎縮すると演技が小さくなり、泣けば歌も歌えない
娘は今までどんなに厳しい指導をされても泣いて逃げたことはなく
その厳しさの中から何かを教わろうとすることにすでに慣れている
一気に厳しさの中に置かれたら挫けてしまいそうだけれど
もう5年もそういう環境の中に置かれてきたから
冷静に乗り越えていく術もわかってきた
「だって相手はみんな人間だよ~、取って喰うわけじゃなし」と
最終的にはいつもこう思っているらしい

2月後半の本番は
昨日の幼稚園での演奏で一段落したが
その様子が今朝の新聞(地方版)に出ていた
エルサ役もこれで終わりかな~
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さて、来週はいよいよオーケストラシリーズ
ところが、ここにきて再び風邪をひいてしまい喉頭炎と診断される(汗
今ちまたでは風邪がはやり、黄砂や花粉も飛び始めたところだ
う~ん、3月は大切な本番がたくさんあるのにどうなることやら?!
いや、いつもギリギリで必ず何とかなるから、今回も大丈夫!!

音楽と共に生きる | 15:50:38 | Trackback(-) | Comments(2)
互いに愛するということ 2
母が自家製ホウレンソウを使ってパンを焼いた
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生葉をミキサーにかけて生地に練り込んだパンは
焼き上がりの色もきれいな若草色になり
パン自体に甘味がある
母の育てるホウレンソウは
サラダ用品種ではないが生で食べても苦味がないので
パンにも生で使用できて
母としても納得のいく出来栄えだった

今年になってからまた精力的にパンを焼くようになった母だが
こうして色んなパンを考えて作っているのは
もちろん食べてくれる人がいるからで
その「やりがい」が今の母を活性化させている

母は自分を大事にすることよりも
他の人のためになることを優先するのに慣れているタイプだ
というか
自分の事を優先することに罪悪感を感じると言った方がいいかもしれないが
この年代の特に女性には同じような傾向の人はかなりいると思われる
当時の社会の考え方や教育がそうだったからだろう
かと思えば
同じ年代でも、自己中心で人を使うことに慣れている人もあり
ここにも「与える人」と「受け取る人」のバランスの悪さが垣間見える
無理なのに自分で何とかしようとする人と
できるのに何でも甘えて人にさせる人
人間はどうしてこうも極端なのだろう、、、

母は15年前、うちに同居することになった時
何かとても罪悪感のようなものを感じていた
わたしの父が亡くなる前年に祖父(実父)を自宅で看取っており
それから25年後に祖母(実母)をやはり自宅で看取ったが
老親との同居がいかなるものかよく知っているだけに
同じ苦労をわたしばかりか夫にまでさせることを心配したからだ
確かに当時は
夫の両親と叔母の介護が終わってやっと家族が落ち着いたところで
そこに今度はわたしの母が来るというのは、わたし自身も気が引けた
だが、元々、母を引き取ることを勧めてくれたのは夫だった
その上、当時まだ小学生だった子どもたちが大喜びで母を迎え
夜は二人ともちゃっかりおばあちゃんの部屋に入り込んで寝るようになり
それによって母は
自分がこの家に居ていいんだと安心感を与えられることになる

そもそも母は、祖母が亡くなった後は
しばらく気ままなひとり暮らしをする予定だった
まだ60代で車も運転していたから
誰にも遠慮せず思うように過ごすのも楽しいだろうと思い
まあ同居は数年後かなと思っていたら
祖母が亡くなって翌日にはいきなり寂しくなって、夜には怖くなり
もうたまらなくなって夜だけうちに泊まりに来るようになる
それからはもう何かに背中を押されるように同居へと進み
なぜこんなに焦っているのかと不思議に思うほど
早々に自宅を処分して引っ越しを完了した10日後
芸予地震が起きてブロック塀は倒れ、家は住めなくなった
その時の驚きは今も忘れることはできない
こうして母は来るべくしてうちに来たと確信したのだった

あれから15年目を迎えた今
母もわたしも夫も年をとり
あの若さの勢いでがんばっていた介護時代とはまた状況は違ってきている
迷惑をかけたくないと願う母だが
80歳にもなれば、いつどうなっても不思議ではない

