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倉敷と牛窓の旅 4
翌朝は、まず朝食前に
ヤギにエサをやりに行く
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このペンションのヤギは
元々”雑草対策”で飼うようになったとのことだが
(小屋の周りの草は放たれたヤギがきれいに食べていた)
こうしてお客さんがその辺の草をむしって与えることも
レジャーの一つになっている
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いやこの食べっぷりが素晴らしく
見ていて気持ちがいいわぁ~^^v
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また、ここではミツバチも飼っていて
採れたハチミツを朝食時にたっぷりいただいた♪
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ゆっくり外の景色を眺めながら食事をした後は
オーナーから今時のペンション事情を聞くことができた

ペンションというものにわたしが憧れた1980年代は
一般の日本人にとって洋風の家はまだ珍しく
ペンションは建物も室内も食事も
どれをとってもおしゃれで夢のあるものだった
ところが
日本の家屋がどんどん洋風化し
ペンションの建物との差がなくなってきた現在
人々の関心はむしろ古い時代の古民家に移り
ペンションはすっかりさびれてしまったらしい
今やペンションは
露天風呂を備え
有名シェフを呼んで料理を提供するなど
相当の投資をしなくては人が集まらないが
そこまで投資して借金が返せなければ
結局廃業するしかないし
何よりもオーナーが高齢化して
それを引き継ぐ人がいなければ
自ずと廃業することになる、、、

ここ牛窓でも多くのペンションが廃墟となって
ひっそりと残っていた
(写真はストリートビューより)
ushimado20181003-1.jpg

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こういう光景は寂しいというか
怖い感じもするのだが
実はここに来る途中
もっとずっと怖くて印象に残る場所があった

その場所のことがとても気になった娘が
オーナーに質問すると
そこは今や”水没ペンション村”と呼ばれており
持ち主がなくなった後、廃業したとのこと
しかし、その場所は元は塩田で
ずっとポンプを作動して排水しなくてはならず
2004年の台風被害でポンプが壊れてから
少しずつ浸水するようになったらしい

そこで
このショッキングな光景をぜひとも写真に収めたいと思い
帰り道に車を止めて写真を撮った
写真をクリックして拡大すると分かるように
枯れた木が立っている様子が実にシュール@@;

35677.jpg

なお、”牛窓 水没ペンション”で検索すると
ここを訪れて衝撃を受けた人たちの記事がヒットする
中でも↓こちらの記事は
かつてここが何だったのかを詳しく説明してくれていた

『牛窓水没地帯』の記事はこちら


(ブログの写真より)
1110ushimado01.jpg

この写真にある堤防の手前側が瀬戸内海で
向こう側の水没したところは
1980年当時
「テニスコート、プール、バンガローなどが整備された一大レジャー施設が存在していた」

というわけで
まさにここは”夢の跡”なのだった
                       (つづく)
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日々の暮らし2018 | 23:29:15 | Trackback(-) | Comments(0)
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  • author: kimi
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    15年がたちました
    今も理想と現実の間で
    日々奮闘中です
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