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倉敷と牛窓の旅 5
ペンションを出発し
あの水没した場所で写真を撮った後は
再び倉敷美観地区を目指して進む
この日の一番の目的は
『大原美術館』の鑑賞だ

今回、倉敷に行く話を母にすると
昭和30年代に倉敷を訪れ
大原美術館でモネのスイレンの絵を見た時のことを
懐かしそうに話し出した

わたしが生まれたのは倉敷に近い鴨方という町で
そこで4歳になる直前まで育ったが
わたし自身に当時の記憶はほとんどない
でも当時20代だった母にはその頃の記憶は鮮明に残っており
倉敷を訪れて感動した思い出はまさに一生ものなのだった

というわけで
母の思い出話も後押しして
楽しみにして訪れた大原美術館は
むかし美術の教科書で見たような絵がずらっと並ぶ
とてもぜいたくな美術館で驚いた@@

こちらが母のお気に入りの「睡蓮(すいれん)」
monesuiren.jpg

そして、美術館の外の池には
2000年にフランスのモネの庭から送られてきたというスイレンの花が
季節外れながらまだギリギリ残っていた
35673.jpg

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9218.jpg

なお「睡蓮」は、洋画家児島虎次郎(1881-1929)が
1920年秋、フランスのジヴェルニーを訪れ
モネ本人から直接購入したもので
資金は大原家7代目当主孫三郎が提供している
こうして他の有名な絵画も集められ
それが倉敷にあって実物を見ることができるとは
改めてすごいことだと思った

学生時代には勉強もせず遊んで暮らし
(今のお金に換算すると)1億円もの借金を作ったという
放蕩息子の孫三郎だが
改心してからは
倉敷紡績(クラボウ)、倉敷絹織(現在のクラレ)、倉敷毛織
中国合同銀行(中国銀行)、中国水力電気会社(中国電力)の社長を務め
大原財閥を築き上げた
そして
”企業の儲けは社会に還元しなければならない”との
キリスト教的経営理念を持ち、社会福祉事業に尽力
教育のための奨学金も提供し
上記の洋画家児島虎次郎の留学を全面的に援助
後に彼が目を付けた絵画を次々買い集め
それはやがて日本にとっても貴重な財産となった

このように大原孫三郎という人は
世のため人のために惜しみなくお金をバンバン使う人だけど
趣味人でもあり
自分の楽しみのために高価なカメラやオーディオも購入して
それらが大原邸の展示物の中にあった
夫によればそのカメラは一台で家一軒が買えるほどのものらしい@@

彼は放蕩三昧の末、家に連れ戻されて謹慎処分になった後
キリスト教慈善事業家の石井十次に出会ってクリスチャンになったが
すべてを人に与えるばかりでなく
自分もちゃんと楽しんでいるところにバランスの良さを感じ
こういう人はきっと何をしても偽善的にならないだろうなと思った
                        (つづく)

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バラ2018 | 23:23:21 | Trackback(-) | Comments(0)
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