それでも、同じ苦労を知っているからこそ
これまでも、そしてこれからも母と暮らしていくことには
お互いに分かり合えている安心感がある
正直なところ
世の中には親の世話をせずにすむ人たちがいることを
不公平だと思った時代もあったから
その点では母とは同士でもあるわけだ

若い時代を費やした介護時代の思い出は
考えるほど恨みがましくなりがちだけど
それでも夫がいたから24時間介護が可能になり
その間、子どもたちは母と祖母の家で随分お世話になった
その感謝の思いは変わらない
そして
とても乗り越えられそうにもない所を乗り越えてきた経験が
これからもきっと何とかなるとの希望を与えてくれることが
何より有難いと思うのだ

 「神は真実である
  あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
  試練と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」
                (コリント人への第一の手紙10章13節)


何とか迷惑をかけないようにと気負っていた日々が過ぎ
もう迷惑をかけても仕方がないとあきらめる年齢になってきた母は
本当の意味で「神さまにまかせる」ことを今学んでいる
何がいつまでできるかは自分では決められないことだけど
今はできることをしようよ
それも自分が楽しいと思うことを優先してやってみよう
母の心が元気であるために必要なことは
それでいいと信じること、それだけだ

                      (つづく)

心の問題 | 23:10:42 | Trackback(-) | Comments(0)
互いに愛するということ 1
大学生が春休みになると同時に
息子の職場は6勤1休の繁忙期に入った
その貴重な週一の休みさえ、休日出勤を志願する息子に
わたしは半ば呆れて休んだ方がいいんじゃないかというと
「4時間くらいなら楽勝だよ~♪」と言いながら平然と出かけていく
そして帰宅後は自分の用事を色々すませたらもう夜、、
来週の休日にもすでに予定が入っているので
4月初めまではこの調子でひたすら働き続けるのだろう

その様子を見ていると、すぐに「若いっていいよね」と思うが
若ければ何でもできるわけではないのは明らかだ
元々そんなに元気な方ではない息子がこうして連勤できるのは
その心が元気であることが重要なポイントだと思う

8~9月と2~3月の繁忙期は、息子にとっては稼ぎ時
つまり、働けば働くほど収入に結びつくので
がぜんやる気もわいてくる
たかがお金、されどお金
お金が心にもたらす影響は大きい
・・・が、息子の心が元気なのは、決してお金の問題だけではない

今までにも書いてきたように
息子はこの会社の経営方針を気にいり
ここで自分も役に立ちたいと思って入社している
入社研修時から新入社員のリーダー格に抜擢されたが
院卒の息子は同期の中では年齢も上なので
特に問題なく自然に受け入れられ
早い段階で資格を取得して現場でどんどん働き
掃除から事務作業まで
色んな業務を器用にこなす便利な人間としての実績を積み
他にも様々な重要な場面で用いられてきた
入社してからの2年間は、とても濃い日々だったと思う

そんな彼のがんばりは、自分の努力だけによるものではなく
周りの人々のサポートや励ましがあってこそのもの
彼の上司や先輩が色んな場面で自分の失敗談を話してくれるなど
新しい人材を育てることに熱心で
息子のいいところをいつも認めてくれることも
同期がそれぞれ協力的であることも
わたしは彼からよくその類の話を聞き、本当に感謝している
もちろんすべての人と気が合うわけじゃないにしても
「人間は60億人もいるんだよ、考え方や感じ方が違う人もいっぱいいて当然」と言い
衝突しないように上手くやっているらしい
なお、上手くやるというのは、相手の言いなりになることではなく
そこには知恵が必要になるが
基本的に息子は人間を恐れていないので
ずるずると相手のペースに引き込まれることがない
ここは夫とよく似ている
もし彼が人間を恐れるタイプだったら
無理な仕事も抱え込み、いつもアップアップするようになるだろう

息子には、昔も今も彼を認めてくれる人が周りにいる
その安心感や自信は彼の心を元気にし
彼もまた周りのために働こうとする正の連鎖がそこにはある
彼が一生懸命やっていることはみな自分に与えられた能力の範囲のもので
自分の能力以外のもの(好きじゃないこと)
例えば苦手な営業には手を出そうとはしない
そんな感じで、人にいい顔をしようという気がないので自分に無理がなく
その分失敗も少なく
結果的にそれが信用につながっているのだと思う
息子の場合
子どものころから散々色んなことにチャレンジしてたくさん失敗もしてきたため
自分が何者かよく知っており
今さら自分探しをする必要はなく
自分にできることで効率よく仕事をこなしているわけだ
その様子を見ていると
彼にまだ何か他の可能性があるとしても
今はここでがんばれと神さまから言われているような気がする

こうして、自分の能力に応じて労力を提供し
その代わり、信用と共に、認められているとの安心感を受け取る
この「与えること」と「受け取ること」のバランスがとれている状態は
人間の心に平安をもたらしてくれる
とはいえ
現実には、このバランスを保つことはかなり難しいかもしれない

日本に昔からある「根性主義」は今も生きていて
自分の力量を知らない人はこれにハマり
やる気になれば何でもできると勘違いして
自らたくさんの仕事を抱え込み
他の人に仕事を振り分けることをしない傾向がある
たくさんの仕事をこなせば自分の評価は上がり
期待にこたえられた自分を一時的に誇ることもできるが
気がつけば何でもやって当たり前の人として見られ
周りの人から適当に使われるばかり・・・と
「与えるばかりの人」になって行く時
人の心はだんだん空虚になっていく

 「自分を愛するように、あなたのとなり人を愛せよ」
           (マルコによる福音書12章31節)


この聖書の言葉は有名なので、クリスチャンでなくても知っている人は多いが
「隣人を愛せよ」の方に重点が置かれ
「自分を愛するように」との言葉は、あいまいにされているように思う

人間が自分を愛することは当然のことで
いざという時に自分の身をかばおうとするのは人間の性(さが)というもの
それを無理して自分をいつも我慢させ、自分自身を愛せない人は
人を愛する愛し方もわからない
そのため「与えるばかりの人」は、それが愛だと思って
実は相手のためにならないことをやっている場合がある
反対に、自分しか愛さない「受け取るばかりの人」は
相手を利用することしか考えないので
そこに神の愛を知っていくべきことをここでは教えているわけだ

聖書は、あくまでも人間は弱い者(罪人)であることが前提なので
いかにも清い人であるかのような
「与えるばかりの人」になるよう勧めているわけではなく
「お互いに愛し合う」ことを何度も何度も教えているが
ここに人の考えが入ることで
厳しい修行や「精神修養」のような教えに変わっていき
こうしてキリスト教は多くの宗派に分かれていくのだった
                          (つづく)

心の問題 | 07:14:35 | Trackback(-) | Comments(2)
植替え作業
鉢植えのプルモナリア”オパール”の根がパンパンに張っているので
今年は地植えにしようと考え
群生しているミヤコワスレを一部移植して
プルモナリアを囲むような形に植えてみた
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こちらがプルモナリア”オパール”
春になると水色の花が咲き、斑入りの葉も美しいので
ここで増えてくれたらうれしいなあ~
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上から見るとこんな感じ
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一方、プルモナリアと同じ時に頂いたドワーフコンフリーは
地植えでどんどん広がってきたので
今回株分けして別の場所にも植えてみた
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あさっては移植に向いているという新月の日
時期としてはちょうどいいタイミングかな・・って
植え替えた後で気づいたんだけど^^
種まきに向く満月の日は3月6日になるので
その頃に春の種をまくことにしよう

今春はオベリスクを立てる予定だった玄関先のバラ”フェリシア”もすでに芽吹き
風邪で寝ている間に時機を逸したというか
まあ普通の支柱でもいいかなという感じになって
結局3本の支柱を立ててごまかしておいた
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それでも以前は太さも長さも違う支柱が4本適当に立っていたので
(枝が伸びるたびに支柱を追加したので)
同じ支柱でそろっただけでも上出来かと?!
うん、そう思うことにしよう^^;
なお、バラの足元にはラベンダーがあって
先日刈り込んだばかりなので、これから芽吹く予定
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クリスマスローズ(ヘレボラス)が間もなく咲きそう
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庭つくり2015 | 14:41:46 | Trackback(-) | Comments(0)
音楽と共に生きる 10~それぞれの役割
昨日、娘は友人の結婚式のために朝から出かけて
式と披露宴で歌を歌い、かつ踊り
二次会では幹事をつとめた
また、結婚式と披露宴の最中にはカメラマンになって
二次会用のムービーも作る・・・というので
前日には夫から一眼レフカメラの使い方を習っていたが
さすがパソコンやスマホを使いなれている世代は
機材がカメラに変わっても、設定などの飲み込みが早い
夫もわたしに教えるよりずっと教えがいがあるだろう^^;
それにしても今時の二次会というのはミニ披露宴のようなもので
ケーキカットまであるというから驚きだ
そして結婚式や披露宴の写真を
二次会までの間にパソコンに取り込んでムービー作成するという娘にも
何だかだんだんマルチプレーヤーというか
「なんでも屋」になってきたものだと感心する
それと同時に、ちゃんと間に合うのかと心配にもなるが
「やるしかない」と言いながら出かけて行った

娘の今後について、前回「自分では決めない」と書いたように
娘自身、例えばオペラはやるけれどオペラ歌手になりたいわけではない
歌手にはなりたいが、一つの分野だけではなく
ミュージカルも歌曲も唱歌もアニメソングも、昔の歌も今の歌も
日本の歌も世界の歌も、色んな歌を歌いながら
合唱もやり、指導にもたずさわり
子どもからお年寄りまで幅広く対応できる歌い手として成長するために
今は勉強を続けているわけだ

そんな中で、よく周りから言われるのが「海外へ行かないのか」ということ
音楽の世界には昔から海外留学はつきものだから
ある程度のレベルの人々はお金の都合がつけば(←ココ重要)たいてい海外へ行く
しかし、海外へ行ったからといって、帰ってから何か約束されたものがあるわけでなし
せいぜい「箔がつく」程度のことで
その人が人々から愛される音楽家として受け入れられるかどうかは別問題なのだ

遠い昔、西洋から色んな学問が入ってきた頃には
日本にいたのではそれらの勉強はできないので
志のある人々は海外へ行って勉強をして、それを日本に持ち帰った
やがて長い年月と共に日本国内での勉強の環境も整い、指導者も増えたおかげで
今は多くの分野で、日本に居ながら多くの事が学べる時代になった
音楽の世界でも、世界的に有名な音楽家が日本に来てはセミナーを行っている
受講料は高額とは言え
海外まで行くことを思えばずっとお手軽に本場の勉強ができるのだ
娘も昨年秋には、大阪で行われたある声楽家の公開レッスンの聴講に行った
何でも前日の公開レッスンでは
「あなたの歌は嫌い」と言われて5分で退場になるレッスン生もいたと聞き
数万円が5分でフイになるのかと驚いた
(でもこれが海外まで行って「帰れ」と言われたらとんでもないよね、、@@;)

結局いくら本人が音楽に対して情熱を持っていても
「あなたの歌が聞きたい」と言ってくれる人がなければ(需要がなければ)
「箔」だけで何とかなるような世界じゃないらしい
そして
「あなたの歌が聞きたい」と言ってくれる人がいる場所で歌うことこそ
その人の使命なんだろうとも思う

今年の秋には、地元の自治体主催イベントで
娘のステージが企画されているらしく
実現すれば、2年前に地元の文化祭に「ソティエ」で参加して以来
これが本格的な地元デビューの場となりそうだ
”山口さんちのみぃちゃん”が地元のステージでオペラを歌う
その歌はどのように受け止められるのだろうか?!

わたし自身は音楽は好きだけど
娘が声楽を始めるまでは歌にはあまり興味がなくオペラも知らなかった
ましてや広島でオペラをやっている事も知らず、もちろん見に行ったこともない
そんな何か遠くにあるようなオペラの世界を身近な人々に紹介することができたら
普段から「みんなに音楽の楽しさを伝えたい」と願う娘にとっても嬉しいだろう
音楽は決して日本の隅々にまで行きわたっているわけではなく
田舎町で気軽にオペラ鑑賞するような機会はほとんどない事を思うと
音楽の楽しさを伝える役目の人は、その目を都会や海外ばかりでなく
身近な自分の”隣人”に向けることも重要なのではないかと思う

グローバルな人材育成を掲げる風潮の中で
今の若者が海外留学に消極的であるとの批判があるが
彼らが海外へ行かないのは
別に挑戦する意欲がなくなったわけではなく
単にお金がない事と共に
海外へ行く必要性を感じないということもあるのではないだろうか
行く人、行かない人、どちらが正しいというのではなくて
ちょうど今
田舎へ住みたい人が増えている「ふるさと回帰」の風潮があるように
息子も含めて同級生はかなり地元に帰って就職しており
この自然な流れを、わたしは好意的に受け止めている
それは、この町で教会を60年も続けているからこそ
人材はあらゆる場所に存在するべきだと思うからだ

わたしたちが教団に所属していた時代には
海外へ伝道活動に出かける人々が注目され
日本の田舎で地道に活動している人には光が当たらなかった
だから、わたしの中には、海外へ行く人と、国内で地味にがんばる人と
同じ活動をしても扱いが違うことへの不条理な思いは今もある

これから娘がどこでどういう活動をするのかは何もわからないけれど
いずれにしても彼女が遠い世界のことよりも
自分を大切にしてくれる身近な人々を大事に考えていることを
わたしは嬉しく思っている
もし海外へ行く必要があるならば、そのように道は開けるだろうが
今は自分の置かれているところに大切な役割があるものとして
真摯に向き合っていってほしい

娘が聖歌隊の一員として働くホテルの結婚式では
牧師が必ず「新郎新婦の今日の幸せは身近な人々の犠牲の上にあるもの」として
これからの生活に最も必要な「助け合い」や「許し」についての説教をするのだという
その意味が分かる人は涙するが
残念ながら分からない人もあるようだ

人生の節目である結婚式も、昨今は単なるお祭りと化してきている
そういうところで働きながら
娘は自分の教会との違いを目の当たりにしつつ
今はただ粛々と自分の役目を果たすのみ・・

音楽と共に生きる | 14:43:48 | Trackback(-) | Comments(3)
音楽と共に生きる 9~道の行方
わたしが風邪で寝込んでいる間に
娘の方はすっかりのどの調子も良くなって
いつもと変わらない声が戻ってきた
いや、厳密に言えば
今までよりも更に高い音域の声が出るようになったとのことで(?)
これは不思議なことだけど
以前やはり風邪をひいてのどの調子が悪かった時にも同様の体験をしているらしい
なぜ調子が悪いと高い声が出るのかというと
調子が悪いからこそ、体がいつも使わない音域の声を使おうとして
結果的に更に高い声を出すきっかけになるようだ
まあ自分の事じゃないのでわたしにはよくわからないが
人間の体には不調な部分を別の部分で補おうとする働きがあるので
それを上手く伸ばすことができたら可能性はもっと広がるのだろう
だから不調をやたらと嘆く必要はない・・・とは言っても
わたしは物事をすぐ悪い方に想像する心配性の人間だから
今回も娘の声の不調を聞いて
すぐに「もう今までのような声で歌えなくなるかも?」
という心配が起こったのは言うまでもない
でも今はすぐこうも思うのだ
「いやいや、それはわたしが決めることじゃないでしょう」と、、
そして、つくづく思うことは
ちょうどスポーツ選手が運動機能を失えば選手生命も失うように
歌手もまた声を失えば同じことになるということ
これは、ひとりの人間が”生かされている”こともみな同じで
今回風邪で調子が悪い間
わたし自身もあらためて”生かされている”ことを考えさせられた
人は誰でも自分の人生をあれこれ考えはするけれど
それは”生かされている”ことが前提なわけで
病気などで自分の弱さを実感する時だけそれを思い出す、、

早いもので、娘の学生生活も残り約一年となった
さあこれからの一年間、一体どのように導かれていくのだろう?!

今日は、植物園から4月の演奏会についての電話がかかってきていた
4月はすでに遠方での初めての演奏依頼が一つ決まっているし
もうひとつのところも近いうちに連絡があると思われるが
こうして先々の予定が埋まっていくのは、みな向こうからやってくるものばかりで
自分であらかじめ計画を立てることはない
そして気づけば予定は無駄なくぎっしり詰まって
後はそれを順番にこなしていく日々だ
「先の事は自分では決めない」
以前そう宣言した娘は、ちょうどパズルのピースがハマっていくような
無理も無駄もない不思議な計画の中で生きている

3月5日のオーケストラ共演まであと3週間となり
チケットの方も相変わらず売ること自体は苦手だが、少しずつ売れているらしい
じゃあ3週間後にはどうなっているかなんて誰にもわからないけれど
「先の事は自分では決めない」と決めた人間は
売れようが売れまいが、その時の結果が一番いいのだと
そのように潔く受け止めるのが常だ

わたし自身、自分の人生を振り返る時
若い頃願ったことは何もかなえられなかったように思う一方で
では昔願ったものを今あるものと引き換えにしたいかと問われれば
何ひとつ失いたくはないと思う
では自分の願いの意味って何なのだろう?
少なくとも、自分の理想は完璧ではないということだけはよくわかるが
もし自分の願いや理想に固執することによって問題が起こるすれば
それは誰の責任になるのだろうか?!

人は自分の頭で理想を描き、その道に歩もうとするけれど
無謀な人は無茶な歩みをして自滅し
心配性の人はチャンスをことごとく自らつぶしていく・・・
そこで自らの行いを省みることのない人はこういうのだ
「神さまなんかいない」と

そもそも「神さまなんかいない」という人は、神の存在を否定しているのに
便利屋のような神さまにはいてほしいと願っている
それはちょうど、誰が生んでくれと頼んだのか?と親を問い詰める子どもの姿に似て
そこではあくまでも自分が優位だから
”生かされている”という感覚はないのだろう

 
 「人は心に自分の道を考え計る
  しかし、その歩みを導く者は主である」
          (箴言16章9節)


下の写真は、娘が制作中の「猫の着ぐるみ」だ
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昨年やっと”同好会”に格上げされたミュージカル同好会による
『人間になりたがった猫』の上演が10日後に迫っており
主役の猫ライオネルの衣装を娘が作っている
娘の役は、魚屋のおばさんトリバーなので
適当に手持ちの服でまかなうとして
この猫の着ぐるみだけは自分の最後の仕事にしようと思ったようだ

せっかく同好会になったとはいえ、今の4年生が卒業すれば
今回の公演で活動が終わる可能性は十分にある
何しろ娘たち卒業生も混じって成り立っているのだから
今後についてはみんな予定はわからない
でも、今やるべきことを一生懸命やる
いつも言えるのはそれだけだ
必要ならば、人材が増えて、活動はこれからも続くだろう

ミュージカル本番の翌日には
また幼稚園に行って「エルサ」を演じることになっている
一度きりしか会うこともないであろう子どもたちとの出会いに
何の意味があるかと問われれば
それが自分に与えられた役目なら一生懸命やる
それで子どもたちが楽しいひとときを過ごせたらいいじゃない?・・と
それだけだ

そこには損とか得とか、先がどうなるとか
自分の頭(知識や経験)でははかり知れないものがある
狭い世界しか知らない人には意味のない事も
広い世界を知っている人には意味のあるものになるのはよくあること
では誰がその広い世界を全部知っているというのだろう?
そう考えると
「先の事は自分では決めない」
というか「決められない」のは当然なのだと思える

音楽と共に生きる | 15:29:52 | Trackback(-) | Comments(0)
クリスマスローズの花芽 2
一昨日、5日ぶりに近所の医院に行ったら
風邪は良くなるどころか悪化しており
「このままでは肺炎になりますよ」と言われてしまった
自分でもあまりの咳のひどさが気になってはいたが
そうはっきり言われると一気に恐ろしくなり
点滴を受け、帰ってからはほとんど寝て過ごす
薬の量は倍に増えて(半分は咳止め関係)
これが予想以上に効いて、その夜は久しぶりによく眠れた
声も格段に良くなって、これなら治りそうという感じにまで回復・・

というわけで、今日はすでにかなり元気になっているが
またぶり返すと面倒なので
薬が終わる明後日までは大人しくしておこうと思う

さて、今日はちょっと庭をのぞいてみたら
先週のクリスマスローズの花芽がここまで生長していた

もうすぐ咲きそう~♪
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”パープルシェード”も花が見えてきた
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庭つくり2015 | 20:57:13 | Trackback(-) | Comments(10)
理想と現実 8~不安症
最近また足の甲に突っ張った痛みを感じるようになった
これは以前の『むずむず足症候群』のような感じで
ああきっと色々心配事が増えているんだなあと
自分自身を分析してみている

『むずむず足症候群』についての2011年の記事はこちら

わたしの場合、この症状は
自分の容量がオーバーしたサインとして起こり
その容量オーバーの要因は確実に「心配し過ぎる性格」にある
この性格のせいで、わたしはいつも何らかの不安を抱え
先回りして災いを防ごうとしては無意味な行動を繰り返していた
だが、自分の中に起こる不安はほとんど「想像の産物」で
振り返れば必要のない事ばかり必死になってきた感がある
かつて「強迫性神経障害」に悩まされた時代は
まさにこの「想像上の不安」の中にどっぷりつかっていたわけだ

そして今もわたしは不安から完全に解放されているわけではなくて
この世に生きている間はずっと続くものなのだろうと思っている
ただ、確実に思うのは
不安に振り回される(支配される)ことはなくなったなぁ・・・ということ
それだけ「自分の力に固執する」ところから離れて
「神さまにまかせる」という感覚が広がってきているのだろう

では、わたしに起こる「想像上の不安」とはどういうものかというと
極端な例としては
アイロンがそこにあるだけでコードが勝手に伸びてコンセントにささり
スイッチが入ってコケて火事になるかも?!と想像し、心配で外出できなくなる・・
というような
つまり現実にはあり得ない被害妄想レベルなのだけど
(ホント自分でも頭がおかしいんじゃないのと思う)
そのふくらむ妄想が止められないのが不安症の怖いところだと思う

これについては、何だそんなのバカバカしい!と思う人でも
「縁起」や「迷信」からくる不安については
あり得ないと思う一方で
実際に不幸になる自分を想像して不安になる人は
かなりあるんじゃないだろうか

更には、そういうあり得ないことを想像してしまう人にとっては
可能性がゼロではないことのすべてが不安材料になる
この可能性がゼロではない不安材料は周りにあふれているため
その重みには到底耐えられなくなり
やがて不安は病的になっていく(不安症)
そして
こういうものに振り回されていたら最後はどうなっていくのかと思うたびに
わたしは遠い昔に聞かされた「ある話」を思い出す

その話とは、ある若い医師に起きた悲劇だ
彼は当時新しく知るすべての病気を自分に当てはめては
自分に少しでも同じ症状がないか探すことに躍起になっていたという
そしてついにはその病気の想像から来る不安に耐えられなくなり
若くして自ら命を絶ってしまったのだった
自分がそれらの病気になる可能性は非常に低くても
彼にはその確率の数値など関係なかったのだろう
このように
「絶対大丈夫という確信」が欲しくても与えられない現実に絶望し
不安に駆られて正気を失う人の事を
わたしは本当に気の毒だと思う
それは、不安に駆られる自分を止められない経験があるからだ

不安は自分の力で追いはらおうとしてもずっとついてくる
それどころか、追い払いたいと願う一方で
自分で不安材料を探し、いよいよ不安になるように仕向ける自分がいて
不安症の思考回路は
もはや何かに誘導されているレベルだと思われる

豊かな想像力は、勝手な妄想と紙一重だが
この両者の区別は自分ではつけられず
かといって他者から指摘されても簡単に納得するものではないだろう

・・・と、ここまで書いたところで
わたしは風邪をひいて、3日間寝込んでいた
熱は出るわ、咳はひどいわで久しぶりに難儀し
昨日は少し回復したので買い物に出かけたら咳が止まらなくなった
これ以上こじらせて肺炎になると大変なので
もうしばらく養生することにする

そういえば、しばらく寝ている間に
足の甲の痛みがほとんどなくなっている事に気づいた
いつも「わたしがやらなきゃ!」と思っている事ができないし
ましてや、あれこれ先のことまで考える余裕もないので
その分、体の緊張もゆるんだのだろう

 「だから、明日のことまで思い悩むな
  明日のことは明日自らが思い悩む
  その日の苦労は、その日だけで十分である」
         (マタイによる福音書6章34節)


「わたしがやらなきゃ!」と気負うほど、不安材料は増していくばかりだ
そもそも性格的に「でしゃばり」なのも良くない
それで何度も失敗しているのだから
もはや自分の力で立っているとは思わなくなった
それは本当に良かったと思う

 「だから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけるがよい」
          (コリント人への第一の手紙10章12節)


心の問題 | 21:53:05 | Trackback(-) | Comments(2)
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